第34話 アン・リトホルム公女殿下!
謁見の間の中は思ったより質素な
「アン公女殿下?」
公女殿下の不可思議な行動を訝しむ様に傍に使えていた役人達がざわざと騒ぎ始める。
「殿下、この者達は下僕の者につき殿下自らがそのような振る舞いをなされるのは分不相応に御座いますぞ」
お役人の中の
「爺っ! うるさい! この者達に対しては
外見は可愛げな様相の
イカルガ伯爵も俺もサギも頭を垂れてその場に
「イカルガ伯爵にはご苦労ばかりをおかけしてますねで、そのお方がこの間お話のあったラリー・M・ウッド様なのですね。初めましてわたくしアン・リトホルムと申します。是非ともお見知りおき下さいね」
「ははっ!」
俺達はと言えば唯々その場で平伏するばかりだった。
アン公女殿下が自ら俺達の方まで出向いてわざわざその手を取った上で立ち上がらせるなど公国の君主と下僕である俺達の上下関係からすればあり得ないことだったが公女殿下のオーラはその周りに控えていた公国の重鎮達の諫めようとする思惑さえ一気に霧散させる程の威力を放っていた。そんな中でも俺とサギの二人の醸し出す雰囲気は公女殿下にとっても今までの経験の中で異質なものだった様で直ぐにその場の雰囲気を別のものとする話し方で俺達に語りかけてきた。まあ端的に言えばタメ口ぽいのだが……。
「あ~らぁ、そちらにいらっしゃるお綺麗なお嬢様は誰なのかしら? ラリーさん? 私が
「『えっ!』」
俺もサギも思わず顔を上げて公女殿下の顔を凝視しながらビックリした声色で言葉を発した。
「――ラリーっ? 其れってどういうこと? 公女殿下と許嫁って? 聞いてないし、私は?」
血相を変えてサギが俺に食って掛かる。
「いやいや、サギっ! まてまて落ち着け俺だって初耳だ! 本当に自分の事なのか?」
サギが俺の方を睨み付けながら驚愕の表情のまま食って掛かる様に詰問してくるが其れに呼応する俺の方もまったくもって知らない事だった。と、傍でアン公女殿下がクスクスと笑い始めていた。
「サギさんって仰るのですね
「『……冗談? って、公女殿下……でも?』」
一気に俺とサギの間の緊張のボルテージが急降下したが、あまりにも高位の存在からの唐突な冗談にしては――まったくどうしていつもこうなるのだろうか。
「――アン公女殿下申し遅れました。わたくしサギーナ・ノーリと申す一介の宮廷魔術師で御座います。尚、ラリー様の配下にあるメンバーのひとりでもあります、どうかお見知りおき下さい。其れとひとつ言わせて頂ければ先ほどの冗談はちょっと過ぎる冗談ですわ。何せラリー様……いえ、ラリーはそう言う点では女性の心を引きつけて放さない御仁なので、何せあの魔女王ですらそうなのですから」
と、サギはさっきの公女殿下に言葉に一歩も引かずにズィと文句にも似た発言を前に押し出してくる。
「あらっ、そうなのですか? 魔女王まで……なら、やはり私もきっちりと立候補して於いた方が良いみたいですわね、うふふっ」
「は~ぁ」
公女殿下とサギの言葉の遣り取りに俺はポカ~ンとした表情のまま唯々惚けていた。おいおい、一体どうなっているんだか?
