聖都への帰還

第28話 聖都テポルトリへの帰還!

 ニコラス師団長の依頼から始まったリッチモンド伯爵家へのチームラリーの護衛任務はそろそろ聖都テポルトリへの帰還の時期を迎えようとしていた。もともと護衛師団メンバー怪我人の療養にしばしこの地に留まる事になってその護衛任務を兼ねてリッチモンド伯爵家への護衛任務もつかさどっていたことから怪我人が完治すれば任務は終わりとなる。ヴィエンヌ城の温泉の効果もあり護衛師団メンバーの怪我は異例の早さでほぼ完治に向かっていた。

 そんな折、サギが俺の部屋を訪れてきた。

「ねえラリー、聖都テポルトリへの帰還は何時いつにするつもりなの?」

「ああ、そのことか。それなら既に聖都テポルトリから帰還指示書が出てきているよ」

「えっ、じゃあ帰る日は決まっているのね」

「其れがまだなんだ」

「は~ぁ、其れはどうしてなの?」

 サギが首を傾げながら俺の顔を覗き込むようにして質問してくる。まあ帰還の指示が出ている状況でその動きを取っていないことは誰もが疑問に思っても仕方の無いことだ。

「リッチモンド伯爵家から『待った』が掛かっているんだ――護衛騎士団への返答は伯爵家から直に行われている状況なんだ」

「それってリアーナお嬢様が絡んでいるのかしら。そうだとしても何時いつまでも此処にこうしていられるわけでは無いでしょうに」

 サギの言う通りだ。リアーナお嬢様は何らかの理由を付けて俺達の帰還を先延ばしにしているようだがその理由もそろそろ限界だろう。


「ラリー様、少しお時間を頂けませんか?」

 そう言って俺のところへリアーナお嬢様が訪れてきたのはサギとの会話の数日後のことだった。

 リアーナお嬢様はメイラーさんを伴って俺の部屋を訊ねてきたのだった。

「いいですが何か問題でも――必要ならサギを同行させて後で伺いますが?」

「そうですね、その方が宜しいかと――では、昼食後に私の部屋にお越し頂けますか?」

「わかりました、昼食後にお嬢様のお部屋ですね」

「ええ、其れでは後ほど」

 リアーナお嬢様はニッコリと微笑んで俺の部屋を後にした、その後に従うメイラーさんが俺の方を振り返り帰って一礼お辞儀をして帰る、その表情には何故だか悲しそうな微笑みをたたえていたような気がした。おもわず俺はメイラーさんに声を掛けていた。

「メイラーさん? ちょっと待って頂けませんか?」

「えっ、私ですか?」

「ええ、メイラーさんにです」

「わかりましたが、お嬢様の了解を得ないと――少し御待ち頂けますか、うかがって参ります」

 そう言ってメイラーさんはきびすを返すと足早に駆けていった。

 暫くして俺の部屋の扉をノックしてメイラーさんが戻ってきた。

「お嬢様の許可がりましたので――ところで何でしょうか?」

「ありがとう御座います――先程のリアーナお嬢様のご様子も何だかおかしな気がしましたが、其れよりもメイラーさんの方が気になりまして……何か心配ごとでも?」

「あっ、ばれてましたか私もまだまだですね――は~っ」

 そう言うとメイラーさんは俯き加減で溜息をひとつ吐いた。

「ラリー様達に聖都から帰還指示が既に出ているのはご存じですよね」

「その件でしたら確かにその通りです――其れが何か?」

「ラリー様ったら相変わらずイケズです! 私たちがどれほどラリー様をお慕いしているか……その為にお嬢様は伯爵様の反対を押し切って聖都に直談判をしておられるのですよ」

「あっ――そう言うことですか」

「そうです」

 メイラーさんは拳を突き出すように堅く握った手を振り下ろしながら力強く叫んでいた。そんな気迫に押されて俺はしどろもどろになっていく。

「メイラーさん……少し落ち着いて――お茶でも出しますから」

 そう言いながら給茶機の方に足を運んでその場から少し離れた。

 お茶を器にんでメイラーさんに差し出した。其れをひと息でメイラーさんは飲み干すと再び一気に捲し立ててくる。

「いいですかラリー様。私達は既にあなた様やサギ様、ウギ様そうしてマギ様から大変貴重な結果を出して頂きました。例えば大厄災魔獣の件などが良い例です。そんな英雄様となった皆様を聖都からの命令とは言へ、紙一枚で「はいそうですか」なんて言えません。だからこそあの手この手で理由を付けては帰還指示に猶予を貰っていたのですが――さすがに今回は相手が悪すぎました。君主『大公』様からの直々の命令書に格上げされて帰還命令が出てきたのです。是にはさすがにお嬢様と言えども異議を立てることははばかられますから」

「は~ぁ、君主『大公』様からの直々の命令書って?」

「そうです――ラリー様はご存じなかったのですね?」

勿論もちろんです。俺だって大公様との面識は無いですから――何でまた、そのような事に?」

 その言葉に驚きを隠すことも出来ずに俺は首をひねるばかりだった。

 その後はお互いに知っている情報も特に違いが無いので、約束通りお昼過ぎにサギと一緒にリアーナお嬢様のお部屋に向かうことを確認してメイラーさんは俺の部屋を後にした。

 ともかく俺としても帰還命令書の大公様発信の理由が直ぐにでも知りたかった。聖都テポルトリにて何かが起こったのだろうか? ともかくこの事をサギ達の耳に入れておく必要を感じてその足でサギの部屋に出向いた。


 サギの部屋にウギ、マギそうしてヴァルを呼んで兎に角先程のメイラーさんから聞き出した情報を話した。

「そうなのまあ、前半の事は想定範囲でしたからいいとして問題は君主『大公』様からの直々の帰還命令書ってことね」

 サギがやはり同じような疑問を呈した。

「私たち如きに一体何で君主からの指示が出るのかしら?」

わらわは特に関係無いであろう――もともと最初は居なかった立場だしのぅ」

「其れを言ったら私だってそれ以下よ」

 ウギとマギはそんな事を言ってくる。まあ、彼女等からすればそう思うのも当たり前のことだと思う。

「兎に角、お昼過ぎに俺はサギと二人でリアーナお嬢様のところに行くよ――話しはそれからだ」

「そうね、此処で頭を捻っていても特にそれ以上の情報が無いことには先の予測も出来ないわよね」

「そう言うことだ――サギは良いよね一緒にお嬢様のところに出向いて欲しい」

「其れは問題無いわよ――逆に是が非でも連れて行って貰いたい所ですから、ラリーは気を遣いすぎですわよ」

 サギの笑いながらそう言って俺の気を紛らわしてくれた。

 そんな風に今のところはこれ以上の話しは出来ないことを皆感じてそれぞれの部屋に戻っていった。と、マギとヴァルが俺の傍に来て魔力念波を使って話しかけてきた。

 “ラリーいい? なんとなく気になる情報があるのよ”

 そうヴァルが声なき声を伝えてくる。

 “ヴァルなんだ?”

 “ちまたの噂程度なんだけど――エンマ・イラディエル魔女王が聖都に現れたっていうことらしいわよ“

 “それっ、私も聞いたことがあるわよ――魔女王がなんで聖都テポルトリにって思ったわ”

 マギもヴァルの話しを裏付けるかのように話しを繋いでくる。

 “エンマはずっと魔王族の血筋を繋ぐ魔王族のみが持つ黄金目の『覇王気』の世族継承者を探しているらしいわよ――近親婚狙いの腹違い? って言うか竿違い? って言う兄か弟を……”

 俺はマギの『竿違い?』って言葉に『は~ぁ』ってツッコミたくなったが、その後の話しのにゴクッと唾を飲み込んでその後の二人の言葉を一瞬待った。

 “『それって――ラリーの事かも知れないわよね?』”

 二人の魔力念波が重なり合って俺の頭の中に和音の如く響き渡った。


 『エンマ・イラディエル魔女王が俺を探している?』

 マギとヴァルの質問には俺は無言でいた。二人とも其れについては特にそれ以上は話しを掘り下げてはこなかったが其れは其れで俺の無言の肯定と取られてもおかしくは無かったわけで後から思うと失敗した感が満載の反応だったと思う。

 そうは言っても俺自身自分が何者であるかをわかっていないのだから、そうですとも違いますとも言えない状況であると自分に言い聞かせるようにして――自らもその場を誤魔化していた。

 そんなもやもやとした気持ちの中で自分の部屋のベットの中で天井を眺めながら思いを馳せていた。エンマ・イラディエル魔女王って――俺は幼い時に会ったことがあるかも知れない?

 ヴァルと出会った時にヴァルの身の上話に幼き時のエンマ王女の話があった、その時のヴァルの魔力念波に載った当時の記憶のイメージが――ヴァルとエンマ王女のかくれんぼの時の場所の風景が――何となく俺の幼き時に育った場所の風景と妙に酷似していたのを思い出したんだ。そう言えばセット婆さんのところに遊びに来ていた女の子にそんな名前の子が居たような気もする? あれっ、

 ニネット爺さんの知り合い関係だっけか?

 暫くそうやってベットの上で悶々としていた。そんな所にサギがお昼御飯を誘いに俺の部屋を再び訪れてきたんだ。無論、サギは扉をノックしてきたはずだったが其れに気が付かないほど俺は過去の俺の記憶旅行に邁進していた様だった。

「ラリーっ? 何しているの? 身悶えて?」

 と、サギの掛けてきた言葉で俺はサギが今まさに俺の事をじっと見ていていることにやっと気が付いた状況だった。

「へっーぇ……サギっ? えっ!」

 俺はおもわずベットから飛び起きて赤らめる顔を見られないように顔を背けた。

「ノックはしましたから、返事が無かったですけど鍵が開いていたので中にいるかと――ごめんなさい」

 そう言ってサギが俺に謝ってきた。

「あっ、そう言う意味じゃ無いんだ――まあ、ちょっとね」

「でも……勝手に入ってきたのは事実ですから、謝っておかないとですね」

「いいよそのことは、俺の事が心配だったんだろう。此方こそ、ごめんな。いらない心配を掛けて……」

 その言葉にサギが俺の隣に腰を降ろしながら話しを続けてきた。

「ラリーが何か思い詰めているようだったから――大丈夫?」

 そう言ってサギは身体をかしげると下から俺を覗き込むようにして見つめてくる。

 その瞳には俺の事を真に心配している気持ちがありありと浮かんでいて、しかも上目遣いで見つめられるとドキッとするほどなまめかしかった。そんな貴女かのじょの手を取りながら俺は心の奥にしまっていた思いを話し始めた。

