第33話 大公様失踪事件?!

 さっきまでエンマ・イラディエル魔女王と入れ替わっていたヴァルことヴァル・イラディエル第二王女が得意顔で其処に立っていた、扇情的な曲線のくびれに両手を添えて其の凶暴に突き出した豊かな胸元を更に誇示するように胸をバンと張って立っていた、エンマの時と同じようにと……まあ、さっきもその目の前に見える肢体はヴァルそのものなのだから外観は全く変わらないのは当たり前と言えば当たり前だが。

「あら、ラリー? 何か言いたいことでもあるみたいですわよ――確かにエンマ姉さんの時からすれば胸が少し小さくなったかな? 姉さんほどは無いから、88は無いから……バカッ」

「えっ!」

「姉さんの方がちょっとだけ大きいのよ! 悪かったわね!」

「いやいやエンマはヴァルと精神部分だけ入れ替わったって言っていたぞ、其れで胸の大きさまで……かわるものなのか?」

「そうなのよ、何故か其処は――かわるみたいなの、あたしの方は魔界のエンマ魔女王の正装でちょっと緩かったかな胸元とウエストは――その代わりとお尻がちょっときつかったのよ。悪かったわね、ふんっ!」

 俺は何も言っていないのだがヴァルのご機嫌がこの話で思いっ切り斜めになってしまった。俺は只ヴァルの事をじっと見ていただけ――あっ、其れがいけなかったのか。確かにエンマにしろヴァルにしろ彼女等の胸元の色香に目線が釘付けになっていたのは正直――ある。そう言う事は相手には直ぐに気付かれるんだ、いま学習した……決して忘れない――是から気配を消して注視することにしよう。

 と、そんな風に首を捻りながら考え事をしていたがそんな様子の俺の頭を後ろからヴァルが思いっ切り小突いてきた。

「痛いっ!」

「ラリーっ! あなた今、よからぬ思いを巡らしていたでしょう――駄目よ、ラリーっ! そんな考えに染まっては」

「えっ!」

「ラリーは今までのままが一番良いんだからね。馬鹿の程、純朴な所がね」

 そう言ってヴァルが俺の事をかかえてきた、しかも彼女のその豊満な胸元に俺の頭を抱え込むようにして、その感触は温かくも柔らかくてとても心地良い物だった。

「ごめんねラリー、ちょっと嫉妬していたわ、姉さんに、あたし、もう大丈夫。それとラリーの『覇王気』の事はばれちゃったわね、そっちの方も御免なさいね、多分いままでも姉さんは何となく気が付いていたレベルだったから魔女王の婿っていうかラリーを魔王にって言う想いは少し伏せていたようだったけど……是からは積極的にガンガン来ると思うから覚悟して置いた方が良いかもね、そこのところはあたしも姉さんからラリーを守る立場だからハーレム・ラリーの一員として」

 そう言うとヴァルは俺を抱き締める力を心なしかグッと強くしてきた。おっと? ヴァルさん何か言葉に可笑しい所が一カ所有ったようだが? それとより強く抱き締められて彼女の両房の柔肌が俺の頬に何にも代えがたい喜びを与えてくれるっていうか目の前に白いもやと言うかヴァルハラが見えてきたようだ、ヴァルの胸の中でヴァルハラを見るか? あれ~っ?

「……ヴぁ~るさ~ん、ちょっと息が……く、く・る・し・いっす」

 温かくも柔らかくとても心地良い包まれ感に浸りすぎて俺も息が付けないほど彼女の胸元に押しつけられていることに暫く気が付かないでいたよ。ほんと、こんなことはサギの時にもあったような? 俺も学習しないね、まったく。

「あっ、あたしったら御免なさい」

 ヴァルは慌てふためきながら俺の事をサッと離しそう謝ってきた。俺はと言えばヴァルの胸元から名残り惜しいくも解放されて息が出来る事に素直に安堵する。

「はっ――ふう―――っ」

 と、おもいっきり深呼吸して息を整えてからヴァルに笑顔で話しかけた、何せ彼女が涙目になって狼狽しながらも何度も何度も俺に謝っていたから。

「本当に、御免なさい! 御免なさい! 御免なさい!」

 俺は一息、息を整えてから彼女に応える。

「な~にぃ、ヴァルの胸の中でヴァルハラを見ながら死ねるのも一興だろう」

 まだ青白く血の気の失せた顔色ながらもそんな軽口をたたく俺にヴァルはホッとした顔つきに戻ってひと言喋った。

「バカッ」

 その後の会話はお色気抜きで真面目の話しになった。まあ、そうは言ってもヴァルはこれ見よがしに彼女の胸元を俺に見せつけるように誘う仕草は止めてはくれなかったその為、胸元の奥に覗くその真っ白なふもとの眩しさビクリとしながら目を背ける事を何度も行う羽目に俺はなっていたんだが。

 話の内容としてはヴァルがエンマの代わりに魔界の魔女王に移り変わっていた事により魔女王として部下から直接受けた報告の事だった。さっきエンマが喋っていたペルピナル神魔殿での反体制派の動向のその後の情報だ。

「姉さんを狙う反体制派の魔王族は結構いるみたいだわよ。あたしの聞いた話では神魔殿に百人を越える規模で集まっているらしいわ、魔王族自体は一握りと思うけど魔人族がそんなにいたら姉さんと言えども簡単には押さえられないでしょうよ。それとこっちの情報が重要よステファン・リトホルム卿が魔王族の反体制派に絡んでいるって言うのは確からしいわよ、証拠もあるってあとペルピナル神魔殿に人間がひとり幽閉されていると言っていたわ多分、彼等の話しぶりからするとイェルハルド・リトホルム公爵に間違いは無いわね、その幽閉されている御仁というのは」

