第30話 ヴァル・イラディエルの真実!

 ロミルダ嬢とエンマ・イラディエル魔女王の握手の後、サギがロミルダ嬢に約束をさせてきた。

「さあ、是でロミも此処の出来事を大公様に喋ってはダメだからね、わかった?」

「うん、わかったわサギ。誰にも喋らないって約束するわ」

 ロミも虚ろながらも少しは微笑みを取り戻して落ち着きを払ってきていた。で、問題は此の後だが……。

「エンマ、外の御仁は俺が相手をしてきてあげようか? 大きい方を止めれば良いのか?」

 俺はエンマに外の様子を伝えながら手助けの案を提示してみたが。

「あら、ラリーと言う人でも間違えるのね――親衛隊長はちっこい方よ無茶苦茶強いわよ、で大きい方はなりだけよ、多分『白気』のお嬢様でも勝てるわよでもダメよ彼等は魔界での貴重な私の味方だからいじめちゃダメ、それと彼等は人間には害を与えないわ、決してね」

 そう言うとエンマはニッコリと微笑みを返してから踵を介してヴァルを呼び寄せ何か話しをしていた。

 俺はエンマの言葉にもう一度窓から外の魔人達を眺めていた。確かにエンマの言う通りだと思った。

「じゃぁ、サギの言葉を信じてもうひとつ魔女王の秘密を公開するわ、ここは本当に他言無用だからね命をかけて守って絶対に! 其れではいくわよヴァル!」

「ウォン!」

 えっ! ヴァルが秘密のネタ? そう思っていた所にエンマがヴァルの額に掌を当てて何かしらの呪文を唱え始めた、するとヴァルの銀色の毛並み全体が金色に輝き始めてまるで黄金色の魔王族『覇王気』の如く輝きを放ち始めた――そしてその輝きがすっ~うと引いた後に俺達が見たものは奇跡に近いものだった。

「「「『エンマが二人居る!』」」」

 その場にいた皆が口にした言葉がその一言だった。

「なんで――エンマがって、ヴァルは何処だ? わらわのヴァルは何処なのじゃ? エンマ~ッ!」

 ウギが怒りのモードになってエンマに食って掛かっていった。

「ラリーっそのを押さえておいてお願い――まったくチームラリーって言うのは短気娘の集まりだわね」

「聞こえたわよエンマっ! チームラリーの私達が何だって?」

 エンマの小言にマギが怨嗟の如く反論したが、俺は兎に角ウギを押さえる事に専念した。

「ウギっ! 兎に角頭を冷やせ! ヴァルがもうひとりのエンマになったんだ消えたわけでは無いから落ち着け」

 ウギか今にもエンマに斬りかかりそうになっている所を後ろからかかえる様にして押さえているが、その俺の手がもろにウギの豊満な胸を押さえていることに後から気が付いた。

「や~ん、あんラリーったら皆の前でいや~ん」

 ウギが鼻にかかった甘ったるい嬌声を発したところでサギが割って入る。

「はい、其処までね」

「サギのイケズっ! わらわはこのままで良いのじゃぞ」

「私がダメって言ってるのよウギっ!」

「正妻のドケチっ!」

「正妻、言うなっ!」

 ウギから無理矢理離された俺は只自分のてのひらを見つめていたが……。

「もう良いかしらエロドラマは? じゃあ改めて紹介するわね、こっちにいるのがヴァル・イラディエル第二王女よ――私の双子の妹になるわね」

 そう言ういきなりの種明かしに部屋にいた皆が『ええ~っ』と叫び声を上げていたが……。

「えっ! 双子の妹って――魔王族にいた時にもそんな話は聞いたことが無いわよ」

 ここは魔界に詳しいマギが話しに入ってきた。確かに今、目の前にいる二人のエンマは双子と言われれば納得するだけそっくりだった。

「そうね、この事は魔王族の中でも知っている人はほんのひと握りだからマギの疑問はもっともだわね。魔王族のおきてには双子は生まれた時に殺される運命にあるのよ――どちらを取ってどちらを捨てても生まれた時点で魔力気を分けて生まれたことでその後の魔王族としての成長に憂いがあるし、二人のまま残して成長したら其れこそ魔王としての権力争いの火種として使われるからって言うのが理由だったわ。でも、父はそうは思わなかったらしいのだから私を残してヴァルには呪術を掛けて魔獣としての仮の姿で魔宮に住まわせた。私は父のそう言う思いを知って魔法をことごとく習得したわ血反吐を吐くぐらいは幼い時に命を繋いで貰ったことからすればたいしたことでは無かったわね。まあ、そんな事が背景で私がセット・M・バーション候に剣術指南で預けられた事がラリーとの出会いになったしね」

 そう言いながらエンマは俺にウインクを投げてきた。で、今何故其れを此処で俺達に打ち明けたんだ? 魔王族のおきて破りの秘密なら魔族の反体制派となる人間族に知られることは致命傷だろう。

「エンマにヴァル。何故此処で其れを俺達に打ち明けた?」

「そうね~ぇ、何故かしら私もわからないけどね、ヴァル」

「そうさあたしもエンマに相談されて即答したわ『オッケー』ってね」

 ヴァルの声を初めて聞いてウギと俺は顔を見合わせながらニッコリとしていた。

「ヴァルと是からずっ~とお話が出来るのだな、わらわは其れが嬉しいぞのぉ」

 そう言ってヴァルに泣きじゃくりながら飛びついていくウギを俺達も潤んだ目で見ていたわけだが……。

「それはそうとしてエンマ・イラディエル魔女王様。是からどうするおつもりですか?」

 部屋の空気を現実に引き戻すようにイカルガ伯爵が問いかけてきた。

「あっ! そうだった――後は任せたわねヴァル」

 そう言うが早いかエンマは窓越しに親衛隊の魔人族の二人を見届けるとその場をいきなり後にして窓から飛び出していった。俺はそんなエンマを唯々見送るように窓に張り付いて叫んだ。