「サギっ、俺が魔王候補だったとしても俺の事を嫌いにならないでいてくるれって言ってくれた事があったよね」

「ええっそうですわ、其れは今も変わらないこと――んっ、ちょっと違うかな? 嫌いにならないって話しでは無くて『好きです』って言ったのよ! 間違わないでね!」

 サギは少し頬を膨らませながら怒ったように俺に言って聞かせてきた。そんなサギに俺は笑いながら話しを続ける。

「わるい――そうだったね、ありがとうサギ。その言葉にどれだけ俺は心を救われたか」

 俯きながら語る俺にサギが俺の顔を両手で挟み込むと貴女かのじょの真正面に顔を向けさせてニッコリと微笑みながら俺の額に貴女かのじょの額を擦り寄せてきた。俺の目の前のサギの艶やかでふっくらした唇がゆっくりと語り出した。

「ねぇラリー、昔も言ったわよね『ラリーは何があってもラリーだもんって、だから良いの――ラリーが何なのかは私にとっては小さい事なの』って、それは今でも変わらない私の心の思いなの。ラリーが何に悩んで何を迷っているのかは話せる時が来たら教えてくれれば良いわ、無理に話してくれなくてもいいの。だから……ラリーはそのまま気持ちをずっと持っていてね」

「ありがとう――サギっ」

 俺はそのまま貴女かのじょを俺の胸の中に抱き締めていた。サギもその思いが溢れてくるように俺をきつく抱き返してきてくれた。

 暫く二人でそのまま抱き合っていたがフッと心の中で何かが触れ合ったような気がしてどちらからともなく身体を離した。そうして二人で見つめ合ったままクスッりと笑いが出来てきて、二人で同時に笑い出していた。

「そう言えばサギは何か用事があったのでは?」

「あっ、そうそうお昼御飯の時間だから――その後はリアーナお嬢様のところに一緒に行くんでしょう、だから誘いに来たの」

「そう言う時間だったか――そう言えばお腹が空いてきたね」

「うん、じゃあ食べに行く?」

「ああ、そうしよう」

 そう言って二人で食堂に向かうべく俺の部屋の扉を開けたところにウギとマギそうしてヴァルの姿があった。

「あらっ、もう終わり? 二人のむつみ合いが是から始まると思っていたのよ――サギはもういいの?」

 そう言ってマギがからかいがてらサギの肩を抱きながら話しかけてくる。

「なっ! 何を言ってるの? 私はそ、そんなつもりで……」

「……つもりで? って何が? サギさん、私たちを出し抜いていくのに言い訳は無いわよね~ぇ」

 サギが真っ赤な顔で反論しようとしているがわなわなと震えるだけで言葉が出てこなかった。

わらわはサギの後でもいいのじゃぞ――本妻の後で、めかけたしなみじゃな」

 ウギのぼやきともつかないつぶやきが駄目押しとなった。

「うううっ……うわ~ん」

 サギは真っ赤な顔を更に上気させるようにしてとうとう泣きだした。そうして叫ぶように台詞を吐きながら先に走り出した。

「バカッ~ん」

 あ~ぁ、マギっ! 俺はマギを睨み付けながら呟いた。

「おいおい、あまりサギをいじめるなよ」

「まっ! 純情な乙女にはちょっとこくだったかしらね」

 舌をペロッと出しながらしたり顔でそう言う風に言ってきた。

「兎に角、サギも食堂の方に走っていったようだし――食事にしましょう」

「おう、そうじゃのぅ。わらわも腹が減ったぞぉ、飯じゃ飯じゃ」

 そう言って二人とも何事も無かったかのように歩き始める。

「ふ~っ――まあ、いっか」

 思いっ切り嘆息を吐いて俺はぼやいた。


 食堂に着いた俺達は先にかじり付くように料理に顔を落として食べているサギのそばにそれぞれの料理を手に座った。

 俺達の事を無視するようにサギは黙々と料理に向かっていた。その顔はいまだ耳たぶの先っぽまで真っ赤に染まっていた。そんな朱に染まった顔つきを見られないように俺達に顔を背けたままでひたすら食事に専念していた。まあ、そんな仕草が何となく可愛らしく思えて俺はおもわず苦笑いしていた。

 そんな俺の様子に気が付いたのかサギが俺の方を横目で睨みながらうめくように喋り出す。

「なっ、なによ~う、うううっ――げほっゲホッ!」

 料理が喉に詰まったのか咳き込みながら涙目で俺を睨みつけてくる。

「サギ~ぃ、ちょっと可愛いわね――妬けちゃうわよ」

 そう言ってサギの背中越しに貴女かのじょのその豊満で柔らかな乳房を鷲掴わしづかみにしてムニュムニュとしだいてくるマギがの姿が其処にあった。

「あ~っん、いやっ! マギっ、こ・こらっ! や~っやめ~て~ぇん」

 半分嬌声が入った声音こわねで嫌がるサギをマギが更に攻めたてるようにサギの耳元でささやきながらその耳たぶを舌でねぶる。

「ほれほれ~ぇ、いいちちしているわよ――ねっサギっ」

「ああっあ、だめょ――は~ぁっ、やめ~てぇ」

 と、サギの悲鳴におもわず俺も参加したい気持ちをググ~ッと抑えてマギの頭を小突こづいた。

「痛っ! ひどいよラリーっ!」

「おい、マギいい加減にせんか――サギがいゃがっているぞ」

「あら、いやいやよも好きのうちって言うじゃ無いの」

 そんな言葉をマギが吐く。

「『バカッ――時と場合と相手によるよ(わ)』」

 俺とサギがハモるようにその台詞を同時に吐いてハッと我に返って二人見つめ合った。と、ばつが悪くなった俺とサギが真っ赤になって二人してうつむく。

「相手によるね――ふ~ん、やっぱり替わって欲しかったんだ」

 二人の台詞せりふとどちらの隠れた気持ちかとも知れない言葉を咀嚼そしゃくするようにマギがボソッとつぶやいた。

「『マギっ!』」

 二人して揃ってマギの頭を更に思いっ切り小突こづいた。

「へっ! ふに~ゃん」

 頭を抱えながらその場にマギが膝を抱え込むようにしてうずくまった。

「まったく世代きっての魔導師って――其れではただのエロ魔導師じゃのぉ、マギよ」

 ひとり淡々と身綺麗に食事をしていたウギがボソッとそんな風に落ちを入れてきてその場をめた。


「ヴァル、お主の食事だぞのぅ」

 先に食事を終えたウギが肉料理の塊を皿にたんまりと盛ってヴァルに差し出す。

 俺達はそれぞれの料理を淡々と口に運んでいた。その場の雰囲気で既に会話は無かった。そんな場の雰囲気を壊してくれたのもウギだった。彼女は俺の隣に腰を降ろすとすぅーっと顔を近づけてきた、そうして何を思ったのか俺の口元まで彼女の舌を近寄らせてきてはペロッとひとなめり俺の口端を舐めてきた。

「わぉっ」

 俺が思わず声を上げながら立ち上がると、サギが何時いつの間にか俺とウギの間に身体を入れ込んで来た。

「ウギっ! いきなりなんですか?」

 サギが俺の代わりにウギに詰問する。おぅ、其れは俺の台詞せりふなんだけど――サギっ!

わらわは旦那様のお口の汚れを取り除いただけであるぞ、其方そなたが其れを見逃していたからではないかのぉ」

「えっ? 何っ!」

「サギよ、正妻なら正妻らしくデンと構えておれ」

「だ、誰が……せ、せせ正妻って! う~っウギっ!」

 こぶしを下に握りしめてブルブルと震えるようにしながらサギが羞恥に身悶みもだえていた。

「何か? ラリーにわらわが正妻として名乗りを上げても良いのかのぉ? サギよ」

「そ、それは……嫌っ! (ウギの方が胸が大きいし……きっと……ラリーはそっちのほうが……)」

 サギさん独り言がダダ漏れですけど……俺の好みの事か? そんなサギの想いもそっちのけでウギが畳み掛ける。

「であろう、だったらもうそんな顔をするな――ラリーが心配するだけであろうぞ」

「あっ――わかったわ、ウギごめんなさい」

 兎も角、ウギの采配でこの場はやんわりと収まったようだった。


 皆の食事も終わった所でサギが話しを始めた。

「ラリーの後、リアーナお嬢様のところに行くんでしょう。だったら皆で行かない?」

「えっ! サギそれって良いのか、其れで?」

 おもわず俺は身を乗り出しながらサギに問いかけた。

「だってチームラリーじゃないの、皆だって気になることは早く自分の耳で知りたいでしょう」

「おおう、流石さすがじゃのうサギ。わらわもそう思うぞ」

「うん、そうよねサギの案に賛成。私も聞きたいわ」

「ウォン」

 ヴァルまで応えてくる。

 あっけなくその場の空気はチームラリーとしてまとまっていた。此のまとまりの根源は俺の力では無いことだけは確かだったと思う。

「じゃ、決まりね! ひと息付いたらリアーナお嬢様のところに皆で乗り込むわよ!」

「「『おぅーっ! (ウォン)』」」

 そろいも揃ってみんな――少し俺は目頭が熱くなった。彼女等に潤んだ目頭を見られないように背を向けて目をぬぐう、そうして振り向きざまに頭を下げてお礼を言おうと彼女等を見た。

「ありが――と、う?」

 既に其処には彼女等の姿は無かった。

 フッと振り返ると食堂の出口から大声で俺を呼ぶ声が響き渡った。

「ラリーっ! 何してるの~ぉ遅いわよ!」

「お主何をしておるのじゃ?」

「ダーリンっ! 遅ッ!」

 三人三葉で俺を呼ぶ。

「は~い?」

 俺はおもわずつられて疑問符の付いた返事をしながらも彼女等の元に駆けだしていた。


 リアーナお嬢様の部屋の前で俺以外のメンバーが円陣を組んでいた。

「さっ! 行くわよいいっ!」

 サギが円陣の中央で皆の音頭とっている。蚊帳かやの外にいる俺だけが妙な疎外感を持っていたが、サギさん一体何の円陣なんでしょうか? と、サギが声を張り上げて威勢良くエールを発した。

「ラリーは渡さないわ! 皆、思いは一緒よね!」

「『おーっぉ』」

 呼応するウギとマギっ! いいから其れは――君たち! 俺はかぶりを振って天を仰いだ。と、リアーナお嬢様の部屋の扉が開いてメイラーさんが顔をのぞかせてきた。

「みなさん? んっ? 何をされておいででしょうか?」

「あ~っ、ううん! 何でも無いのよ! え~っとメイラーさん這入っても宜しいですか?」

 さっきまでの円陣の勢いも何処どこかにサギはにその場の空気をなんとか誤魔化そうとしていた。

「バカっかっ!」

 俺はうなるようにそうつぶやいた。

 取り敢えずメイラーさんに促されてリアーナお嬢様の部屋に導かれた。俺を先頭にサギ、ウギ、マギとヴァルも一緒に這入ってくる。

 部屋の中で窓辺にリアーナお嬢様その人が立っていた。振り向くその立ち姿は気品にあふれ、着こなすドレスにまとう雰囲気もまるで女王様の如く、ただ々リアーナ・リッチモンド御令嬢に皆ひれ伏すようにその場にひざまづいた。

