第33話

33


 施設を出る際に、アマンダから念入りに「アホなことをするな」と注意されるだけで終わった。

 特別ペナルティを課せられると思っていたが、とくに何もなく二人は帰される。あまりにもあっけなく。

 アマンダは悪い子とした子供をあやすように、ヨシアキとアリ―の頭を優しくなでた。あまりにも予想外すぎるアマンダの行動に、張り詰めていた緊張が一気に身体が抜け、全身の力がぬける。ヨシアキは力が抜けすぎて、膝から崩れ落ちそうになる。アマンダは撫で終わると「帰ってよし!」と言い放ち、二人は黙ってその指示に従い、施設を出たのだった。

 あまりにも予想外で、なにもお咎めがなかったものだから、ヨシアキはなにか裏があるんじゃないかと疑っていた。思わずチラチラと後ろ振り返り、尾行しているやつがいるんじゃないか、透視魔法で見られてるんじゃないかと……。

 いま、あそこなにか動かなかったか?

「そんな警戒しなくていいわよ。それと、あれは鳥の影が動いただけ……」

「え?」

 そわそわするヨシアキをみてアリ―が言った。ヨシアキと違い、余裕がある。

「お祖母様は私達がどんなにあがいても何もできないって思ってるわ。だからあんなにあっさり帰したのよ。あの穏やかな顔をみたでしょ? あれは、警戒を完全に解いている顔。だから安心して研究に没頭できるわ」

 アリーは自信満々な顔でヨシアキに言った。

「でも、あんまりモタモタしてられない。あの<蝗>がじっとしているはずなんてないわ。しばらくは、お祖母様から受けた傷ですぐには動けないとは思うけど……」

 真剣な眼差しで目を細めたながらのアリ―の言葉に、ヨシアキの顔がこわばる。ヨシアキは事故で飛ばされた禁止区域の風景が脳裏に浮かぶ。あんなことになったら誰もあの場に生きてはいけない。

「一刻もはやく私達は異世界に……ヨシアキの故郷に行かないと行けないのよ」

「うん。わかってる」

 ヨシアキは腹にしまって隠していた魔術コードがびっしり書かれた紙を取り出す。ヨシアキが徹夜でかきあげた、プログラミングの技術が降り混ざっている魔術コード。

 ヨシアキは腹の底から沸き上がるテンションで思わず顔がニヤける。

 やはり、こういう新しいものを作り上げるのはいつだって面白いし、ワクワクする。しばらくパソコンでプログラミングをしていないから、より一層この創作意欲が刺激され、「しばらく戻れなくても別に……」と思わなくもなかったが、ここに来て、戻りたいと思う気持ちが強くなる。

 やばい<蝗>が日本に行ったからなんとかしたいと思う気持ちもあるが、やはり自分は戻ってプログラミングをやってなにか作りたいのだ。


「アリ―、急いで戻ってこいつを完成させよう」

「そう言うと思って箒を用意したわ。さ、乗って。飛ばすわよ」



 ○



 ヨシアキとアリ―は話し合い、開発期限を72時間までとした。理由は2つ。

 1つはお互いリミットを設けたほうが捗るということ。期限が短ければ短いだけ、いいアイディアが思い浮かび開発が進む。

 2つ目は、長引くとアマンダにバレる可能性が高くなるとうこと。二人がコソコソ異世界に渡る魔法の開発なんてしれたら、本当に牢獄ものである。しばらくは、安静にしてくれることだろう。

「でも心配で変なテンションで元気付けようと、突然ここに来るかもしれない」

 その変なテンションというのはすごく気になるが、突然来られてバレたりしたらたまったものではない。アリ―曰く、今までの経験上、最大3日の猶予があるらしかった。


 開発は順調に進んだ。アリ―の天才的な魔法知識とヨシアキの天才的はプログラミング知識をクロスミックスさせることで、驚異的なスピードでコードが生成されていった。

「ねぇ、アリ―。日本に来て問題が解決したらさ……俺と一緒になにか作らない? きっと問題が解決すれば、アマンダさんも認めてくれて自由に異世界同士で行き来できるんじゃないかな」

 ヨシアキの言葉に、アリ―は作業を止め、顔をあげてヨシアキの方を向いた。

「いまねぇ……私も同じこと考えてたの。わたし、ここまで他人と意気があった開発ってしたことなかったの。いつも他人とやる研究はどこか窮屈な感じがあったのだけど……ヨシアキ。あなただったらものすごく気持ちよく開発できるわ。もう実際してるのだけどね」