「まあ、それはそれとして後でじっくりと会話させて頂くとしてひとまずはラリー様のお話を伺いましょう」
話しの流れで切り替えられたのかそれとも単に一時しのぎにしかなっていないのか解らないままに俺の当初の
兎にも角にも俺達は今までの
「そうですかステファン卿叔父上がその様な事を――本当ならとても許しがたいことですわね」
アン公女殿下がひと言そう仰った。まあ事実として確たる証拠があるわけでは無いので今は憶測の域を出ないことには変わりない。
「アン公女殿下、今の話しが事実とすればイェルハルド・リトホルム公爵殿を早急にお助けする為にも我が国としても軍隊を派遣致しましょうか?」
傍で俺達の話を一緒に聞いていたお役人の中の一人がそう申し立ててきたのに対して俺はひと言具申させて貰った。
「大勢の軍隊を引き連れては相手に気取られることになります。此処は少人数での事実確認を俺達に任せていただけませんか? その後に
「うむっ、確かに大公様が人質とあらば事を荒立てるのも今は早計か」
軍隊の派遣を告げてきた武人と思われる役人の人もその様に言葉を返して俺の意見に同調してくる。
「此処はラリー様達に全てを委ねるとして
アン公女殿下が申し訳なさそうにそう俺達に告げるとその場の皆がスウッと下を向いて相槌を打っていた。
「其れではラリー様、
そう言うと俺の目の前に歩み出てきたアン公女殿下は彼女が胸に付けていた大きなブローチを外してその場で俺の左胸に付け始めた。
「えっ、公女殿下? 是は?」
「
俺の胸にそのブローチを付け終わるとフッと微笑みを返しながら俺にそう言ってきた。
「こ、公女殿下――その様な大切な物を俺如きが預かるわけにはいきません」
ビックリすると共に俺は直ぐさまにその宝玉を外そうとしたが……外れなかった。
「ラリー様其れはリトホルム公爵家の者でしか扱えない代物ですから、お外しになろうとしても無駄ですよ。其れが今回のあなた様達の加護をしてくれると私は信じておりますからお持ち下さい、是非とも」
アン公女殿下は踵を返して玉座に戻りながら顔だけ俺の方を向いてそう話しかけてきた、そして玉座に座り直すと朗々と告げた。
「我が国と父の事をよろしくお願いします、ラリー様」
「ははっ!」
俺とサギはその場に再び頭を垂れて跪いた。
玉座からアン公女殿下が静かに立ち上がるとその場の皆が跪いて公女殿下の退座を粛然と見送っていたが、アン公女殿下が謁見の間を立ち去られた途端に一同ざわついた雰囲気となりその場に居た者達が何やら右往左往し始めた、其れを見ていたイカルガ伯爵は嘆息しながら俺達にひと言告げてきた。
「ラリー君、悪いが是から私は皆と今後のベッレルモ公国としての振る舞いを話し合わなければならない。先に二人で帰って貰ってもいいかな」
確かに伯爵の後ろにはぞろぞろとその場に居たみんなが集まり始めていた。
「わかりました、俺達も戻ってみんなとペルピナル神魔殿へ赴くつもりです」
「そうか、ではよろしく頼むよラリー君」
「はい!」
そう答えた俺がおもむろに振り返るとその場に居た皆が一斉に俺に向かって跪くのが見えた。
「えっ!」
ビックリして思わず声を上げた俺に向かってイカルガ伯爵はひと言告げてくる。
「君の胸に輝く宝玉がもう効果を発揮してきた様だね――ではくれぐれも気を付けて」
そう言いながら伯爵は踵を返し部屋を出て行くと、跪いていた皆も立ち上がってその彼の後ろを追いかけるように付いていった。
「まったくラリーったら公女殿下までは落としてしまったの? 女子とあらば見境無いんだから」
俺の隣で頬をプクッと膨らまして
「そう言われましてもサギさん――俺の
「仕方ないとは言えね~ぇ、ラリー気を付けましょう……せいぜい夜道にはね」
サギがそう言うが早いか俺の脇腹を思いっ切り抓ってきた。「痛いっ!」という言葉はグッと飲み込んで俺はサギに仕方なく頭を垂れていた――俺かぁ?
そんな謁見の間での出来事の後、サギと二人だけでその場を後に宮殿の長い廊下をトボトボと来た時と同じ道筋を戻って行った、と廊下の途中で聖女の
その彼女がヒューっと矢を放った――いや、実際には矢は無かったのだがまさに矢を射った様に見えたと、その見えない矢なるものが俺の眼の前に来ると光を放ちだして本当の光の矢の姿を現したのだった。
「馬鹿なっ! ぐっ!」
俺の顔の左横をすり抜けようとしていた光の矢を瞬間俺は左逆手で掴み取る。その矢の先はサギの眼前すんでの所で俺に捕まった。
「えっ! な、何っ? や、矢っ? あっラリー……ありがとう」
サギは目と鼻の先の
唐突な行いに憤怒のオーラを発して俺はその
「おいっ! 一体何のまねだ」
その言葉にサギもやっと状況が飲み込めてきたのかビクッと身体を震わせて彼女を凝視する。
「えっ! 彼女の仕業なの?」
と、俺の手の中にあったはずの光の矢が突如として――消え去った。なにっ!