 話の中身からするとエンマもエンマで魔界が大変な状態にあったようだった、しかもその要因を作ったのは俺達のヴィエンヌでのやりたい放題の魔力放出が起因と聞いているし。そしてベッレルモ公国のお家騒動の件も少しづつだが事件の真相が明らかになってきたようだった。


 ヴァルからの話しをひととおり聞いた後、俺は腕を組みながら思案をしていた。その俺はどういう状態かって言うと部屋の中央に置かれたテーブルに向かって椅子に深く腰掛けて座っていた訳だが、そのテーブルの上にはヴァルがお行儀悪くも足を組んだ形で腰掛けてその肢体を色っぽく捻りながら俺の肩周りに顎を乗せてしなを作っていたそして俺を抱き締めるように両手を首回りに抱き付けながら寄りかかってきていたんだった、いまだにヴァルはこれ見よがしに彼女の胸元を俺に擦り寄せて誘う仕草は止めてはくれていなかった。こっちもこっちで鼻血が出ることは無くなったがそうは言ってもばくばくの心臓はその平常心拍を遙かに超えて血圧がきつくなって来ているんだが……これは一体なんの罰ゲームなんだろう?

「そうかベッレルモ公国のお家騒動の件は置いておいても、エンマの魔界の反乱に対して俺に出来る事は有るかな~ぁ」

 そんなヴァルの色香の誘いにも素知らぬふりを決めながら俺は話しを続けていった。

「ほらっ、ラリーならそう言うと思ったわ、しかもベッレルモ公国の件は早々に置いて置いておくのね。姉さんも自分の身内って言うか魔界の内紛にラリーを巻き込みたくは無いからペルピナル神魔殿の事は話したくなかったのよ、だからかたくなに喋るのを拒んでいたのにラリーったら其れを――って言うかあなたしか出来ない事があるのに、ラリーが出来る事って言ったら魔王を継ぐことになるわよ」

「えっ! そうなのかぁ?」

「馬鹿ね、ラリーったらそうに決まっているでしょうエンマ・イラディエル魔女王が求婚してきたのよ、その重みは魔王をラリーが継ぐことに決まっているでしょう」

「いやいや、簡単に言うけどそうと決まっているわけでは無いだろう」

「それじゃラリーはエンマとの間に魔王の次期継承者をつくるって――快楽と共に子種を与えるだけで済むと思っていたのかしら?」

「ちょっと待て! なんでエンマとその……なにする事が前提となっているのかな、ヴァルさん?」

「馬鹿ねって言うかニブチンって言うか、『覇王気』を持っているラリーはもう姉さんの掌の上で踊らされているんだからね――何があってもラリーの子を宿すことしか考えていないと思うわよ姉さんなら。よく言うじゃないの――おんなが恋に落ちたかどうかって其れは相手の子を自らの体内に宿したいと思うかどうかだって、もともと『魔王族の血の掟』から雁字搦がんじがらめ魔女王の姉さん立場からすれば是こそ渡りに船って言うか初心貫徹っていうか初恋成就で言うこと無しじゃないのねぇ――うぅ~んとそうそうラリーならあたしとでもいいだけどね『魔王族の血の掟』からすると、じゃぁそういうことで……」

 そう言いながら既にかろうじて薄手のころもとしか機能をしていないその服のような物をその場でいそいそと脱ごうとしているヴァルを無理矢理制して俺は話しを続けさせようとしたが。

「ヴァル話しはまだだぞって、こらっそこで脱ぐんじゃ無いよ――見えてるって」

「あら、是はみ・せ・て・いるんだけど? 嫌かしら? ラリーは」

 ヴァルはエンマ姉さんと入れ替わった時の話しの後から妙に積極性に磨きが掛かってきたようになっていたが――その時、部屋の扉をバ~ッンと蹴破るような勢いで開け放ったかと思うとサギが飛び込んできた。

「あっやっぱり、ヴァル駄目よそれ以上はね!」

 サギがそう言いながらヴァルの首根っこを掴まえると俺から引き剥がしてくれた。

「あん! 折角此処まで迫って――もう少しの所だったのよサギっ! ケチっ!」

 引き剥がされたヴァルは俺との間に割り込んで入ってきたサギの事を恨めしそうに睨み付けながら地団駄を踏んでいた。

「何がもう少しの所よ、まったくもうっ! ラリーもラリーだわ、鼻の下なんか伸ばしてみっともない……んって? 鼻の下は伸びてないわねって言うか、目が白目向いて泡を吹いて――えっ! 普通に伸びているじゃ無いのラリーっ! 死んじゃ嫌よ!」

 俺に憤慨しようとしていたサギが俺の異変に気付いて驚きつつも慌てて回復魔術を掛け始めてくれた、やっと。

 サギさん気が付くのが遅いよ、なんて言うことは無いぎりぎりで踏ん張っていた俺の平常心拍はヴァルが引き剥がされる時におもいっきりに俺の首元にヴァルがしがみついたことで簡単に崩壊していた――其れもそうだが思いっ切り二人に首を締め付けられていたんだよその時俺は……二人とも気が付いてくれなかったけど。

 唐突と言うか順当にと言うか、まあ床に倒れて無様に死出の旅に行きかかっていた俺をサギが回復魔術で引き戻してくれた、それでも意識朦朧いしきもうろうとしている間にサギとヴァルとでそっと抱き上げてそのまま二人が横に並んで膝枕をしてくれた上に俺は静かに寝かされていた。

