好き人間 vs. 嫌い人間

ちびまるフォイ

なお、世界の混迷はここからはじまる

「好きの方が気持ち強いにきまっている!!」

「嫌いの気持ちの方がずっと強い!!」


好き人間と嫌い人間は今日も争っていた。


「私はなにもかもが好き!!

 空が青いのも好き、人が生きているのも好き、草が伸びるのも好き!

 好きすぎて毎日が楽しい!」


「私は何もかもが嫌い!

 空が青いなんて憎たらしい、人が生きてるのも許せない、草なんて伸びなければいい!

 嫌いすぎて毎日が本当に最悪!」


「そんな嫌いな気持ちよりも、

 私のこの"好き"な気持ちが強いに決まっているわ」


「いいえ、そんな薄っぺらな好きな気持ちよりも

 私の長年ため込んだ憎む気持ちの方が強いに決まってる」


「そんなあなたも好き!」

「私はあなたが大嫌い!」


好き人間と嫌い人間との距離は一行に縮まらない。

そこで、二人は自分の気持ちがどれだけ強いかを伝えることにした。


「私の好きって気持ちはけして薄っぺらじゃないわ!

 好きすぎて、そのことしか考えられなくなるの。

 食事をしている時も寝る前も、テレビを見ているときでさえ

 好きなもののことで頭がいっぱい!」


「ふん、その程度?」


「好きならどんなことでも許せてしまうわ!

 殴られても許せるし、泥をかけられても笑って許せる。

 だって好きだから!」


好き人間は今まで怒るということがない。

それは何もかも好きだから許せてしまう。


「嫌い人間、あなたはここまでできる?」


「当然」


今度は嫌い人間が自分の気持ちを語ることに。


「私の嫌いって気持ちはもっと強いわ。

 嫌いすぎてそのことしか考えられなくなる。

 食事をしているときも、寝る前も、テレビを見ている時も許せない。

 頭の中で復讐のことばかり考えているわ」


「そんな日常楽しいの……?」


「楽しくないわ、でも嫌いの気持ちが強すぎて頭から離れられないの」


嫌い人間はなおも話し続けた。


「嫌いすぎて、嫌いなものは壊したいと思っている。

 どんなに自分がひどい目に合わされても、

 もっとひどいことをするまでは決して諦めないわ。絶対に」


「うわぁ……」


嫌い人間のドロドロとして執念の炎はけして揺るがない。

お互いの気持ちの強さを比べてみたが、どちらも比較できなかった。


「やっぱり好きの気持ちの方が強いわね」


「いいえ、どう考えても嫌いな気持ちの方が強いわ」


「好きな気持ちの方が人を活動的にするわ!」


「嫌いな気持ちの方が人を長続きさせる!」


好き人間と嫌い人間は再びいがみ合ってしまった。


「そうだ! それじゃ好きと嫌いを入れ替えましょう」


「どういうこと? そういう意味わかんないの嫌い」


「あなたの嫌いな感情を私にうつして、

 私の嫌いな感情をあなたにうつす。

 そうすれば、どちらの気持ちが強いかを比べられるでしょう」


「わかった。嫌いな感情の方が強いって再確認するだけだけど」


好き人間と嫌い人間はお互いの感情を入れ替えた。


あれだけ世界のすべてを愛していた好き人間に嫌いな感情が加わり

無条件に世界のすべてを憎んでいた嫌い人間に好きの感情が加わった。


「空が青いのも好きだけど……嫌い!!」


「どうして動物が生きているの! 嫌い……でも好きとも思えちゃう!!」


感情大混乱。

好き人間と嫌い人間はお互いに顔を見合わせた。


「……で、どう? どっちの気持ちが強いと思う?」


「そういう考え嫌いだけど、あなたは好き。

 うーーんわからない。あなたは?」


「好きも嫌いもどっちも同じくらいに混合されてわけわかんない。

 これはもう好きとか嫌いという言葉じゃ片付かないわ」


「この混合された気持ちが一番今は強い気がする。

 ときに好きだったり、嫌いになったりするこの気持ちが」


「そうね。それじゃこの感情に名前をつけましょう」



好き人間と嫌い人間の協議の結果。

この世界にはじめて「愛情」という言葉が生まれた。

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