「流石じゃ、
「当たっても何の事も無いなんて――なんなんだ是は?」
俺は目の前まで歩んできたその
「おおっ怖っ! 優男と言われるラリーと言えどもサギに手を出すと魔物如きの
そう言いながら彼女が自ら深めのフードを剥ぎ取ってその顔の全貌を俺達の前にさらけ出してきた。
「あっ! アン公女殿下?」
サギが掌で口を覆いながらそう叫んだ。
「そう言われる時もある――今は聖女アン・リトホルムじゃよ」
と彼女? アン公女殿下では無く聖女アンと名乗るその
「さっ! 行こうではないかペルピナル神魔殿へ」
「えっ! 公女殿下?」
「ちょっ……ちょっと待った!」
サギの
「ラリーお主、いま良からぬ事を思わなかったか?」
自称聖女アンなるその
「ラリーその
「あっ! そうか――失礼致しました。え~っと……誰って言えばいいの?」
「だから
サギに言われてその
「で、どうするやね~ぇサギさん?」
「どうするって言われてもラリーっ?」
その場で二人して俺達を振り回しているその
兎にも角にもその自称聖女アン・リトホルムと名乗る――多分アン公女殿下であろうと思われるその
アン公女殿下が突如不在となれば再び宮廷内は蜂の巣を突いたような騒ぎになるのは目に見えているので来訪時にサギに声を掛けてきた宮廷魔術師のメイさんなるお友達に事の顛末を伝えてイカルガ伯爵を連れて来て貰った。が、その場で伯爵は何を考えているのか俺にペルピナル神魔殿まで共に聖女アン嬢を連れて行ってくれるようにと言うではないか。と言うことでその
「この世界で女性にとってラリーの横に居るほど安全な場所は無いでしょうからね」
其れってどういう意味ですか? サギさん。
「
「いやいやアン公女殿下がそう思われましても俺達からすれば――騒動を持ち込まれたと言うしかないのですが、あっ聖女アン様」
その
「アンでよいのじゃ、なっラリー」
「そう言うわけにはいきませんから公女殿下っ!」
サギも君主に対する礼として流石に呼び捨てタメ口は出来ないと申し出たが……。
「
そう言って聖女アン嬢は俺達に頭を下げてきた。
「ちょっ……ちょっと待って下さい頭をお上げ下さい公女殿下」
サギが聖女アン嬢のその行動に顔を真っ青にして止めさせようと必死に頼み込む姿に思わず俺は笑いを堪えきれず噴いた。と、聖女アン嬢はそんな俺の態度にはお構いなしに下げた頭の位置のままで顔だけ横に向けてサギの事を睨み返してきながら更に注意を促すように告げてきた。
「何度も言わすなサギっ!
