第35話 ペルピナル神魔殿へ!
ペルピナル神魔殿への行きすがら、俺が御者をしている間にもその馬車の中で魔導師と聖女との攻防が否応なく再燃していた。
「聖女様っていっても実際の所、神魔殿での案内はどの程度出来るのかしら?」
マギがアンに対して挑発的に切り出してきた。
「
そんなマギが発する空気を読まずに、是もまた彼女の気持ちを逆撫でするような発言をアンが即座に返してくる。
「えっ! 初めてなの?」
「そうじゃ、
「それじゃ何の為の案内役なのよ!」
「初めてじゃとは言ったが案内が出来ないとは言ってはいないぞ、勘違いするでは無い」
「行ったことが無いくせに偉そうに言うわね。初めてでどう案内出来るわけ? 訳わかんないわよ」
マギがぷりぷりと怒った声を馬車の中に響かせている。そんな事にはまったく意も返していないアンの態度が更に輪を掛けてマギにいらざる刺激を与えていたんだが……。
「マギ殿とか言ったのう、
「『
「そう『
天下御免の大魔導師のマギとしても『
「マギは『
マギの傍らで二人の遣り取りの先行きを案じていたサギがマギの気持ちを落ち着かせるように二人の間に踏み込んできた、流石はサギっ! 実にいいタイミングだよ。御者に専念している俺は彼女等の話には割り入っていける場所には居なかったからな。
「ん~っ、『
「うん、私はさっきねアンに『
「えっ! 其れって撃たれたって事なの? アンに……」
「言い方が悪かったわ、
サギがそう言ってアンに話しの続きを促した。
「サギにはここに来る前に冗談半分に力を試させて貰ったのだ――まあ、サギには悪いことをしたと
何故かアンもサギに対してはいつの間にか好意的に対処してくる様になっていた。
「そう言うわけでサギには
サギのお陰でアンの事にも皆が関心を持ち始めたようだった。そうするとアンも調子が出てきたのか饒舌に話し始めた。
「『
得意げになって来た様でアンが自慢げに胸を張って見せ始める。
「え~っ、本当に当たるの~ぉ?」
ここぞとばかりにマギが
「えっ! な、何っ? あんた?」
そうマギが喋ったその瞬間、アンの目を見たままその眼差しに吸い込まれたかの様にマギ顔つきが固まりそして次の刹那に解放された様にマギはその眼を泳がしていた。みんながマギの様子を固唾を呑んで見守る。
「私に何をしたの? アン」
マギが蒼白な表情で聖女に問うた。
「何って言われても特に何もしておらぬぞ――お主の身体にも別段変化は無いであろう」
アンは淡々とそう告げてきた。
「ただのう、お主の本心にちょっと触れてみただけじゃ――マギよ嫉妬心は身を焦がすぞ」
「なっ、何を……」
「お主が
アンはそう言いながらペロッと舌を出しておどけて見せた。まったく一筋縄ではいかない性格を惜しげも無く出してマギまで翻弄してくるとはこの先の暗雲を暗示するような筒闇の中、俺は馬車を目的に地に向かって一心不乱に走らせ続けた。
馬車の中でアンの隣に座っていたウギが詰め寄るようにアンに問いかけた。
「さっきのお主の白眼はその『
「んっ! そうじゃぞ、まあ相手の心を見通すような力しか無いがのう、しかしお主もそのなんじゃのう、グラマラスな胸を……羨ましいぞ、どうしたらそうなれるのじゃ?」
アンが毎度のこととなった目線の錯綜にて自分の胸元とウギの其れを見比べて大きく溜息を付いた。そんなアンの視線を物ともせずにウギは自分の頭の後ろに両手を回してその凶暴に突きだした双峰の辺りを更に固持するように胸を張っていらぬ事を口走る。
「やはりラリーに揉んで貰うのがいいかもしれないの~ぉ、お陰で
柔やかに笑いながらそう告げるウギに俺は蒼白な顔でブルブルと首を横に振っていた。が、その横で突き刺さるようなアンの半眼の目が無性に痛かった。
先程までの会話の流れで
「ラリーが好きなのは――豊かな胸とは限らないかもよアン、彼の心の中を覗いてみたら?」
おい! その申し立ては俺の気持ちを無視してないかいマギっ! と思っては見たものの……。
「おおっ! そうじゃのうではさっそく……んっ、待て待てマギっ?