 目が覚めて視界が戻ってくると俺の眼には二人が心配そうに覗き込んできているのが見えたんだ、そう二人とも泣き腫らした顔だったよ。

「『ごめんなさい、ラリー』」

 二人して声を合わせて謝ってきた。そんなに謝られても単に俺がだらしないだけなのにと、こっちが恐縮してしまう、いつものことながら。

 そんな無様な状態ながらもサギからの情報収集の調査結果だけはしっかりと聞くことを忘れていなかったよ、まあ二人合わせた膝枕の無類の心地よさの中に俺はいたんだったが。

 サギの話しは俺の推理したことの裏打ちだった。

「私が宮廷魔術師団メンバーに聞きまくってたらいたわよ、大公様がお部屋にいる時間と思われる時に宮廷内でステファン卿と話しをしていた宮廷魔術師団メンバーがそれも二人もね、しかもその時を想い出してステファン卿にいやらしい事をされそうになったって思いっ切り憤慨していたわよ」

 と、サギが露骨に敵愾心てきがいしんをステファン卿に表していたわ。と言うことは後はマギがもう一本の当たりの情報を持ってきてくれればビンゴだ。宮廷で二回にわたってステファン卿と思われる姿が確認出来て、しかも前者が顔を確認出来ていないとすればそっちが大公イェルハルド・リトホルム公爵様のはずだ。単純な兄弟入れ替わりの移動だ、残りの疑問は何故に大公様が自らそんな事をしたかという理由だが……それも何となく読めてきた。

 其処まで考えを纏めると俺はサギ達の膝枕の心地よさに身を委ねるように眠りについていた、そう言えば俺は寝てなかったなずっと。

「あっ! ラリー? 寝ちゃったみたい――うふっ、悪戯いたずらしてみようっか? ヴァル」

 サギがヴァルの方を見ながら俺の事をそう伝えたのが記憶の最後だった。俺は二人に何をされるんだろう? 二人が仲良く悪巧みをしている様子を夢見枕に聞いていてそのことに不安と言うよりなんか嬉しさがこみ上げていたのは――何でだろう?


 俺はベットに寝かされている状態で目が覚めた、しかも俺の身体の上には二人の眉目麗みめうるわしい女性の肢体が両脇に重なり合っていた。無論サギとヴァルの二人だったがしかも二人とも何故だか上半身裸だった。その為二人はその豊満な胸元をそのまま俺の上半身に重なるように押し付けてきていた。俺もそのことに暫し気付くのに時間が掛かった、そう俺も上半身が裸だった。なんでだ?

「うぅ~ん、あっ! ラリー目が覚めたのかしら? うふっ、何っ? 真っ赤な顔をして……」

 俺が目を開けたのに気付いたサギがおもむろに声を掛けてきた、しかも心なしか小悪魔的な笑みを浮かべていた様にも見えた。

「な、何で二人とも……その~ぉ、裸なんだ? て、言うかその胸が当たっているんだけども……」

「『うふっ! 是は当てているのよ、わざとね。感じてくれてる? 私達の心臓の鼓動も――私達だってドキドキしているのがわかる?』」

 遅れて目覚めたヴァルも一緒に、そう二人綺麗に揃って声を合わせてきた。

「『女の方から是だけ攻められても、ラリーったら普通に返してくるんだからちょっとは――手を出しても良いのにね』」

 此処まで二人でハモるように喋ってくるとは俺が寝ている間にどれだけ二人で練習していたのか?

「……つっ、手を出していいって言われても――俺は」

「ラリーがこだわっているのは――ほんの一時の気の迷いのまま私達の事を抱いてその後に憂いが残るのが嫌だからなの? そんな憂いを消しきるほど私達の事が好きじゃ無いからなの? それとも他に理由があるの?」

「さ、サギっ、な、なにを言っているんだ?」

 そう思わず叫びだした俺にサギが少し興奮した気持ちを無理矢理抑えた様な口調で静かに話しかけてきた。

「ごめんね、ラリーが寝ている間に聞いたわヴァルに全てを――エンマが今置かれている立場のこととそれとラリーの『覇王気』の秘密もね、水くさいって言うか少しむかついているんだけど私!」

 確かに貴女かのじょの言葉尻には憤怒の韻を含んでいるように聞こえる。

「なっ! ヴァルが? まさか本当に――喋ったのか?」

 俺はギョッとした顔つきでヴァルの方を見て取った。ヴァルは伏し目がちに目を逸らしながらも俺にしっかりと告げてきた。

「だってエンマ姉さんの事だから、是からはきっとラリーの事を本気で追っかけて来るってわかっているからこそ、そのことをサギに秘密にしておいて良いことないと思ったの。それとも本当のところは魔女王と一緒になって魔王にでもなりたいと思っていたの、ラリーっ!」

 真正直に切り出されて俺もそれ以上はヴァルを責める事は出来なかった。正直、彼女の方が正論だと感じていた。

「うっ! 其れは決して無い――魔王とか勇者とかそんな事に俺は興味を引かれたことは一度も無い、其れだけは誓って断言出来るよ」

 ヴァルの問いに即座に答えるとサギに向かって誓った。

「サギには秘密を持っていたことは謝る、ごめん。ただひとつだけ言わせてくれないか『覇王気』を時々纏まとうらしいが其れを何時いつ出せるのかは自分では未だに解らない。しかも右目だけがその時に金眼色に変わるらしい――なにせ其れは自分では見れないから解らないんだ。幼い時にそんな事があって爺さん婆さんには他の人には絶対に知られてはいけないと言われてきたから。皆にも秘密にしていた。ヴァルとマギの二人には一瞬その時を見られた事で知られていたんだ」

 俺はサギにそんな風に話した、其れと事のついでだ――もうひとつの事もさらけ出した。

「あと、ヴァルも知らないことだが――俺にはその先があるらしい。自我を忘れる程の緊張下に陥ると左目が銀眼色の輝きを放つんだと。マギには其れを見られた事が一度ある」

 その話しにはヴァルでさえ驚くように俺に真顔で迫ってきた、ちなみにサギもヴァルも未だ裸のままだったその状態で俺の方に肉薄して迫ってくるんだから俺としては目のやり場に困る事この上なかった。