「あらっ、みなさんどうしたのかしらそんなにかしこまって、其れでは私の方が緊張してしまいますわ。どうかごゆるりとして下さいね」

 ニッコリと微笑みリアーナお嬢様が俺達に席に着くように促してきた。

 まるでいつもと違うお嬢様のよそおいにそれぞれ戸惑いながらもお互いの顔を見合わせて何とか平静を保っていた。それでもサギだけはお嬢様の視線を返すように気丈に振る舞いながらその場を取り仕切ろうとする雰囲気がありありと感じられていた。

 そんな空気を読んでメイラーさんがリアーナお嬢様の言葉をくんで俺に席を案内し始めた。

「ラリー様どうぞ此方こちらにお座り下さい。みなさんもどうか此方こちらの方にどうぞ」

 そう言ってそれぞれの椅子を引きながら着席を促すメイラーさんに俺は従って席に着いた、其れに続いてサギ達も着席する。

 皆が着席するとテーブルの真向かいの椅子をメイラーさんが引いてその席にリアーナお嬢様が最後に座った。

「ラリー様、其れに皆様――まずは少しくつろいでからお話を始めましょうか。メイラー!」

 そう言ってお嬢様はメイラーさんを始めとするメイドさん達に指示をして俺達の前に飲み物と軽食を用意させた。

「あっ、ヴァル様ごめんなさいね、床で申し訳ありません」

 お嬢様はそう言ってヴァルの前にも茶菓子を用意させた。

「ウォン」

 ヴァルがひと声吠えた。

「問題無いと言っておるぞ」

 ウギが通訳をかって出る。

「よかったですわ――其れではどうぞ召し上がって下さいませ」

 再びお嬢様がニッコリと微笑み、メイラーさん達は其れに合わせるかのように深々とお辞儀をしてくる。

 ひとまずこの場はその空気に従うのが良かろうと俺は飲み物に手を出した。サギも俺の様子を横目で見ながら同じようにしてきてくれた。サギがうつわを口に運ぶとウギもマギも其れに従って飲み出した。ひと口くちに含んでみんなの目が点になる。

「「「『うわっ』」」」

 俺も含めてみんながうつわの中の飲み物を凝視した。

「お酒っ!!」

 俺はおもわず顔を上げてリアーナお嬢様の方を見つめた。と、そのお嬢様はうつわを一気にあおってその中の飲み物を飲み干していた。

「ぷっ~わ~っ! 昼間っからのお酒はさすがに利きますわね」

 ほんのりと頬が朱色に染まった顔つきで微笑みを俺に返しながらお嬢様がそう喋り出してくる。そうしながらも空の器をメイラーさんに差し出してお替わりを注がせてはまた一気に酒をあおった。

「う~ぃっ、こ~んなぁおはなしは、のまな~いでぇはいえま~せん~わぁ」

 おい、さっきまでの気品は何処いずこへ――リアーナお嬢様は二杯で呂律ろれつが回らない状態になっていた。良いのか是で?

「あっ~っ、みなさんもどうぞ~っ、サギさまもえんりょなさらずに~ぃ」

 お嬢様はそんな俺の心配なんぞかいしない様子でテーブルに頬杖ほおづえをついた状態になって空の器を高らかに掲げてお替わりを頼んでいる。

 俺はメイラーさんの顔を見ておもわず口をぽか~んと開けたまま二口にのくちげずにいた。そんな俺にあきらめ顔でメイラーさんは両のてのひら肩まで上げるとかぶりを振るってきた。その仕草が今日のこの時ほど怖く感じたことは無かった。

 その後の修羅場は魔獣との遭遇以上の衝撃だった。

 サギもここぞとばかりに酒をあおりながらリアーナお嬢様にからんでいた。

「リアーナっ! 私に断りもなくっ~っラリーにっ~っいろじかけっ~って言うのはあまりじゃゅつんうの~ぉ」

 おいおい言葉にもなっていないぞ――と、其れに輪を掛けてリアーナお嬢様が応えるって答えになっていないわ。

「さ~ぎっもね、たい~へんよ~うっぅねっ。ういっ」

「『く~か~っ』」

 横でウギとマギは既に器を胸に抱いて寝ているし――っ。その格好ときたら暑いって言ってほぼ半裸に近い姿で寝そべっている。まあ、メイラーさんが毛布を掛けてくれたから良いようなものの。俺だって酔っ払って全てを忘れて寝てたいわ――くそ~っ。

 ヴァルだけは軽く酒を舐めてから扉の下に寝そべって我知らずに寝入っていたし。

「ラリー様、お酒のお替わりは如何ですか?」

 メイラーさんだけが素面しらふの様子で俺達の面倒を甲斐甲斐しく見てくれていた。さすがにお嬢様のこの乱れ様を見せられないと踏んだのかメイラーさん以外のメイドさんの姿はもう此処には無かった。

 俺は絡み酒になっていたサギとお嬢様をほっといてメイラーさんのそばに席を移した。

「メイラーさんは?」

 俺の疑問符に顔を赤らめながらうつむいて応えてくる。

「私如きが此の席で皆様と一緒に器を交えるなどもってのほかでございますから」

 そう言ってくる。

 其れがまたやけにつつましく思えてたまらなかった。その後、此処ここで聞くべき事をメイラーさんに振ってみるとあっさりと話してくれた。聖都テポルトリから俺達を連れ戻しに数日後に使者が訪れるらしい。そんな話しと取り留めも無い世間話とを織り交ぜながらメイラーさんと少し話し続けてから俺はひとり部屋を後にした。

 ヴァルが別れ際に姫子達の事を見守ってくれると言ってくれたので安心してその場を離れた。


 次の日の朝俺は自分の部屋のベットの上で目を覚ましたが……寝ぼけまなこでウトウトしたまま、右手のムニュッとした柔らかでいてしかも適度に反発する何ともいいようもない、しかも手に余る大きさの掴み心地に――はぁ~っ? と、酔いしれた頭をフル回転させていた。

 んっ! 此の感触は? そう思うと今度は左手のてのひらにも同じようにムニュッムニュッと――なんと此方こちらの方は俺の手に程よい大きさで右手の其れよりさらに弾力があった。

 そんな感触の物はこの世に二つと無い――っ、そのまま両手をムニュッムニュッし続けながら目を瞑ったまま上半身を起こしてハタと気が付いた。俺の下半身にさらに柔らかな温かい感触があった。

 目を開けると右手にはウギの乳房が……左手にはサギの乳房が握られていた。しかも二人ともあられも無い姿のまま俺の横で気持ちよさそうに寝入っていたし――問題の下半身の感触は――言わずもがなマギの豊かな胸であった、彼女はうつぶせのまま両手を俺の腰に巻き付けて此方も気持ちよさそうに寝入っていた。

 さてと此の状態をどうするか――そう思いながらも両手の動きは止まらずにムニュッムニュッしたまま二人の豊かな乳房を暫しもてあそんでいた。

「あ~んっ」

「う~ふ~んっ」

 ステレオに響く二人の嬌声にハタと我に返って手を離した。

 とは言っても下半身の動きはマギに押さえられてままならない。しかも朝の寝起きの健康な男の子である。あるべき生理現象は自我と切り離されて勝手に作動する。そんな俺の躰の変化をマギの胸元が直に受けることになる。是はさすがにまずいだろう、さしもの俺も冷や汗混じりで状況を見守るしかなすすべが無かった。

 俺の腰回りに絡み付いていたマギがその豊かな胸元の谷間の下で起こっている男子特有の生理現象に気付かぬ間に何とかこの場から抜け出すことを俺は考えていた。

 そんな俺の状況に声を掛けてきた奴がいた。ヴァルだ!

 “おはよう~ラリー、気分はどうかしら?”

 “ヴァル? 此の状況はどうしてこうなった?”

 “あら、随分なご挨拶だわね! 朝の挨拶は欠かさずにって教わらなかったの? 親に!”

 “ああ、悪かった。おはようヴァル、ちなみに言っておくと――俺は親の顔は知らないんだ”

 “あっ、そうだったわね――ごめんなさい”

 “いやいいよ、其れより此の状況は?”

 “ん~っ、昨日はあれからずっ~とリアーナお嬢様のところで夕食会まで突入よ、後はご想像にお任せするわ――で、夜に解散ってなってメイラーさん達に送られて皆が部屋に戻って来たらサギがハタと気が付いたように『ラリーは?』って――其れで皆さんご一緒に此処にいるわけ、わかった”

 “はぁ~?”

 そう嘆息を大きく付いて目の前にいるマギに目を向ける。

 ス~スゥと可愛い寝息を立てながら愛らし寝顔で俺の胸に顔を埋めているその栗色のフワッとした癖毛の髪に魅入られておもわず手が動いた、マギの髪をそっと手櫛てぐしいてみる。

「う~ぅ~ん」

 撫でられてこそばゆかったのか其れに反応するように身体をくねらせるマギ、寝ながらもぞもぞと動き出した。

 まあ、何とか朝の男の子の生理現象は収まってくれて其れまでマギを起こすこともなくしのぎきったように見えた。そのまま俺は三人の間から抜け出るように身をよじらせながら身体を起こし始めると、ぱっちりと目の前のマギが目を開けた。

「あら、ラリーなんだ~ぁ――私の躰に欲情してくれないのね! イケズっ!」

「うっ!」

「せっかちさんは嫌われるわよ、ラリーっ!」

 そう言うとマギが身体を起こしながら俺の方ににじり寄ってきた。左手を俺の股間に沿わせたままで。

「ま、待て、マギそこは――うっ!」

「あら、其処そこって何処かしら? ラリーっ!」

 そう言いながらも左手の艶めかしい動きを止めようとしない。

「マギっ! またそうやって勝手に――こらっ!」

 マギの左手を押さえて手を退けさせてくれた手が俺の左脇から出てきた、サギの左手だった。

「ちぇっ! もうちょっとだったのにサギっ!」

「あらっ! 何がもうちょっとなの?」

「ふん!」

 マギが俺の身体から離れてベットの脇に胡座あぐらいて座り直してくる。その格好でもマギのボトムの下着が丸見えなんですが? そんな事をおもいながらマギを見つめているとマギがこっちを睨みながらひとこと言ってきた。

