第32話 ペルピナル神魔殿!

 ヴァルの身体全体が『覇王気』の輝きに包まれていた。その輝きの中で泰然とたたづんでいたヴァルが暫くするとゆっくりと此方を向いた。その顔形かおかたちはヴァルで有りながらも彼女を纏う雰囲気が大きく変わっているのが感じ取れる。まあ、強いて言うなら魔女王の風格であった。

「……おい、エンマなのか?」

 俺は単刀直入にそう訊ねてみる。

「ラリー? あなたなのね私を呼んだのは――そうよ私よエンマよ。ヴァルとは身体はそのままで精神部分だけ入れ替わったわ。あっ、そうそう先に言っておかなければ。このままラリー、あなたがヴァルを抱いたとしても其れはわたし、そうエンマとしての経験になるからね――んっ? このまま……する?」

 そう喋りながら彼女は俺の傍に躙り寄ってきた。彼女をヴァルと呼ぶべきか、それともエンマと呼ぶべきかと変なところで俺は悩んでいたが、ひとまずツッコミどころ満載のエンマの誘いに返答をしておくべきと口を開いた。

「おい! エンマよ、お前の最愛の妹の身体で遊ぶなよ」

「てへっ! やっぱり駄目かっ、ちぇっ! ラリーのケチ! でもね、ラリーのことはヴァルも少なからずいいなって思っているんだから――彼女の願いも這入っているわけだわ、だから二人分の想いを受け止めると思って……いいでしょうそれなら」

 艶っぽく上目遣いで俺の事を見つめながらそんな事を告げてくる。その仕草と彼女の胸の麓の眩い白さに顔を赤らめながら俺は目を逸らしていた。

「まったく、何を考えているんだか? ヴァルがどう思っているかってエンマが代弁をしても信用が無いだろう」

「あら、其れは酷い言いぐさね――ラリー! じゃあ、此処でヴァルにまた替わって貰うから」

 おいおい、そんな簡単に人格と言うか精神部分を交互に入れ替えばっかりして大丈夫なのか?

「エンマさん、ちょっと待って下さい。其れより大事な事を聞いておきたいんだから」

「……ラリーとわたしとの夫婦祝言めおとしゅうげんより大事な事なんか無いわよ」

 ぷりぷりとしながらエンマが膨れっ面をしている。まあ、そんな表情も割と可愛いと思ってしまう俺も大概だが……。

「あのさ~ぁ、俺なんかよりもっと魔女王に似合いの相手が、魔界にワンサカいるだろうに?」

「馬鹿言ってんじゃ無いわよ――魔界にラリーよりもいい男なんか居ないわよ、それは魔女王の私が保証するわ」

 そう言いながら扇情的な曲線のくびれに両手を添えて其の凶暴に突き出した豊かな胸元を更に誇示するように胸をバンと張って言い切っていた。何故、其処までヨイショされるのかと俺もいぶかしんではいるものの、彼女が其処まで言ってくれるならと自分に少しは自信を持っていこうと……本当にそれで良いのか? 俺っん。

「そこまで俺をかってくれるのは有り難いが――ところでベッレルモ公国の大公様であるイェルハルド・リトホルム公爵様が行方不明になっていることは知ってるだろう?」

「あぁ、そのことね――其れについては私も部下に指示を出しているわ」

「指示っ?」

 エンマ魔女王の指示って言う事は――どっちだ?

「あら、勘違いしてるでしょう! ラリーったら。馬鹿ね、行方不明の原因では無いわよ私の指示は!」

「――ふ~っう、一瞬ドキッとしたよ。言葉は丁寧に使おうよエンマさん」

「だって私とラリーとの仲でしょう。あうんの呼吸って言うのでいいかな~って……」

「仲って言ったって――たかだか、ここんところ三回目だろう長い間会ってなかったんだから」

「魔族的に言ったら数百年の寿命のたった十数年なんて短い短い――今までがラリーとの遠距離恋愛のひとつと思っていたわよ……私はね」

 エンマはそんな事をさらりと告げてくるが、何処までが本気なのか掴み所がまったくわからなかった。まあ、彼女なりの捻ったというかひねた表現とでも言うべきか。

 そうした会話の中で心なしかエンマ・イラディエル魔女王がイェルハルド・リトホルム公爵の話題を避けている気がしてきた。もしかしてこの件の指示って言う事と関係があるのだろうか?

