聖都テポルトリにて
第31話 聖都テポルトリにて!
現在ベッレルモ公国の公式見解として大公様急病の為、公国君主第一継承者の大公女殿下殿下アン・リトホルム公女殿下が暫定君主代行をしているという。アン公女殿下はイェルハルド・リトホルム公爵家の長女で御年十八歳とのことだった。
国家元首が行方不明などと国家の存亡に関わる事件の為、公式には大公様急病での療養のため
そうして大公様と最後に
その後の晩餐会は当日急遽中止になり、ベッレルモ公国としての緊急招集の貴族院会議の結果、公務は全て大公女殿下アン・リトホルム公女殿下がいまいまは代わりに行っている状況とのことだ。まあ裏話としてその貴族院会議の席にて擦った揉んだが在ったらしいが……。
「イカルガ伯爵、アン公女殿下への
イカルガ伯爵の執務室に俺は赴き、公国の中での情報収集方法として元首代行との
マギには宮廷内の衛兵達からの聞き取り、サギは宮廷魔術師団のメンバーからの聞き取り、そして俺はイカルガ伯爵を通じてのアン公女殿下へのお目通りである。ヴァルについては今は外には出せないこととしてウギが付き添って宿泊用の大部屋でじっと待機をして貰っている。そうして最も有力な情報網として遊撃班的な位置づけでロミルダ嬢には公爵家内での裏情報収集をして貰うことにしていた。
「アン公女殿下への
「ありがとうございます、イカルガ伯爵」
俺はイカルガ伯爵が公女殿下への橋渡しを快く引き受けてくれたことに感謝して、大きく頭を下げてお礼をする。
「ラリー君、是も全ては公国のためなのだからそんなに恐縮しなくても良いではないか」
「そうは言っても、
「まあ、其れはそうとして――当てはあるのかね、今回の大公様の事件に関して?」
「……まだ、何も」
「そ、そうか……」
イカルガ伯爵の質問に対して明快な解は今のところまだ無かった。ただ……何となくだが思う所はあった。
不眠不休での情報収集にて色々な部署の話しや
「ラリー、良いことを訊いたわよ。一昨日の緊急招集の貴族院会議でステファン・リトホルム卿がアン公女殿下がまだ若輩の年齢のため元首代行を公国君主次席継承者としての自分が行うと半ば強引に進めようとしていたらしいわ――其れには反対の儀を唱えた貴族が多かった為、叶わなかったらしいけど」
サギが宮廷魔術師団のメンバーからの聞き取り結果を話し出す。
「おおっ! それなら私も訊いたわ、その噂!」
その話しにはマギも大きく相づちを打った。二人とも宮廷内の警護の為に貴族院会議の場にいた人達からの情報らしい、別々のルートからの重なる話しに真偽の程は上がっていく。
「しかも、元首代行への推薦を諦めた時から今度はアン公女殿下の後見人としてリトホルム卿が立候補し始めたとも訊いたわよ」
マギが追加の話しとしてそう語った。
「ステファン・リトホルム卿って大公様の実弟のリトホルム卿の事だよな」
「そうよ、なんかこう権力志向の塊みたいだわね」
サギが俺の質問に自分の実直な感想を加えてそう答えてきた。まあ、政治の世界の事だし権力闘争は
「アン公女殿下はその時どういう発言をしていたか訊いたか?」
「公女殿下はその件については何も発言をしていなかったと言っていたわよ――私が聞いた話では」
俺の質問にサギがそう答え、其れに合わせてマギが追加の説明をする。
「そうそう、アン公女殿下は大公様の安否を気にしているだけで、自分が暫定君主代行となることには特に何も言わなかったらしいわ――ただ貴族院会議で推挙されるなら大公様が帰還されるまでの条件で受けると言われたらしいわ」
「ふ~ん、なるほどね」
二人の話しにそう俺は相づちを打った。でも、これらはあくまでも大公様が行方不明になってからの話しだ、問題はどうしてどうやって宮廷内部から誰の目にも触れずに煙の如く君主様が消えてしまったかと言う事だが、行方不明が事件性を帯びているとしたらその動機としては十分に考えて於くにたる情報だと思った。