「……そ、そう言われましても……」
流石にサギも其れには『はい、そうですか』とは言えない立場ゆえ――何時までも決着が付きそうになかったので、俺として指示することにした。
「サギ、良いじゃないか彼女が其れを望んでいるんだし、是からみんなに紹介する事も考えると此処にはアン公女殿下なんぞいないと言う方がいいよ、そうしよう」
「ほら、ラリーもそう言うておるではないか、
「は~ぁ」
サギは俺に押し切られる形で渋々と聖女アン嬢を認めた、まあ大きく嘆息吐いて頭を振っていたけどね。
「ところでアン、君が同行しないとペルピナル神魔殿へ行くのに立ち行かないという意味は何なんだ?」
俺は早速彼女をアンと呼び、今の疑問の再頂点を投げて回答を貰うことにした。
「おうそれか、何じゃな――魔殿ならお主達でも辿り着けるが其れに神殿の意味を加味して神魔殿と呼んでおるのじゃぞ可笑しいと思わないか?」
「其れって単なる呼び名って言うわけではないのか、そう言う言い方からすると……」
「そうじゃぞ――魔殿なら魔力で対応出来るが神殿の部分は聖女の力が必要なのじゃ
「『
俺とサギはその言葉を聞いてお互いに顔を見合わせて思わず叫んでいた。
そんな話しをしてきたアンの方はどうじゃとばかりにその辛うじてささやかな膨らみを作っている胸を思いっ切り張って自慢してきた。が、目の前のサギの撓わな胸元と自分の其れを瞬間見比べるとがっくりと項垂れてスッ~うと身を引いてしまっていた。
「サギよ~ぉ、お主は羨ましいの……」
「は~ぁ?」
そんな事を言われたサギの方は何の事かわからない素振りで聞き返していた。
「そんな事より――法力が必要な神魔殿の内部ってどういう所なんですか?」
俺は話しを進める為彼女に詰め寄ったが……。
「――そんな事? そんな事って言ったな、そう言うが
アンがプリプリと頬を膨らませ怒りながら食って掛かってきた、名指しを受けたサギと言えばハッとして自分の胸を両腕で隠すように覆って顔を
「……は~ぁ」
馬車の中でそんな事を喋っている内に何時の間にか大部屋宿舎前に着いていた。
三人で大部屋まで歩きながらガヤガヤと話しの続きをする。
「アンさんは聖女って言われましたが其れって公爵家の世襲なんですか?」
サギがアンにそう言って聖女の関わりについて質問していた。
「そうじゃ、
「あっ、あれってもしもそのまま私に当たっていたらどうなるのですか?」
そうだそう言えば、さっきアンはとんでもないことをしでかそうとしていたんだった。思いだしたようにサギが問い掛けてきた。
「あれか見た目は派手に見えたかも知れないが魔族には矢として物理攻撃になるが、だが人には心理攻撃にしか為らないのでのうサギには危害はないぞ、まあ
「え~っ! じゃあ間違えてラリーに当たってでもいたなら……」
サギがそう告げるとアンも『えっ、あっ!』てなことで俺を二人して見惚けると
「その手があったか……
アンの方はその後、心底悔しそうにそうぼやいていた……まあ、俺としては一生気づかんでいて欲しかったわ、ほんと。
思いっ切りうるさい性格が暴露された聖女アン・リトホルム嬢を引き連れて俺とサギはみんなが待つ大部屋の扉を叩いていた。
「みんな居るかい、俺だラリーだ」
「「『おかえり~ぃ』」」
部屋の中からそんな和やかな返事のハーモニーが聞こえてきた。
俺が扉を開けると当然如くウギが飛びつくように抱きついてくる。相変わらずその豊満な二つの膨らみを無意識ながらも俺の身体に押し付けるようにして……。
「どうじゃったのぅラリー、宮廷の方は
俺の首筋に顔を巻き付けるようにして俺の肩越しからサギを認めるとその隣に一緒に立っていたアンを見つけてウギが問うてきた。
「ウギったら! またそうやってラリーに引っ付いて――ん~ぅもう、こら~っ!」
サギはウギの問いかけには応じずに俺に抱きついてきているウギに目くじらを立てて怒っている。
「おう~っ、此処が聞きしのラリーのハーレム寮かのう……んっ?」