「なんかエンマよ、隠してないか? 公爵様の件で――話しを逸らしているだろう」

「……な、なな……なによ、わ、わてがなんか――したとでも? い、言うのかしら」

 『わて?』なんだそれ、しかも思いっ切り噛みまくっているし――バレバレだろうもう、それでよくもま~ぁ、魔界の女王なんかでまとめ役をやっているわ――は~ぁ。俺は思いっ切り嘆息を付いていた。

「な、なによ。溜息なんか付いて――な、何か文句でもあるの? 気になることがあるんだったら言いなさいよ」

 取り敢えずエンマが何かを知っていることは確定したと――俺は判断した。

「――エマちゃんっ!」

「あっ! はい弱虫ラーちゃん!」

「うっ! こらっ! 弱虫言うな!」

 その言葉はもう昔のことだ――今更、エンマにとて言われたくは無い。まあ、ある領域では確かに未だ弱虫というか晩熟おくてというか……ニブチンらしいが。

「で、エマちゃん――話しをしてくれるよね、俺には!」

「……」

「エマっ!」

「は、はいっ!」

 彼女はもぞもぞとした言葉から次第に覚悟を決めて――少しづつ核心の情報を語り始めた。


 エンマ・イラディエル魔女王の話しは彼女の――魔族の部下の調査した情報だった。

「私も信頼の置ける部下の調べを、今まさに待っているところだわ。私の方も大公にこの国での大魔力の発生部位の調査の件を持ち出した手前もあるから、まあそれら結局のところラリー、あなた達の事だったんだけどね。今においてそうわかった事としてもこの事を私から話しをした為に大公に何らかの影響を与えたと自覚はしているからイェルハルド・リトホルム公爵の行方不明の事件は気になる情報として捉えていたわ」

 と、エンマの告知は俺の中のもやもやとした部分を晴らしてくれる内容だった。

「ラリーは知らないかもしれないけれど、此処の国、そうベッレルモ公国には魔界にとっても結構重要な神魔殿があるのよ。そう、その昔に魔界と人間界のいさかいの際に魔族側が人間界に創ったと言われる聖なる神魔殿――ペルピナル神魔殿が」

 ペルピナル神魔殿? 初耳だった、神魔殿って何だ?

「あっ、先に言っておくけど神魔殿って言ったって――そう、人間界によくある神殿のようなものよ外観はね。魔族の所有で神殿って言うのも何でしょう。だから、神魔殿って言っているのよ。まあ、聖なる神魔殿って人間族は言っているけど……言葉が可笑しいでしょう」

 は~ぁ? なんだなんだ?

「ただね、其処は魔族の神魔殿と言われるだけの事は有るのよ――其れは其れでね、ラーちゃん」

 そう言いながらエンマはニッコリと微笑んで、其れこそ軽くハートマークが浮き出てきそうな柔らかなウインクなんぞをくれてきた。

「そのペルピナル神魔殿とやらと大公様の事件との関係は何なんだよ?」

「そう焦らないの――サギが言ってなかった? は嫌われるわよって」

 おい、其れは絶対違う意味で言っているだろうエンマ! と、思わず突っ込みそうになったが何とか思い止まることが出来た。此処で突っ込んだら其れは其れは彼女の思うがままに話を逸らされることは明白だったから。

「――チッ、(乗ってこないか)」

 あっ、今……舌打ちしたな、しっかり聞こえているからなエンマさん。

「あのね~ぇ、エンマ・イラディエル魔女王さん、聞こえてますからね」

「あら、何のことかしら? ラーちゃんったら、空耳よ。嫌だわね~ぇ」

 エンマはそう言って引きつった笑顔のまま視線をあらぬ方向に泳がせていた。わかりやすい性格は昔と変わっていなかったね。

「話を戻すぞエンマ。その神魔殿に何があると言うんだ?」

「ふ~っう……わかったわよラリー。話すわよ、でも聞いたからと言ってへこまないでね」

 んっ? 俺がへこむ話しって――何なんだ? 一体?