「そ、それって伝説のオッドアイの『覇王気』なのっ?」

 ヴァルがそう切り出してきた。

「その台詞せりふはまんまマギが発していたよ――あの時、そうサギがレッドグリズリーと相対していた時に……」

「あっ! あの時の――ラリーの意識を私が感じて危機一髪のところを助けて貰った時の事ね」

 サギも上半身を起こして俺に迫ってきながら即座にそう問い掛けてきた、さすがにあの時の記憶は鮮明に残っているらしい。それにしても二人ともいい加減に服を着てくれないかな~ぁ、俺は天井を向きっぱなしで自分の視界から裸のままの二人の姿を消し去る努力をまだまだ続けていかなければならいようだった。そんな状況でも俺は全てを吐き出すように喋り続けていた。

「俺は生まれてこのかたこんな力が欲しかったとは思ったことは無い、実の父の事も生んでくれた母の事も俺は知らないで育った、おのれの幼い時には、多分俺と言う化け物を二人とも恐れたんだろう、だから捨てられたんだと信じ込んでいたんだ。こんな化け物の血筋を受け継いでしまう自分の子供のことを考えてみると――人と違うと言うことだけでさげすまれて一生過ごしていかなければならないことになるんだ、可哀想すぎるだろう。俺の末裔まつえいはこの世に存在してはならないと思っているよ心の奥底では――多分俺は!」

 其処まで俺が話し終えた時にサギとヴァルの二人がすぅ~ッと俺の上から身を起こしてベットの傍らにそれぞれ左右に分かれて俺に背を向けたまま座り込んだ、そうして傍に畳んであった彼女達の上着を羽織り始めた。程なく二人が服装を整えると再び俺の傍らに膝立ちで躙り寄ってきた、それぞれ俺の左右に――俺の肩口に彼女等のからだを柔らかく寄り添わせてきた。

「やっぱりそう考えていたんだラリーは――馬鹿だわ」

「そう馬鹿ねっ」

 サギとヴァルの口からそんな俺に対する温かい罵声が告いでてくる。

「……そんな風に馬鹿って言うなよ」

 取り合えず彼女等にはつぶやくようにそう言い返してみた。

「『あら、だって私達の気持ちをまったく無視して――ラリーってば独りよがりの馬鹿だわ』」

 しかしながらそんな風に更に二人で畳み込むように俺を柔らかく罵ってきた。


 サギとヴァルの二人にそんな風に詰め寄られている俺を助けに来たかのように、ちょうどタイミング良く俺達の大部屋の扉をトントンと叩く音で――その場の会話が一時止まった。

 俺自身はその時ホッと安堵の溜息を付いていた。誰が戻ってきたのか? 律儀にノックをしてから這入ろうとしていると言う事は――ロミルダ嬢らしいな。俺はそう当たりを付けていた。

「んっ! ロミさんかい? どうぞ」

「あっ……はい、私ですロミです」

 そう向こう側で応える声がしてゆっくりと扉が開かれた。扉から顔だけ覗かせて中を伺うような仕草でロミルダ嬢がもう一度、確認の問いを俺に投げてくる。

「何だかサギの興奮した声が聞こえてましたけど……大丈夫ですか? 私が這入っても?」

 あら、やっぱり。俺は少しばつが悪そうな気持ちを無理矢理心の中に押し込めながら此方も入室の許諾をロミさんに無言ながら大きく頷いて返す。彼女曰くサギが興奮していた! はたから見るとそう捉えられるのか、そう思うとロミルダ嬢がいぶかるのもやぶさかでは無いと思う。

 そんな中でサギがベットから音も無くスルリと降りてロミルダ嬢を大部屋に迎え入れる為に扉の方に歩を進めた。

「ロミ、ゴメンね。誤解させたみたいだわ別段ほらっ――ヴァルと二人でラリーにちょっとわけいったことを相談していただけよ、さっ這入って頂戴」

 サギはそう告げるとロミルダ嬢の手を取って大部屋の中へと導いた。そんないつもと違うサギの仕草にロミルダ嬢は此処であったことが何なのか探るような眼差しを俺とサギに投げてきた。

 サギの言う『わけいったこと……』の重みは俺自身心に重くのし掛かった、貴女にそれ程までの言葉を言わせた自分を思いっ切り恥じた。

「あの~ぅ、ラリーさんいいですか?」

「あっ、はい何でしょうか? ロミさん」

 と、ロミルダ嬢がサギから離れて俺の傍らにスッと近づいたかと思うと耳元にそっと顔を寄せて手で彼女の口元を覆いながらささやくように告げてきた。

「後でサギにはちゃんと謝って置いた方がいいですよ……多分、相当怒ってますよ、あれは――何があったかは訊ねませんがね」

「…………」

 言葉も無く俺は小さく頷くとハ~ッと溜息を付いた、まあそう言われるだろうとは思っていたが。

「ロミっ! いいのよ……ほっといて!」

「ほらっね」

「わかってますよ――俺が悪かったことは」

 俺は唯々俯いたまま静かに時が過ぎ去るのを待つしか無かった。サギ達に秘密を持つことの恐ろしさをまざまざと知った日だった。


 そうこうしているうちにマギとウギも戻ってきた。まあ、ウギはマギに首根っこを捕まれて連れ戻されたといった方が良かったみたいだったが。

「ラリーっ! ウギを外回りにしたのは間違えよ! このったらまったく――」

「何じゃ、わらわが何か悪いことをしたように言うじゃのぅマギよ」

「あ~ぁ、まだ解ってないのかしらこの馬鹿っ!」

 マギが怒り心頭の様子でウギに迫っていく所に割り込むように俺は身体を滑らせてマギの前に立ちはだかった。それでもその俺を強引に押しのけるようにマギはウギに食って掛かりウギは俺の背中に綺麗に回り込んで俺を盾にしてまでもマギに反論する。

わらわのお尻を不埒にも触ってきたのだぞ、あの爺は! 叩きのめされても仕方の無いことだぞ――わらわのお尻を触っても良いのはラリーだけなのじゃぞぅ」

「だから、その爺って言う奴が……あんた誰だか解って叩きのめしたのか~ぁ」

 おいおいマギ? 一体何があったんだ?