そう言う話しをサギとマギから聞いていると大部屋の扉をコンコンとノックする音が聞こえた。
「私、ロミルダよ、入っても良いかしら?」
「どうぞ、鍵は開いているわロミ」
扉の外からの問い掛けにそうサギが応えた。
どうやら情報遊撃班のロミルダ・ヴェルトマン嬢のご帰還らしい。どんな情報を得てきたか皆が興味津々に
「ただいま~ぁ、しっかり情報確保したわよ――最高の情報よ、訊きたい?」
「「『訊きた~い!』」」
みんなの返事が綺麗にハモった
ロミルダ嬢は部屋に這入ってくるなり俺の隣に座っていたサギを押しのけてその席に陣取った。
「ロミっ! 酷いじゃないの」
「たまには良いじゃない――サギはず~っとラリーさんの傍に居たんでしょう」
「まあ、其れはそうだけれども……」
サギはふて腐れたようにぷ~っと頬を膨らませて押し出された席を名残惜しそうに眺めていた。と、おもむろに俺とロミルダ嬢の間に割り込むかのように立ち膝で俺の太股に腕を乗せて頭をもたれ掛けてきた。
「是なら良いでしょう」
「むっ! サギったら――もう、未練がましいったらありゃしないわね」
二人の遣り取りを傍らで聞きながら皆が嘆息を吐いた。
「まあ、いいわ」
と、おもむろに俺の方に迫り出すように前屈みになりながらロミルダ嬢が話しを始めて来た。
「多分、みんなも他から聞いているようにステファン・リトホルム卿が君主の座を狙っていたようだわね。リトホルム公爵家の中では随分派手に遣り取りがあったようだわよ」
ロミルダ嬢が興奮気味にそう喋り出してきた。
「ああ、その様だね。貴族院会議でも一悶着起こしたって聞いているよ」
「そうなのよ、其れでね――」
ロミルダ嬢の話しを皆、耳をそばだてて真剣に聴き始めた。
彼女の話を端的に纏めるとこういうことだった。
兄であるイェルハルド・リトホルム公爵が大公の座に着いたのは今から十年前のことだった。前任の大公であったお父上の大御所様がお亡くなりになり、長男であるイェルハルド・リトホルム殿下が公爵家を継いだと同時に君主すなわち大公様となられた。その際、第二継承者であったステファン・リトホルム殿下がリトホルム公爵家を離れられたわけだが、そもそも第二継承者であったがゆえの確執がアン・リトホルム姫との間に巻き起こった。イェルハルド・リトホルム公爵が大公の座に着くと言う事はその実子のアン・リトホルム姫が公女殿下となられて第二継承者になられるわけだが其れを良く思わなかったのがステファン・リトホルム殿下である。継承権限の消滅を無効として随分食い下がったとの噂であった。それでも十年の年月が流れてそんな事も昔の思い出ってなろうとしていた所にエンマ・イラディエル魔王女の唐突なる出現である。もしもの事がイェルハルド・リトホルム公爵に起こる可能性が出てきた為、
「大公様が行方不明になったその日の最後に会われた人物がステファン・リトホルム卿だったの、其処までは皆知っているでしょう。でね、その時は二人だけでの会話を希望されて、お側付きの者達をみんな人払いさせたのがステファン・リトホルム卿の意向だったって事よ」
俺もそんな事だろうとは予想はしていたが改めて真実としてロミルダ嬢の口から語られると、ステファン・リトホルム卿の影が大公様の行方不明の有力な鍵として認識されてきた。
「でも、其れではあまりにもステファン卿に疑惑の目が向くだろう。そんな状況であえて自分からイェルハルド公爵への
俺は単純ながら常識的に考えて、人の被害と加害はそれぞれに理がある人の要求から端を発していると考えている、だからこそ疑われる立場に陥らないように用心していると思っていた。だからこそステファン卿の行動には何か引っかかるものを感じていたんだ。