「私が魔女王って言う事自身が結構魔界でも無理しているのよ――色々とね。父の前魔王が早々に隠居したのも其れが一因なのよ、もともと前魔王の血筋として私以外に魔王の継承者が居なかったからここぞとばかりに名乗りを上げてくる魔王族が居るのよ、結構ね。其れで前魔王としても力がまだある今をして私に王位を継承させた訳よ。わかる? 私の辛い立場を……ラリー……替わってくれないかなラリー魔王様! 王位継承者は男子が好まれるのは何処の世界でも同じなのね」

「エンマほど魔力を持ってしたら実力で勝ち取れる地位だろうに――何を弱気な」

「恐怖政治は魔人族のお家芸だけど、其れは其れで色々と逆恨みやら憎悪を招く元だわ、だからそういう事はしないと決めたの私は、そうすると甘ちゃんとみられて付けいる隙も結構あるみたいなのね是がね」

 そう話しをすると大きく溜息を彼女は付いた。本当に嫌がって居るようだった彼女の今の状況を……。

「だからね人間界では有ってはならないほどのラリー達の大魔力が魔界で検知されたことで二つの勢力が魔界で動き出したのよ。ひとつは人間界に生まれたその大魔力を恐れる魔人族と、もうひとつはその大魔力を利用してエンマ魔女王を亡き者としようとする反体制派の魔王族とにね」

 エンマの話しは俺達が巻き起こした災いとも言える内容だった。

「そ、そうなのか? 俺達が――悪い、謝る!」

 その場で素直に魔女王に頭を下げて詫びていた俺だった。

「あっ、ラリーが何をしなくてもその内そうなる要因だったのよ、気にしないで良いからね、其れとサギ達には内緒ね、いらない気を彼女達に回されるのは嫌だから、私」

「ああ、わかった。サギ達には言わない」

「ありがとうラリー。其れでその前者は私が話しをつけてって、まあ大魔力の要因がラリーあなた達だって言う事で素直に『私の将来のダーリンと決めた幼馴染みが魔力源の元だったから安心して下さい』って説得して簡単に解決したのだけれど、後者は元々話しを聞く奴らじゃないから、その魔王族が今その話題のペルピナル神魔殿に集結しているらしいの――ちょうどその件の追加情報待ちって言うところ、でね、最後の情報がその話しにステファン・リトホルム卿が魔王族の反体制派に絡んでいるって言う噂があるのよ、此処はまだ未確認情報だけどラリーが知りたいのは此処の事でしょう」

「えっ!」

 俺は目を見張ってエンマの顔を覗き込見ながら叫んでいた。

「何だって?」


 俺は思わずエンマの両肩をガシッと掴んで思いっ切り叫んでしまったが、その要因が彼女の話しの『私の将来のダーリンと……』の部分だったのかステファン・リトホルム卿の名前が出てきた所だったのか自分でもわからなくなっていた。

「うふふっ! さてっとラリーがビックリしたのは何処の所かな~ぁ?」

 悪戯っ子の目をしてエンマが俺の顔を覗き込んできた。まあ、其処に居るのは正確にはエンマと精神を入れ替えた双子の妹のヴァルの顔だったが――其処はさておいて。

 リトホルム卿の事は捨ててはおけない情報だった事は確かだ。俺はエンマに詰め寄った。

「エンマっ! リトホルム卿の噂って何か核心は? 証拠はあるのか?」

「たく~っ! 早すぎるは嫌われるわよって言ったでしょうさっき。その件は調査中よまだ」

 おい、言葉が替わっているって言うか、そもそも完全に違う意味の方にスライドしてますって。

「じゃあまだそうだと決まったわけではないのだな――早とちりと言う事も有るって事か」

「う~ん、早とちりって事は無いとは思うんだけど、但し何処まで絡んでいるかって事がまだわからないんだな~ぁ、是が敵も然る者なかなか尻尾を掴ませてくれないのよ。まあ、人間族には尻尾の生えている人種はいないけどね」