「あんたに見せてんの! このニブチン! ふん!」

 その迫力に押されてこれ以上はマギの事を見ていることは出来なかった。

「あらあら、ラリー? 私では物足りないですか?」

 今度はサギが俺の手を取って貴女の胸元に俺の手を引き寄せてくる。おもわずそのままサギの胸を触ろうとしてしまう左手を辛うじて自分の自制心の右手が押さえに掛かった。

 今度はその右手に身体を絡みつけてくる様にウギが目を覚ました。

「あ~んラリーの右手はわらわの物じゃぞ――まてまて~ぇ」

 そんな三者三様のぇろい遣り取りに、顔を真っ赤に染め上げて俺の声が部屋に響き渡った。

「お前ら~っ! 自分の部屋に帰れっ――っっ!」

 俺の剣幕に三人ともビックリしてベットからもつれるようにして飛び出して身体にシーツや毛布を巻き付けたままの姿で部屋を後にしていった。残された俺は全身全霊の大声を吐いたことで大きく肩で息をしていた。

 そんな調子で目覚めた俺はすっかり聖都への帰還指示についてあれこれと頭を悩ましていたことなんか全くどっかへ行ってしまったように忘れていたよ。

 是も皆のおかげか? まあ、そう言うことでフッと笑いが溢れてきたのは言うまでも無かった。


 朝のドタバタが嘘のように俺達は食堂に行儀良く並んで座って朝食を食べていた。

「ねえ~ぇ、ラリー? 数日後に聖都からお迎えが来るんだって?」

「ああ、そう言ってたよメイラーさんが、サギはリアーナお嬢様から聞かなかったのか?」

「ううん、そんな事を言ってたような、言ってなかったような? だってお嬢様も呂律ろれつが回らない程酔っていたし、訳わかんない状態でそんな事覚えていないのね、私たち!」

 サギが開き直った態度でそう言い切ってくる。

「あのさ~ぁ、なんだかんだって結局はただの女子会の飲み会になっていただけなのか」

 愚痴のような台詞でサギの開き直りにチクリと釘を刺しておいた。

わらわとちゃんと寝ておったぞ――どうじゃ!」

 ウギっ! 其れってもっともらしく言う事じゃ無いだろう。そう言う気持ちでウギの事を半眼で睨み付けてみる。

「く~ぅん」

 おい、ウギっ! お主は子犬か? 睨み付けられてウギは悄げるようにそんな声を発した。

 そんな風に、一頻ひとしきり昨日の事を、お互いの会話の中で少し垣間見ながらそれぞれ淡々と朝食を続けいてたと、マギがその中に波紋を広げるような質問をしてきた。

「ところでラリー、エンマの事だがお主の記憶の中に彼女の面影を垣間見たのだが知り合いなのか?」

「はぁ~?」

 マギよいつの間に俺の夢に入り込んでいたんだ? やはり君は恐ろしいぞ。

「いやー、なんだなぁ――あっ、そうそう私は夢魔だからね~ぇ」

 そう言いつつ俺の追求をかわそうとするマギの思惑がありありと感じられてきた。

「其れはそうかも知れないが、俺の夢に勝手に入ってこられても――なあ、サギそう思うだろう」

 俺はサギを味方に付けんとしてそう話しを振ってみた。

「ん~、そうねマギの夢魔の行いはいけないことと思うけど――でもエンマって魔女王のエンマ・イラディエルのことよね。それってラリーどういうこと?」

 まずいな~ぁ、サギはマギ側かよ。

「エンマ・イラディエル魔女王っていきなりそんな話しは知らないわよ、ラリーっ?」

 サギはたたみ掛けるように言葉を被せてきた。しかも……。

「あっ、その話しならわらわも聞きたいぞ」

 ウギも話しに食いついてきたよ、是では多勢に無勢だぞ。そんな話しをしはじめようとしていると横からいきなり凄艶せいえんな声色が降ってきた。

「あら、いきなり私の噂をしてくれているの? 初めましてって言っていいかしら!」

 そう言う言葉が何故か俺達の並びから聞こえてきて皆がその言葉を発した主の方にビクリとして顔を向けた。

 其処には俺達ヴァルを除いた四人の列の最後尾に五人目の女性が俺達と同じように食事をしていたんだった。その女性に其処にいた者達、皆が目を見張った。

 その女性は俺達と同じように座って食事をしていたが彼女の眩いばかりの金髪は真っ直ぐでその先端は腰まで隠すように美しく流れ落ちていた、そうしてそのキラキラと艶のある光を放つその髪を片手で掻き上げながら俺達の方を見ていたんだ。黒を基調とした清楚なドレスを身にまとっているがその中にも凜としたたたずまいを魅せるその様相は女王の貫禄を醸し出していた、がそれでもどことなく幼げな少女の様な雰囲気をも匂わせていて誰もが見惚れてしまう美しさと匂い狂う様な色香の両面を持つ不思議な女性だった。

「なっ、なんで? 此処にいる?」

 俺はおもわず彼女を指さしながら椅子から立ち上がった。

「あらっラリーっ、久しぶりって言うのにつれない返事だこと、幼い頃の約束とは言え私は覚えていてよ、そうだ私の事を皆さんに紹介してくれないかしら? ねぇダーリンっ!」

 そう言って彼女はその特徴的な瞳を軽くウインクしながら俺の方に近寄ってきた。そう、彼女の瞳に誰もが吸い込まれるように魅入られていた。その金眼色の瞳に!

 彼女の瞳を見て俺は一気に記憶が蘇ってきた。そう確かに俺は幼い頃に彼女に会っていた、会っていたと言うよりも短いながらも一緒に暮らしていたと言った方が良いかもしれない。

「エンマなのか? と言うか君はあの泣き虫エマか?」

「あっ! その言い方は無いと思うわよ! 弱虫ラーちゃん!」

 そう言って彼女はいきなり『あっかんべー』をしてきてその舌の奥に小さな黒い星状の斑点を俺に見せてきた。

「あっ! その斑点っ! エマちゃんっ!」

「もう~っ! やっとわかってくれたっ! って~おそっ!」

 プクッと膨れているその顔は確かに昔の面影が少し残っていた――でも、成熟したその肢体は俺にはもうエマちゃんとは呼べない大人の女性そのものだったよ。

「あらっ、気になるのかしら、どう? 私の躰つきは大人になったでしょ……ちなみにスリーサイズはB88、W58、H88でちなみに胸はFカップよ! 触っても良いわよ、どうぞ!」

「「『絶対っ! 触ってはダメです(よ)(じゃぞ)!』」」

 其れまで会話に入ってこられずにただ見守っていた女性陣がここぞとばかりに口を揃えてそう叫んできた。

「えっ、何っこの娘達こたちは? 人の恋路の邪魔はしないで頂戴っ! んっ? 人じゃないわね――魔族ね。おやっ? 其処にいるのはヴァルっ? ヴァルよねっ!」

 そう言うが早いかエンマはヴァルの方に駆けていってその首元にしがみつくように抱きついた。抱きつかれたヴァルも嬉しそうにエンマの顔を舐め回している。

「んんんっ、わかったわかった――そうなのね、ラリーと一緒にいたの――うん、うん」

 エンマとヴァルは魔力念波で会話をしているようだった。その様子を見ながらサギが俺の方にす~っと寄ってきてそっと囁く様に耳打ちをしてきた。

「ラリー、彼女があのエンマ・イラディエル魔女王っ? その彼女をエマちゃんってあなた達? 知り合いなの?」

 まあ、面食らってそう言う質問は普通だよ~ねぇ。俺も初めて今、知ったよ。あの幼なじみのエマがエンマだったなんて。

 サギの問いには取り敢えず首肯しておいたがまだ俺自身、半信半疑であることは確かだった。俺はヴァルと戯れているエンマの方に近づいて彼女の傍らにしゃがんだ。そうしてエンマに声を掛けた。

「なあ、お前が此処に来た理由は何なんだ? まさか俺に会いに来たって言うわけでは無いだろう」

「あら、つれない台詞だこと。ラリーに会いに来たかったからって言っても信じてくれないのかしら」

 ヴァルの首回りにしがみついたまま顔だけを俺の方に向けてそう言ってくる。

「エンマ・イラディエル魔女王ともあろう魔界のトップがそうそう暇を持て余すとは思えないがな」

 頭の後ろに手を回して身体を少し反らせながらエンマを横目で見てそう切り替えした。

「まあね、私も暇と言うほどでは無いけど魔女王なんてそんな始終仕事に追われているわけでは無いわよ――こうやってプライベートとして来訪してもいいじゃないの。それともラリーは私に合いたくない理由があるのかしら?」

 まあ、面と向かってそう言われると俺としても幼馴染みに会うことは嬉しいことでもあるわけだが……そうは言ってもこういう所でいきなり、こんにちはは無いだろうと思っていた。

「そうね、綺麗どころのハーレム状態でラリーも立場的に私にいきなり会うのは微妙と言うことかしら? でも、覚えていて? 幼い頃の私との約束を……ん、ラリーっ?」

 ちょっと待て――いきなりそんな事を言われても思い出せないぞ! 俺はエンマいや、エマちゃんと何を約束してたっけ?


 エンマ・イラディエル魔女王。俺の幼き頃の思い出に出てくるエマがその人であったことを今初めて知った俺だったが――その幼い頃の彼女との約束? そのキーワードにおもわずその場にしゃがみこんだままの姿勢で考え込んでしまった。

 断片的な記憶の中でエンマと一緒に野山を駆け回っていた時の事を思い出しながら彼女との約束というものを必死に探していた。

「――ん~っ? なっだけかな?」

 頭を抱えながらもしゃがんだ姿勢のまま必死に思い出そうとしている俺の姿を見て、呆れた様子で半眼の眼差しを投げかけてくるエンマ。そんな俺を遠巻きで見守るサギ達が其処にいた。

「あ~ぁ、遙か魔界から幼い頃の約束を一途いちずに心の糧としてきた私にとってもっとむごい結末だったわね」

 そう大きく嘆息を吐いてエンマは俺にそう言ったんだ。

「あっ、いや忘れた訳では無いから。ちょっと待ってくれ思い出すから――ん~っと」

 そんな俺をサギやウギ、そしてマギまでもがやはり半眼で睨み付けてきた。

「『ラリーって、そう言う人だったんだ!』」

 ウギとマギがそううめくように俺をなじる。サギも何も言わずにその場に立ち尽くしているし、俺の立場は針のむしろに座らせられた気持ちだった。

「ラリー? もしかして幼い時に『大きくなったらエマをお嫁さんにしてあげる』なんて言ったんじゃ無いの」

 サギがそう言ってくる。その言葉でハタと思いついた、そんなことが有ったか? いや、そんなわけは無いはずだ、今もそうだが恋愛感情ってものが俺にはわかっていないんだ。そんな俺がませたことを言えるか? 