話題の主のアン自身も俺に絡み付いているウギの問いを無視しその当人の横を擦り抜けて部屋の中へと風のように這入っていくと、半眼になりながら部屋に居たみんなの胸元の凄艶な渓谷をズイ~ッと見渡して、ひと言俺に向かって愚痴を言ってきた。
「うっ――の~ぅラリー様、お主の女友達になるのにはバストは少なくともDカップ以上で有ることが必須なのか?」
「……(んなわけあるか!)」俺も半眼になりながら声なき反論をアンに送った。
その間もずっと抱きついたまま離れないウギを軽く抱き締めて耳元でそっと囁く。
「ほらウギ、その
「うん、わかったのじゃ」
そう言ってウギは俺から静かに離れてくれた。そのまま俺はアンの真横に立つと彼女の背をスッと前に押し出してみんなの前で紹介し始めた。
「みんなに紹介しておこう、公女殿下からの推薦にて今回のペルピナル神魔殿へ同行してくれる聖女アン嬢だ。公女殿下が神魔殿の内部に詳しい彼女を案内人に推してくれた」
そう言ってみんなにアン嬢を紹介したが……。
「アン嬢? 姓は?」
そう言ってマギがいきなり
「うっ! ……それはのう……リト……ル……じゃ」
「アン・リトル?」(それじゃ見た目ままんじゃないか――おい!)とマギを含めみんなが突っ込む気持ちを抑えているのが俺にもわかったよ。
「そうリトルじゃ――其れで良いのじゃ」
彼女を見る眼が異様な雰囲気を漂わせている中、アン嬢は引き攣った笑みを浮かべながらそうマギに応えたが……。
「ふ~ん、そうなんだリト(ほ)ル(む)ね」
マギは言葉の途中で声を発することなくそのまま口の形を作ってオウム返しでコンタクトしてきた。しっかりばれているのがありありと解る。
「まあ、いいわ聖女様なのね――此方こそよろしく私は魔導師のマギル・ビンチよマギと呼んで」
「
「あたしはヴァル・イラディエル……ヴァルでいいわよアン」
そう言ってみんなが自己紹介をし終わると――最後に控えていたひとりが直立不動でその場で自分の顔を指さしてアワアワしていた。そして一生懸命サギに
「わ、わたしも自己紹介するの?……そうね、んっ。えっ~とサギと同じ宮廷魔術師のロミルダ・ヴェルトマンと申します、公女でん――あっ、アンさま」
そうだ
「「『ふふ~ん』」」
そんな彼女達を温かい眼で見ている我がチームメンバー。まあ、いいっか! で、俺はアン嬢の役割と宮廷での公女殿下との(ここにその本人が居るんだが……)謁見の結果をみんなに話し始めた。
一通りの話しを終えて俺はみんなの顔を
「ラリーのぅ、
おい、疑問は
「そうじゃぞ、
まさに地雷を踏みかかってアン嬢が咄嗟に言葉を止めた。そんな彼女を俺は自らの顔を手で覆いながら天を仰ぎ見て、覆った指の間から半眼の目でアン嬢を睨みつける。
「すまんラリー、
そう謝るとアン嬢はその小さい身体をさらに縮込ませてその場にシュンとなっていた。
「あん? アンはアンであろうに? 今は公女殿下の事を話しておるのじゃぞ? お主は関係なかろうにのぉ」
相変わらずウギの方は疑うことを知らないと言うか空気が読めないというか――よく言えば純朴だった。そんなウギの事を他のメンバーは憐れみの目で黙視する。まあ此は此でアンとウギは結構良いコンビになるかもとふっと俺は思っていた。
アン嬢を交えて此からの予定を皆と話し合うことにした。兎にも角にも大公様であるイェルハルド・リトホルム公爵が人質になっている可能性があるので事を急ぐ必要があったがそうは言っても無理をして相手に
「はてさて
アン嬢が溜息をつきながらそう懸念を吐き出してきた。その事は確かに最終目的に繋がる大事な事だったがその前に俺はひとつ確認しておきたい事象があった。
「ところでウギ、ステファン卿が近づいてきた時に『黒い闇のような気配』を感じたんだったよな」
俺はウギがセクハラに在った時の話しの中で記憶の中で引っかかっていた事を聞いてみた。
「そうじゃ、あのエロ爺は見た時から何か気配がおかしかったぞ。それで
ウギはそう言いながらその時の事を思い出したのか頬を膨らましてプンプンし始めている。ウギは『黒い闇のような気配に一瞬捕らわれた』と言っていた其れはどういうことなんだろう?