とアンがそう
「あら、違ったのかしら? 私はそう取ったわよ、そう思うでしょねぇサギっ?」
「ええっ! 私に振るの――え~っとその件についてはノーコメントとさせて貰います」
突然振られたサギは一瞬ドギマギしていたがそれでも瞬時に態勢を立て直すと一旦身を引くことにしたらしい。
「ちぇっ、サギったら
マギもサギを仲間に率いられなかった事に舌打ちまでして不満を
「まあ、ラリーの好み絡みの話しだとサギとしても深入りは出来なわね――正妻の立場としては」
「こら~っ! 正妻って言うな!」
マギの捨て台詞にサギが真っ赤な顔で間髪を容れずに突っ込んでくる。
俺の方はと言えば御者台に座って馬車を操る役責をしっかりこなしながらも背中に聞こえてくる姫子達の痴話話に注意深く聞き耳を立てているんだが……そんな背筋に何か冷やっとしたものを感じて思わず後ろを振り返った。と、アンがまさにその彼女の白眼を俺に向けようとしていたところだった。
「おいコラっ! アン! 覗くなよ俺の心を」
そう言いつつアンの『
「あっ! 何で?」
アンは俺の心を見透かせなかった事に戸惑いを感じていた様だったがそんな事に今は構っていられなかった、なぜならもう目の前にペルピナル神魔殿がらしきものが見えてきていたんだ。
「あれがそうなのか?」
思わず俺の口から驚嘆とも言える台詞が吐かれた、其れを聞いたみんなが御者台の方に身を乗り出してくる。
「「『なっ……何んなのあれって!』」」
そんな言葉が俺も含めてそれぞれの口から
俺達の目の前に在るのはその大きな建物が在るだろうと思われるだけの影だった。月明かりに照らされてその影は山ひとつ在るであろうと思われる大きさを誇っていた。が、その影を作っているべき建物それ自身が其処には見当たらなかったのだ。
「私には見えないけどみんなには見えるのかしら?」
サギが自分の眼を何度か手で擦りながらその目を凝らして何とか影を作り出している本体を見定めようとしていたが……首を左右に振りながら諦めた様に周りのみんなに訊いてきた。
「
ウギも同様らしい。
「それを言うなら私にも影しか見えないわよ!」
マギすらままならない事実に苛立ちを隠さない様な口調で応えてくる。
「ほほう~っ! やっぱりそうなのじゃなぁ。
そう告げるアンの言葉に他の皆が驚きと疑惑の混ざった眼差しで訊ねる。
「「『えっ? アンには視えるのか? 本当に?』」」
俺も含めてアン嬢以外には目の前に立ちはだかっている神魔殿らしき建物は見えていなかった。というか、何となく存在を感じることは出来るが視覚として認識出来ていない状況であることはそれぞれの顔色からお互い
「マギよ、どうじゃ
「クッ……」
アンの挑発じみた問いに苦虫をかみつぶしたような顔つきになってマギがぼやいていたと、はたと思ったのかニヤリとして反問してきた。
「アン! あなただけに見えていてもね~ぇ、是からどうするのよ~ぉ、みんなが見えるようにならないと意味が無いんじゃ無いの?」
「……あんっ?」
マギの問いに今更ながら気が付いたとでも言う様な反応を返すアン。彼女の顔色が瞬時に血の気が失せたように真っ青になっていくのがわかった。
「あんっじゃないわよもう……どうすんのさ~ぁアンっ!」
「……
マギに
「二人とも――まったく、マギも
と、俺の言葉に何やらもの凄く反応したアンは俯き加減で背には負のオーラを
「うっ、
その様相は白眼の『
「俺っ! なんか地雷踏んだか?」
「『ニブチンっ!』」
俺が振り無理ざまにサギとマギを見るも彼女等の半眼の目とその
俺の失言がアンの何をそうさせたのわからなかったが、彼女の『
「マジかっ!」
「『うそ~ぉ!』」
俺を始めみんなが感嘆の
