第5話 ナナと恋の話
ナナは織江と一緒の空間にいるのが好きだ。
織江は吾郎のように、ナナに何か聞いてくることはあまりない。かといって、自分のことも話さない。
ナナがテレビの画面にくぎ付けになっているときも、洗濯物を畳みながら、そっとしておいてくれた。
テレビにはマジックショーというものが映っていた。男が触ることなく、物を浮かせたり、消したり、移動させたりしている。ナナが最近鍛錬の末にできるようになったことに似ていたので、つい見入っていた。
番組のラストは人間を浮かせるという大技だ。
これはすごい、とナナは素直に感心した。このマジシャンという人間は魔素とは違う力を持っているようだ。
「先生、これは誰でもできることなのか」
ナナは織江に聞いてみた。
「仕掛けがあるの、それがわかれば君でもできるわね」
織江はマジックのタネを丁寧に説明してくれたが、ナナは少々がっかりした。
「でもマジックって夢があるわよね。空を飛びたいとか、だれだって一度は考えることだもの」
「先生も飛びたい?」
「もちろん」
「わかった。オレ、がんばる」
織江は小さな子供にするように、ナナに微笑みかけた。
「楽しみにしてる」
ナナがあまり外出をしなくなったのは、織江のそばにいたいからだけではない。
魔素を集めるのに、織江の家は都合がよかったからだ。
ここは人の出入りが多く、織江は客の病を治すような仕事をしているらしい。この客たちというのが、普通の人間と違っていて、魔素を多く宿していた。
吾郎から、なるべく人の心を読まないこと、自分の危険がある時以外は、人から魔素を奪わないこと、を厳命されていたので、ナナは目の前を通り過ぎるご馳走を見逃すしかなかったが、残り香のように魔素が溜まっていたので、目的を果たすことは容易だった。
しかし、一度だけ、心を動かされるような人間に遭ったことがある。
廊下で顔を合わせた、若い男と女の二人連れだった。
ナナを見て、男はぎょっとしたようだった。女はあんぐりと口を開けて、ナナと男を交互に見た。
最近はナナも自分の顔を覚えたので、さすがに男が自分にそっくりであることには気づいていた。しかし、ナナが驚愕したのは、その男の中にはとんでもない量の魔素が渦巻いていて、全く整理されていない状態だったからだ。
これは健康に悪かろう、と思い、思わずナナは男に手を伸ばした。
「祐太郎さんに触らないで」
先に女が気づいて、ナナの手を払った。そして、男の腕をとり、そそくさと逃げ出そうとする。男はおろおろとナナを振り返ったが、女に引っ張られていった。
珍しいものを見た、とナナは思った。まさかとは思うが、同郷人だったのだろうか。
二番目に恐れていたことが起きた。
一番目はケモノのことだったが、水晶を使った罠や探知装置のようなものを完備していたので、まだ近くにはいないはずだ。
それは吾郎と離れることが決定したことだった。
吾郎はナナの事情をすでに理解している。だから、吾郎を傷つけないためにこそ、一緒に暮らせないというナナの決意もわかっていて、汲んでくれた。
今頃病室で、ナナの今後について織江と相談しているはずだ。
ナナはその場に居合わせたくなくて、久しぶりに繁華街をうろついた。夜になってナナの異様な外見に気づく少数の人間に迫害されたが、されるがままにさせてやった。傷を癒すこともせず、流れる自分の血を見て、初めて吾郎に会った日を思い出し、吾郎が作った血だまりを思い起こし、泣いた。
帰るところは織江の家しかなくて、よろよろと帰宅すると、織江が手当をしてくれた。織江が触れた部分から、温かい気持ちが流れこんで、ナナはまた涙を流した。
そして二人は何も言わず、性行為をした。
「私は子供を産めないのに、なぜこんなことをしたの?」
織江が笑うこともなく、静かに聞く。その肌に月明かりがまぶしい。
「生殖しないのに、これをしたのは初めてだ」
ナナの悪びれない返答に、織江がナナの脇腹をつねった。
「なにも生み出さなくても、織江とつながっていたい・・・織江が大事になったから、もうここにはいられないけど」
ナナはそっと首元の水晶に触れて、言った。
「飛ぶよ」
二人は抱き合ったまま、ゆっくりと浮遊する。魔素が水晶から放たれて、無数の星のようにきらきらと輝き、二人を包んだ。
「ナナが言ったこと、本当だったね」
二人は星空の下で、もう一度愛しあった。
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