「ん~ぅ、サギさんだっけ? 惜しいけどちょっと違っているわよ――お互い幼かったからね」

 エンマがサギにそう言った。

 そうか、そっちじゃ無いんだな。その言葉をヒントにもう一度記憶の海を泳いでみた。

 その時ヴァルがひときそのはらわたに響く咆吼を発した。

「ウォーン」

 食堂の窓ガラスがガタガタと共鳴する。

「何じゃヴァルっ!」

 ウギが心配してヴァルの傍に寄っていった。首に抱きついたままのエンマはそんな事にお構いもせずにヴァルに頬摺ほおずりしている。

「――あっ~っ、あ、あれか!」

 俺の脳裏に咆吼と共に蘇る記憶の断片がよぎった。

 そうか、俺はエンマに約束していた――『俺がお前を守ってやる』って。

「あら、やっと思い出してくれたみたいね」

 ニッコリと微笑みながらエンマが嬉しそうに俺の方を見ていた。

「えっ、ラリー思い出したの? なんて言ったの?」

 サギが俺の腕を掴みながら必死の形相でにじり寄ってきた。

「ラリー、あなたの将来が掛かっている大切な事かも知れないわよ、教えて!」

 俺はサギの目を見ながらうなずいて話しを始めた。

「エマっ――いや、エンマは俺が幼い頃セット婆さんがどこからか預かってきた女のだった。そう彼女は暫くセット婆さんと一緒に暮らしていたんだ。だからニネット爺さんに養われていた俺は彼女とその頃よく遊んでいたっけ」

「そうそう、よく思い出したわねラリーっ!」

 エンマが俺の方に近寄ってきてしゃがみこんでいた俺の手を取って立ち上がらせてくれた。そうしてその続きを語り始めた。

「私が魔界を出て暫く人間界の勉強をって――セット・M・バーション候の所に預けられていたのよ、その時ラリーと出会ったわけ。でね、まあよくある話しだけど二人で野原で遊んでいた時に魔獣に襲われたのよ二人とも」

 そうだそうだった、エンマも俺もまだ赤子のレベルの魔力でたかだか低級魔獣の相手でも必死で相手をしてたっけ。

「ああ、俺が血まみれになった時だ」

「そうなのよ、私が魔力で相手するて言ってもラリーは聞かなくて、私をかばって向こうみずにも素手で魔獣を相手に闘ってくれたのよね、お陰でラリーは瀕死の重傷って顛末だったわ」

「其れでその時お主は大丈夫だったのか?」

 ウギがエンマにその話しの続きを促した。

「そう、ラリーが魔獣を引きつけている間に私は家に走って帰ってセット婆さんを呼んできたわ」

「ああ、そうだったその時、血まみれの姿になった俺にエマが泣きながらしがみついてきたっけな」

「そうよ『弱いくせにあんたはバカッって――』そうしたらその後ラリーが私に言ったのよ」

「ああ、思い出したよ――俺は是からもっともっと強くなるって、そして……」

「『俺がお前を守っていく』」

 俺とエンマの言葉が被さって食堂に響き渡った。


 一頻ひとしきり幼き頃の思い出をエンマと語り合っていた。サギ達はそんな俺達を取り囲みながらもそんな俺達の会話を興味深そうにずっと聞いていてくれていた。

「ふ~ぅん、ラリーの幼い頃ってそうだったのエンマ?」

「そうよ、まあ私がちょっといいかなこの子って思っていても全然気付いてくれないの、って言うか全くニブチンなのよ」

「あっ、それよくわかるわ私たちもね――ウギっ!」

 サギが相づちをうちながらウギに話しを振ってきた。

「おお、そうじゃぞ。わらわ達にもそうじゃからのぅ――昔から変わらなかったわけだなラリーは」

「生まれもって生粋のニブチンって言うことかしら」

 マギまでが話しに参加してきて俺の事を言いたい放題あげつらっている。なんだかいつの間にかエンマを中心にガールズトークに花が咲いていたようだ。勿論、俺の悪口? でだが。

 しかし突然湧いたように現れたエンマ・イラディエル魔女王にみんな臆せず話しかけている。此の風景を傍から見ていると凄い光景かも知れない。


 エンマ・イラディエル魔女王の突然の登場にも臆せず対等に話しをしている俺の姫子達を俺はしげしげと見つめていた。なんせ魔界のトップの魔女王に対して一歩も引かずに友達トークになっていた訳だし。

「ねえねえ、エンマちょっと聞いてもいいかしら?」

「な~にサギっ?」

「ラリーの何処に惹かれて今まで想っていたの?」

「えっ! そんな核心をいきなり聞~くぅ、普通っ!」

「だって、幼い頃からず~っとでしょう。私なんか出会ってまだちょっとしか経ってないんだもん」

 サギが赤ら顔で照れながら話していた。其処にウギがたたみ掛けるように喋り出してくる。

わらわも同じじゃぞ――温泉を驕って貰って身も心も買われてしもうたのじゃがのぅ」

 ウギその言いぐさはなんか誤解を生むから止めて欲しい。

「私もラリーに会わなければまだずっ~と蜘蛛くもの姿だったからね」

「おおっ、そう言えばあなたは魔族よね――其れでラリー達と一緒に行動しているわけ?」

 マギの魔導師の境遇を知ってかエンマが詰問してきた。

「私はそうだなぁ? サギ達の色恋沙汰に興味があってね」

 マギは自分への矛先を上手うまいこと周りに振っていた。

「マギっ! 何その言い方はそれじゃまるで私が道化みたいじゃないの?」

「だってニブチン相手だよ――一生懸命だからこそ傍から見ると道化に見えても可笑しくは無いでしょ。でも、其れを誰もとがめる事は無いじゃ無いの」

「まあ、それはそうだけど……なんかしっくりとこないわ」

 サギが少しふて腐れた様な顔つきでマギを睨んでいた。

「あらサギ、その立場が嫌ならいつでも代わってあげるわよ。ラリーの正妻の座を譲ってくれるのかしら?」

「えっ、其れは……ヤダっ!」

「――でしょう。だったら文句言わないの!」

 そう言ってマギがサギを黙らせると、エンマがサギに質問してきた。

「――サギがラリーのお嫁さん候補なのね?」

 その問いにサギが顔を真っ赤にして俯いていると横からウギが答えてきた。

「ちょっと違うぞ。ラリーの嫁としては皆が候補じゃぞ、但し順番があってのぅサギが正妻じゃ、そうしてわらわめかけなのじゃ、後はマギが愛人に立候補するかどうかじゃがのぉ」

「むっ、それでは私ことエンマは何処に位置できるのかしら?」

 おいおい、俺を蚊帳の外に置いてなんていう会話をしているのだ。お前らは! そう思うが今の俺には何の手出しも出来ない状況だった。

「そうじゃのぉ、正妻にめかけに愛人ときたら次は……なんじゃ?」

 ウギが小首を傾げながら真剣に悩んでいた。

「どっちにしても、まあ今はいいわ――ところでラリーあなた達がここのところ此の近辺で大きな魔力を発生させている元になるのよね?」

「んっ? 何の質問だ?」

 エンマの質問にその真意を介すことが出来ずに質問で返してみた。

「魔界でも噂になっていたのよ、人間界にしてはあまりに大きい魔力の発生源がベッレルモ公国に現れているって、だからこうして私が直接見に来たわけよ――そしたら、そこにいたのはあなただったって言う事」

「確かにサギもウギも『気』で言うと此処でレベルアップしているわけで、其処にマギが現れてヴァルも加えると確かに普通には見られない魔力を集める場所になるかな」

「あら、其れにはあなたラリーの分は入っていないのかしら?」

「エンマ、俺はもともと『覇気』の魔力気だからな、確かに俺も加わることにはなるよ」

 そう言う俺の言葉にエンマは怪訝けげんそうな顔つきをしたまま俺を睨んできた。

「あら、ラリー? あなたの『気』は『覇王気』でなくて?」

 その言葉にサギとウギが目を剥いて俺を見てくる。エンマのその質問に俺は一瞬ドキッとしたがヴァルもマギも俯いたままだったので此処は嘘を突き通すことにした。

「まさか、今の俺の『気』状態をのぞけるだろうエンマ・イラディエル魔女王様っ! 其処に『覇王気』のオーラが見えるかい?」

 そう言ってエンマにバトンを返してみた。

「――そうね確かに、今のあなたにそんな兆候は見られないわね。目の色も琥珀色眼だしね、わかったわ今日のところはね」

 そう言いながらエンマが俺の目の前にすくっと立ちはだかるようにしながらその身体を預けて密着してきた。そうして両手を俺の首筋に巻き付けながら耳元でささやいた。

「そのうちね――嘘つきラリーっ!」

 ビクッとして硬直する俺にニッコリと微笑みをながらその口元を俺に近づけてくる。

 次の瞬間エンマの唇が俺に唇に届くかと思われた時にマギが俺の首根っこをひっくくって後ろに反らさせた。そのままエンマの前から俺を引きはがすとサギの方に俺を押し出した。

「サギっ! ラリーを守って!」

 マギがそう叫ぶとエンマの前に立ちはだかった。

「えっ、マギ? な、なんなの――取り敢えずわからないけどラリーはまかせて」

 サギはマギの突然の行動に戸惑いながらも俺を守るようにエンマとの間に入り込んでくる。

「エンマっ、今ラリーに何をかけようとしていたのかしら、その豊富な秘呪術の中で――転生魔法かしら」

 そう言いながら、冷ややかな眼差しでエンマを睨み付けるマギの相貌そうぼうはまさに魔界の魔導師その人であった。

「あら、魔導師様にはさすがにわかったみたいね――まあ、今日の所は帰るわね、じゃラリーっまたね」

 そう言うとエンマは両手を胸の前で合わせて目を閉じると静かに詠唱えいしょうを始めた、彼女の身体全体が金色に輝き始めると一瞬目が眩むような閃光が走った。と、次の瞬間其処にはエンマ・イラディエル魔女王の姿は既に無かった。

「魔界に帰ったか」

 マギがうなるようにつぶやいた。


 エンマ・イラディエル魔女王が立ち去った後は三人に囲まれて俺は質問攻めに遭っていた。

「ラリーっ! あのエンマがなんでラリーの所に突然来たのかしら?」

わらわの話しに何かおかしなところがあったのかのぅ? マギの愛人の後は何と言えばよいのじゃ?」

「エンマはあなたに呪術を掛けようとしていたわ、其れがわからなかったの? ラリーっ?」

 三人に同時に詰問されて俺も閉口していた。

「あ~ぁ、もう三人一遍に質問するなよ~ぉ――俺だってわからんしぃ」

 取り敢えず三人の質問に共通する模範解答を吐露しておく。その上で俺自身確認しておきたいことの最優先はマギの質問と共通だった。

「マギはエンマの呪術がわかったのか? あれはどういう『呪』が入っていた? 唇が触れそうな所まではかすかに記憶にあるんだがその先の――覚えていないんだ」

「あら、そうしたら接吻の前に既に序術に入っていたのかもね――危なかったわよそれじゃ、さすが魔女王だわね」

 しらっとエンマのことを持ち上げているところは魔界の仕来しきたりというところだろうか。そんなマギにサギが食いついてくる。

「エンマの事を褒めてどうするのよ、まあマギの機転で今回は事なきを得たとしても予断を許さない状況であることは確かなんでしょう」

「そうねサギの言う通りだわ。ラリーがそういう状態と言う事は――寝込みを襲われたら一発ね!」

 なんか軽く言われているような気がするが――俺!

