第6話 ナナと祐太郎の話



 織江の家を出てから、何か月もたった。

 いつか帰ってくるナナを待つために、吾郎は織江の家で暮らすことになり、時々ナナも二人に会いに行く。しかし長い時間は過ごさない。いつ、ケモノに見つかるかわからないからだ。こうして二人を守ることしか、今はまだできない。

 ナナは繁華街で知り合った人たちの間を転々としながら、生きていた。

 ある夜の街で、ナナは見覚えのあるカップルに出会った。


 祐太郎は、意識が途絶えそうな状態のリナをかかえて、途方にくれていた。

 情けないが、あまり体力のある方ではない。

 父の部下を携帯で呼ぶのが最善なのはわかっていたが、先程当の父親ともめて飛び出してきたところだったので、ためらわれた。

 そこへ、ナナが現れたのだった。

 ナナのことは衝撃とともによく覚えていた。父に無理やり行かされたカウンセラーのところで会った男だ。鏡を見ているのかと勘違いするほど、自分にそっくりなのに、ふざけた銀髪と赤い目をした男。コスプレだと思った。

 ナナはまるで旧知の仲のように、祐太郎に手を貸してくれた。

 リオを抱き上げ、祐太郎の家まで運んだところで、初めて二人は言葉を交わした。

「ここはホテルだと思っていた」

ナナの疑問はごもっとも。

「最上階を長期で借りてる。セキュリティの関係で、都合がいいんだ。僕の親父は裏の人間なんでね」

 祐太郎は答えながらも、内心では自分のセリフに赤面していた。でも人間関係は最初が肝心、ぶっとい釘をさしておいたつもりだった。

 ナナはその言葉には関心ない様子で、ベッドで苦しそうに眠るリオを見た。

「何かの薬物を打たれている」

 祐太郎はさっきまでのニヒル顔をかなぐり捨てて、ナナに詰め寄った。

「は?お前、どこの組のもんだ?」

「組は知ってる。学校の中のグループのことだ」

「ふざけんな」

「悪かった。お詫びに、彼女からクスリを抜いてやる」

「はあ?」

 祐太郎の迫力が今ひとつなのは認めるが、そもそも会話が噛み合っていない。

 祐太郎が止める間もなく、ナナがリオの額に触れると、途端に表情がやわらぎ、やがて穏やかな寝息をたてはじめた。

「お前、なにしたんだ」

「お前でもできるような、初歩のマジック。もう心配いらない。だけど、ただ働きはしない。お前の父親にあわせて欲しい」

 狐につままれたような気分だったが、祐太郎はすぐさまナナを父に紹介した。ナナの怪しさは満点だったが、刺客かもしれない人間を憎っくき父に引き合わすことはむしろ大歓迎だ。

 意外でもなかったが、ナナは祐太郎の父に、大変気に入られたようだ。息子そっくりの顔をしながら、息子に絶望的に欠けた資質をもつという趣味の悪い冗談が、クレイジーな父の心を捉えたらしい。ボスと硬い握手を交わし、ナナは祐太郎のボディーガードとなって、祐太郎の部屋に戻ってきた。


