見下ろす人


 今から私は歴史に残る非業をしようとしています。

 私は祖国のため、何千何万もの人間をこれから殺します。私達にとって最小のリスクで、人道的だとかどうだとか関係なく殺します。

 祖国にとっての英雄に私はなろうとしているのです。

 後の人々から英雄機として扱われるであろう私の愛機には、これから多くの人を殺すための爆弾がたくさん積まれています。

 ピ、ピー、ガシャガシャ。

 無線が入ります。皆が固唾を呑んだ空気が流れ、時が来たことを知らせました。

 朱に染まった空を背に私は地上を見渡しました。なかなか栄えた所でした、緑が生い茂り、水路と陸路が張り巡らされ、人がいる。美しい国でした。

 私は――降下を始めました、続いて私の部隊の編隊が一斉に降下を始めます。

 視界の先には子供たちが湖の畔を走り回っている姿が、それを見つめる母親たちの姿が見えます。この国の日常があります。

 私のすることは奇襲でも奇策でもありません、連邦の地区一つを潰す、シンプルな脅威を覚えさせることが私の仕事です。私はそれを完璧にこなすための訓練をしてきました。

 作戦通りの軌道に入り、スイッチカバーをはずし――

 

 スイッチを押しました。

 指先の力と小さな音、それがこの国の命の対価でした。


 リズミカルに爆弾が排出されていきます。機体がわずかに軽くなっていきます。


 それはあまりにあっさりとしたものでした。あまりにも軽く無機質なものでした。

 出すものを出して空っぽになった愛機を上昇させ、機体を安定させます。すぐに母機が来るでしょう。

 息を吐き地上へ目を向けると、真っ黒のそれが着弾を始めていました。

 私はこの国を見た最後の人間です。緑と茶色に彩られた世界が地図に載ることはもうありません、もう存在しない国なのです、私が消したのです、地図を破くことと大差のない力で、私が。

 ガシャガシャと無線が入り、歓声とノイズが混ざります。おめでとう、君達は英雄だという上官の声が、同胞達の喜びの声が、私にはまるで童話の世界からの言葉のようでした。

 私はこれまでたくさんの人を殺してきましたが、ここまで大規模に、あっけなく殺したのは初めてでした。引き金一つ、作戦伝達一つが確かな重さを持って私にのしかかっていたはずなのに、今さっきの私は息をするようにスイッチを押していただけでした、人を殺した実感がまるでありませんでした。いったい何人殺したのでしょうか、いったい何人が生き延びたのでしょうか、それを知るすべを、私は持っていません。

 私は英雄になっていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る