第34話
34
「面会時間は15分です。それでは……」
そう言ってクリアハードは部屋をでて、頑丈な扉をしめた。
2日前に二人が治療のために訪れた施設とはまた別のところに案内された。そこは牢獄と医療施設が合わさったような場所。いくつもの部屋があり、その一番奥の頑丈な扉の向こうに、アベルトはいた。ベッドで横たわり、腕には点滴のチューブが刺さっていた。
二人はゆっくりと近づき、アベルトをみた。
アベルトをみた二人は言葉を失った。
ベッドに横たわっているアベルトはうっすらと目をあけ、二人を認識した。
「あリー……しょ……ちょう、ヨシアキ……さま。来て……くださった……のですね」
出会ったときとはまるで違う、ガラガラで、細い、呼吸も辛いということが聞いている二人もつたわってくる。
「アベルト……その身体……」
異変があるもは声だけだはない。アベルトの身体は顔右半分、袖から見える右手、右足が黒く変色していた。
「ええ……災厄……手を出した……やからの末路……なんでしょう……災厄の瘴気で……こんな感じです……。今は……クリアハード……さんの、治療魔法で、進行を止められていますので……今は大丈夫です」
『大丈夫』。そういってアベルトは笑顔を作るが、その笑顔が自らを蔑むように感じられた。愚かにも、己の欲望のために十の災厄の力を欲し、その代償としてすべてを失う哀れな自分の姿を。
アリ―、ヨシアキ。二人は変色しているアベルトの身体を見つめ、つばを飲む。嫌な汗が背中から垂れ、想像してしまう。
自分たちもこうなるのでは……と。
自分たちは異世界に逃げた八の災厄<蝗>を追うために、異世界への転移魔法をほぼ完成させた。<蝗>と対決するためだ。地球を守るために、日本を守るために転移魔法が完成に近づくにつれ、『英雄』という単語がチラつき、気分が高まっていた。
だが、アベルトの姿を見た途端にその気持ちが『恐怖』に変わりつつあった。自分もこうなるんじゃないか。地球には魔法がない。もし瘴気で身体が汚染されたら、現代医学で治せるとは到底思えない。
「時間が……ありませんので……手短に……。ヨシアキ様……コレを……お返しします……」
アベルトは動かせる左手をヨシアキにみえるように開いた。
「え、これって!」
「はい……あなたが持っていた……フレンダ様がお作りになった……シークレットコードが刻まれた……石です」
「え、でもこれ、アベルトが<蝗>に……俺の目の前で……」
「あれは、私が作った本物に近づけた……複製……です。あのときは……ヨシアキ様の……プログラミングを……聞き出そうとした、脅しです。ごめんなさい……」
ヨシアキは石を手に取り、しばらく見つめたあとギュッと強く握りしめた。
「ああ、ちゃんと返すことができました……本当によかった……そして……本当にごめんなさい」
○
面会の時間はあっという間に終わり、二人は家に戻っていた。ヨシアキは受け取った石を手のひらでコロコロと転がし、じっとみている。
「えー、アリ―……」
「ん? 何、ヨシアキ」
「俺……多分、わかっちゃったよ。足りないもの」
「あら……奇遇。実は私もわかっちゃったわ……」
言って二人は深い溜息をした。
「正直……俺、アベルトの姿みて、ビビってる。すげー舐めていたと思う。粋がっちゃってたと思う」
「……うん、私も」
「……アマンダさんが俺らに『アホなことするな』っていってたけど、多分あんなふうになることをすごく心配してるからなんだなって……」
「うん……そうね」
アマンダはアベルトのようになった人を何百人、いや何千、何万という単位で見てきているのだろう。災厄の驚異、強さ、そして犠牲を。
「ヨシアキ……どうする? やめる?」
アリ―が『やめる』といった瞬間、ヨシアキの心がざわついた。その言葉を言ってほしかった。訪ねてほしかった。自分から『やめる』という単語を出すのが怖かった。
『やめる』
『やめたい』
……怖い。
やめたいっていいたい。この転移魔法の方法をアマンダにつたえ、代わりに<蝗>を倒してきてほしい。
他人に任せたい。こんな肉体労働は自分の性に合わない。無理だ……。
ヨシアキは声を絞り出す。
「やめ……ない」
「え?」
「やめない……行く。やっぱり行く。怖い。けど、いく。行くに決まってる! いって妹やばあちゃんや母さん、父さんを救いたい。またプログラミングで新しいものを作りたい。せっかく新しい技術を手に入れたんだ。コレを使わない手はない。てか、まだ『Witch』が制作途中なんだ。完成させなきゃ俺のプライドが許さない! 俺は、これでも世界でもトップクラスのプログラマーなんだ! Wizard級のプログラマーなんだ! こんなウジウジしてたら、その名が折れる!」
ヨシアキは立ち上がる。石を握りしめた右手の力がギュッと強まる。
「ヨシアキなら、そう言うと思ったわ。私が認めた人だもん。こんなところで立ち止まるような人じゃなって、わかってたわ。……行きましょう。私にとっての異世界」
「俺にとっては帰るべき場所」
二人はさっそく準備をし、異世界転移の魔法陣を展開させた。
「あとは……」
「うん。この石を魔法陣に……」
ヨシアキはそっと魔法陣の中央に石を置いた。
そして、置いた途端、石から光を発し、その光が二人を包み込んだ。
Code:Witch ~天才魔女と天才プログラマー~ 赤橋慶子 @Kakahashi
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