見上げる人

木椅 春

見上げる人

 街の中心にある教会に、人々が集まっていました。祈りを捧げていました。

 少年は地に膝を立て、母親と一緒に手を組んでお祈りをしていました。神様がいい未来に導いてくれると信じ、少年は祈りを捧げました。

 祈りを終えて、少年とその母親は家のある丘へと向かいます。

「ちゃんとお祈りできた?」

「うん、はやく戦争が終わりますように。って」

「そう、偉いわね」

「あっ」

 二人の会話を遮るように、プロペラとエンジンの音が響き渡り、去って行きました。

 一筋のコントレイル。動力飛行機が登場して以降現れるようになった人工の雲に、少年は目を輝かせ、右手を天に差し出します。

「ねえお母さん」

「なにかしら」

「空ってさ、掴めそうなのに掴めないよね」

「そうねえ、不思議ねえ」

 少年の母親はほほえみながら返します。

「空にいってみたいなあ」

「そうねえ」

「神様に会えたりするかな?」

「え?」

「だってさ、飛行機に乗って空にいけば会えるかもしれないよ」

 ふふっと母親は笑いました。

「そうかもしれないわねえ、会えるかもしれないわ」

 わあ素敵だなあとか、どのくらい高いところにいるのだろうとか、あれこれ話しながら、丘の中腹までやってきました。二人の頭上の遙か先を、また飛行機が過ぎ去りました。

「僕、来年から軍人さんの学校に通いたい」

「また突然ねえ」

 少年の言葉に母親は少し驚いた表情で。

「空を飛びたいから?」

 と聞きました。線の引かれた空を見つめながら少年は答えます。

「うん、それにね、お母さんを守りたいから」

 その言葉に母親はまた目を開きました。

「ちょっとしたらもう子どもじゃ無いもん、いつかは僕がお母さんを守る」

 母親は少し間をおいて、でも嬉しそうに。

「ありがとう」

 と答えて少年のあたまを撫でます。

「うん!」

 少年は嬉しくなって立ち上がりました。

「お母さんを守る、みんなを守る、エースパイロットになるよ!」

「じゃあ、あなたはわたしたちの英雄ね」

「英雄になる!」

 英雄という響きが、少年にはなんだかこそばゆく聞こえました。そして少し得意げになって。

「うん!お母さんを守って、みんなを守って、いっぱい撃墜するんだ! ババババーン!って」

少年は笑いながら両手を広げて駆け出しました。

―バババババ、ギューン、キュイーン、ズカーン―

 ひとしきり飛び、疲れ果てた少年は芝に倒れ込み空を見上げます。もうすっかり日暮れの空でした。

 もう帰るわよ。と母親の声が聞こえました、少年は起き上がり、母親のもとへ戻ろうとして――少年は見たのです。美しい飛行機の群れが夕焼けから生まれた瞬間を。


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