「あっとその前に、ラリー言われたことを聞き取ってきたわよ。ラリーの読み通りだったわ、イェルハルド・リトホルム公爵と最後に引見いんけんしたステファン卿が帰る時に付き添った衛兵に会えたわよ。顔は深いフードを被っていて見えなかったそうよ、ただ『帰るので馬車を頼む』と言われてステファン卿の声だったって、其れで馬車を用意したそうよ――ステファン卿が宮殿に来る時に乗ってきた馬車をね」

「わかった、マギ。ありがとう、こっちも色々解ってきたよ」

「そうラリー、役に立てて嬉しいわ」

 そう言ってマギがニッコリと俺に向かって微笑んだ。

「あ~とでね、しっかりご褒美が欲し~ぃな~ぁ――って、言っている場合じゃ無いわ、ウギっ! あんたがのしたそのエロじじいがステファン卿よ、しかもその後であんた呼び出しを貰っているじゃ無いの、どうすんのよ~ぉ」

 そう打ち明けたマギのひと言は俺達一同を一気にざわつかせるに十分な威力があった。

「「『なんだって!』」」

わらわは行かんぞ。わざわざ向こうの良いようにされるほどお人好しでは無いでのぅ」

 と、そんな中でもひとり状況を把握していないウギの発言にみな天を仰ぐ。

「ウギっ! どういうことなんだ。ステファン卿に愚行ぐこうをしたのか?」

 俺の勢い余ったそんな問い掛けにやっと自分の行いの拙さに気が付いたのかウギがシュンと申し訳なさそうな顔つきなった。

「ラリー~っ、だってわらわに落花狼藉を働いたのはあのじじいの方なのだ――で、ごめんなさい」

 なんだかんだで文句を言うもののウギはその小さな身体を更に縮こまらせて涙目になりながら謝ってきた。ちょっと可哀想だが――ちょっと可愛い。

「ラリーそこまでにしてあげて、マギも良いでしょう――もう、そのじじいに何をされたのかな~ぁウギっ?」

「うん、お尻を触られて抱きつかれてたのじゃ、わらわもビックリして思わず手が出た」

 庇うようにサギが話しに入ってきて其れこそ渡りに船とばかりにウギが即答してくる。

「ふ~んじゃぁ――ウギは知らない間にステファン卿に近寄られたんだ、そんな隙を与えたんだ」

 畳み込むようにサギが話しの筋を掴んでウギの記憶を辿らせてきた。

「いや、わらわも気配を察していたのじゃぞじじいの、じゃがのぅ――後ろを取られた、しかも見えなんだ、黒い闇のような気配に一瞬捕らわれたのじゃわらわがのぅ、不覚にも」

 えっ、なんだって。

「ラリーっ、それって黒魔術かも」

 そばでマギがそう言ってきた。しかし、マギもその時ウギの近くにいたんだろう? 気付かなかったのか? ステファン卿とは何者なんだ? そんな疑問が矢継ぎ早に出てきた。

「うん、私も近くにいたんだけどウギの言う通りに瞬間ステファン卿を見失ったわ」

 マギもそう告げてきた。

「わかった、何かありそうな御仁だなステファン卿は。ところでその御仁にウギは呼び出されたと言っていたね」

 俺はそれ以上の手掛かりは掴めないと思い話しの先を続けさせることにした。

わらわが宮殿を去る時に奴の部下がわらわに是を持たせたのじゃ」

 そう言ってウギが一通の文を渡してきた。その文を開けて中を見ようするとその場の全員が寄ってきた。そう俺の背中や肩先から覗き込もうと皆その躰を俺に密着してきた。で、それぞれのね――大きさやら柔らかさの違いが肩口やら背中で感じ取れるように押し付けてくる。絶対意識的にワザとしているぞみんな!

「こらっ! 皆もそんなにくっつくなって! 当たっているてば――胸が~ぁ、う~んもうやめんか!」

 俺がそう言うと皆がブ~ッとした顔で文句を言ってきた。

「「『ラリーのイケズっ!』」」

 と、その時の振る舞いで思わず俺が落としてしまった文を拾い上げてヴァルが読み上げた。

『そのものの狼藉許しがたし、だが許しを請うなら温情を持って善処する事もやぶさかでは無い――ペルピナル神魔殿まで早々に出向くべし』

「…………」えっ! ペルピナル神魔殿だってぇ!


 俺とサギそしてヴァルはその文面ににわかに色めき立った、しくもさっきまでエンマから聞いた話しをしていた中のあの神魔殿の名前が出てきたんだ。ウギとマギとロミルダ嬢は未だその話しを知らないので俺達がいきなり騒ぎ始めた事に当然訳もわからずキョトンとしていたが……。

 俺はさっきまでサギ達と話し込んでいた情報をみんなで共用することを提案した。ウギとマギ、そしてロミルダ嬢も其れには一も二も無く同意だった。只、ロミルダ嬢はそのことを自分にも教えて貰うことに少し躊躇いがあったようだったがサギが有無を言わさずに仲間に引き入れてきた。

「わたしがラリーさん達の秘密を其処まで聞いても良いのかしら? ちょっと迷うわ……ねっ? サギっ?」

「ロミったら今更よ、此処まで来たら一蓮托生よ、覚悟して付いてきてね」

「覚悟って言われてもね~ぇ、ラリーさん本当に良いのかしら?」

「まあ、サギの言う通りだと思うよ――でも、君が嫌なら無理強いはしないよ」

「あら、ロミには優しいのね――相変わらずそういう所が憎らしいのよね、そう思わないことウギ」

 サギがちょっと前に俺に憤慨していた事を思いだしたかのようにウギを引き入れて共同戦線を張ろうとしているのが一目瞭然だった。只そんなサギの思惑を物ともせずウギが空気を読まないまま口走る。