そんな出来事が身の回りで起きていることにすら気が付いていないのか、アンは未だに俯いたまま目を伏せて……何かに取り憑かれたようにボソボソとたったひとつの言葉を
「
「……おぃ、アン……さん?」
俺は今更ながらに自分の発言の落ち度を恥じていたが、そんなアン嬢に掛ける言葉を見つけることが出来ないでいた。と、いつもの如くウギがそんな事にはまったく意も返していないような態度でアンにいきなり抱きついた。
「アンっ! お主は凄いでは無いかのぅ、
ウギはそう叫びながら後ろから飛びつくようにアンの身体を抱き締める。その勢いからウギの
「わわわ……ひっ! ウギっ! こらこら
アンは悟ったような、そして諦めたような顔つきでその肩越しに首だけでウギの方に振り返りひと言。
「お主は……羨ましいのう」
「……んっ? アンっ? な~んじゃのぅ?」
そんなアンにちょこっと首を傾げて問い掛けながらも咲きこぼれるような笑顔を投げかけるウギが俺には眩しく見えた。
取り敢えずというか何となくうまく進んでいるというか、アンの『法力』の思わぬ暴走のお陰で俺達の前にはその禍々しさと共に巨大にそそり立つ神魔殿の姿があった。
「
何気にサギが俺の耳元に顔を寄せてきながらそう呟く。
ガシャッガシャッと金属がすり合う音を不気味に響かせながら其れはゆっくりと俺達の方に近づいてきた、暗い闇が全てを覆い其れが一体なんなのかも解らない様相を呈していたが只一人その様子をじっと見ながらニッコリしているものがいた、それはアン嬢だった。
「誰かこっちに来るぞ、人間でも無いし、魔族でもなさそうだが」
俺がひとりそう呟くとマギが俺の耳元でひそひそと話しかけてきた。
「ラリーっ、数は多くなさそうだ、奴らを一気に畳み込むか?」
「いや、此処は向こうの出方を少し見ておこう」
そう言って、御者台から俺がひとり降りて相手をしようとしていた所にスッと割り込んできた小さな影があった。アン嬢だった!
「
そう言うが早いか、暗い闇に向かって両手を添えて祈りを捧げ始めた。するとどうだろう一瞬にして闇が消え去ると同時に二体の甲冑騎士がその場に
「なっ! アンっ!」
その光景に俺もマギ達女性陣も含めて唖然とした表情でアンの事を見つめていた。
「なに、
まさに聖女の笑みを湛えたアン・リトル嬢がそんな事を言いながらニッコリと其処に立っていた。
まさかのアン嬢の『
「アンっ! さっきの一体なんなのじゃの~ぅ? 凄い力じゃぞぅ」
ウギが興奮した口調でアンに抱きつきながらそう言ってくる、そんなウギの仕草に相変わらずアン嬢はたじろぐように逃げ惑っていた。
ウギに背中越しに抱きつかれて引き攣った顔しているアン嬢にかまわず屈託のない笑顔で俺の方を見ながらウギが言ってくる。
「是ならあのエロ爺からの召喚状は用なしじゃのぅ、破り捨てても良いかのぅ」
そう言って彼女の胸元の谷間から召喚状の
「捨て去るのは後でも出来るから俺が預かっておくさぁ――んっ!」
ふっと、手にした
「なんじゃ、ラリーでもその
そうおどけながらマギが柔やかに笑い出していたが、其れには応えずに皆に大声で叫んでいた。
「……つっぅ! みんな伏せろ!」
そう言うが早いか既に駆けだしていた俺は二体の甲冑騎士に従って列の先頭を歩いていたアン嬢とウギを庇うように後ろから二人を抱き抱えて床に伏せる。マギ、サギが俺の叫びに瞬時に呼応してくれていたのを後ろ手に見届けると抱き抱えた二人の頭を自分の胸の下に隠すように引き込んだ、次の瞬間とてつもない爆風を伴って投げた
英雄たちの回廊(Ⅱ) 松本裕弐 @matsu2041
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