「お~い! エンマまたな~ぁ」

「ラリーも頑張ってね~ぇ、ハーレム王子!」

 エンマが手を振りながらそう言って俺を揶揄してくる。馬鹿かっ! お前な~ぁ。

 そんなエンマは彼女を見つけて喜び勇んで近づいてきた親衛隊の二人がかしずくように跪いた所を上からゴツンと殴り倒してその魔人族のふたりと共にその場から風のように消えていった。

「エンマらしい去り方かしら」

 俺の傍にいつの間にか寄り添っていたサギがボソッとそう言う風に呟いていた。

「そうだな」

 俺もサギを見つめながらそう答えた。二人ともその後は二人見つめ合いながらもクスクスと笑い出していたよ。


 嵐のようなエンマ・イラディエル魔女王の来訪の後で残された俺達は現実に戻って是からの課題に皆で向き合っていた。

「で、どうするのかしら? 此の後は?」

 切実かつ緊急な疑問をマギが投げてきた。まあエンマがかき回してくれたお陰でなあなあで過ごしていた現実にちょっとしたスパイスが利いて人生を見直す切っ掛けとしては良いタイミングだ。

「さっきサギが言っていたように一旦、ベッレルモ公国の聖都テポルトリに帰ることにする。わざわざ出向いてきて頂いたイカルガ・ピネダ伯爵とロミルダ・ヴェルトマン嬢には申し訳ないがエンマ・イラディエル魔女王絡みでの政局関連は為るべく一国の思惑に載るのは好ましくないと思うんだ。しかも今回はエンマの置き土産もあることだし――頼んだよヴァル!」

 俺は皆に対して己の考えを此処でハッキリと宣言しておくこととした。

「私も賛成かな、ヴァルという裏技を貰っておいて使わない手は無いわよね」

「そうじゃそうじゃ、わらわは無論ヴァルに一票」

 マギとウギもそう言って賛同してくれるているが、相変わらずウギは何か勘違いしてないかい?

「私はもともと帰るって、さっきエンマにも言っておいたから」

 サギがそう言って話しをまとめてくれた。イカルガ伯爵もロミルダ嬢も大きく頷いて賛成の意を示してくれている。そうすると残りはヴァル・イラディエル第二王女の考えで方針が決定することになる。

「皆の意見がまとまったようですね、あたしことヴァル・イラディエル第二王女は今よりエンマ・イラディエル魔女王になりかわり、ラリー・M・ウッドの率いるチームメンバーとして聖都テポルトリに帰還することとします」

「……んっ? 待て待てヴァルさん? ちょっといいですか?」

 ヴァルの喋った言葉をそのまま文字面もじづらにしてみるとちょっと気になる箇所があるのだけれど……。

「ヴァルがエンマに成り代わりはわかる。ヴァルが俺のチームメンバーとして一緒なのもわかる。で、その言葉を重ねるとエンマがチームメンバーとなるで本当にあってる? 魔女王がメンバーって其れって……良いのか?」

「だって、エンマ姉さんがそうしろって言ってたからいいんじゃないのかな。ラリーは嫌なの?」

 そう言う風にヴァルに訊ねられると答えにきゅうする所だが、何か間違っているような気もしておもわず助け船を求めてサギの方を見てしまった。

「いいんじゃないのかしら、この際細かいことは気にしなくて、ラリー」

 そんな不安がっている俺の事を良く見ていて苦笑いと共にサギがそう言い切ってくれた。その言葉に皆が大きく頷く。

 そう言うことなら遠慮する事は無い、俺はヴァルに深くこうべを垂れてお礼をしておいた。

「ラリーそんなあたまを上げてね~ぇ、水臭いわよ、今更じゃ無い」

 妖艶なエンマの肢体をそのまま受け継いだヴァルが俺にそう言いながら言い寄ってきた。思わず生唾を飲み込む程の色香に酔いしれそうになる。

「こらっヴァル、それ以上ラリーを色香で惑わすのは駄目よ、ラリーが鼻血を出して倒れたら嫌でしょう」

 サギがそう言いながら間に入ってきてくれた。

「あら、最近はそう言うことが無くなってラリーも女体免疫がだいぶついたと思っていたのに……違った?」

「其れは其れでやっとの事なのよ、今此処でそんな色香で迫ったら元の木阿弥に戻るわよヴァル、いやエンマ魔女王っ!」

「そうかしら? やって見ないとわからないじゃ無いの?」

「「『駄目っ!』」」

 他のチームメンバーの即座の反対も在って此処は流石にヴァルが素直に身を引いた。

「そう、残念ね。じゃあラリー、あとでね、折角人間の身体を取り戻したんだから少しは楽しまないとつまんないじゃないの、あ・た・し」

 少しふて腐れた様子でヴァルは窓際に近寄って外を覗き見ていた、その窓は先ほどエンマが飛び出していった窓であり、窓の向こうではエンマを含む魔人族が忽然こつぜんと消えた事で警護の為に集まった衛兵達が混乱の極みになって右往左往していたのが見えた。そんな人間どもの夢のあとなど構う事無しに外から吹き抜けるそよ風がヴァルの金色の髪をゆらゆらと美しくなびかせていた。そよ吹く風に乱れそうになる髪を軽く手で押さえながらヴァルが面映ゆそうに俺の方を見て微笑んでいる。そんな艶めいた仕草に俺はドキッとしていた。

 エンマと変わらない容姿の中には清楚と妖艶な色香が良い具合に同居していて、その凄艶せいえんさはぞっとするほど艶めかしい。しかも、エンマの着衣よりも薄手で露出部分が多く思える。大狼ガルマから人型ひとがたに戻った時にマギの蜘蛛型からの時と違って真っ裸での変身には為っていないのが幸いだが、やはりそう言う事での着衣魔法には何らかの制約があるのだろうか? マギの場合の真っ裸の時は言わずもがなだが、ヴァルの場合は服を着ていてもそのスタイルには目のやり場に困ることこの上なかった。