「サギの憂いは何となく解るがのぅ、でもわらわはラリーを信じているだけだからなんの事はないんでの~ぅ、でなんの話しなのじゃ?」

「…………」

 ウギに話しを振ったのが間違いだったと項垂うなだれているサギを置いて俺はさっきまでの話しをこの場でみんなに喋り始めた。

 そうエンマ・イラディエル魔女王の魔界で置かれている今の状況、それと俺の『覇王気』の秘密を……。


 淡々と話しを続けた俺の告解の後、重々しい雰囲気がその場を覆った。その空気を破ったのが何の事は無い何時もの調子のウギのひと言だった。

わらわはあのエロ爺をあの時その場で切り倒しておけば良かったのじゃの~ぅ、じゃあ今からそうしてくるのじゃ」

 と、おもむろに立ち上がりその場から直ぐにでも飛び出していこうとするウギの肩を無理矢理に押さえてサギが話しを繋いでくれた。

「ウギったら、そうじゃないのよ――まずは待ちなさいってば~ぁ」

「なんじゃサギ? わらわは奴をば、締めてくると言うているでは無いか邪魔立てするのかのぅ? お主は」

 俺はサギの言葉の続きとしてウギも含めみんなに向かって自分の気持ちを伝えておくことにした。

「ウギもサギもマギも、そしてヴァルにロミ――みんなにひとつ言っておきたいことがある。是からの事は今までのように楽な闘いとは為らないと思って欲しい、今までもそれなりに危機はあったけどそれでもだ。今回は相手が相手だ――魔界が相手となる、その難しさは過去とは雲泥の差だと思ってくれ、それでも俺はみんなについてきて欲しいと思う、みんなの力を俺に貸して欲しい」

 そう告げるとその場でみんなにあたまを下げて俺は頼み込んだ。唯々そうするべきだと思った、こうべを垂れて下を向いたままみんなの答えを待っていた。が、なんの反応も返ってくる様子が無かった……痺れを切らして目線を持ち上げるとサギを中心にみんなが集まってなんやら相談している風だった。


「だから、この間さぁ~みんなで女子会した時の話しよ――ウギは覚えているよね」

「あ~ぁ、わらわかサギかって言うことかのぅ」

「そうそう……違うって、是だけのメンバーであれだけ色っぽく迫ってもラリーなんか露程つゆほども乗ってこないじゃないのって話しよ」

 サギがなんか興奮したように話しをしている。が、……なんだなんだ? マギが其処に口裏を合わせるように切り出してくる。

「そうよね~ぇ、ラリーってばどんなにエロっぽく雰囲気を作ってもその場では結局……ならないものね、自分の魅力に自信を無くすって言うか、時々腹が立ってくるしさ~ぁ」

「そうなのよ、で~ぇさっきの話しの続きだけど、ラリーったらやっぱりもしも子供が出来たらってことで自制していたって言うみたいなの――しゃ~しゃ~とね、流石さすがにちょっとはむかついたわよ私も」

「そうなのサギっ? ラリーの子を身ごもりたいってみんな言ってたわよね――私だってそうだもんね。強くて優しい子供が出来るって思っているわよ」

「でしょうでしょ~ぉ、マギって話しが解るわよね――其れなのにさぁ、自分のような化け物が生まれるっていうのよラリーったら自分の事を化け物って、それって酷くないそういうの私達が大好きなラリーの事を自分で化け物扱って」

「えっ! サギっそう言ってたのラリーって」

「そうそうヴァルも一緒に聞いていたから――マギに話して聞かせてよヴァルてば」

「そうなのよマギっ、あたしも聞いたわよ! ラリーたら魔王族の血を受け継いでいるのを知って躊躇しているみたいなの、魔王族の呪いの血筋ってね」

「そうすると『魔王族の血の掟』ってことなのか――それじゃエンマかヴァルが有利って事かのぅ、わらわ達は蚊帳の外に置かれるのかのぅ――嫌じゃ!」

「でしょうウギの言うのも尤もだと私も思うわ、ヴァルが羨ましいわ」

「サギっ! あたしはその言葉をそっくり其方にお返しするわよ――ラリーの一番はなんだかんだ言ってもサギなのよ」

「そう言って貰えるのは嬉しいけど結局ね~ぇ、手も出して貰えていないわ私なんか――其れだから未だに殿方とのがたとは……もう耳年増になっちゃうわ」

「サギってそうなの? てっきりもう……経験しちゃってるのかと」

「ロミっ! あなたは黙ってて!」

 おいおい! なんの話しになっているんだ。俺のお願いに――誰も応えてくれないのか?

「サギっ! ウギっ! マギっ! ヴァルにロミさ~ん、お~い俺の話はね~ぇ」

「「『うるさい~ぃ、ラリーの朴念仁! みんなの想いはもうあなたの想像の更に上をいっているの! ついてこいって私達には当たり前なのよ今更なの、みんなついてこいよも~ぉ』」」

 俺に向かってみんな揃って叫んできた。お~い、この間俺を無理矢理に追い出してみんなで話しをしていた女子会の事ってそれなのかい?

「当たり前でしょうだって女子会って、読んで字の如く(ラリーを)すき会って事だものね~ぇ、みんな」

「『そうよ』」

 サギがそう言ってみんなの気持ちの総括してきた。最後はそう言うことになるのか? 良いのかそんなんで?