 相変わらずおちゃらける事は忘れていないわエンマの奴は、思わず感心してしまったよ。其れはさておいて、そっちの件は追加情報待ちって事かと唸っていたが――思い出した、そうじゃないぞ。

「あっ~と、もういっこ『私の将来のダーリンと……』ってな~ぁ、俺は魔王族じゃないぞ、そもそもエンマ・イラディエル魔女王と契りを結ぶ『血の資格』は無いじゃないか、良いのかそんな安請け合いをして――本当にいいのか?」

「あら、そっちの方を気にしてるの? じゃあラリーは断るわけではないのね、私の事はそんな仲では無いと……うふっ、期待してるわ『俺がお前を守ってやる』って言葉を実行してくれるはずだとね」

「ああぁぁ……それは……でもな~ぁ魔王継承の『血の資格』は譲れない掟だろうに」

「ラリーの嘘つき! 私の目は節穴じゃなくてよ、しかもヴァルと精神記憶同化したからね」

「あっ!」

「ほらっね」

 俺は素直に項垂れていた。ばれていたようだった!

 エンマは満面の笑みで俺に躙り寄るとその妖艶な躰をここぞとばかりに密着してきた、身体そのものは本来のぬしことヴァルなんだが……今はエンマ・イラディエル魔女王としての行動だからと言えども、どっちもどっちと言えないだけ全てにおいてうり二つの双子の姉妹だった。

『えっ、ヴァル駄目よ今はもうちょっとの所なんだから待って待って! お願いだから!』

 なんかエンマの様子がおかしい、もしかしてヴァルが何か言ってきたのか?

『あ~んもう、わかったわよ返すって――あっ、やっ、い~ったぁぃ』

 と、ヴァルの身体を借りたエンマがその場にうずくまった。

「おい、エンマっ! 大丈夫なのか? どうしたんだ一体?」

 俺の傍らで身体を擦り寄せていた彼女がいきなり肩をふるわせながらうずくまる姿は幼い頃を想い出させてくる。おもわず彼女の背中を擦りながら俺はしゃがんで身体を捻ると彼女の顔を覗き込むようにしてつぶやいた。

「エマちゃん?」

 すると其れに呼応するようにハッと顔を上げて彼女が俺の方をジッと見つめてきたと、いきなり俺の首回りに抱きついてきたかと思った瞬間、既に彼女のその柔らかで滑らかで肉感的な唇が俺の唇を奪っていた。俺はその動きに抗うことが出来ずにそのまま目を見開いて彼女を受け入れていた。

「ん~っ」

 暫くその滑らかな触感に酔いしれていた。と、彼女が俺からゆっくりと離れ始める、次第に俺の視野に捕らえられてきた彼女のその目はトロ~ンとして何処か淫靡な雰囲気が漂っていた。

「うふ~んっ」

 彼女が鼻に掛かった甘ったるい吐息を吐き始める。さてさて、彼女は今はどっちだ?

「ラリー~っ、あ・た・し・よわかる?」

「…………」

「んもうっ馬鹿っ! ラリーのイケズっ!」

「ヴァルか!」

「姉さんだけにいい所はあげないんだから――ラリーは簡単には渡さないからね」

 そう言い切ったヴァルの顔つきは……まあエンマと変わらないと思うんだが、そう考えて彼女の顔にジッと見惚れているといきなりキリッとした顔つきに戻ったかと思いきや彼女が声を上げてきた。

「よ~しっ、以上!」

「えっ?」

「ううん、いいのこっちのこと。それじゃラリーやろうか?」

「へっ? 今から?」

「……大公様の事件の件でしょう、お姉さんの記憶は私も貰ったことになるのよ精神記憶同化でね、それとあっちで魔女王としてその件の報告をさっき貰ったばかりだから、新ネタよ」

「あ~ぁ、そっちね」

「……じゃぁどっちなのよ」

「……」

 なんか同じ落ちを繰り返しているように感じたが――勘違いはどっちだろう?

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