「もしかしたらエンマより強敵かも……ヴァルって」

 サギがぼそぼそと何やらつぶやいていたのがそよ風の独り言のように俺の耳に聞こえてきた。


 聖都テポルトリに皆で帰ることは決まったが、それ以外の事も色々対応を考えて於かなければならなかった。

 まずはもともと護衛師団の怪我人の療養って事だったがそれもほぼ全員完治に向かっている。よってヴィエンヌ城からの護衛師団残留部隊の撤収段取りについてだが、それはイカルガ伯爵が調整をしてくれることになった。と言うことは、もう俺達チームラリーだけのスケジュールを立てれば良いこととなっていた。

 そうなると明日か明後日には此処に訪れる正規の使者に対応するメンバーだか、是はロミルダ嬢とサギが対応することにした。で、後はヴィエンヌ城での後片付けである。

「ラリー様が御出立っていう事でしたら盛大に送別のうたげを催さなければ為りませんわね――ねぇ、メイラー其れは良いですか」

「はい、お嬢様その点は抜かりなく進めておりますからご心配なく。日時は明日で宜しいですか?」

「私の気持ちとしては為るだけ遅いことに越したことは無いですが、其れはラリー様達のご都合が最優先の事項ですから――如何致しましょうか? ラリー様」

 そう言ってリアーナお嬢様が俺に尋ねてきた。俺等如きに改めての送別の宴などは大事おおごとすぎると断りたい気持ちで一杯だがそうはいかないだろう事は十分理解していた。

「お嬢様、その件はお気持ちだけ頂いて……と言う訳にはいきませんか?」

「……『駄目ですよ』それはラリー様、私達も伯爵家としての立場もありますので――受けて頂きますわ」

「でしょうね……ふ~ぅ(帰るだけでも大事おおごとだわ)」

「それじゃ宴会と言えばマギか?」

 そう言ってチームラリーの宴会部長の任をマギに命じて於いた。任命とは言え殆どマギの趣味の領域だしヴィエンヌ城下の警邏隊けいらたい面々での人気も手助けしてくれるからメイラーさんといいコンビに成れるだろう。

「ラリー、ウギの手も借りたいからコンビを組んで良いかしら?」

 早々に宴会部長から要望が出された。首をひねって横にいたウギを覗くと大きく頷いていたのでそのままマギに『OK』と伝える。是でメンバーそれぞれの役割が決まった。

 残りはヴァルとテポルトリでの大公様との謁見えっけんに備えた対応案を煮詰める事だ。

「さあヴァル出番だよ、大公様との謁見えっけんのシナリオを考えようか」

「じゃあ、ラリーと二人っきりでしっぽりと語り合いましょうか」

「いや、其れは遠慮して於くわ」

 即そう答えて於いたが、それでもヴァルは機嫌を直して始終ニコニコとした顔つきに変わっていた。まあ、その分言わずもがなサギの機嫌が思いっ切り悪くなってきていたのは触れないで於こう。

 メンバーそれぞれ、各々のやることが決まったので持ち場に分散していった。俺はヴァルと二人でリアーナお嬢様の部屋に残っていた。

 しかし、ヴァルがエンマとの双子の妹だったとは全く予想だにしていなかった事だった。

「あら、ラリー何かしら?」

 エンマの事を考えていたら無意識にヴァルの事をジーッと見つめていたらしい。

「あっ、いや何でも無い」

「ふ~ん、じゃぁこうしてあげる」

 そう言うが早いか俺の首筋に両手を回して、そのまま薄手のドレスの凶暴なほど突きだした胸元を俺に押し付けてきた。そうしてひと言、耳元で悪魔の囁きをしてくる。

「ほらっ、此の方がもっと間近で胸の奥まで覗けてよ」

 ぱっくりと開いたドレスの胸元の奥に覗くその真っ白なふもとの眩しさにおもわず目を背けた。そんな俺の仕草が気に入らなかったのか俺の顔を両腕で挟み込んでそのまま胸元に押しつけてくる。

「そんな目を逸らさないの、良かったら触ってもいいのよ」

 冗談でもそんな事を言われたらマジで赤面の至りだ。真っ赤になった俺の顔を覗き見て益々ヴァルが調子に乗ってきた。

「くすっ、そんなに照れちゃって本当にラリーって可愛いんだから」

 そう言ってひたい同士を当てながら吐息が掛かるほど近づいてきた。唇と唇がほんの小指ひとつ分の距離感まで近づいて、ヴァルの甘くも深い色香のいい薫りが鼻腔をくすぐってきた。心の藏が早鐘のように打ち返しを始めて来たのがわかる、マジで心臓にわるい。勇気を振り絞って小声で唸るように告げた。

「ヴァルさん、いい加減におちょくるのは止めて貰えませんか、俺だって男ですよ」

「あら、かっこいい台詞っ! あたしどうされるのかしら? わくわくですわ」

 全く持って俺のハードボイルドはヴァルには効かなかった。まあ、唸るような小声ではハードボイルドも無いものだが……。

 落ち着け落ち着けと自分自身に言い聞かせながら、深呼吸がてら、ふ~っと大きく溜息を付いてからヴァルの躰を軽く押しのける事が出来た。

「ほらっ! 馬鹿なことは是くらいにして、さっさと宿題を片付けますよ」

「は~ぃ」

 思ったより素直にヴァルが束縛を解いて離れてくれた。其れは其れでちょっとは寂しく感じていたが……。まあ、これ以上ヴァルの好き放題にさせていたらマジにサギの怒号がその内飛んでくることだろうと思っていたので、ヴァルも此処が引きどころとわきえてくれたのだろう。

 取り敢えず部屋の中央のテーブルを使って是からのことを纏めることにした。椅子を引いてヴァルを座らせた後、斜向はすむかい側の椅子に俺も腰を降ろしてにお互い向き合って話を始めた。


「まずは聖都テポルトリに戻ってすぐの事から考えようか」

 ヴァルには時程に会わせて最初から順序立てたシナリオ立案の提案をした。皆で戻る形になるがヴァルの事はもともとウギの使役している大狼ガルムとしてしか情報を渡していないから其処をどう変えることが出来るかが問題となる。