 その後も俺はみんなに吊し上げられて針のむしろに座らせられている気分だった。まあ、そうは言っても俺の事を少なからず良くは思ってくれていることなのだからと自分自身を奮い立たせるだけの叱咤激励と思うことにしていたが……その中でもサギが一番厳しかったかな。

 まあそうは言ってもみんなが俺に力を貸してくれる其れがどれだけ心強いことか、本当に有り難いと思った。

 そうなるとウギがステファン卿に呼びつけられたことは俺達にとって僥倖ぎょうこうな事と言えるかも知れない。『――ペルピナル神魔殿まで早々に出向くべし』と先方から呼び出されたのだから此方も満を持して赴くことが出来ると言うものだ、何の憂いも無く堂々と行けることになる。

「で、わらわが呼び出しに応じて出向くと言うことにして皆がわらわの家来と言うことにするのじゃな」

 ウギが是からの事をおさらいするように聞いてきた。

「そうよ、まあ家来と言うよりは使用人として付くのが良いわね。ヴァルはメイドさん役が良いんでしょう?」

 そう言うサギの提案にヴァルはコクコクと大きく頷いていた。ヴァルは何でそんなにメイド服を着たいのだろうか? 俺の時も其れにこだわっていたし――何でだろう?

「じゃあ私とマギもそうしようか? メイド服って何着か有ったわね、後はラリーは執事役ね」

 と、サギが芝居の配役を決めるように話しを進めていた、此処も何か緊張感に欠ける気がするが。

「執事って――普通付き添ってお供する者なのか?」

 俺はサギに単純な疑問を素直に投げかけてみると。

「……そうね。少し可笑しいかな?」

 だそうだ。

「じゃあ、ラリーはわらわの旦那様として付いてきて貰うのは如何じゃ?」

 ウギがドサクサに紛れてそんな提案をしてきたが……。

「「『だ~め~ぇ』」」

 速攻で全員の反対を持って却下と相成った。其れを聞いてクシュンと項垂れるウギがちょっと可哀想で思わず傍によって頭を撫でてあげることにした。

 頭を撫でて貰いながら少し機嫌を直してきたウギが思いついた様に顔を上げて話しかけてくる。

「そうじゃラリー、わらわの事を妹のようにと昔言っておったのぅ――今回は兄としてわらわに同行するというのはどうじゃ?」

「えっ! ウギを妹ととしてか? それは――別段悪くは無いと思うけど? サギもそれで良いか?」

 俺は何となくサギに聞いてみた。するともの凄く微妙な表情を浮かべてかぶりを振りながらの即答でその案も却下となった。

「ほら、ウギっ! ラリーをその呼び方で呼んでみてご覧なさい」

 サギがそう言ってウギに俺をその敬称で呼ぶように勧める。するとウギはただ俺に縋るように身体を前のめりにして彼女の両腕を胸の前に――その露出度の高い着衣で申し訳なさ程度に隠された撓わな二つの膨らみを絞りだすようにギュッと両腕を絡めてきた、その妖艶な雰囲気の中にちょっと頬を赤らめながら俯きがちに口を開く。

「おにいちゃん!」

「……うっ!」

 そんな仕草と彼女の可愛げな表情に思わずドキッとときめいてしまった自分に驚きウギと見つめ合ってしまった。

「ほらっ! そうなるじゃ無いのね――其れで敵陣で気合いを張れるのかしら? 二人とも?」

 サギの言う事は尤もと改めて痛感させられてしまった。ウギは少し残念な様子だったがそれでも俺を見つめながら口角を微妙にあげてニッコリと微笑んできた、是は是で彼女に別の意味の爆弾を持たせてしまったようだった。

 まあ、そんなこんなで俺の役所やくどころは神魔殿までの道のりを行く馬車を操る御者の役と言う差し障りの無い役所やくどころに落ち着くことと相成った。


 是からのそれぞれの立ち振る舞い方をみんなで再確認したところで俺はイカルガ伯爵の元を訪れることにした。アン公女殿下との謁見えっけんのお願い状況を確認することとステファン卿にウギが呼びつけられた事について自分たちの所作を相談する為だった。今まで集めた情報を元にステファン卿に対する公国の立場をどうするのか、そこら当たりをアン公女殿下相談する為にも拝謁はいえつは出来れば早く行いたかった。

 俺はサギを連れて早速宮廷内のイカルガ伯爵の執務室を訪れた。

 案の定イカルガ伯爵の方も俺との話し合いを求めようと此方に赴く所だった。挨拶も早々に切り上げ俺は端的に話しをし始めた。勿論、ステファン卿にウギが呼び出されたことと其れに纏わる俺の知り得た情報をだ。

「そんな事があったのか――しかしあのステファン卿がか」

 俺の話を一通り聞き終えた後、天を仰ぎながらひと言イカルガ伯爵はそうつぶやいた。

「俺達の情報の信憑性の程はイカルガ伯爵の方でも確認して貰っても良いでしょうか?」

「あいわかった、こちらの方でも確認を取らせる。で、アン公女殿下との謁見えっけんについてだが既にアン公女殿下の了解は得ているというか直ぐにでも会いに来て欲しいとのことだった。今から行けるか? ラリー君」

「そう言うことならこちらもとして願ったり叶ったりですよ」

 俺はイカルガ伯爵の言葉を二つ返事で返した。


 イカルガ伯爵に連れられて俺とサギは宮廷の奥の公国政治の中心部へと足を運んでいた。

 そう、是からベッレルモ公国聖都テポルトリの君主継承者アン公女殿下との謁見えっけんに向かっている所だった。

 アン公女殿下のいる宮廷の中心部への道のりは俺達の間借りしている大部屋宿舎からは馬車に乗って向かうほどの距離があった。イカルガ伯爵の執務室を出ると宮廷の護衛の為に常時詰めている衛兵に案内されて馬車が待っているエントランスに向かった。案内の衛兵にサギが深々とお礼の挨拶をするとその美貌に捕らわれた衛兵は天に昇るような顔持ちのまま固まった状態でその場に立ち尽くしていたが――そんな衛兵の状態にビックリしてあたふたし始めたサギを俺は無理矢理抱き抱えるように引っ張りこんで取り敢えず三人で馬車に乗り込みその場を後にした。