「普通ならそうかも知れないけど結果、国家元首になって全ての権利を掌握出来ると考えると後で強権発動でもなんとでも為るなんて考えていたんじゃないかしら」
マギがあっけらかんとそう言ってきた。確かに其れもひとつの解かも知れないが……。
「貴族なんかの頭の中は私達とは違う価値観で構成されているわよ――非常識が当たり前ってね」
毛嫌いがそのまま表現された言い方でマギが言葉を付け足してきた。
「その言い方って……マギっ?」
「ここだけの話だからいいでしょう、別に。私、基本的に嫌いだもん――権力を笠に着た奴らが!」
魔界の中でもマギの長い年月での記憶から、そう言いきるだけの辛さを経験してきた彼女の重い言葉だった。
「まあ、その線もある訳は無いとは言えないからな。ひとまずはロミルダ嬢の情報を再整理するか」
そう言って俺はサギとマギ、そしてロミルダ嬢と話しを続けた。
しかし話しを聞けば聞くほどステファン・リトホルム卿が首謀者にしか思えない情報が満載だったがそれが真実とはまだ確固たる証拠が無いのも実情だった。
「私はステファン・リトホルム卿が大公様を連れ去ったとみていますわよ」
素直な感想としてロミルダ嬢がそう言い切っていた。
「そうね、状況証拠だけで言えばそうなるわよね、でもねさっきラリーが言っていたようにそんな簡単に結果に行き着いて良いのかしら?」
ロミに反論するようにサギがそう告げてくる。其処は俺の考え方をしっかり理解していてくれてるようだった。
「例えばもしもステファン卿が大公様を連れ去った犯人だとすると大公様は今どこに居るのかしら?」
「ステファン卿のお城に決まっているじゃない。自分の城なら何とでも指示出来るでしょう」
マギの質問にロミルダ嬢だそう答えたが、其れにサギが異議を唱えた。
「そんな所に隠したって、何らかの噂や影からの告げ口があっても良いはずだわ。大公様だったら皆、ご尊顔ぐらい知っているでしょうしね、それがまったく無いというのも変なことだと思わない?」
そうなんだ、サギが言う様に誰しもイェルハルド・リトホルム公爵を見ていないというのはおかしな事だ。目立つ人を
「ちなみにロミっ? 聞いても良いかしら?」
「何っ? サギっ?」
「兄弟って言うくらいだから、イェルハルド公爵とステファン卿は似ているの?」
「そうね、歳も近いし背格好は似ているけど顔はまあ、そんなには似ていないかな」
サギの疑問にロミルダ嬢がそう答えたがその言葉に何か引っかかるものが有った。
「ロミさん、そう言うことはお二人は顔が見えない限り傍からは間違えることもあり得ると言う事か?」
俺は念のため、そうロミルダ嬢に聞き返した。
「う~ん、そうかも知れないわね。私ならまず間違えることは無いけどね」
「まあ、男の人ならそう言う格好でフードでも
サギが俺の質問の意味を解してそう聞いていた。
「まあ、そう言う可能性もあるかなってとこだ――そう言っても宮廷内だったら誰かしらの目があるはずだし不審な装いをしていれば衛兵に問い掛けられるだろう」
そう言った事に対して宮廷内での警護の厳しさから可能性は低いとした俺の発言にひとつ、ロミルダ嬢が重要な事を告知してきた。
「あっ! ラリーさんひとつだけ――お二人とも声はそっくりですわ。此処はさすがに兄弟と思いましたもの、私も寝物語でしくじりがひとつありましたから……」
「えっ!」
ロミルダ嬢の赤裸々な話しに思わず凍り付いた。
「あっ!」
「ロミったら!」
サギがロミルダ嬢の脇腹を軽く突いた。と、顔を真っ赤にして俯くロミルダ嬢が其処に居た。
とは言えども、ロミルダ嬢がこぼしたひと言が俺の脳裏にひとつの解をもたらした。
「声が似通っていると言う事は……変わり身が出来るか」
そうかそう言う理由も考えられたか。ひとりボソッとその場で呟いたひと言が波乱の幕開けとなった。