「あたしはまたガルムに姿を変えることは出来そうよ」

「本当か? でも、そうしたらまた人型ひとがたになるのは出来るのか?」

「ううん、其れはわからないわ。多分出来るとは思うけどあたしひとりでって言うのはどうかしら?」

 テーブルに両肘を付けたまま両の掌で頬杖ほおづえを付いた格好で俺の方を横目で見ながらヴァルが喋り掛けてくる。先程の景色が蘇るように鎖骨の遙か下の方の白き胸の稜線を際立たせるような姿勢に目が釘付けになっておもわずゴクリと喉が鳴った。

「あっ、見たな~ぁ」

 その問いに答えず瞬間、胸のふもとまばゆさから目を逸らした。

「ね~ぇ、ラリーから見てあたしっていろっぽい?」

 自信なさそうにちょっと俯き加減でそうつぶやいてくるヴァルに、俺は言葉を発すること無く思いっ切りカクカクと首を大仰おおぎょうに縦に数回振って応えた。

「そう~っ、じゃあ許してあ・げ・る」

 ニコニコと微笑みを取り戻してヴァルがはにかむようにつぶやいた。そんな仕草に益々照れて俺は顔を赤らめながら下を向いてしまった。

「サギの気持ちが解ってきたわ、ラリーとこうしていると其れだけでも本当に楽しいのね」

 此方の照れ具合を嬉しそうに見つめながらヴァルがそう言って、軽く開けた口の中からちょっとだけ舌を出して色っぽく自分の唇を濡らしてくる。俺は下を向きながらもその艶々した唇をちらちらと盗み見していた。

「う~んも~う、あたし我慢出来ないっ!」

 そう叫ぶやいなやヴァルがさっと身を乗り出して両手で俺の顔を押さえつけると、その艶やかな唇を俺の唇に押しつけてきた。

「ん~っ」

 俺は瞬時のことに目を見張ったまま固まっていたが重なり合った唇のヴァル口元から桃色の吐息が漏れたように見えた。唇が重なり合った時間はほんの一瞬だったがお互いの唇が離れたあと短い溜息と共にヴァルが呟いた。

「……しちゃった」

 俺以上の照れ具合で耳まで真っ赤にしたヴァルは両手で頭を覆いながらテーブルの上に突っ伏した。その上気した顔から湯気が立ち上るようにすら見えて俺もドギマギした自分の心臓押さえながらその場に固まったままだった。

 しかし俺達何やっているんだろうな、ふっとそんな思いが頭をよぎった。予想外に照れまくっているヴァルを見ていると俺の方は自然に何故だか冷静さを取り戻してきていた。まあ、少しだけだが。

 突っ伏したまま目線だけ上目使いに俺を見ていたヴァルだったが何の拍子かガバッと起き上がると自分に気合いを入れるように叫び声を上げた。

「よ~しっ、以上!」

「えっ?」

「ううん、いいのこっちのこと。それじゃラリーやろうか?」

「へっ? 今から?」

「……大公との謁見えっけんのことでしょう」

「あ~ぁ、そっちね」

「……じゃぁどっちなのよ」

「……」

 俺の勘違いがどっちのことと思われたのか――多分、ヴァルの想像は合っていたと思う。ちょっと冷や汗を掻きながら目を逸らした俺を見るヴァルの半眼のジッと目が少し怖かった。俺も一体何を期待していたんだろう。


「あたしは此の姿でそのまま一緒にテポルトリに入りたいけど、いい?」

「そうだな、ガルムの姿に戻る事が必要かって言うとそうでもないし、でもそのままの姿って言う事は宮廷の衛兵等はエンマが来たと思うだろう、其処そこはどうするかだな」

 大狼ガルムを使役していると言うウギの情報は先に、聖都に入る為にガルムは野に戻してあるとでも言っておけば良いだろう、まあその弊害はウギに寄り付く虫が増えることだが其れは其れで彼女が何とかするだろうし。

「でも、目立つ格好のままでは宮廷が混乱するだけだろう。変装でもするのか?」

「そうね、メイラーさんにメイド服を借りてラリーの専属メイドですって言うわ」

「おい、其れは――そ、その後はどうするつもりだ?」

「だって、あたしだけはテポルトリの宮廷魔術師団への所属は無いんだし、どうせ帰還した当日には大公に速攻でお目通りでしょう。だったら、その場でメイド服を脱ぎ捨ててエンマになりきるわよ」

「……で、やっぱりその後は?」

「そ、それはエンマとして……ラリーの傍に居るわよ、嫌なの?」

「えっ、嫌って言うわけでは無いがそれじゃ――何にも変わっていないような?」

 何か騙されてたみたいだが、不思議とストンと俺の中では嵌まったようで首を傾げながらも半分納得し掛かっていた。

「えへへっ、じゃぁそう言うことで良いわね」

 ヴァルのこの宣言は後で大きな難題を俺に突きつけることになるのだが、さすがにこの時は俺も其処まで気が回らなかった。


 強引に話しを進められてしまったきらいはあるが、其処はその場になって野となれ山となれだ。なんとかサギ達の事も含めて帰還後のテポルトリでの身の振り方を考えて於く必要があるな、それも大公様との話の流れで変わるだろうし、いざとなったら尻尾を巻いて逃げるか……。

「あっ、いま逃げるかって考えたでしょう」

「……うっ!」

 ヴァルに図星をつかれて返答に詰まる。なんでわかったんだ? 顔に出たのか?

「ほらっ、ラリーって隠し事出来ないたちでしょう、其処が良いんだけどね。逃げられはしないからね――あたしとエンマ姉からは」

「まあ、多分そうだろうね――でも、後の三人からも俺は逃げられはしないと思っているから」

「そうよね~ぇ、ハーレム王子!」

「こらっ、ヴァルまで――ハーレム王子って言うな!」

 俺はブスッとした顔つきでヴァルに向かって文句をたれた、そんな俺をクスクスと笑いながらかまうこと無く彼女が話しを続ける。

「でも、逃げるって言う言い方はあながち間違ってもいないかな。大公側の話しによってはその場でラリーは、あたしことエンマ・イラディエル魔女王から逃げる為にも冒険者としてベッレルモ公国から離れる形を取るのもひとつの選択肢ではあるわよね」

「そ、そうなんだ、そう思って逃げるかって……」

「ふ~ん、そういうことにして於いてあげるわ――今はね」

 やはりヴァルにも……隠し事は出来そうも無いことがわかった。

 取り敢えずヴァルとの話し合いで彼女には人型ひとがたのままテポルトリに戻って、それから大公様との謁見えっけんに備えるという方針で決まった。でもまあ、そのままの姿ではエンマと間違われるから(其れが最終的な狙いだが奥の手を最初から晒すわけにはいかないからな)フードの深いマントを羽織って人目に付かないようにして宮廷まで入っていく方法で妥協して貰った。何故なぜ妥協と言ったかというと――ヴァルめ、メイド服で入城するってきかないんだよ、まったく! 

「なんで、メイド服では駄目なんですか? ラリーっ!」

「メイド服の次は、誰のメイドって言うんだ。俺のメイドですっ言うんだろう」

「あら、わかったの?」

「……(他にいないじゃ無いか。俺だけだぞ男は)」

 ジッと目でヴァルの事を睨み付けると慌てたように追加案を切り出した。

「じゃぁ、メイド服の上にその深差しフードのマントを羽織るから良いでしょう」

「……それじゃ変わんないだろうに。(どうしてもって言うんなら、イカルガ伯爵のメイドって言う事にでもしておくか)好きにしろ! もう!」

 こんな会話がその後、続いたと言うことはサギ達には内緒の話となったのは言うまでも無い。


 ヴァルとの話がちょうど終わった所にリアーナお嬢様とウギが部屋に戻ってきた。

「ラリー、送別のうたげは明日の夕刻に決まったぞのぅ。わらわ達も明日に備えねば」

 ウギが得意げに告げてくる。しかし、備えるって何をだ? それとマギとメイラーさんは?

「マギは警邏隊けいらたいのメンバーと出し物の打ち合わせと言っておったぞ、ラリーには内緒ってのぅ――其れでわらわも何だかやらされるらしいのだが、細かいことはきかせてもろうておらんのだぞ、まったく」

 そんな風に明かしては既に秘密を半分暴露している様なもんだと思うんだがなぁ、ウギさんよぅ。

「んっ、何か言うたのかのぅ?」

「いや、何でも無いです」

 しかし、明日に聖都からの正規の使者が到着したとしても、ヴィエンヌを出立するのは明後日あさっては厳しいかもな、明明後日しあさってかな早くても。

 ひとりそう思っていると横から脇腹を突いてくる人がいた、リアーナお嬢様であった。

「明日に送別の儀を行ったとしても、そんなに急いで出立しなくても宜しいのですからね、ラリー様」

 そう言うことをさり気なくおっしゃっりながら頬を朱に染めて俯いていた。

「あっ、お気遣いありがとうございます、お嬢様」

「……お嬢様扱いは――最後ぐらい抜いて貰いたいですね。そうですわ、是からはリアーナと呼び捨てにして頂けませんか」

「いやいや、そう言うわけにはいきませんから、お嬢様」

「ほらっ、またですわ。リアーナよ! はい、リピート・アフターミー。いいですか」

 お嬢様は何かのスイッチが入ったように生き生きとした顔つきで俺にそう告げてくる。

「それは……」

「はい、おっしゃって! ラリーっ!」

「……り、リアーナ――(さま)」

「――まあ、今日のところはしとしましょう」

 どんな責め苦なんだか――貴族のお嬢様を呼び捨てなんぞ、俺にはお仕置きとしか思えないわ。


 ひとしきり、女性陣にいじくられ、俺は這々の体でその場を後にして自分の部屋に戻っていった。自室と言っても、昨日まではエンマ・イラディエル魔女王を敵対する相手と考えて彼女の奇襲を警戒していた。その為、サギ・ウギ・マギの皆が俺の事を四六時中サポートできるようにと大部屋での一緒の寝泊まりを行ってくれていた訳だったが――ここに至っては其れはもう良いだろうと大部屋では無く、元の俺の個室に戻った。

 一日中、誰かと必ず一緒に居たことからひとりっきりの時間と言うものがなかった。今此処でひとりでボ~ッとしていると何だか自分で無い様な気がしてきた。

 ベットに仰向けに横たわって天井を見つめていた。

「そう言えばこうやって、天井を見つめていた時に蜘蛛の姿の時のマギと出会ったんだったな」

 そうやってひとり回想にふけっているとあの時と同じように天井から糸を伝って蜘蛛が一匹降りてきた。

「えっ、マギか?」

「ご名答!」

 その蜘蛛がそう答えたかと思うと、ストンと蜘蛛から人型ひとがたに戻ったマギが俺の身体の上に乗っかってきた、いつもの事ながら変身により真っ裸のままでだ。

「なっ! 何で此処に?」

 咄嗟の事で回避できずにマギをそのままき留める形でかかえた。

「ヤッホー、ラリー元気してた?」

 人の上に勢いよく落下してきた魔女はそう言い放って俺の上にまたがってきた。何度も言うが真っ裸だし目のやり場に困るって言っているだろうが、いい加減に着衣魔術を添加してから変身を解けよなぁマギっ!

「元気してたでないだろうに。マギは此処で何をしているんだ? と言う前に服を着ろっ! 服を!」

「何をと問われれば――ラリーに抱きついているのだが、違うのか? 其れと裸の方が喜ぶと……」

「極値の今を聞いている訳で無い! なんでここに居たのかって言う事だ、それと裸は――目のやり場に困るから、早く服を!」

 まあ、マギのボケに突っ込みを入れるもなんか堂に入ってきた。

「あははっ、そっちね――警邏隊けいらたいのイケメン君達と盛り上がってきたら、ちょっとね。えへっ」

 そう言って可愛らしげにウインクなんぞ飛ばす日には――此奴こやつまた何かやったな。しかも服を着る話しには、まったく聞く耳を持っていないみたいだし。んっ! なんか顔が少し赤いぞ。いつものような軽い掛け合い漫才に気付くのが遅れたが、少し上気した顔色をしているのに気が付いておもわず訊いた。

「マギ、呑んでるのか?」

「えっ! わかっちゃった? ちょっと舐めた程度よ」

 舐めた程度であなたそんなに上気するほどお酒に弱くないでしょう。思いっ切り呑んできた証拠だろうにと、いつもの如く突っ込みたい気持ちを抑えてマギに叫んだ。

「こらっ! 酔っ払い! 服を着ろって言うんだよ、服を!」

「だって持ってないもん、服は此処に無いんだもん」

「あっちゃ~ぁ、何処で脱いだんだ? 何処で?」

「ん~っ……忘れたわ、そんな昔のことは――うぃ~っ」

 このぉ酔っ払いが――俺は頭を抱えたままベットの上に突っ伏した。


 取り敢えずマギを俺の上から退かせてから起き上がり、ベットの上のシーツを剥ぎ取って彼女に巻き付けさせた。マギもシーツドレスを気に入ったのか器用に身体に巻き付けると純白のドレスを身に纏った様にも見えて其れは其れで美しく仕上がっていた。

 俺自身は彼女がそんな着付けをしている間、彼女に背を向けて水差しを置いてあるテーブルに向かっていた。

「はい、お水」

「ありがとう」

 酔い覚ましに水をうつわに入れてマギに手渡した。素直に受け取った彼女は少し恥じらうように項垂うなだれながら其れを受け取って一気に飲み干した。

「もう一杯いかがかな?」

「ううん、もう良いわ。ありがとう」

 そう言いながら空のうつわを俺に差し出してきた、其れを受け取るとテーブルの上に置いてからマギに向き直った。

「で、どうしたんだ――此処に来たって事は何かあったんだろう」

「……」

「んっ??」

「……何にも無いんだから、別にただラリーに会いたくなっただけよ」

 顔を赤らめながらうつむいてそう言い切ってきたマギ。いつもと違う感じにこっちがドギマギしてきた。しかし、それでも服は何処に置いてきた?

「会いたくなったって、さっきまで皆で一緒にいただろうにそれと服は? ウギがさっき言っていたぞ、マギはうたげの出し物の打ち合わせに行ったって」

「うん、そうなんだけど――打ち合わせで色々話しをしていたら、盛り上がってお酒も出てきたんだ。其処までは良かったんだけど……」

「ん? けど……?」

「……皆の話になってね――私とサギとウギの『みんな綺麗でいいよな~ぁラリーさんは』って警邏隊けいらたいのイケメンくんがラリーの事をうらやましがって――其れで、でも三人のうち誰がラリーの本命だろうって噂話になって『やっぱりサギさんだろう、いやウギさんも可愛いぞ』って――私は? って聞いたらね~ぇ、みんな顔の前で手を横に振って『いや、其れは無いと思う』って、何でって言ったら――ラリーさんの手には負えないでしょうマギ姉さんはだって。其れでその後に『俺等だったら姉さんに合わせられますから――立候補してもいいすか』って勝手に私の事の取り合いになってきたの」

「は~ぁ、それで――」

「皆がその話しで盛り上がっている横で、なんだかわたし居たたまれなくなって――その場で皆の視線を避けるようにして蜘蛛になって此処に来たのよ」

 マギの話しは其れは其れでまあ有りと言える内容だったが、マギがそんな事に其処そこまで敏感になったって言うことが信じられずその場で俺はポカ~ンと口を開けたままほうけていた。マギのキャラが最近よくわからなくなってきた。

「な、なによ――私らしくないって言うんでしょう、私だってそう思うもん」

「いや、俺は何も言っていないよ」

「顔で言っているじゃないの、顔で!」

 顔って言われたって生まれてから此の顔だし、とはボケられない空気を感じてその場で俺は固まっていた。

「――サギにしてもウギにしても『ラリー大好きっ』を表に出しているから……わたしもそうした方が良いのかしら? ヴァルやエンマと私ってキャラ被ってきてるし、不安定なのよ私でも――女のなのよ、このわからずや!」

 そう言いながら俺の胸に顔をうずめるように抱きついてきて、そのまま両手でバンバンと俺の胸板を叩きつけながらマギが泣き出した。

「私だって良く解らないの、こんな気持ち今まで――そう百年以上も生きてきて酸いも甘いも人生、いや魔人生を生きてきたのよ――なんでこんな小童こわっぱにって思うんだけど、でもねラリーっ! あなたにだんだん惹かれていく自分が此処にいることに気がつき始めたのよ、止まれって自分で自分の気持ちを抑制しようと思うと余計にね――魔界の大魔導師をまどわせて! どうしてくれるのよ! あなたは!」

「こ、小童こわっぱは……それは無いだろうマギ?」

「うるさい!」

 そう叫ぶとマギは俺の首に両腕を巻き付けて、あっという間にその魅惑的な唇を俺の唇に重ねてきた、力任せの口吻くちづけに反してその感触は彼女らしい柔らかさと吐息の甘い香りを俺の脳裏に刻みつけた。

「ん~んっ」

 マギのあえぎ声が耳元でハープの音色いろねの様に響き渡ってその声色こわいろに魅入られるように酔いしれる自分がいた。

 お互いの唇と舌先を交互に絡め合いながら息が続く限り貪るように口吻くちづけ重ねた。

「う~っ――んっ」

 どちらともなくお互い息が続かなくなって唇を離した。そのまま互いの額同士ひたいどうしをくっつけ合ったまま目を合わと、今度は俺の方から軽くマギの頬に口付けをして抱き締め合った。

「ごめんねラリー」

「……なんで、謝るのさ」

「だって……」

「俺も望んでしたことだし――それにマギの唇は美味しかったよ」

「馬鹿っ」

 抱き合ったまま顔を交えずにお互いの耳元でそんな風にささやき合った。


 マギの服は警邏隊けいらたいの面々のいる部屋にあることはわかった。マギを俺の部屋に残して服の回収に向かうことにした。

 部屋を出て警邏隊けいらたいの部屋なる場所を聞きにメイラーさんを訪ねた。メイラーさんは俺が何で警邏隊けいらたいと関わるのかを不可解な面持ちで訊ねてきた。

「ラリー様が警邏隊けいらたいをお尋ねになるのはどの様な用件なのですか? もしも差し支えなければ私にお話しして頂けませんか、私如わたくしごときでもお役に立てる所があるやも知れませんから」

 そう言ってくれるがマギの事を真正直に話しは出来ないので、取り敢えずマギが彼女の持ち物をその場に忘れてきたと言って其れを俺が取りに行くことで話しの辻褄つじつまを合わせてみる。

「そうですかマギ様の持ち物ですね。わかりましたでは私もご一緒致しますから、その方が案内もしやすいので私としても都合が良いですから」

 俺はそうしてまでメイラーさんに負担を掛けるわけにはいかないから場所だけ教えて下さいと同行を辞退して頂けるように説いてみたが、お客様にそんな事をさせては使用人としての名折れですと頑として受け入れてくれず、結局二人で訪れることとなった。

 メイラーさんにマギの服のことを知られれば其れは其れで何で? って言うことになるだろう事は予想できたが今更其れを言うのもはばかられたので出たとこ勝負で行く事にした。

 詰め所に辿り着いた所でメイラーさんがさっさと中に這入っていこうとするのを彼女の手を引いて俺は止めようとした。

「きゃっ――きゅぅん」

 いつぞやと同じような声がどこからともなく聞こえてきた。と、目の前のメイラーさんが俯きながら顔を真っ赤に染めて茹で上がっていた。

「あっ、すみませんメイラーさん」

 勢いで掴んでしまった彼女の手の握りを解いてから丁寧に謝る。でも、何故だか彼女の手を離した瞬間、メイラーさん側から発せられる強い喪失感と共に彼女の手の方が俺の手を追いかけるように宙を彷徨さまよったのを一瞬見た気がした。

「こちらこそ唐突に声を上げてしまって申し訳ありません、ラリー様に対して使用人としてあるまじき行為を重ねてしてしまいました我ながら恥ずかしい、泣きたい気分です」

 そう言いながらメイラーさんはその場に直立不動で下を向いたまま唇を噛みしめている。そんな風にさせたのは不甲斐ない俺の所為せいだと、ほとほと自分に愛想が尽きた。

 俺は彼女の両肩を軽く掴んで話しかけた。彼女の肩に触れた瞬間メイラーさんはおもてを上げて生き生きとして顔つきで俺を見つめ返してきた。

「メイラーさん此方こそ済みませんでした。さっきあなたに言えなかった事があるのです、此処にあるマギの忘れ物は服です、多分下着も脱ぎ捨てたままだと……何故って思われますよね。其れは以前、巡回警備の時にお嬢様とメイラーさんに見せた変わり身の魔術の所為せいですから」

「えっ、そうでしたの、それならそうと最初におっしゃって頂ければよろしかったですのに、わかりましたわ。ラリー様は此処でお待ちになって下さい」

 メイラーさんはそう俺に告げると詰め所の扉を開けてひとり中に這入っていた。

 その場に残された俺は兎にも角にもメイラーさんが戻ってくるのをひとり心細げに待つしか無かった。そんな俺の心を察してかメイラーさんは程なく部屋から出てきた、マギの服装一式を手に持って。

「此方で全部ですわ、ラリー様がお探しのものは。で、警邏隊員けいらたいいんも突然マギ様のお姿が見えなくなって、しかも衣服がこの様に残されたままでしたので、大変な事がもしかしたらマギ様の御身に起こったのではと其れは大騒ぎでしたわよ。くすっ」

 メイラーさんが中の様子を教えてくれたし、最後には思い出し笑いをしてクスクス笑っていた。

「警邏隊長さんなんか真っ青な顔で、『リアーナお嬢様になんて報告すればいいんだ』って泣いていましたよ、熊のような顔つきの隊長の泣き顔なんて私始めて見ましたわ、貴重な経験をさせていただきました。あっ、警邏隊のみなさんにはマギさんは眠たくなったそうで高位魔術で転移して部屋に戻っていますって言っておきましたから、みなさんホッとしながらも高位魔術って事にビックリしてましたよ」

「何から何まで、ありがとうございましたメイラーさん」

「では、ラリー様、参りましょうか――マギ様のところへ」

「えっ!」

「だって、此処に服があるって言う事はマギ様は今……裸って言うことですよね、お着替えをお手伝いさせて貰いますから、何処でとはもうしませんが」

「あっ!」

 メイラーさんのジッと目を初めて見たが俺が睨まれる要素って――ですよね~ぇ。俺はメイラーさんを連れて、来た道を戻って自分の部屋へと急いで帰っていった。


 部屋に戻ってマギの着替えをメイラーさんに頼んでたところでサギが部屋にやってきた。何でも明日の聖都からの正式使者の件らしい。此処ここでは何だからとロミルダ嬢の部屋に一緒に来て欲しいとの事だったがサギには珍しく言葉を選んで俺に話しをしていた、そんな態度に少し違和感を感じていたが、ともかくサギと一緒にロミルダ嬢が泊まっているゲストルームへと急いだ。

「お待ちしてましたわ、ラリー様」

 と、ロミルダ嬢の部屋を訪れた俺は丁重に迎えられて部屋の中へと案内された。

 部屋の中にはロミルダ嬢の他にイカルガ伯爵も同席していた。確かに是はただならぬ雰囲気が感じ取られた。

「ラリー君、ちょっとまずいことが起こったようだ。しかも昨日、聖都を出立した早馬での連絡なので事態は多分もっと進行していると思われる」

 そう話しを切り出してきたのはイカルガ伯爵だった。

「何なんですかまずい事って?」

「ベッレルモ公国の大公様であるイェルハルド・リトホルム公爵様が行方不明との連絡があった、昨日のことらしい。宮廷では秘密裏に捜索を開始しているが手がかりがまったく無いそうだ」

「なんですって!」

 大公様とか、ほんの数日前まではまったく自分の住む世界とは次元の違う人達と思い込んでいたがエンマの事件以来、身近な対象となったばかりでなくその大公様の行方がわからないなどと言う不可解な報を今此処で知らされることになるとは思いもしないことだった。


 大公様の行方不明の報に付いては早々に箝口令が敷かれた。無論、俺達から話し出すことは無いしヴィエンヌ城下でも此の報を知らされているのは伯爵様始め限られた階層だけなる。

 イカルガ伯爵に告げられて一足先に此の知らせを聞かされた俺は皆を集めて是からの事を洗い直すことにした。

「今回の件はあまりにも唐突すぎる、何らかの政治的思惑があるとしか思えない」

「そうね、確かに大公様が行方不明になる事自身が想定外だったし、ロミは何か心当たりがある?」

 俺の言葉に重ねるようにサギがロミルダ嬢に訊ねた。

「私だってそんな事が思い当たるんだったら此処に来ないわよ、まして行方不明なんて……」

 そう言うロミルダ嬢の顔にも焦燥感にさいなまれていることがありありと伺えた。

「そうよね……でも、エンマの突然の到来と共に起こった事件と言えば言えないことは無いわね」

 ロミルダ嬢の返答にサギも素直に同意するが、俺達の知り得た情報と合わせるといまいまエンマ来訪との関係を示唆し始めた。が、其れには俺もヴァルも反論した。

「其れに関しては今の時点では何とも言えないが――エンマが早々そんな軽率な行動をするとは思えないし、今此処でわざわざ事を起こす理由が解らない」

「そうよ、お姉様がそんな事をしても魔界に何の利益も無いわ。それならお姉様が関わる話しには思えないし……利害で言えば都合良くお姉様の出来事に合わせた身内の誰かって事も考えられるわよ」

 エンマの事はここ数日での出来事だったが俺等が知る彼女の行動からすればあまりにも外れた考えだと思えた。

「とすると、エンマ・イラディエル魔女王の来訪に合わせたベッレルモ公国内紛の何らかの思惑って事か?」

 ヴァルの論理もあながち間違いでは無いと思え、その場の皆の思惑を示した。その俺の言葉に周囲の面々が頷く様子が見て取れる。

「まあ、此処にいてもこれ以上の情報が無いわけだ、ひとまずテポルトリに戻って情報収集からか」

 そう言って皆の同意を求める。その言葉に皆が大きく頷いているのがわかった。

「よし、今すぐ戻るぞ」

「「『はい』」」

 兎に角、今の俺達にとっては欲しい情報が此処では得られないことから早急に聖都テポルトリに戻る事が最優先だった。その際の懸案はまあ、今までの送別のうたげの準備をして貰っていたマギには悪いことをしたと言う事に相成るが……。


 俺はイカルガ伯爵と話しを合わせて聖都テポルトリからの迎えの使者が明日来る前にヴィエンヌを出立することにした。テポルトリの方にはイカルガ伯爵宛に報を伝えに来た早馬をそのまま返して此方の早急の帰還を伝達し、迎えの使者の来訪は中止して貰うことを頼んでおく。

 事が事だけに急ぎ足での出立についてはリアーナお嬢様も渋々だが納得してくれたようだった。

「ラリー様、今回の事はイェルハルド・リトホルム公爵様の大事についての事からやむを得ずですので、此の件が落ち着きましたら是非ともヴィエンヌにお戻りになられて、改めて送別のうたげをさせて下さい」

 と、リアーナお嬢様には再来の念押しをされてしまった。まあ、其れも是も大公様の事件が解決してから考えることと今は思うことにした――と言うのは俺の腹だけにしまっておいた。

 やり残した事や本当は長きにわたって御世話になったヴィエンヌの人達への別れの挨拶などが多々あったわけだが兎に角、今は聖都テポルトリに戻る事が最優先なので取るものも取り敢えず出立した俺達だった。


 早馬並みの駿馬を多頭借りての馬車仕立てはさすがはリッチモンド伯爵家ならではと感心至極。馬だけでは無く馬車の内部もそれ相当の豪華さに驚嘆の域を出ない。そのような対応をしてくれたリアーナお嬢様には心の底から感謝をして、見送りの際のお別れの挨拶もそこそこに再会の約束をしてヴィエンヌ城を後にした。

 兎にも角にも急いだ、唯々遮二無二、馬を走らせて聖都テポルトリに向かう。馬車の中では皆、無言で在った。何を話しても根拠も無く想像の域を出ない会話など今の俺達には不要とばかりに沈黙がその場を覆い尽くしていた。情報が足らない、ただそう言う事なのに今までの俺達の中ではそれぞれの思惑が色々な形で渦巻いて疑心暗鬼の中でうごめいているだけだった。

 そんな状況で走り続けた結果、その日の夜中過ぎには聖都に着いていた。

 聖都テポルトリに這入るとそのまま宮廷に直行。サギの要望から全員一緒の大部屋ゲストルームを用意して貰った。ヴァルには不用意に顔出しをしない様に念押しして於いたが、そうは言っても容姿がバレたらとの事も有り全員での監視もこの場合は必要な手として大部屋での寝泊まりを皆で承諾。女性所帯に俺ひとりは既に馴染んでいたし、暫くは真面まともに寝入る事など無いとばかりこの提案には異論を挟まずそのまま採用。と、宮廷内の居場所を確保してから、まずは大公様の失踪時の状況の聞き取りから俺達は行動開始した。


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