「相変わらず宮廷にはサギのファンは多いようだな――さっきの衛兵もそのひとりのようだね」

 乗り込んだ馬車の中でそんな事をイカルガ伯爵が告げてくる。

「イヤですわ、まったくいっつもそんな風に茶化してくるんですね――イカルガさんてばっ!」

 そう言われてサギが照れながら伯爵に反駁はんばくする。

「そうか? さっきの衛兵さんの照れ方は尋常な照れ方では無かったように俺も思うんだけど……」

 そんな風に俺も相乗りしてサギを茶化すと今度はふて腐れてように俺を睨んで口を開いた。

「ラリーもそう言うこと言うんだ――ふんっ!」

 あららっ? 何で俺の言葉だと怒るのかな~ぁ?

「あはは、流石のラリー君も未だに女心を読み通す魔力は無いようだね」

 イカルガ伯爵のツッコミは今度は俺の方を向いてきた。俺だってそんな魔力や魔術があったらどんなに今、楽をしているかと心の中で密かに愚痴っていたよ。

「まあ、そう言う君だからこそサギやみんなが慕うんだろうな――出来るならアン公女殿下の事もよろしく頼んだよラリー君」

「んっ? どういうことですか? 其れって?」

 俺はそのままイカルガ伯爵の言葉に疑問を呈していたが伯爵は其れには応えずにただ微笑んでいただけだった。そうこういう間に馬車は宮殿中心部の大ホール前に静かに着いた。


 大ホール前で俺達三人が馬車を降りると流石に宮廷の最重要箇所となるアン公女殿下のお膝元だった事から、警護レベルも格段に上がっていた。ホール前は衛兵の上位の力を持つ警邏隊の数多くのメンバーが警護していた場所だった。その中の数人が俺達を先導して案内してくれるようだった、そんな警邏隊の中に宮廷魔術師団のメンバーも居たようで、その宮廷魔術師団の彼女がサギの姿を見つけるとスッと貴女に近寄ってきて耳打ちをしに来ていたのが見えた。何の話しをしていたのかは聞こえなかったが耳打ちされているサギの頬が次第に朱に染まっていくのが傍でもハッキリとわかった。と、サギが彼女の背をバンバンと叩きながら叫んできた。

「バカッ! まだよっ! そんな素振りも無いのよ~ぅ、まったくこっちが聞きたいわよメイっ!」

 んっ! 一体何の話しをしているんだ、サギっ? そのはメイって言うらしいが……?

 サギの突然の叫び声にビックリしてイカルガ伯爵も他の警邏隊のメンバーも一気にサギとそのメイって呼ばれていたを見つめ返す。と、周囲の人波の視線が自分達に集まっている事にやっと気が付いてその時サギは自分が無意識に大声を発したことを思いだしたようだった。そのことに気付いたその瞬間、サギは真っ赤な顔になって俯いたままうめくように声を発した。

「あっ! 何でもありませんから……みなさん御免なさい」

 そんなサギの可愛らしい仕草にその場のみんながホンワカしていく空気感がありありと感じられていく瞬間だった。

「ほほ~ぅ、サギはまたファンを増やしたようだねラリー君! しっかり掴まえていないと逃げらてしまうよ」

 そう俺に向かって話しかけてくるイカルガ伯爵に――黙って俺は頷くしか無かった。

 

 宮廷の中に案内されてアン公女殿下が待っている謁見の間までの長い廊下を歩いている時に俺はさっきのホール前での出来事をサギに訊いてみることにした。

「サギ、さっきは君の友達が話しかけてきたようだったが何の話しをしていたんだ?」

「えっ! あっ! あれはそうよ宮廷魔術師のお友達のメイが……って聞いてきたのよ」

「んっ? 良く聞こえなかったよ、何だって?」

「……いいの、もうバカッ!」

 何で俺は――サギの顔を思わずジッと見つめると貴女はその視線を逸らすように目を泳がせながら声高に喋り始めた。

「そんな事よりほらっ! アン公女殿下に会うんだから大丈夫なの話しの筋道は? 覚えていて?」

 明らかに話しを逸らす為の前振りに思えたが、サギが言いたくないことをあえて聞くのもはばかられたのでその場は貴女の前振りに応じて答えておいた。

「そっちの方は大丈夫だよ、心配してくれて有り難うサギ」

「ううん、ラリーの事だから心配なんかはしてないけど――そうよね私も頑張らなければね」

 サギはそう言うと自分に気合いを入れ直すように握りしめた両手にグッと力を込めてその手を思いっ切り振り降すと共にフンッと気を吐いていた。

 其処まで気合いを入れなくても十分に貴女きみなら公女殿下とも対等に渡り合えるよ――だって魔女王とタメで遣り合えているだからとは口が裂けても言えなかった。

 俺達は目の前にひときわ豪華絢爛ごうかけんらんな扉が現れた事で長い廊下の終わりに辿り着いたのを知った。その扉の前でイカルガ伯爵が門兵の傍らに控えていたお役人に懐に収めていたふみを手渡した。お役人は其れを受け取るとはすすっと奥に姿を隠して行ったが暫くすると再び戻ってきて扉を門兵に開ける指示を出した。さっきのふみはお目通りの許諾書らしい、そしてイカルガ伯爵に向けて深々と礼をしながらひと言告げてきた。

「奥にてアン公女殿下がお待ちになっておられます」

「其れは相済まない」

 一礼して部屋に這入るイカルガ伯爵の後について俺達も謁見の間へと歩を進めた。


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