「マギもステファン卿を一瞬見失ったんだよなぁ?」
「そうそうウギから少し離れた所に私は居たんだけど、ステファン卿が現れてウギに近づいて行く所までは見えていたのよ……一瞬見失って気が付いた時には奴はウギの真後ろにもう居たわ、私もその時はビックリして見たわよ奴の事を、なんか
「で、黒魔術って思ったと……」
俺はさっきマギが語った言葉を発した。
「うん、その時は単純にそう思ったんだけど黒魔術って、でももしかしたら呪術――ううん、邪術かもね」
黒魔術は『黒気』の魔術レベルがあれば得てして可能な魔術だかその闇に捕らわれすぎると呪術の方に『気』が傾く、読んで字の如く『呪い』を主体に働く、呪いにはそれ相応の対価を必要とするため呪術者が何らかの生け贄に為ることや物を提供する事になる。此処までは対価を払い終われば元に戻れるが……そうしてその先が邪術だ、此処まで深みに嵌まると本人にはそこから抜け出す自我が無くなっているはずだ。ステファン卿の其れが黒魔術レベルならウギや
「ほらっラリーったらまたひとりで……悪い癖よ! ちゃんと話してみせてよね」
「あっ! わるい!」
サギからの指摘に俺は頭を掻きながら謝っておく、そうして今考えていた事を順を追って口に出していた。
「やはりラリーもそう思うのね、あたしもそう思ったわ」
最初に口火を開いたのはヴァルだった。その後に続けてエンマから貰った情報を喋り出してきた。
「姉さんの事を魔女王から引き下ろそうとしている反体制派の一角に邪術の一団が居るらしいの、まだ確かなことは言えないらしいけど――そうすると
「やはりな、魔族が絡んでくると信憑性が上がるな」
「でもラリー、其処に魔族側の得るものは何なのかしら?」
サギがひとつ疑問を投げてきた。其れもそうだ単にステファン卿を取り込んだとしてもエンマ魔女王をその座から引き下ろす目的にはほど遠い。いかんせん人間をひとり引き入れて何の得があるんだろう?
「ひとつ話しをしても良いでしょうか?」
此処でロミルダ嬢が話しに加わってきた。彼女の話によると何でもイェルハルド・リトホルム公爵から俺達の事を聞いていたらしい。
「大公様の思惑ではエンマ魔女王に頼まれた人間界の強力な魔力の発生の根源を探ってみてラリー様達の事であることはベッレルモ公国側でも掴んでいたらしいのです、がこの事をそのままエンマ魔女王に話すかどうかで悩んでいたみたいなんですよ」
「えっ! 其れってどういう意味?」
「エンマ魔女王の狙いがいまいち掴めてなかったんですよ、其れもあって大公様はステファン卿から魔族の情報を貰えると言う話に乗ったらしいんです」
ロミルダ嬢は俯きながら何か悩んでいる様な仕草で話しを続けてきた。
「これから先の話は大公様が私だけに話しをしてくれた内容です。他言無用と言われてましたが……場合が場合なのでみなさんにお話し致します」
そんな前振りにみんなが息をのんでゴクッと喉を鳴らしていた。が、ひとりウギだけがぼそっと
「それって
「「『……?』」」
一瞬その場が空気が凍り付いたが。
「……其れを言うなら寝物語じゃぞ、ウギ様よ」
自分の父の情事に関わる事なのだが? アン嬢がそれでもそう言って事も無げに話しを終わらせてくれたことで何とかその場の空気をそれ以上カチカチに凍らせること無く終わった。
俺はその場ですぐにウギの口を手で押さえたが既に放たれたその言葉にロミルダ嬢が真っ赤な顔になりながら俯いていたその頭を更に下げる事に為っていったのは言うまでも無い。
「んんっ! ウギっ、こらっ。――で、サギは聞いていたのその事?」
取り敢えず仕切り直しもかねてサギに話しを振って於く。
「えっ、私! あっ――ねえ、ロミったらその話しの続きは? 私も聞いてないわよね」
と、サギが俺の意を酌んでロミルダ嬢に話しの続きを促してくれた。
「……わかったわ。それじゃ話しをするわ――何処まで話したっけ?」
ロミルダ嬢の話しの内容は掻い摘まんで要旨をまとめるとこうだった。
エンマ魔女王からの依頼をそのまま彼女に返すと俺と俺を取り巻くみんなの魔力が魔界にまで影響していたことが発覚する。俺達のどでか過ぎた魔力の発覚で魔界勢力争いそのものが大きく揺れている状況だとエンマも言っていたし……。
そしてそれはその元凶となっている俺を魔界の誰が取り込むかで魔界の中の勢力図に大きく影響しそうだとのことがステファン卿から大公様の耳に入ったらしい。まあ、ステファン卿は既に魔族の邪術に取り込まれているようだから本当の話しは他にありそうだが、それでも大公様の立場としては迷うところだろう。大公様としては人間界の勢力争いの方が心配種となるのでギルド連合との関係から俺自身の情報を魔界に売ることになるのは避けたい話しだったらしい。
その為、大公様としてはステファン卿の進言に乗って魔族側の貴重な情報を得る為に魔族への接触を試みたとみるべきだがそれにしても大公様として密会じみたやり方で従順に相手を信じてひとりで出掛けることにしたのはステファン卿への弟愛か? それともステファン卿に何らかの呪術を掛けられたとみるべきか?
