見つめる人


 干からびた大地に、一本の線がのびていました。

 その線の上を一台の車が走っていました。この地方では珍しいずんぐりとした黄色のオープンカーの運転手は、まだ青年の域を超えていないであろう柔らかい顔つきですが、瞳には深い藍色を灯していました。

 男を乗せた車は走り続け、日が暮れる前に目的の町に着きました。

 男は宿を取り、燃料の補給をし、食料を買い込み、晩御飯を食べ、特に町を見回ること無く翌日を迎えました。

 朝、男が宿を出ると、小型のプロペラ機が一機、北へと向かっていました。。

 男は飛行機が去った空を見つめ、車を走らせます。

 町を出る前に、男は役場で新しい地図をもらいました。地図を眺めながら車に戻ろうとしたとき、男は視線に気づきました。

 振り向くと、黒く長い髪の少女が立っていました。少女の後方には教会と、祈りを捧げる人だかりがありました。少女は可愛らしく笑みを浮かべて。

「よろしければあなたも祈りを捧げていきませんか?」

 その言葉に、男は少し間を置いて。

「申し訳ないのですが遠慮させていただきます」

 と答えました。

 しかし、せっかくですからと少女からしきりに声をかけられたので、男は少し面倒くさくなり。

「君が何百万回祈ったとして、神は考えを変えないよ。もし考えを変えるような神ならば、僕は神を信じない。世界は神の好きなように出来ているんだ」

 男の言葉に少女は驚きを隠せませんでした。

「そうですか」

「僕の考えだって言いたいのかい? ただ君はそんなものに縋れるのかい? わざわざ神に頼ると言うのにそれは絶対的なものではないのかい?」

 間髪入れずに男は少女の言葉を消し去ります。男は自分の脳が冷静な思考を保てていないことに気付きました。 少女の言葉に揺さぶられ、感情的になって言い放ってしまったことを男は悔いました。

 男は少女を一瞥して。

「ごめん、過ぎたことを言ってしまったね」

 と、強気になっていた少女に頭を下げました。しかしお祈りをすることはありませんでした。そのまま男は車に乗り込み。

「僕はね、英雄になりたいんだ」

 ポツリと、言葉を発しました。少女は黙って聞いていました。

「みんなを守りたいんだ、守りたかったんだ、英雄になりたいんだ」

 男は、エンジンをかけ、地図を広げ、視界の隅に固定しました。

「きっと叶います」

「え?」

 男は顔を上げ。

「あなたの夢です、わたしはあなたが人々を守れるよう、あなたが夢を叶えられるよう祈ります、だからきっと大丈夫です」

 少女はまっすぐに男を見つめてほほえみました。

「祈りは届く。想いは届く。神様はわたしたちを救ってくれるはずです」

「ありがとう」

 男はアクセルを踏み、車を走らせました。少女はそれを見送りました。

 町を出たとき、男の頭上を飛行機が越えて行きました。車のエンジン音と、プロペラとエンジンの音が響き渡ります。

 男の瞳には淡い青が混じっていました、懐かしいくすぐったさが心を撫でました。

 ずんぐりとした黄色のオープンカーはぐんぐんと速度を上げていきます、白いコントレイルに導かれるように、北へ、北へ。


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