「はは、俺も俺も。気が合うね」


 二人は寝る時間も、食べる時間も最低限に済ませて作業に没頭した。そして二日目の夜に開発は完成していた。

「これでもう完成だと思うのに……」

「……反応……しないね」

 <蝗>が術を発動させたときにできたゲートが出現しなかった。ただ、魔術コードに間違いはなく起動しており、それを証拠に魔法陣が出現していた。

「どこも不具合ないはずなんだけど……」

「んー……ちゃんとエラーなく動いてるねぇ」

 原因がわからない。だが、二人はなぜか冷静だった。それよりも、この状況を楽しんでいるようにみえる。

 実際ヨシアキもプログラミングでなにかを作っているとき、このように原因がわからない不具合に直面することは少なくない。原因はわからないが、必ずどこか原因がある。ヨシアキはこの状況が嫌いじゃなかった。

 確かに原因がわからない問題に直面するのは辛いものだ。どこをどうすれば治るのか、まったく検討がつかず、頭をかかえ、全体が見れなくなる状態に陥ってしまう。だが、そんななかで見つけた解決策ときたらなんとも言えない快感を得ている。そういう状況から生まれたものは、とてもいいものに仕上がるのだ。

 それをアリ―に話したら、「私も!」興奮混じりで答えた。

「私、この状況になったら、一度そこそこ長い休憩をとるの。どう? 一度休憩しない?」

「賛成! 一度リラックスしよう」

「ふふ、ならヨシアキ。この間入れてくれたコーヒーを入れてくれないかしら」

「お安いご用だよ!」


 ○


「はぁ……本当に美味しい……」

「はは、そういってくれると嬉しいよ」

 コーヒーはいい。

 匂いよし、味よし、気分よし。この3つの『よし』が脳に、身体全体に行き渡っているようだ。

 コーヒーを飲むのも、すごく久しぶりに感じた。最後に飲んだのはアリ―の家にはじめてきたときに飲んだのが最後だった。

「ねぇ、あなたの世界には美味しいコーヒーがいっぱい飲めるの?」

「飲めるよ。お店がたくさんある。デザートっぽいものもあるし、味も豊富。俺もそうだけど、毎日のように飲んでいる人も大勢いる」

「へぇ、そうなのね。ここにはコーヒーが飲めるお店なんてないから……ふふ。あなたの世界に行く楽しみが増えたわ」

「ばあちゃんもコーヒー好きだからね。ばあちゃん、コーヒーにはうるさいよぉ〜」

「まぁ、フレンダ様もコーヒー好きなのね!」

「スキスキ、ちょう好き! なんせ自分でいろいろ取り寄せるくらいだからね」

「へぇ!」

「この間も……」



“ゴンゴンゴン”


「「!?」」

 会話に花を咲かせているなかで、唐突にドアをノックする音が聴こえ、二人は息を止めるかのように口を閉じた。

 さきほどまでの和やかな感じは、ノックされた音によって霧となって消えていた。


“ゴンゴンゴン”


 膠着する中、再びノックの音が聞こえる。

 まさか、アマンダが来たのかと、二人は身構える。幸い、先程までの作業は片付け終わっているので、急に入られても現場を押さえられることはない。

 あとは、冷静にしていれば問題ない。焦って口が滑らなければいい。

 

「でてくるわ……」

「俺もいくよ」



 ドアを開けるとそこにいたのは、変なテンションのアマンダではなく、施設で世話になったクリアハードがそこにいた。

 アマンダではなかったことに、二人は肩の荷がすこし降りた。

「お二人とも、お元気ですか? 体調のほうはいかがですか?」

 クリアハードはいつもの笑顔……ではなく、どこか真剣な眼差しで二人をみていた。よく知っている雰囲気でないことを、二人は察知し降りていた緊張が再び肩の上にのしかかっていた。

「ええ、大丈夫よ。とくに問題ない状態よ」

「そうですか……なら、よかったです」

 アリ―の笑顔の対応に、クリアハードは変わらない表情であった。

 いよいよ、なにかあったと緊張が走る。

 もしかしてバレたか……。

「く、クリアハードさん……どうしたの? さっきからすごく顔が真剣で……」

 アリ―はなるべく動揺せず、自然な感じで……とはならず、やはりどこか緊張してるような雰囲気になってしまい、どこぎこちない。

「実はお二人にお伝えしたいことがあります。……昨日、牢屋で精神治療を受けていたアベルトが回復し、お二人と話がしたいと……いかが致しますか?」

 





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