翌朝までいろんな場合を考えて話し合った。無論、大公様がもしもの時も想定した対応も含めてだが――そうして、雑魚寝をしながら各自仮眠を取った者もいたが総じて皆徹夜だった。眠気に耐えて軽く朝食を取ると早速、今日の行動を始めた。
「サギもマギもロミルダさんもさっき話した関係を昨日の続きで情報収集お願いします」
「「『わかったわ』」」
三人の返事が綺麗に重なる。
「マギにもうひとつお願いがある。大公様と最後に
「わかったわラリー――変わり身があったかどうかって事ね」
勘の良いマギの事だ、
「私には追加のお願いはないのかな~ぁ、ラリーっ?」
サギがそういう風に先回りして聞いてきた。なんかちょっと拗ねているぽいが……。
「サギはその後かな、大公様が部屋にいるはずの時間に周りの警護の宮廷魔術師団メンバーで宮廷内でステファン卿に出会った人が居ないかどうか探してくれ」
「うん、了解!」
サギが急に明るくそう返事を返すと先に出掛ける準備をしていたマギを追い越すように部屋を飛び出して駆けていった。寝不足なはずなのにタフな
二人が部屋を後にしてから少し間を開けてロミルダ嬢も部屋を出て行った。残ったのは俺とウギ、そうしてヴァルだった。
「ねえラリー、
そう言ってきたのはウギだった。まあ、確かにヴァルの今の姿形のままで宮廷内を闊歩されては一悶着有ることは確かだろう。その為の留守番組でそのヴァルのお目付役としてはウギ自身は貧乏くじと言えばそうかも知れない。
「そうさな~ぁ、今日は俺がヴァルと一緒に留守番をするからウギは外回りをして聞き込みをしてくるか?」
「おっ、
「いや、みんな『ごっこ』では無いから――真剣にやってきてくれ」
「わかったぞぅ――言葉の綾だ、気にするでないぞ」
そう言うとウギは早速出掛ける仕度をしてウキウキ顔を隠すこともなく部屋を後にしていった。
部屋に最後に残ったのはヴァルと俺の二人きりになった。
「ヴァル、ひとついいかな?」
「ん、何かしら? ひとつとは言わず幾つでも良いわよ――何ならあたしを……」
「いや、其れはいいから――で、エンマの事だが」
「あら、残念ね――折角二人きりって言う状況なのに遠慮することは無いからね」
ヴァルはそう言うと俺の肩に手を掛けながら傍らに寄り添ってきた。いやいやこう言う状況だからこそ遠慮しておかないと後が怖いわ。肩に乗っけてきたヴァルの手をさり気なく取って彼女に向き合う、そして空いた手で彼女の肩を軽く掴んでヴァルの目を覗き込みながら話しをし始めた。
「エンマの事だが彼女と話しがしたい、ヴァル出来るか?」
「ふ~ん、姉さんと話しって何かしら? 出来るかって聞かれるとまあ、やれないことはないけど……姉さんもラリーと話しをする事は好きだと思うから、のってくると思うけど取り次ぎの立場としては内容を聞いておかないとね、ラリー解るでしょう~ねっ!」
そう言ってヴァルが伏し目がちに俺の方を覗き見してきた。その艶っぽい視線にちょっとドキッとしている自分を律しながら、話しを急いだ。
「わかった、何ねイェルハルド・リトホルム公爵の事にエンマが本当に絡んでいないか直接確認したいだけだよ。勿論、彼女が此の件に絡むメリットが魔界側には無い事は以前のヴァルの主張で理解はしている。ただ、ちょっと気になることがあってね――其れを聞いてみたい、エンマに直接」
ヴァルは俯きながら少し考えるように下を向いていたが、おもむろに俺の事を上目遣いに覗き見て返事をしてきた。
「まっ、いいっか! ラリーだしね、姉さんも其処は甘甘だからね」
そう言い放ったかと思うとスッと俺の傍から離れてヴァルが背を向けた、と同時にその背中越しに黄金色の魔王族『覇王気』の輝きを放ち始める。
「おいおい、早々かよ」
その眩い輝きに目を細めながら俺はヴァルの後ろ姿をジッと目で追っていた。
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