 確かに寝床に転位されてそのまま死の接吻て言うのは洒落にならんし。そうは言ってもさっきのエンマの呪術には気が付かなかったのは確かだった。

「さてとどうするかな?」

 ひとまず朝食を片付けてから考えますか――そう思うと何かやけに腹が空いてきたので残りの朝食を一気にたいらげ始めた。

「兎に角、なんでエンマ魔女王が此処に来たのかしら? それはラリーのことが目的だと思うけど何で転生させる必要があるの?」

 サギが尤もな質問をいてきた。其れに応えたのは勿論マギだった。

「エンマがラリーを連れて行きたいことは確かよ。ただ確かに転生させる必要はわからないわね」

「そうね、転位が出来るなら連れて行くことは出来るはずだものね――なぜ転生なのかしら? と言うよりもマギっ? 本当に転生魔法だったの?」

「たぶん確かだと思う。まあ、しっかり発動はしていないからもしかしたら別の魔法だった可能性は否定は出来ないわね」

 サギとマギが二人でエンマの呪術について真剣に考えていた。

「ラリーの唇に残っている残留魔力でも見てみたらどうじゃのぅ」

 ウギがぽろっと今日尤もな発言をしてきた。

「そうね、其れはいいかも――ラリーいいかしら?」

 そう言いながらマギが俺の唇にそっと手を当てて何やら魔気を照らし合わせてきた。

「んっ? 食べながらでも良いのか?」

 俺は口に詰め込んだ朝食をモグモグとしながらもマギに唇をもって行かれている。

「まあ、あんまり見た目は良くないけど仕方ないでしょう」

 小さくも溜息を付きながらマギが投げやりにそう言ってきた。マギの手が俺の唇に触れたところで簡単に観測は終わったようだった。

「ん~、正確にはわかりにくいわね、ただし何らかの転生に近い魔法と言えるわ、やはり」

 マギの見立ては予想通りだったようだ。そうするとやはり何故に転生をと言うことが皆の疑問になってくる。

「やっぱり是は本人に訊くのが一番だな」

 脳天気に俺が喋るとウギもサギも半眼で俺の事を睨み付けながら怒鳴ってきた。

「『訊く相手がいたら聞くわよ――もういないからでしょ、なに言ってるのラリーっ!』」

 二人の言葉が重なる。

 そう言ってもやっぱり本人に聞いてみないと最後まではわからないだろうに。そう思いつつもその言葉はいったん胸に仕舞い込んでおいた。ただ、エンマには遠からずまた会うような気がしていたのは俺だけでは無かったはずだ。


 朝食を終えて食堂から戻ってきた俺達はひとまず中庭に集まっていた。リアーナお嬢様の言葉によると数日後に此処へ聖都からラリー達を迎えに使者が来ることになっている。そうして今日、俺達の目の前にエンマ・イラディエル魔女王が現れたわけだが。

「聖都テポルトリからの使者って言う事は何らかの外力が働いたって事だわよね。しかもエンマはベッレルモ公国での大きな魔力の確認にとも言ってたし、其れってエンマが公国に何らかの取引を持ちかけてきたとも考えられないかしら?」

 とサギが自分の考えを話し出してきた。確かにサギの予想は以前マギ達が俺に言ったちまたの噂って言う内容にも合致しているし、信憑性はあるかも知れないね、そう俺も思った。

「でも、それならどうしてエンマは直接、此処に来たのかしら? しかもラリーを転生魔法なんかで連れ去ろうとまでしていたし――単に連れて行くにしても少し焦りすぎと思うし」

 サギの意見に対してマギは先程まで皆で悩んでいた疑問を繰り返してきた。

「そう其処そこなんじゃがのぅ、転生させる理由が解らない事には次の一手にわらわ達の対応も踏み出せないと思うのじゃが」

「そうよねウギの言う通りだわ」

 そうサギもウギの久しぶりのまともな発言にうなずくように首肯しゅこうしていた。場所を変えての話し合いだったがやはりエンマの意図には俺達の想像が辿り着かないようだ。

「ラリーはやっぱりエンマの思惑に心当たり無いのかしら?」

 サギが俺に話しを振ってきたが其処そこはそれ、さっきの出会いが自分にとっても想定外で何も思いつかない。だいたい幼い頃の思い出しか無い相手にいきなり今の自分を必要としている理由が解るはずも無かった。

「さっきも言ったが、全く予想も出来ない事だよ。エンマの考えは」

 そうサギに俺は言い返していた。結局、此の時点で何ら進展する考えには到底及ばず、取り敢えず各自それぞれの部屋に戻って一息付くことにしてその場は解散となった。


 俺は自分の部屋に戻ってベットに身体投げ出すように横たわった。天井を見つめながらさっきまでの事を思いだしていた。笑顔のエンマと最後に俺にキスをしてこようとしていた時のエンマ。どちらも同じ彼女であるが何か違和感があった。其れがなんなのか此の時点では俺にはわからなかった。

 その時、俺の部屋の扉を叩く音で現実に戻された。

「ラリーいるの? わたし」

 扉の向こうからサギの声が聞こえてきた。

「ああ、鍵は開いているよ」

 その答えに応じて扉を開けてサギが入ってきた。

「ねえ、ラリーひとりで部屋にいるなんてエンマにどうぞいらっしゃいって言っているようなものじゃ無い――リアーナお嬢様にさっきの件を話しして大部屋をひとつ空けて貰ったわ、其処に移動しましょう」

 そう言うが早いか俺の荷物をまとめ始めていた。そう言う行動力は素直に凄いな~ぁと感心していた。と、はたと気が付いたが……。

「待て待てサギっ! 大部屋に一緒って誰とだ?」

「ん~っね、私とラリーだけって言うと他のふたりに悪いでしょう、そうかと言って他の誰かとラリーが一緒って言うのも私が嫉妬するから、結局皆で話し合った結果――チームラリー全員よ!」

「は~ぁ? それってさ男の俺が女性陣と一部屋で暮らすって事か? まずいだろう、さすがに其れは」

「そうね、最大の懸案はお嬢様も一緒になりたいって言っていた事ね――さすがに其れは相手がエンマ・イラディエル魔女王だからリアーナお嬢様の身の安全に保証は出来ないって言ってメイラーさんも含め反対したので何とか収まったわよ」

 いやいやサギさんそう言うことでは無いだろう――うら若き乙女達の花園の中で数日とは言え俺の身が持たないと思うんだが……。

「あっ、ラリーは日替わりで三人のうち誰かと一緒に寝てね――ベットが三つしか無いのよね、まあ其れもラリーの事をエンマから守るって考えるとその方が都合が良かったしね。ちなみに今日はわたしよ!」

 え~ぇっ! と、俺の叫びにも誰ひとり気にするものは居そうも無い事は――言うまでも無い。

 サギの荷物まとめはもともと俺の持っている物も特に多くは無いので直ぐに終わっていた。

「さっ! ラリー部屋を移動するわよ、ほらっぐずぐずして無いの! 男の子でしょ! 腹をくくりなさいよ」

 サギにそうかされて俺は惚けたままサギの後に続いて部屋を出た。

 皆が待っているらしい大部屋は今の建屋から少し離れていた。ちょうど中庭を挟んで反対側の棟にその部屋は並んでいた、その内のひとつを借りることになったらしい。

 新しく割り当てられた部屋の前に俺とサギが着いた、サギが部屋の扉を開けて中に案内してくれたがはたして其処にはウギとマギとヴァルが既に自分たちの荷物を運び込んでいて部屋の中央に設けられたテーブルセットに座ってくつろいでいた。

「サギっ! 遅かったわね、ラリーとふたりでイチャイチャしていたのはわかっているけど――順番ね」

 マギが真顔でそんな事を言ってきた。その傍でウギも縦に首を振りながら俺達を凝視している。

「そんな暇なんか無かったわよ、失礼ね! 躊躇ちゅうちょしてたラリーを強引に連れてきたんだから、んっもう! あなた達に其れが出来て?」

 その言葉に二人が無言で頭を横にブルブルと振っていた。

 強引にサギに連れてこられたが確かに何処にでも現れることが可能なエンマのあの魔力を目の当たりにすると彼女達に見守られているのは安心出来る環境であるとは思ったが……。

「俺は身が持つのか?」

 賑やかにガールズトークに花を咲かしている彼女等を見ながら、ひとり静かにボソッとうなっていた。


 扉のかたわらでなかなか中に這入る決意が出来ず立ち尽くしている俺をウギが引っ張りにやってきた。

「ラリー、わらわ達が居るからエンマも躊躇するかも知れないのだぞぅ――ほうれ、這入った這入った!」

 ウギに促されて俺は部屋の中央におずおずと進んでいった。それにしても女性陣と一緒の部屋って言う事は着替えから何から目の前で彼女達がする事を俺はどうやって見ないように回避すれば良いんだ? そんな悩みを考えていると俺の顔にその不安が出ていたのかサギが答えをくれた。

「私たちの着替えは――ほらっ、そこに衝立ついたてがあるでしょう、その影に隠れるから大丈夫よ、ラリーっ」

わらわは別に見られてもいいのだぞぅ、ラリーなら。そうそう何なら今から目の保養にどうじゃ」

 ウギはそう言うとその場で着替えを始めようとしていた。そんな彼女の肩を俺は掴んでその場は止めに入った。

「ウギ、頼むから着替えはサギの言う通りにしてくれないか、そうでないと俺が困るんだ。わかってくれ」

 ウギの肩を掴んだままその体勢で俺は頭を下げて頼んだ。

「わかったのじゃ、ラリーが其処まで固持するならわらわも――でも、何か物足りないのじゃぞ」

 ウギはひとまず俺のお願いを聞いてくれそうになったがもうひとりの妖艶魔導師はそんな事お構いなしにチャッチャと下着一枚になって其処いらを徘徊していた。そう思ったらいきなり俺に抱きついてくる。

「ラリー、ちょうど良いからあなたの女体耐性強化プログラムを考えましょうよ」

 マギは俺の後ろから抱きつきながら俺の横に顔を寄せてニッコリと微笑みながら恐ろしい誘惑をしてきていた。彼女はその豊満な胸元を俺の背中をムギュッと押しつけながらそんな事を言ってくる。

 そんなマギを鬼の形相で睨み付けながらサギが俺から引き剥がしに来る。

「マギっ! そんな事を最初からしていたらラリーが出て行ってしまうでしょう」

「んっ? サギっ? 最初から……? あとなら良いのか?」

「――そんな事を今、此処ここで言い争いしてみますか? マギっ!」

 二人の美女の遣り取りを背中で聞きながら俺は是から事をうれいていた。マギはサギから強引に服を着せられてぶうぶう言っていたが……。

 ところであと数日、此処で彼女等と部屋まで一緒になって暮らすことになるとはヴィエンヌに来た時には思いもしない状況に戸惑っていた。普通の男どもならこんな美女に囲まれた羨ましい環境と言われるだろうが、俺に取っては未知の経験の予想も付かない先の状況に不安だけが先立っていたんだ。

 そんな心の中を皆が読んだのか、三人とも俺に寄り添うように抱きついてきて甘えるような口調で話し始めた。

「ラリーは此処でゆっくりしていれば良いのよ、今までは私たちを陰日向かげひなたで守ってきたんだもん――エンマの事は考えても予想も付かないわ、だったら今は考えないこと」

「そうじゃぞぅ、わらわ達が見守るからのぅ」

「だったら、私のさっきの下着姿で愛でて貰えばいいことだったんじゃない?」

「『それはちがうわ(のじゃ)』」

 マギの台詞に速攻でサギとウギが噛みついてくる。そんな遣り取りをはたで聞いていると何だか落ち着いてきた。

「そうだね、サギの言う通り此処で俺は心を休ませて貰うとするか――でも、くれぐれも穏便に頼むよ」

 それぞれの立ち位置から俺を覗き込む彼女等の満面の笑顔が俺の心の氷を少しずつ溶かしていってくれるようだった。

 部屋の中の各自の割り振りは既に決まっているようだった、サギが俺の荷物を解いてササッと仕舞ってくれていた。

「ラリーは此処の棚を使ってね、私たちはあっちの方の棚を割り振ったから――間違って女性物の下着を手に取ることがないようにしておいたから大丈夫よ。其れとベットはこっちね――後のこと夜の楽しみにってね」

 ニコニコと微笑みながらサギがそんな風に仕切ってくれていたが、しれ~っと何か恐ろしいことを言わなかったか? えっ?

 そんな事を考えながらも是から数日間の事を考えてしまっていた。まあ、サギの言う通りエンマの事は考えれば考えるほど深みにはまって抜け出せなくなるからそっちは皆に任せることとしよう。

 残りは聖都からの使者が持ってくる大公様からの指示のことだが――多分、聖都テポルトリに戻ってこいとのことだろうで、戻ってから俺達はどうなるのだろう。そんな事を考えながら、サギ達の事を傍らで眺めていた。


 しかししくも一緒の部屋になったわけだが、彼女等も元はひとり部屋で個々の事は特にお互いに干渉することは無かった。

 そんな彼女達自身もそれぞれ初めての完全共同生活となるわけで――そんな中、サギがテキパキと指示を出してそれぞれの荷物やら何やらを片付けている。ただただ彼女等の働きぶりを惚けたように見ていたところ、その視線に気付いたのかサギがこっちを見て喋り掛けてきた。

「んっ? ラリー何か用? そうやって、じっと見られていると――やっぱり恥ずかしいわね」

 そう言いながらサギの頬が少し朱に染まっていたのに気付いた。やっぱり可愛いと思ってしまう。

「あっ、わるい! 何でも無いよ、ただ何となく見入ってしまっていたんだ。サギがテキパキと皆に指示しているからね、すごいな~ってさ」

「うん、是は……だって聖都テポルトリの宮廷魔術師団では相部屋で暮らしていたから経験かな? 私の同室のって面白いのよ――え~っとそう言っちゃ彼女に怒られるわね、今のは無しねラリーっ! そうそう名前はロミルダ・ヴェルトマン、通称ロミ! って、覚えておいてくれると私も嬉しいかな。特に彼女は情報に長けた所があるから味方に付けると心強いわよ」

 そう言う風に喋りながらもサギは手を休めることは無かった、本当にこういうところは貴女の女性としての美しい所作が目立っていた。其れを俺は惚けた顔で見ていたわけだが何か幸せ感が心の奥にふわ~っとこみ上がっていたのは俺だけの秘密としておいた。

 取り敢えず皆の引っ越し作業は滞りなく終わってテーブルについてお茶を飲んで休んでいた。

「サギの言う通りに全て終わったわよで、次は何っ?」

 両手で器を優しく抱えるように口元に運びながら熱いお茶をふうふうとすすって一息付いた後マギが聞いてくる。

「特に無いわよ、ここの部屋に結界は掛けさせて貰ったけど、まあエンマにすれば気休めかしら」

「それならその上に私も二重に結界を掛けておこうかしら――それならもう少しいいかも」

「そうね、お願いするわマギ」

 サギとマギの間でそんな会話が行われいることと、其れが自分の為だと言う事に何となくこそばゆさを感じいていた。そんな気持ちが顔に出ていたんだろう、不意にサギが俺の方を見つめながら聞いてきた。

「あら、ラリー~っなぁに? そんな風にほくそ笑んで、私何か可笑しかったかしら?」

「いや、単に二人の遣り取りが何となく自然すぎて――わるい。笑っていたか俺!」

 そう言って二人に頭を下げた。

「えっ! 頭を下げるほどのことでは無いのよ」

「いや、其れもそうだがエンマとのことでは迷惑を掛けているからな――色々と有り難う」

「そんな事無いわ――私たちがそうしたいからやっているだけよ、ねっマギっ!」

「んっ! 何か言ったか? サギっ? 聞いていなかったわ」

 マギはサギに言われて俯いていた顔を上げながら不思議そうな顔をしながら聞いてきた、彼女は二重結界の呪文に入っていたみたいだった。

「うんん、マギごめんね。邪魔したみたい、そのままやっていてくれて良いわ、何でも無いから」

「そうか、じゃそうする」

 と、マギは再び呪術の詠唱に入った。シィ~ンとした空気がその場に流れている。

 サギもそうだがウギにしてもエンマとの出会いで何となく人が少し変わったような気がする。単に俺だけが子供扱いになって皆が大人になったって言う様な感じなんだが……其れって少し俺に取っては寂しいっていうかなんて言うか、くすぐったかった。

「うふっ! ラリーなんか照れてるでしょ~ぅ」

 サギが早速、俺の顔を覗き込んでそんな風に茶化しに来た。そんな事は以前のサギでは無かった事だ。

 其れも何でだか嫌な気持ちでも無くその場の空気に沿うように俺の所作も自然に入っていった。単にお茶をすする為に器を顔に持っていったわけだが、同時にその器で顔を隠してサギの視線を遮った。

「隠したのね、ふ~ん」

 そう言ってサギが俺の脇腹を軽くつついてくる。くすぐったさに呑んでいたお茶にせて咳き込んでしまった。

「ぐっふーっ、げほげほっ」

「あっ、ごめんなさいラリーっ」

 サギが慌てて俺の背中をさすってきた。うつむきながら思いっ切り咳き込んでいた俺を真剣に介抱しようとして焦っていたサギにウギがとどめの台詞を吐いてきた。

「お主ら――いつからそんなバカップルになったのかのぅ、わらわ達の前じゃぞ少しは遠慮と言うものも在ろうぞ、なあマギそう思わんかのぅ」

「まあ~ぁ、いいじゃないのぉ正妻だし」

「そうじゃのぅ――正妻じゃしのぉ」

 そう言う声にサギが顔を真っ赤にして叫んでいた。

「正妻って言うな~ぁ!」

 全くこんなところは皆変わっていないな、ひとりでそんな事を俺は思っていた。


 そんなドタバタした一日だったが、その後にエンマの追撃も無く特に変わらない一日を終えようとしていた。

「さて、そろそろ寝る?」

 マギがそう言ってきた、確かに夜も更けてまた明日のことを考えると皆で早々に寝ることにした。

「今日はわたしが添い寝で良いわね――みんな?」

 そう言ってきたのはサギである。他の二人はコクコクと首を縦に振るだけで応えていた。

「じゃあラリーはこっちね――おいでってば~ぁ」

 俺はそんな言葉にドギマギしながらもサギのベットにそそくさと入り込んでいった。

「取り敢えず今夜はよろしくお願いします、お手柔らかに……サギさん」

 ベットの上で三つ指をついてサギにお辞儀をしておいた。

「あっ、なにっそれっ? ラリーってばちょっと酷くないこと!」

 プンスカした顔をしてサギが俺を睨み付けてくる。

「だってさぁ、普通は逆だろう――俺がサギを守るなら兎も角、なんでだか守られる方なんだからエンマの奴、絶対にあとで会ったら絞めてやる」

 俺も負けじとブ~たれてみた。

「あははっ! 言われてみればそうねぇ、でも何だか私は嬉しいのよ」

 そう言ってサギが俺の方ににじり寄ってもたれるように肩に頭を乗せてきた、貴女かのじょの甘く爽やかな髪の香りが俺の鼻腔をくすぐってくる。

 俺は身が持つかな~ぁ、そんな事を思いながらサギを左手で抱きかかえるようにして天井を見つめていた。

「ラリーっ……わたしはいわよ、いつでも!」

「なっ! 何のことだっ!」

「うふっ! べつに」

 そう言って俺の頬に軽く口づけをするとさらに躰をくっつけてくる。貴女かのじょの胸元とも太股ともあらゆる場所が俺の肌と重なり合っている感覚でその各所の女性らしい柔らかさの触感に感化されて頭の中が冴え渡ってきて眠るどころでは無くなってきていたが。

「おやすみなさい……ラリーっ」

 そう言いながらサギは自然にスウスウと寝息を付き始めていた。

 おい、蛇の生殺しだろうが是じゃっ! と、俺は心の中で毒づきながらもただただ貴女かのじょの滑らかな髪の毛を手ですくうように撫でている事しか出来ないでいた。


 眠れないと思っていたがいつの間にやらサギの髪の毛を撫でながらも眠りについていたようだった。それでも夜中に何だか身体中に程よい柔らかさを感じて頭の中が少し覚醒してくる。

 月夜に輝く夜のとばりの中でちょうど窓から差し込むその光が美しく部屋の中を照らしていてくれていた、その明かりで何となく周りが見渡せたが……俺の周りにはサギだけでは無く、他の二人も傍に寝入っていたんだ。ちょうど俺を囲むように――周りを。

 この間の状態と一緒だったが……。

「まっいっか」

 俺も少しは耐性が出来てきたらしい、彼女等の柔らかな香りと感触に包まれながら俺は再び夢の中に引き込まれていった。


 朝を迎えて俺はサギの軽い悪戯で目が覚めた。

 俺よりを早く起きたサギは俺の寝顔をまじまじと見ながらクスクスと笑っていた。なんだと思いながらもうっすらと開いた横目でサギを見ると枕に頬杖をついて空いた手の指先で俺の頬を突いていたんだ。

「あっ、ごめんね。起こしちゃったぁ」

 目が開いた俺を見て口元に手をかざしながら、しまったと言う顔をしている。

「おはよう、サギ」

 取り敢えず寝ぼけまなこのまま朝の挨拶をしておく。

「えっ、あっ――おはよう」

 さりげない悪戯を見つかった子供のように目を逸らしながら頬を赤らめてサギがそう返してきた。まあ、こんなところも可愛いなと思ってしまう。そんな思考に俺自身、ウギの言うバカップルだなっ――と、ふと思った。

 その状態で俺の周りを確かめてみると昨日の夜中に見た夢の中のような景色が現実であったことに気付かされる。やはり其処にはウギとマギの姿もあったんだ。彼女等も俺に寄り添ってスウスウと可愛い寝息を立てながらさながら天使のように眠っていた。

 でも、こんな状態が是から先、続いていくかと思うと嬉しさ半分やるせなさ半分というところであった事は俺の心の中だけに置いておくこととした。

「サギっ! わるい、ウギ達を起こしてくれないかなぁ――さすがに此の状態はドギマギしそうだ」

「あら、こういうのに慣れて貰わないといけないわよ――エンマがラリーを諦めるまではね」

 そう言う棘のある言い方は如何かと想ったが、今の俺には取ってはサギの方が正論だ。何も言えない。

 サギが先にベットから抜け出して昨日俺に教えてくれた衝立の影へと消えていった。

 服を着替えてからウギとマギ達をサギが叩き起こしにかかる。

「ほらっ! ラリーが一緒なのよあんまり不精だと呆れられても知らないわよ、起きた起きた!」

 容赦なく毛布を剥ぎ取っていくサギが目を剥いたところで動きが止まった。俺もその視線の先を気にして目をやると、マギの完全裸体が其処に横たわっていた。

「ラリーっ! 目を瞑って!」

 その厳命に即座に従った。目を瞑って横を向いて於いた。

「こらっ~ぁ、マギなんて格好でラリーにくっついてたの~っ――さっさと離れなさい!」

 マギを強引にベットから引きずり下ろして衝立へと押しやってからサギが俺への命を解いてくれる。

 欠伸あくびをしながら引きずるように躰を起こして衝立の方におもむくマギの肢体を男の本能で感じながらきつく結んだ目をサギの方に向けた。

「目を開けてもいいか?」

「あっ! ごめんね、いいわよ。後はウギね」

 ウギも俺の傍らですやすやと寝入ったままでいてこれだけ周りが騒がしくなっても一向に起きてくる気配が無かった。此方はまあ夜着の装いではあるが日頃の露出と大差が無いのでサギもスルーらしい。

「ほら、ウギも起きなさいってば! 剥ぎ取るわよ、その夜着ごとっ!」

 おい、其れは俺の目の前でやって欲しくないことだと思わないのか? マギと扱いが異なるのは?

わらわか? わかった脱げばいいのか?」

 ウギが寝ぼけたままでその場で着替えようとトップスに手を掛けた所で――「ストップっ!」

 サギの叫び声が木魂した。

 そんなこんなで三人三葉の朝支度を迎えて俺達の一日始まったが……。

「こんなんで、俺はいつまでこんな艶美な環境を耐え凌ぐことができるんだろう?」

 素朴な疑問と共に俺は項垂れていった。


 三人娘達が朝の仕度をしている間に俺はヴァルを連れて城の外を散歩がてらに軽く走り込んでいた。身体が鈍ってきていたのは確かで先のエンマとの間合いでも虚を突かれたとは言え全く反応出来ていなかった。あの時、マギのフォローが無かったら完全にエンマに一本取られていた所だ。

 “なあヴァル、エンマの秘呪術はあの時本気だったと思うか?”

 “あら、その答えを私に求めるのは――宜しくないと思うわよ”

 ヴァルが俺の問いにそう答えてきた。

 “その言い方だとヴァルはエンマの真意が解っていそうな雰囲気なんだが……そうなのか?”

 “ラリーっ! 其れも――ノーコメントとして置くわ。乙女心と恋が絡んだ話しなんだから自分なりに悩みなさい”

 “恋~ねぇ~っ?”

 恋と言われても今ひとつピンとこない俺だったが、ヴァルへの問いかけは此の件に関しては応えてくれないだろうと言う事は理解出来た。

 “ところでエンマとの再会でヴァルの使命は事足りたのか?”

 その言葉にハッとしたようにヴァルがその歩みを止めて俺を見つめた。

 “なっ! 何を言っているの?”

 “あの時、俺が『覇王気』を纏うことがあるのを知っていたのはマギと――ヴァル! 君だけだ。そのことをエンマには話さなかったのは何故なんだ? まあ、エンマは何となく気が付いていたようだが確信は無いと思っている、そこでヴァルがひと言進言すれば君の任務は終わりなんだろう”

 “―――”

 ヴァルの無言の魔力念波が俺との間で息の詰まる時間を作っていた。


 ヴァルの間合いに合いの手を入れるように俺は走りを止めてその場で軽く体操を始めた。そんな俺をじっと見つめながらヴァルが言葉を選んでいるのが感覚でわかる。

 “ヴァルが俺と出会った時のことを覚えているよ――あの時『何か魔界から大切な使命を貰って来てるだろう?』って聞いたのを覚えているかい、其れがエンマから委ねられた魔界から出てきた理由なんだろう”

 ヴァルが言葉を発する前に俺の方から答えを導いてみた。

 “其れにはノーコメントでいいかしら”

 “まあ、そうだよな――本当に知りたいのは別のことだからこっちはいいよ”

 “――別の事って?”

 大狼だいろうガルムのヴァルから表情を読み取ることが出来るやからがいたらお目に掛かりたい、だが感覚で今のヴァルは相当な緊張感を持っていることが解る。

 俺の知りたいこととは単にエンマ・イラディエルその人が現れた事とヴァルの居ることとの因果関係とあの時に何故なぜ俺の『覇王気』まといの事実を目にしたことがあるにもかかわらず、そのことをエンマに言わなかったのかと言うことだ。特に後者の件は知っておきたかった。

 “なぜ、『覇王気』の事をエンマに言わなかった? ヴァルは俺のオーラが変わった事を一度見たことがあるはずなのにだ”

 “――其れについてはもしかしたら密かにエンマに伝えていたかも知れないわよ、エンマが私に抱きついていたし、機会は有ったのよ”

 “其れについては無かったと俺は思っている――そう言うことが伝わった瞬間のエンマの変化は予想が付く”

 “そう、じゃいいわ――伝えなかった理由? 単に気の迷いかしら?”

 “おいっ!”

 “私にも解らないのよ、ただあの時そう言う気持ちにならなかったって言うことだわ。皆でラリー――あなたをエンマに取られたくないって思っていたし、その気持ちは……その時私もそう思っていたのね、何故か”

 そんな話しをヴァルがしてくる、その続きを俺は待った。

 “ラリーっ――あなたとこうして話しをするのは久しぶりかしら、私にも感情ってものがあるしエンマのことは今も好きだけど、其れと同じようにウギのことも好きなのは確かよ。ラリーのことは結局どちらが幸でどちらが不幸かって言う事になるのだけは嫌だと言う事ね。だから今は言わないと決めたのね、多分”

 そう言うことなら俺も何となく理解出来た。ただ、単に今がまだその潮時では無いと言うことらしい。後はエンマとの繋がりだが……。

 “わかった――理由はどうあれヴァルには借りが出来たのは確かだし、この場で礼を言わせてくれ。ありがとう”

 “礼には及ばないわよ――て言っても無駄ね。其れとエンマが私の前に現れた事を気にしていると思うけど其れも偶然よ、たまたまって言うやつね信じにくいかもしれないけど、エンマからしたらビックリだったはずよあの時私がその場に居たのは”

 ヴァルは俺の疑念を先回りしてそんな風に解をくれた。其れを信じるかどうかは俺次第らしい。

 ヴァルの話しを聞き終えて俺は天を見上げた。雲ひとつ無い青空がその視界に拡がっていた、実に気持ちの良い抜けるような青空だった。そんな俺の仕草を真似てヴァルも空を見上げていた。

 “ところでラリーそろそろ戻る? あんまり遅いと姫子達が心配するわよ、エンマにさらわれたってね”

 ヴァルの意見を聞いて、早々に戻ることにして俺達は城の中へと入っていった。と、そんな俺達を探していたのかメイラーさんが息を切らせながら走ってきた。

「ラリー様、此方でしたか。お部屋に伺ったらお城の外に出て行かれたとの事で探しました」

「メイラーさん、如何いかがされました?」

 息せき切って俺に話しをしてきたメイラーさんに急いで俺を探していた理由を訊ねた。

「あっ、そうでした。聖都テポルトリからの使者の方がお着きです、後でリアーナお嬢様のお部屋にご足労頂けますか」

「えっ、もうですか。お話では数日後と言う事でしたが……解りました、部屋に戻って皆を連れて伺うこととします」

 そう話しを受けると、メイラーさんはそそくさとその場を後にして戻っていた。

「さてと、皆に伝えてくるか」

 そう切り替えしてヴァルと共に部屋に戻っていった。


 部屋に戻ると三人娘達はメイラーさんの訪問を先に受けていたので話しは聞いていたようだった。

 「ラリーっ! 遅かったわ~ねぇ、メイラーさんに会えた?」

 俺が部屋に這入るや否やサギが食いつくように寄ってきてそう言う風に聞いてきた。

「あぁ、さっきお城の入り口で会ったよ、使者がもう来たって言ってたね」

「そうなのよ、思惑より早かったわ。で、今から会いに行くの?」

「うん、皆をつれて伺うって応えておいたから――仕度はもう良いのか?」

 そう言うとサギのほかウギ、マギの方を向いて聞いてみた。彼女等は頷いて俺に答えてきた。

 じゃあ、行こうか。そう言うと俺は皆を引き連れて部屋を後にしてリアーナお嬢様の部屋を目指して歩き始めた。サギを先頭に俺の後に皆が揃ってついてくる。

 サギが俺の横に並んで俺の顔を覗き込みながら聞いてきた。

「ラリー、ねえ――勿論もちろんテポルトリには戻るんでしょ?」

「帰ってこいとの要請なら従うしか無いだろう――其れよりもその理由だな問題は」

「そうね、その部分が大切な事だわ」

 そう言いながら俺もサギも緊張してきていた。そうしてリアーナお嬢様の部屋の前についてその扉をノックした。

「ラリーです、お嬢様」

 扉の前で部屋の中に向かって声を掛ける。間もなく扉が開いて中からメイラーさんが顔を覗かせてきた。

「お待ちしておりましたラリー様、さっ――どうぞ中へ」

 メイラーさんの案内で俺達は部屋の中に導かれていった。

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