「私もひとりでお出かけするのは危険ですと何度も進言したのですが、『ステファン卿と一緒だから……』と言って聞き入れては頂けなかったのです……」
ロミルダ嬢が
「しかし大公様がひとりで出掛ける危険を推してまで欲しかった魔界の情報とは一体何だったんだ?」
ひとり俺は自分の中で引っ掛かっている疑問を口に出していた。
「……其れについては私にも教えては下さらなかった。大公様としては私も信じるに値していない対象だったのでしょう……」
そう今にも消えそうな小声でロミルダ嬢が
「其れは違うんでは無いかの、お主に話してその事が魔族にわかったらお主の命も狙われかねないからのう。
アン嬢がロミルダ嬢の肩をそっといたわるように
「あっ……アン様っ」
何かお互い思うことが在りそうなそんな二人の間に容赦なく割り込んでいく我が女性陣。
「お取り込み中悪いけど、アン? 聖女様だか何だか解りませんがラリーと一緒にって言う事は何か出来るんでしょうか? ペルピナル神魔殿の案内だけでは無いでしょうね」
早速マギがアンの能力を確認しに来た。さてと何て言おうか? と、俺があ~でもないこうでも無いと回答を思案している合間に…。
「
と、聖女様自ら破綻の回答を既に宣言していた。
「は~ぁ? 何にもって、それじゃただの足手まといって言う事なのですか?」
いや、だからさ~ぁ言葉はちゃんと選んで喋らないとほらこうなる訳で……俺は自分の掌で顔を覆い天を仰いで
「ラリーっ! 此はどういう訳なのかちゃんと説明して貰えるんでしょうね!」
「まあまあ、マギの言い分はごもっともだが此処は姉御として器量のあるところを見せて於かないとね~ぇ」
鼻先がくっつく程に顔を突き合わせる様なマギの迫り方に――いつもの如く俺はひらりと
「あっ~ん! こらっラリーったらこう言う時だけ……まあ、いいわ」
ぷりぷりした調子で頬を膨らませながらもその裏側でほんのり頬を赤らめてそうマギが返してくる。何とか凌いだぞ――と。でも、まだアンの事では俺もわからないことが多そうだった。そうこうしているとウギが痺れを切らしたように話し始める。
「ラリーそろそろ出掛けるなら行かないと――時間が迫って居るぞ」
「あっ、そうだな。兎に角表向きはウギが呼び出された事を利用しての拝謁だからな」
俺達は取り敢えず各々の役割を再確認して、ウギの従者としてペルピナル神魔殿に赴くことにした。無論、同行するのは俺とサギ、ウギ、マギとアンである。ロミルダ嬢は宮殿内での情報収集の為、そしてヴァルはもしもの時の後方支援として宮殿にて待機として貰った。其処でも擦った揉んだが在ったが……。
「ラリーどうしてあたしは留守番役なの?」
ヴァルが涙目で俺に懇願してくる。そう言うことになるとは思っていたが此処は心を鬼にしてヴァルに納得して貰わねばならない。
「ヴァルの力は良く知っているだからこそ、ひとりになるが宮殿でのもしもの時に対応する勢力として期待してのことだ。みんなで此処を空けて行っては其れこそ魔族側の思惑通りになってしまうこともあるだろう」
「其れはそうだけど……それがあたしなの?」
「そうだよ、ヴァルにしか頼めないことだからね」
「うん――じゃあ帰ってきたらね、あたしの頼みを絶対に聞いて貰うから!」
「……ああ、わかった」
何となく心重い約束のような気がするが此処はヴァルの意を汲んで二つ返事で返しておくことにする。
そんな風に何とかペルピナル神魔殿へのメンバーを決めると遅ればせながらも馬車に乗り込み目的地に向かう事とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます