第29話 聖都テポルトリからの使者!

 部屋の中に案内された俺達を待っていたのはリアーナお嬢様と聖都テポルトリからの使者の方が二人だった。

 ふたり? その姿を見て俺は直ぐに理解出来ないで居たが、其れを制して俺の脇から一歩前に出てきた影が会った、そうサギだった。

「えっ! イカルガ・ピネダ伯爵――それとなんで~ぇ、ロミ?」

 貴女が驚嘆の声を上げたのはその二人がサギの良く知る友人だったからだ。聖剣士のイカルガ伯爵は俺も御世話になった人だから直ぐにわかったが、その傍に寄り添うように座っていたお嬢さんは初見であり使者が二人、其れも男女それぞれと言うのも想定していなかったことなので俺自身は戸惑っていた。其れを知ってかサギが直ぐさま俺に変わって話しを初めてくれた。

「イカルガ伯爵が聖都テポルトリからの使者って事なのですか? それとロミ、あなたまで?」

 そう言いつつ話しの先をリアーナお嬢様に引き継ぐようにサギがお嬢様に向き合った。

「あら、サギのお知り合いって事ですね、御使者のお二方は、其れでは話が早そうですわ――そう、此のお二方が御使者の方です」

 そうサギの質問にリアーナお嬢様が答えてくれた。それに合わせてイカルガ伯爵が口を挟んでくる。

「久しぶりだな、ラリー君にサギ。元気そうで何よりだ、サギは旧知の間柄だから紹介は不要だと思うがラリー君は初対面で有るね、此方のお嬢さんは――ロミ……」

「ロミルダ・ヴェルトマン嬢ですね、『ロミ』ってサギが呼んでましたからサギと同室の相方のお嬢様とお聞きしてますよ」

 俺がイカルガさんの言葉に被せるように先に彼女の紹介をさらってみた。そのことにサギはニッコリとしながらロミに笑いかけるように話し始めた。

「ラリーには以前ロミのことを話ししたの――覚えていてくれたみたいよ、しかし驚いたわよあなたが居るなんて想像もしていなかったから――あっ、イカルガ様ごめんなさい、浮かれてしまって話の腰を折ってしまいましたわ、私もラリーも……」

 俺もサギもイカルガさんに頭を下げてお詫びをしておく。浮かれても礼儀をわきまえておかないと――と言うわけだ。

「んっ! まあ、話しの進み方が早くて楽になったよサギ――まあ、此処に来たのは既に承知とは思うがラリー君には聖都への大公様からの帰還命令が出ている。私達はその事を直接伝えに来た、と同時に私達と一緒に戻って欲しいと言う事だ」

 やはりそう言うことかと俺はイカルガ伯爵の目を見てその意思の強さを測っていた。

「戻ること以外に選択肢は無いようですね」

「そう言うことだ――まあ、ラリー君には強制は出来ないがあくまでもお願いと言うことにはなる」

「それはサギにもですか?」

「サギには宮廷魔術師団の立場が有るから、大公から命令として帰還指示が出ている無論、強制力がある事になる」

「あっ、じゃぁわらわ達は? まだ宮廷魔術師団入隊前だから……依頼?」

 そう言ってウギが横やりを入れてきた、と言うよりウギとマギとヴァルの紹介をしておくのを俺は忘れていたと言う事でその苦情ついでのウギの参戦だった。その言葉喋った後に俺はウギに軽く睨まれていた。

「あっと、此方も俺の新しいメンバーの紹介を忘れておりました。此方におるのは俺のチームのメンバーです。右からウギ・シャットン嬢、彼女が使役している大狼ガルムのヴァル。そうして、マギル・ビンチ嬢」

 俺の紹介に合わせてそれぞれが会釈をする。

 ウギの質問は的を得ていた様でイカルガ伯爵がその通りと回答をしてくれた。

「ウギ・シャットン嬢とマギル・ビンチ嬢は聖都に行ってから正式採用という事になっておるから今は内定って形になる、依って命令に従うかどうかは――個々に任せる、自由だ」

 イカルガさんがそう答えた。

わらわはラリーと共に生きるのでのぅ」

 そんな答えにイカルガさんは笑いながら応えた。

「ほほっ! ラリー君も――大変そうだな、でもサギの事もしっかり頼んだよ」

 意味深な言葉を発して俺の顔を覗き込むイカルガ伯爵。サギの何を頼まれたのか俺がきょとんとしていると隣で真っ赤な顔してサギがイカルガ伯爵にねたような口答えをしている。

「イカルガさんっ! そんなんじゃ有りませんから」

「ほう、サギにはラリー君に対して好意は無いと言うのかね」

「えっ! それは――そうじゃないですけど……」

「じゃあ、父親役の私からはラリー君にきっちりとお願いする必要があるからね」

 そう言ってイカルガ伯爵がサギの頭を撫でてくる。

「可愛い娘を預けるからには相手を見極める必要があると言うことだ。その点ラリー君なら申し分ないがね」

 サギは撫でられながらも真っ赤になった顔を俯きながら両手で隠していた。

 そんなサギに寄り添って貴女を抱き締めてくる影があった、そうもうひとりの使者のロミルダ嬢だった。

「サギったらそんなに照れちゃって全く可愛いんだからでもね今はねぇ~っ、自分の心に素直になる時なの其れを伝える為に私が来たのよ」

「えっ! 其れってどういうこと? ロミっ?」

 思いがけないロミルダ嬢の言葉にサギがビックリしてそう聞き返していた。

「其れについては私が話しをしよう、其れと先に言って置くが大公様からの正式な使者は明日、此方につく。私達はその前に君たちと話しをする為に此処に来た者だと思って欲しい」

「「『えっ?』」」

 此処にいた誰もが考えもしなかったイカルガ伯爵の言葉だった。

 俺はおもわずイカルガ伯爵の言葉に疑問を投げた?

「イカルガさん、其れって一体どういうことですか? お二人が御使者では無いと言う事ですか?」

 その質問に当の二人が大きく頷いていた。


 二人が頷いた後に暫し微妙な空気が流れ出た。そんな嫌な間を吹き飛ばすようにイカルガ伯爵が口を開いた。

「正確に言うとちょっと違うな。私達も使者ではあるが先行版と思ってくれればいいかな? そうだよねロミ」

 そう言って話しの先をイカルガ伯爵はロミルダ嬢に振ってきた。

「えぇ、そう言った方が確かですわね。私がサギの説得役でイカルガ様がラリーの説得役って事ですわ――そろそろ本題に入った方が良いみたいですわね? 皆の頭の上に疑問符が飛び交ってきてますわよ」

 ロミルダ嬢に言われるように俺達の思考回路に無かった状況だけに誰もが『???』の状態で質問も何も出来たもんじゃなかった。皆が皆、お互いに顔を見合って頭を傾げていたんだ。

「俺らの説得役って一体何の為なんですか?」

 俺は先ほどロミルダ嬢が喋った言葉のひとつに反応していた。説得って言う事は元々俺もサギも納得しにくい依頼って言う事だ其れって何だ?

 今更、聖都帰還の命に背く道理は此方には無いのだが、其れでも説得って言う事は命令そのものが違うんだろうか?

 ともかく、ロミルダ嬢の口からその後の話を聞き出さないとどうにも想像が出来ないでいた。そんな場面でロミルダ嬢が口を開いた。

「あらら、お二人とも鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をして――サギも折角の美しいお顔が台無しだわよ」

「あっ――やだ~っ! もう、ロミったらそう言うことを言うんだから、だったらさっさとさっきの続きを話ししてよ」

「あっそうね。え~っと、端的に言うとラリーさんには聖都に戻らないでこのまま旅にでて貰いたいの」

「『えっ――なんで~ぇ』」

 サギとウギの叫び声が部屋に鳴り響いた。

 元々は大公様からの命令なんだけどね……とロミルダ嬢が其れに至る話しをし始める。

 話しは筋は俺達の予想通り聖都テポルトリにエンマ・イラディエル魔女王が現れた事が起因だった。ただ、俺達の予想と違っていたのはエンマ魔女王の要望にそのまま添って俺をエンマに突き出す事は他の国に対して示しが付かない事になるため、公国としては命に背いて俺が勝手に国から出て行ったと言う方が対外的に火種を小さくしておけるという事らしい。其処はさすがに各国の思惑がらみの政治的な問題なので俺達の意思を尊重するようなレベルでは無いようだった。

「なので正式な使者の前に私達がその旨をラリー様に伝えに来たという訳なの」

 ロミルダ嬢が話しの最後にそう告げてきた。

「で、ロミが私にその件で何を説得しに来たの?」

 サギが素朴に疑問を投げかける。其れはその通りだ俺に公国の思惑を告げる為だけならロミルダ嬢まで先行の使者として此処に来る必要は無いはずだし。そんな疑問に俺も大きく頷くと彼女はふ~っと大きく溜息を付きながらサギの目の前で指を突き出しながらサギに問いかけてきた。

「あなたは其れで良いのかしら? サギっ! ラリー様がひとりで旅に出て其れであなたはひとり宮廷魔術師団に戻ってくるのかしら? 其れでいいの?」

「あっ!」

「ほらねっ! サギってそういうところが天然って言うか、自分の気持ちを押し殺して周りに気を使いすぎるきらいが有るでしょう。んっ!」

「そうは言ったって、私の所属はテポルトリの宮廷魔術師団だし……戻るしか無いじゃ無いの」

 サギが悔しげにロミルダ嬢の言葉に反駁はんばくする。

「だから~っ! サギは本当はどうしたいの?」

 ロミルダ嬢が迫り出すようにサギに食らい付く。

わらわはラリーについていくから宮廷魔術師団への入隊はキャンセルだのぉ」

「それじゃ、私も一緒だわ――サギには悪いけど私もしがらみは無いからね~ぇ」

 その傍でここぞとばかりにウギとマギがサギに半眼で睨み付けるように告げてきた。

「う~っ!」

 そんな彼女達の言葉にサギは煮詰まったようにうめいた。

「だから私が此処に来たのよ、あなた! サギーナ・ノーリに一世一代のかけをさせる為にね」

 そう言いながらロミルダ嬢はサギに向かって軽くウインクを投げかけてきた。

「サギが今如何したいかが問題であって、立場を気にする必要は無いのよ、素直に自分の気持ちを第一に考えたら?」

「だって、私は勝手に宮廷魔術師団を抜けたいなんて言える訳無いじゃ無いの――そんな事したら一体どれだけの人に迷惑を掛ける事になるのか。私だって……私だって! ラリーについていきたいわよ!」

 サギはその大きな目に一杯溜め込んだ涙をこぼしながら叫んでいた。

「だから~っ、そう言えば良いのよ最初からね、サギっ!」

 そう言いながら泣き出したサギをロミルダ嬢が優しく抱き抱えていた。


 ひとしきりサギが泣きはらした後、俺とサギに向かってイカルガ伯爵が言葉を掛けてきた。

「サギいいかね、此から話す事はここに居る者以外には他言無用にして貰う。そしてサギには私からと言うより公国の指令として聞いて欲しい。ラリー君にはこのまま旅に出て貰う事になるがその貴方かれをサギ、君がベッレルモ公国に連れ戻す為に探しに出かけると言う事で一緒にラリー君と行動を共にして貰いたいのだ」

「えっ! 其れって――いいのですか?」

 さっきまで泣きはらしていた顔も何処に行ったのかって言う程、満願の笑みをこぼしながらサギはイカルガ伯爵に詰め寄っていった。

 そんなサギの勢いに押されながらもイカルガ伯爵が彼女の肩を両手で押さえながら応えるかの様に話しを続けていく。

勿論もちろん此はサギがそうしたいというならばの事だが――ラリー君にも是非とも承諾して欲しい事だ」

「俺はサギがそれで良いって言うならば――逆に俺からお願いしたいくらいです」

 と、俺はイカルガ伯爵の問いに苦も無く即答していた。


 その後のイカルガ伯爵の言葉はサギの満面の笑みと其れを祝うウギ等の歓声にかき消されていた。

 ただ、彼女等の真の心の響きは皆解っていたのでイカルガ伯爵も特に其れを気にとめる様子も無く話しの根幹は終わったとばかりに俺に向かって是からの細かい意思の擦り合わせに話しの主体を移し始めていた。

「ラリー君、是からの行動についてだが――」

「イカルガさん、その前に良いですか。先に確認しておきたいことがあるのですが」

「ああ、何だね」

「俺が聖都テポルトリに帰らずにこのまま冒険者としての旅に出る――其処は良いのですが。あなたとロミルダ嬢はそれに依って公国から罪に問われることは無いのですよね? 是は確認です」

「君が私達のことを気にしてくれるのは有り難いが――其れは不要な考えだよラリー君」

 そう言ってイカルガ伯爵は話しを逸らそうとしていたが……。

「イカルガさん? そう言うことは私からもしっかり聞いておきたいわ、ごまかしは無しですよロミも! もし私とラリーが是から起こす事でお二人に罪が及ぶならこのまま承諾することは出来ないですわ」

 サギも俺の質問の意味を直ぐに理解してイカルガ伯爵に詰め寄っていった。

「ふ~ぅ、君らには参ったな。今回の事は確かにベッレルモ公国に取っては想定外の災難と言えば災難だったが各国の国力の均衡から考えると魔界の状況も考慮すべき事ではあったのだ。まあ、ギルド連合からは非任官指定協定書が発行されているラリー君をバイトまがいの形であれ公国内で雇っていたわけだからこの様な状況も想定しているべきだったと言うことではあるのだが。今更其れを悔いてもしょうがない、依って今回の事を誰かがとがを受けることで丸く収めることが出来るなら安いものだと思わないかな」

「は~ぁ、其れでは結局のところイカルガ伯爵が罪を被るって事になるのですか? おかしいじゃないですか、是は俺の問題であってイカルガ伯爵には関わりの無いことでしょう。其れで、俺等がぬくぬくと生きていくことは出来ませんよ」

 イカルガ伯爵の語った公国の指令内容に憤慨していた俺はおもわずそう言い放った。

「そうよ、私だってそんな事になりながらラリーについていったって後悔しか残らないもの、ロミってば他に方法は無いの?」

 サギにしても友人の犠牲の上に自分の将来を見るなどもってのほかと言い切ってロミルダ嬢に言い寄っていた。

「だから~っ! いいこと、公国の立場を維持しつつも此の状況を切り抜ける方法としては是が最も最善の策と公国の長老達も皆考え抜いてきた案なのよ。わかってよサギっ!」

 ロミルダ嬢も涙目になりながらもサギの両手をとってなんとか貴女の気持ちを落ち着かせようと話し掛けていた。

「そんなの――やっぱりおかしいわよ! 嫌よ私は!」

「サギっ、ねぇ落ち着いて聞いて――此が最良の案なのよ」

「駄目ッ! 私は絶対に嫌ッ!」

 サギも涙をボロボロ零しながら真っ赤な顔をしてロミに言い放つ。もうこうなってはどうにも収集がつかない状況にあった。そんな時にマギがひと言真打ちを切り出してきた。

「ねぇ、其れって結局の所エンマ・イラディエル魔女王がラリーを持って行っちゃえば其れで終わりなのよね。今更の感があるけどいいのかしら? だって、エンマはもう私達の前に現れたんだし――ロミさん? 知ってた?」

 その話しにイカルガ伯爵もロミルダ嬢も大きく目を見開く。

「え~っ、エンマ・イラディエル魔女王が此処に来たのですか?」

 ロミルダ嬢が思わず大声で叫んできた。小柄な身体の割りにその声は途轍とてつもなく大きく俺は思わず両手で自分の耳を塞いでいた程だった。と、その絶叫に近い叫び声に自ら恥じらいを感じたのかロミルダ嬢は顔を朱に染めながらもサギに怪訝な様子で聞き返していた。

「エンマ・イラディエル魔女王はいつ此処に来たの?」

「昨日のことよ――しかも、ラリーの幼なじみって言う事が発覚したわ」

「え~っ、其れは本当の事なんですか? ラリー様?」

 ロミルダ嬢は俺の方に向き直って半分捨て鉢になって聞いてきた。

「うん、そうだったんだ。俺もエンマに会ってその時初めて思い出したんだけど、恥ずかしながら」

 俺は彼女の問いに頭を掻きながら素直にそう答えた。

 眉をしかめながら俺の事を見ていたがロミルダ嬢は思い立った様にイカルガ伯爵に向かって相談を始めた。

「本当みたいですねイカルガさん、如何しますか? ここも想定外でしたが、既に魔女王にラリー様達が見つかっていたとは」

「う~む、そう言うこととは――此方こちらも其処までは考えが至らなかったからな」

 イカルガ伯爵もその話しにうなったままその場で考え込んでしまった。

 単にエンマに言われて俺を帰還させる指示をしたベッレルモ公国も酷いもんだが、そんな事をやっていながらわざわざ々俺を探し出して此処まで来たエンマもエンマだ。そんなんだったら公国を巻き込まなくても良かったわけだし、なんでそんな事をしたんだろう?

「ところでエンマ・イラディエル魔女王は大公様になんて言ったんですか?」

「いや、其れは私も詳しくは知らないのだが――聞いた話によるとねやに突如として現れたそうだ。全く持って警護なんぞ意も解していない状況に宮廷は上を下への大騒ぎとなったらしいぞ」

「あぁ~ん、そう言うわけですか」

「そうなのよ、私なんか大公にただ、『あんたのところでやたらめったら強い魔力が発生しているのは何なの?』って言っただけなんだから――あら、やだわ……私ったら出てきちゃった」

「「「「「『……あっ! エンマっ!』」」」」」

 部屋中の皆が、その場に何故かいるエンマ・イラディエル魔女王の姿に目を剥いていた。


 その場に突如として現れた魔女王ことエンマ・イラディエル、何を思ったのか俺の背中越し顔をひょこっと出しながら俺に後ろから抱きつきいていた。

「は~い、エンマです~ぅ。皆さんがなんか私に用がありそうだから出てきちゃったわ――で、ラリーっ! 元気してた?」

「お前な~ぁ、昨日の今日で此の登場かい。其れにほら、サギが真っ赤な顔をして睨んでいるぞ」

 サギの『覇気』が今にも惑乱爆発しそうな雰囲気で銀色の苛烈な輝きが臨界点を越そうかというエネルギーを放っていた。

「あっ! やばっ! まって、サギっ! 休戦協定結ばない? ねっ! ほら、今日はラリーに手出さないからっ!」

「だったら~っ! は・な・れ・ろ! ラリーから、エンマっ!」

 怒髪天を衝いたサギが脱兎の如く俺とエンマの間に入り込んでエンマを俺から引き剥がす。

「エンマ~っ! あんたラリーに何をしようとしてたのか覚えていないの、まさかの再登場? どういう神経してんのさ!」

 マギもエンマの前に躙り寄って彼女の露出の高いドレスの胸元に指を突き立てながら思いっ切りなじった。

「マギ~っ、私だってあの時は其れがいいかな~って思っていたので――今は反省してますから」

 軽快に出てきた割にはマギの勢いに押されてるようにその後は萎縮の一方のエンマである。

 魔界のトップと言えども、サギやマギは意に介さない。傍から見れば凄い絵柄だと思った。

 マギに介入されたお陰でサギの怒りは少しは落ち着いてきたように見えた。でもサギの光銀色の『覇気』は色あせること無くサギを包み込んでいた。

「まあまあ、サギっ、ね・ね……落ち着こうよ。いくら私でも此の間合いで『覇気』はキツイから~ぁ、ね・ね!」

 脂汗を額に浮かべながらサギの様子を伺うように上目がちにエンマが引き攣った顔で見ていた。其れを見ていた俺はなんだか少し可笑しくて何となく苦笑いをしてしまった。そんな俺の様子をウギがボソッとこぼすようにサギに話す。

「サギ~ぃ、ラリーが……のぉ」

「んっ?」

 サギがウギの言葉に反応して俺の方を何気に向いたがまとった『覇気』のオーラはそのままなのでその矛先が俺に向くことになる。と、チャンスとばかりにエンマはその場を回避してヴァルの背後に回った。

「あっ! こら、エンマっ! 逃げるな!」

 自分たちの身の丈よりも大柄なヴァルを間に挟んでサギとエンマの追いかけっこが始まった。

「こら~っ、逃げるなって言うの!」

「ハイそうですかって、止まるものですか」

 そう言う遣り取りをしているとサギの『覇気』も少しづつ波が引くようにぎってきた。

「ハ~ァハ~ァ……いい加減に止まってよハ~ァ」

「ハ~ァゥ……止まったら酷い目に遭いそうでハァ――」

 そんな会話も苦しいかのように目にも止まらぬ早さで回り続けていた。

「――わかったから、もう良いからハ~ァ……止まってエンマ」

 と、二人とも息も絶え絶えになりながらもふらふらとヴァルの周りを回って仕舞いにヴァルの背中にバタンと同時に俯せになって倒れ込んだ。

「『もう~っ……ダメッ~ェ、疲れった――わよ』」

 二人とも倒れながら同じ台詞を吐いた。

 唇が触れ合うほどの距離でお互いの顔を突き合わせながらサギが先に手を出してエンマの顔を両手で挟み込んだ。

「さあ、言えっ! エンマっ! あの時ラリーに何をしようとしていたの」

「ハ~ァゥ……ずるくないことサギっ! もういいって言っていたじゃん!」

「其れと是は別っ~ぅ!」

 お互いに唇を突き出しながらの舌戦に持っていった。唇がほとんどくっつきそうになったが、エンマが頬を朱に染めながら目を逸らす。

「サギっ! 手を離せっ! その綺麗な顔で迫られるとこっちも変な気持ちになる~っ」

「えっ! あっ~っごめん」

 エンマの純朴な照れにビックリしたようにパッとサギはエンマの顔を挟んでいた両手を放した。

「……まぁ、(ラリーが惚れるのも解った気がしたわ)いいわ」

 ムクッとエンマがヴァルの背中から起き上がりながらつぶやくように吐いた。

「話すわよ――でも、その前に良いかしら」

 そう言ってエンマ・イラディエル魔女王はロミルダ・ヴェルトマン嬢の前にすくっ~と立ち上がった。

「ロミって言っていたわね、あなた――違った?」

「はい、そうですが魔女王様……私に何か?」

 いきなりエンマが話しかけてきたのでビックリしたようにロミルダ嬢の顔がひくついていた。

「……あなた――嘘が上手ねっ!」

「えっ! 何を仰っているのか解りませんが」

 目を見開きながらロミがエンマに気丈に答える。其れに構わずエンマは話しを続けていく。

「此処にいる女性は皆、ラリーに何かしらのものを感じて惚れているのにあなたはそうでは無いわよね。まあ、出会ったばかりと言う事を差し引いたとしても、女なら男の優しさだけで無く無類の強さやとてつもない権力――そういうものにそれとなく惹かれていくものなのにね、それならつき合う時間は関係無いでしょう――と言うことはそれ以上のものを今のあなたは手にしているのと言う事かしら~ん?」

「そっ、そんな……それは男性への好みの問題ですか? 私がラリー様をどう思おうと――魔女王様には関係が無いことでは」

 ロミがそう言い逃れようとしていたが。

「そうかしら――じゃあ最後に……あなたの身体からは大公と同じ香りがするの――って言うか逆かな? 大公に出会った時にあなたの移り香が残っていたわ――あなた、大公の何かしら? 愛人? おめかけさん? それとも隠し子?」

 その言葉にロミルダ・ヴェルトマン嬢の顔色から一気に血の気が引いていったのがわかった。


 唐突なエンマ・イラディエル魔女王の話しに其処にいる者達は皆、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてポカ~ンと口を開けていた。が、最初にサギが現実に戻ってロミに話しかけた。

「ロミっ? 其れってどういうこと?」

 その声にロミが我に返ったようにハッとしてサギに泣きついてきた。

「私を信じてねぇ、サギっ! 魔女王の話しなんか嘘に決まっているでしょう」

「嘘も、真も――其れは此方の取り方次第であろうがのぅ、わらわはエンマを信じるぞのぉ」

 いつものことながら空気を読まずに脈絡も無くウギが出しゃばってきたが、其れを制してマギがエンマに訊ねてきた。

「エンマっ! あんたなんで大公の香りを嗅いでいるのよ――んっ! あっ! さっきイカルガ伯爵が言ってたわね。魔女王がねやに現れたって――どこに出ているのよエンマっ!」

「それね~ぇ、私のちょっとしたミスかな――てへぇ」

 そう言って舌をペロッと出してウインクしながら可愛く恥じらいでいるエンマ、何となく可愛いく見えた。と、そんな俺を横で見ていたサギが俺の脇腹に勢いよく肘鉄を食らわせてきた。

「ぐふっ!」

「ラリーのバカッ!」

「は~ぃ――其処のバカップルは黙っていてね」

 マギが俺とサギの様子を見ながら厭味返しでからかうように言ってきた。

「『うっ!』」

 マギのその言葉にそのまま二人とも肩身も狭く身を小さくする。

「さてと、話しを戻すわよエンマ。どうしてあなたが大公の――」

「私が魔界からベッレルモ公国の聖都テポルトリの宮廷に転位して出た所が――大公のベットの中だったのよ、しかも裸の大公の上に乗っかっちゃった。あれは大失敗だったわよ恥ずかしながらね」

 マギの言葉が終わらないうちにエンマが事の顛末を話し始めた。

「しかもね~ぇ、寝ぼけた大公が言うのよ――『ロミルダよ、まだったのか、其方そなたはまだ足らぬのか? わらわも歳ゆえに……』ってね、抱き締められてキスされかかったんだから――あ~ぁ、思い出したくも無いわ!」

 そんなエンマの暴露話に話しを聞いていたロミルダ嬢が耳まで真っ赤になってうつむいていた。

「――で、寝ぼけから現実に戻らせる為に大公にはちょっと折檻せっかんね。其れがトラウマになったのかしら? 私の要請は単に『ベッレルモ公国に突如として現れた強大な魔力気の根源を報告しろ』って言っただけだからね、ほんとその時はまさかラリー達とは思ってもいなかったから」

「ふ~ん、じゃぁなんで俺達の前に直接現れたのかなエンマ?」

 俺も疑問に思っていたことを訊ねてみた。

「其れって結構前に大公に言いに行ったのに――一向に音沙汰無いから痺れを切らして自分で探すことにしただけよ。まあ、魔界側の混乱も限界だったしね」

「えっ! 魔界側の混乱って?」

 マギがビックリしたようにその話しに食いついてきた。

「そらそうよ、魔界にすら知覚出来るほどの強大な魔力気が人間界に現れたって言ったら、魔界の民だって浮き足出すわよ。魔人族だって皆が皆、『覇気』レベルの魔力気に勝てる魔力を持っているわけでは無いからね、人間族が魔人族に闘いを挑む現れだって言うやからも出てきて其れはもう魔界は混沌としてきたから危なかったのよ、此処を勝機にと思う魔王族の覇権争いのタネになる所だったんだから――ラリー達はのほほ~んとしていたと思うけど注意してね、魔人族だって力があるって言う事はそれ以上の力の出現に怯えると言う事なの」

 そう言う風に魔界の裏話をされると何とも人間味溢れるというか――人間族も魔人族も変わらないなとつくづく思い知らされた話しだった。

「昨日の事で解ったから父には話しをしてきたわ、強大な魔力気はラリー達だったって言ったらビックリしていたわよ。父には会ったことがあったけラリー?」

 エンマに話しを振られたがエンマの父の前魔王になんぞお目に掛かった記憶は当に無い。俺はブルブルと首を横に力強く振って否定しておいた。

「だよね~ぇ、じゃぁなんで父がラリーを知っていたのかしら? 後で問いただしておかなきゃ」

 ひとりエンマは力強くガッツポーズをしながら『よしっ!』と気合いを入れていたのは皆でスルーしておいた。

「でさぁ、エンマ。ラリーに掛けようとしていた秘呪術は『転生魔法』でしょう、何故なぜ?」

「それは――おいおい話すことにするわ」

 と、マギの質問をはぐらかすようにエンマが応えてそのままロミルダ嬢に向き直った。

「で、ロミだっけ――まだシラを切ってみるのかしら?」

 その言葉にロミルダ嬢は脱力した身体を支えきれずにその場に伏すように倒れかかった。と、其れをガッシっと支えてくれた腕があった、サギだった。

「ロミっ! 大丈夫っ?」

「あ~っ、サギ――そ~のぉ、ごめんなさい。わたしはサギを利用しようとしていたわ。そう魔女王様の言う通りです、大公様にねやで話しを聞かされて。私としてもサギからヴィエンヌでの出来事を手紙で受け取っていたので、サギのラリー様に対する気持ちって言うのを知っていました。まあ手紙の中身は恋心の吐露っていうよりもただの大好きすぎる惚気ノロケのオンパレードだったから、読んでいてこっちが恥ずかしくなってきたわよ、ほんと」

 ロミは最初はサギに済まないという気持ちの表れとして素直に謝る気持ちを前面に押し出していたが何故だかサギの手紙の話しの近辺から鼻息も荒く憤慨しているような口調に変わっていた。

「毎日、惚気ノロケ話の手紙を読んでサギの事を待っていたらだんだん何でだか腹が立ってきたの。私がこんなにサギの事を心配しているのにって――で、魔女王の話しを大公様から聞かされてサギに此処で私が大きく恩を売っておくチャンスだとそう思ったわ、サギの心を私に向けさせる機会だとね」

 ロミルダ嬢のいきなりのカミングアウトに一同ちょっと引いたのはやぶさかでは無かった。


 エンマが突っ込んだネタに食いついた結果ロミルダ嬢のいきなりのカミングアウト、それに呼応してエンマがさらに被せてきたが……。

「ふ~ん,そうなんだあなたって結構面倒くさいんだ――要するよサギの事を好きなんでしょうロミっ! まあさっき私もサギの事がね~ぇ……ちょっとはわかる気がするけど」

 そうエンマ・イラディエル魔女王に揶揄やゆされてまたまたロミルダ嬢は耳まで真っ赤になりながらただただうつむくしかなかった。

「ごめんねロミっ! 私の手紙のせいだったのねそれでこんなことを……しかし大公様とロミがそうだったなんて知らなかったわ、私に教えてくれないなんてケチ臭いんだから」

 と、今度はサギが同様に謝りながらもしまいに憤慨していた、何なんだ此奴らは?

「サギってやっぱり天然っ! ケチ臭いって『私、実は大公の情婦で~す』なんて言えるわけないじゃない。馬鹿じゃないの」

 と、今度は憤慨を更に盛り上げて捲し立てるようにロミルダ嬢がサギに反駁はいばくし始めた。

「あ~ぁ酷い! 馬鹿って言ったロミっ! 私だって言いたいことがあるわよ――」

 おいおいただの口喧嘩になってきたよ――止めと置けって言うの、もう! と、そんな空気を読んでか其れまで黙って聞き役に徹していたイカルガ伯爵が口を開いた。

「二人とも止めないか、此処はリアーナ・リッチモンド御令嬢の御前ですよ」

 その言葉にハッとして我に返ったように二人ともシュンと萎縮しながら謝ることになったのは言うまでもない。

「『ごめんなさい』」

 そんな二人の謝罪にもリアーナお嬢様は意に返さないかのようにニコニコした笑みを絶やさずに顔の前で手を左右に軽く振りながら応えた。

「サギもロミルダさんもお気になさらずに面白いお話をお聞かせ頂いて私こそ楽しませて貰いましたから」

 笑顔の中の目の奥のキラリとする輝きはこのヴィエンヌ城下の街を此処まで反映させた政治手腕の手練れの政治家としての一面を垣間見せていた。絶対にこのお嬢様は今の話しからベッレルモ公国の大公公爵家と何らかの政治取引をする気だよ。

 そう確信した俺は取り敢えずサギ達の事を政治取引の餌にしないようにリアーナお嬢様に頼んでおくことを忘れなかった。

「あら、ラリー様そのお願いは残念でしたわ、ラリー様がリッチモンド家にずっ~ぅと居られる様に出来ると思っておりましたのに、良いのですか本当に? 大公様に強力にお願い出来るチャンスですのよ」

 やっぱりそうだよ――目聡めざといお嬢様だよ。それはお願いでは無く大公様を脅迫って言うことですから。

「そう言う気持ちになったら俺の方からベッレルモ公国に直談判しますから大丈夫です」

「そうですか、解りました。是非ともそう言う気持ちになって頂けるように私どもももっと尽くしますわね~ぇ、メイラー」

「はい、そうですね――お嬢様っ!」

 話しの流れをきっちり理解してのメイラーさんの力強い応えに俺は極力顔の引きつりを押さえる事に苦労した。

 それにしてもロミルダ嬢恐るべし。サギの言っていた『特に彼女は情報に長けた所があるから味方に付けると心強いわよ』の意味は大公様とのピロートークとはね。俺はひとり頷きながらロミルダ嬢をジーッと見ていたが、其れをどう勘違いしたのかウギが俺の傍に依ってきて耳元で囁くように話しかけてきた。

「ラリーのス・ケ・ベ!」

 俺はビクッとしてウギをまじまじと見た、見られた方のウギはしてやったと言う顔をしてにんまりしていた。ゲッ……此奴こいつ、絶対に勘違いしているぞ。

「ウギっ! あのな~ぁ、お前は絶対勘――」

「何も言うなラリーっ、わらわは理解しておるぞのぉ」

 そう言いながらニコニコと俺から離れてロミの元ににじり寄るウギを只見送っていた。

 そんな雰囲気の中で空気を掻き消す怒号が城の外に聞こえた。

「馬鹿野郎っ! 魔女王様の行き先が解らないだと~ぉ? お前いったん死んでみるか? あ~っん!」

 その怒号の主を見る為に皆して部屋の窓から外の様子を見る事になった。ちょうど其処には身の丈が人間の三倍も有るような巨大な魔人族ともうひとり人間の子供の体格の魔人族の男どもが其処に居た。怒号の主は巨人族側かと思いきや……。

「あちゃ~ぁ、あいつら、此処まで追ってきたって言うのか」

 其れを見ていたエンマが額に掌を突き立てながら天を仰いで愚痴を吐いた。

「おい、エンマ? 彼奴あいつらはお前の『連れ』か?」

 俺が取り敢えずエンマに聞いてみた。と、ボカッと頭をエンマに殴られた。

「ラリーっ! 『連れ』って言うな! ただの私の親衛隊長だ――私の『連れ』って言うのは……お主しかおらん、覚えておいて」

「痛っ! エンマ~っ」

 そう言うと叩いた所を手で擦ってエンマはごめんと謝ってきた。

「でも、彼奴等を直ぐにでも連れて帰らないと――ほらっ、お城の衛兵が集まってきたわよ」

 サギにそうせっつかれてエンマも狼狽うろたえ始めた。

「ん~っもう、私は魔界に戻るわ――これからって言う時にあの馬鹿ども」

「そうは言うけど、ベッレルモ公国の事はどうするの? また、あとで来るの?」

 エンマが早々に戻る事を吐露した後でサギが核心の疑問を打ち上げた。

「いや、彼奴等に此処を知られては暫くは動けない――て言うか、サギなんでそんな事を聞くのか?」

「だって私達は聖都テポルトリに戻るもの――ねぇ、ラリーっ! そうしたら大公様にエンマが会わなければならない状況が来るわよ。この御仁が魔力の根源ですって大公様が私達を差し出すわよ、きっとエンマあなたに」

「くっ! そう来たか」

「そうよ、エンマ~ん――ロミのこと許してくれる?」

「は~ぁ、其れはお前っ! サギの問題だろう」

「ん、そうだけど私はもう許したわロミを――で、エンマは彼女を嘘つきって嫌ったから」

「――サギは甘々だな~ぁ、其処にラリーは惚れたのか? まあ良い、わかったわよサギ」

「んじゃ、そう言うことで――ロミっ! 魔女王様と握手して」

「は~ぁ、なんで私がこの小娘と握手なんぞせねばならぬのだ? おいサギ」

「だって、ロミは大公様に通じているんだから此処でのエンマの所行を喋られては困るでしょう」

「うっ! それは……」

「でしょう――ほらっ! だから握手でお互いを許すのわかった?」

「……はい、わかりましたサギっ!」

 俯き加減で近寄れないロミの背中をサギが押してエンマと向かい合わせる、エンマもしぶしぶながら手を差し伸べてロミと握手をして終わった。まあエンマは始終そっぽを向いていたが……。

 まあ、是でひとつの厭悪えんおの課題は解消したみたいだがな。ほんと大丈夫なんだろうか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る