第7話 黒い神の話
「えっここどこ?あれれ?」
パジャマ姿の祐太郎が目をこすりながら、あたりを見回している。
どうして、祐太郎が一緒に連れてこられたんだろう。
ナナは眉をしかめた。
ここは火の神がおわす地。はじまりの場所だった。
目の前にいるのは、黒いケモノ。
緊張が高まるが、どうしても祐太郎の爆発したような寝癖が気になってしまう。
久しぶりの濃密な魔素を吸い込み、寝癖を直してやろうとして、気づいた。魔素が死んでいる。ナナの周りだけ。
〝魔素を制限した。お前だけ、魔素を使えるのは不公平。盲目の民よ〟
ケモノの両側に浮かびあがったのは、気を失った織江とリオだった。二人ともなにも身につけていなかったので、祐太郎だけは目をそらした。
ケモノは自らを神と名乗った。
〝私が行った、お前たちが戦うためのお膳立ては完璧だった。お前たちが心底失いたくない者を見つけるのにも、陰ながら手助けしてやったのだ〟
剣が二本、ゆっくりと降りてきて、ナナと祐太郎は顔を見合わせた。
〝準備万端。さあ、雌雄を決せよ〟
は?ナナと戦う?どういうこと?
呆然とする祐太郎に、早速ナナが切りかかってきた。
「切替はやいなっ!少しは悩めよっ」
祐太郎がかろうじて剣を受け止めると、声にならないナナの言葉が伝わってきた。
(戦うふりしてろ。次右いくぞ)
(どういう状況かわからない。何かの間違いじゃ。話せばきっとわかりあえる…おい、僕から見たら左じゃないかよ)
(あれは話しても無駄。ヤクでイカレタ奴と同じ目だ。俺がヤツをやる。次うえからな)
(リオと織江さんが人質になってるんだぞ。あぶねっもっと弱気でやれって)
ナナが演技とも思えない鬼の形相になった。
(あれは織江のニセモノ。本物の織江は足の付け根に黒子がある。ふざけやがって。絶対に許さん)
ナナの剣に本気の力が加わったので、祐太郎はあわてた。
(織江さんはニセモノとしても、リオはどうかわからない!)
ナナは少し憐れむように、祐太郎を見た。
(だから、さっさとやっておけば良かったんだ)
ほとんど全力でナナを蹴り飛ばしてやったが、ナナは表情も変えずに受け止めた。
(落ち着け。織江がニセモノなのに、リオだけ連れてくる理由はない)
(相手は神だぞ)
(あんなモノが神様なものか。プレゼントなんてくれそうもない)
(プレゼント?サンタと神様を間違えてないか?)
(…そんなことより、アレはせいぜいたちの悪い子分のまた子分あたりだろう。俺に任せろ。祐太郎、俺をヤツの方へ投げ飛ばせ)
(えっできるかな…)
うまいことできた。ナナはハリウッド映画のスタントもこなせそうだ。
ゆらり、と立ち上がったナナは、足をすべらせた振りをして、自称神に剣を差し込んだ。
祐太郎は瞬きもしていなかったのに、気づけばナナはぼろ雑巾のようになっていた。ぴくりとも動かない。
思わず、祐太郎はナナに駆け寄った。
〝なんとも物足りない結末。やはり、魔素に頼りすぎた世界は愚かな者しか産みださぬということか。あんなに素晴らしい環境を与えてやったのに、神の存在するを忘れ、自愛に没頭するばかりの盲目なる民よ。滅びよ〟
ケモノは祐太郎に一瞥をやった。
〝魔素の存在を忘れ、神を冒涜する、罰当たりな民よ。もう一度だけ、延命を与える。有難く、神を敬え〟
ナナが朦朧としながら、首元の水晶をちぎり、祐太郎の手の上にのせた。意味は分からなかったが、何かを託された気分だった。
祐太郎は慎重に魔素を練り始めた。ヤツは祐太郎が魔素を操れることを知らない。
「神さま。もしかして…二つの世界のどちらかを断捨離するために、僕たちが選ばれたのでしょうか?」
〝そのとおギャッ〟
祐太郎が遮るように、自称神に魔素をありったけぶち込んだ。
しかし。
やべーこれ、足りないわ・・・
本能が教えてくれたが、今さら謝っても許してもらえそうもない。ドサクサに紛れて、逃げ出せないものか。すまない、ナナ。
手の平に握りこんだ水晶が熱い。
あっこれか。そういう事か。ありがとう、ナナ先生!
水晶から魔素が溢れ出し、それを矢のように打ち出して、自称神にとどめを刺した。
祐太郎はおそるおそる、虫の息のナナに魔素を吹き込んでやった。
ナナがうっすらと目を開けた。
「祐太郎がやったこと、わかっている。ありがとう。あのケモノは俺の父さんにけがをさせたんだ」
「ナナのおかげだよ。僕に水晶をくれただろ。最初は意味わかんなかったけど、あれでアイツを倒せってことだったんだな」
ナナはきょとんとした。
「いや、俺の形見のつもりだった」
「・・・まあ、いいか。結果助かったんだし」
感極まった自分を恥じながら、祐太郎は足元の雲を見おろした。
「とにかく、早く帰ろうぜ。きっとリオが心配してる。それに明日新作のゲームが発売されるんだ」
「俺だって、吾郎さんと織江に会いたいし、ゲームもやりたいが、とんでもない高さだぜ。バンジーなんてもんじゃない」
「は?お前のスーパーなあれで、ワープとかできないの」
「できない。前にここから落とされた時は、死にかけた」
祐太郎はぞっとした。奇跡の大団円を迎えたのに、こんな終わり方ってある?
ナナは晴れ晴れとした笑顔で言った。
「でも、前よりはずっとマシな状況だ。安心しろ」
「これが?どこがマシなわけ?」
「俺ひとりじゃない」
ナナと祐太郎は顔を見合わせて、にやっと嗤う。
そして、自分たちの意志で、飛び降りた。
【おわり】
ぼくらの世界、ここにあり ノスケ @nosusu
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