 祐太郎もリナも、すぐにナナの存在に慣れた。ナナにはすぐに心を開いてしまうような、不思議なところがある。

 何日かして、祐太郎はナナに切り出した。

「なあ、ナナ。リオが誰にクスリを打たれたのか、知ってるんだろう?お前が助けてくれたのは、もう理解してる。悪いようにはしないから、教えてくれないか」

 ナナは忘れてた、という顔で答えた。

「お前の親父さん」

「まさか。そもそも、リオを僕にあてがっているのは、親父だぜ」

「リオは祐太郎の家族じゃない。なぜ、一緒に住む?」

 ああ、と祐太郎は苦々しくため息をつく。

「親父の差し金だよ。見栄えのいい監視役のつもりなんだろ。そのうえ、息子が童貞でも失えば、ハクがつくって考えてるのさ」

 けがらわしいといわんばかりに吐き捨てた。

「ドウテイ?ハク?知らない言葉だ。どういう意味・・・面倒だな、ちょっと覗かせろ」

 ナナがぐいっと祐太郎の腕をつかんだ途端、祐太郎はナナのすべてを理解した。同時にナナも祐太郎のすべてを理解した。

「童貞。俺の故郷じゃむしろ多数派だったけどな。お前、意地になってるのか?」

「そういう部分も否定できないけど・・・いや、待て。混乱してる。おまえ、マジで変なところから来てるな。いや、信じるけどさ」

 祐太郎はちょっと顔をしかめた。

「ていうか、おまえって見かけによらず、すげーいやらしいのな」

「そうか?」

「おい、思い出し笑いするな。気味わりい」

「祐太郎、お前に魔素のうまい使い方、教えてやる。だが、その前にリオの問題を解決しないとな」

 ナナは、備え付けのキッチンで料理をしていたリオの所へ歩いていった。

 ナナはリオに顔を近づけて、言った。

「リオ、子供を作るなら、俺と祐太郎とどっちがいい?」

 祐太郎はびっくりして、ナナを見た。

「ナナ、お前のアプローチはこの世界じゃ噴飯もんだぞ」

「でも、これしか方法はない。祐太郎の親父さんは俺のことを気に入ってる。親父さんは役に立たない人間を飼うのが、我慢ならないらしい。リオがその役目を果たせば、生きながらえることができる。逃げ出すのは、リスクが高い」

「よくわからないけど、そりゃやっぱり、祐太郎さんがいいよ。ずっと一緒にいたんだし、もともとそのつもりだったし」

 意外にも、リオは少し顔を赤らめている。ナナはリオの心を覗かなくても、その恋情を理解できるほどには成長していた。

「なら話は早い。二人とも今すぐ隣の部屋に行って、やることをやれ。あの寝室には親父さんのカメラが仕込んである」

 祐太郎はため息をついた。

「仕方ない。リオの命を救うためだもんな」


 リオは精一杯頑張ったが、結局祐太郎は失敗した。


「ナナ、笑うな。これはデリケートな問題なんだ。お前が僕に変な情報をぶっこんだから、色々難しくなった」

「こっちの人間は複雑だな。だが、親父さんは満足しただろう。及第点だ」

 それからナナは祐太郎の先生となって、魔素の使い方を教えた。祐太郎の中の魔素をきちんと整えることをしてやったので、祐太郎の不安定な体調は改善した。祐太郎はお返しに、この世界の楽しい遊びをナナに教えた。友達付き合いでもスポーツでもカラオケでも、ナナは普通以上にうまくやれたが、一つだけどうしても祐太郎に及ばないことがあった。

「ナナ、またゲームやってるの。飽きないね」

 リオがしどけなくソファに寝そべりながら、面白そうに言う。

「どうしてもクリアできない。電気ってやつは魔素を全く受け付けないみたいだ」

 ナナはテレビゲームから目を離さず、答えた。

「そんなもんズルみたいんもんだ。自分の力でやるから、ゲームは楽しいんだよ」

 祐太郎もゲーム機を動かしている。

「わかる気がする。できないから、楽しいな。今までできないことなんてないと思ってた」

「きっとまだまだナナにもできないことはたくさんあるよ。それでもやろうとするから、生きていく意味がある」

「祐太郎にもできなかったことがあるしな」

 祐太郎は真っ赤になって、目を剥いた。

「それだけは言うな」

 リオがくすくすと笑う。

「ナナが冗談言った。珍しい」


 吾郎との穏やかな日々とも、織江との甘い時間とも違う、走り出したくなるような毎日が続いた。

 祐太郎はこの世界の人間とは思えないほど、魔素に精通するようになったので、ケモノに遭遇したとしても吾郎の時ほどの危険はないだろう。

 ナナには今や、たくさんの大事な人々がいる。

 彼らと生きていくために、障害を取り除かなければならない。

 強い決意と、万全のコンディションで、ナナはついにケモノと対峙する日を迎えた。


















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