無秩序志願者

脳幹 まこと

流言飛語のシピフクス


 あの男は全く、酷い偏執病を持っている。我慢しきれない。

 今日も、満員の電車の中で、突然足をさせ始めた。手なんかも忙しなく小刻みに震わせて、凝視する周りの客や私を尻目に、けらけら笑いながら「無秩序万歳、無作為万歳!!」などと喝采するのだ。

 私はいても立っても居られなくなって、次の駅に着いた途端、あの男を無理やりホームに突き飛ばした。

 だが、その時には、彼は既にの状態だったのだ。目をぱちくり、口をあんぐりさせながら、怯えたようにこちらを見てくる。

 私は一切悪くないはずなのに、他の客はと言うと、そこまでの経緯みたいなものを知らないから、非があるのは、の男なのだと錯覚してしまうのだ。いつの間にか、こちら側が縮こまり、恥を忍ぶようになっている。

 全く、冗談じゃない――あの男、アルベールによってもたらされた誤解は、それだけではないのだ。


 三日前もそうだった。

 あばた顔のアナのところのパン屋へ一緒に向かった時、奴はあろうことか、パンを1セント(1円弱)で買おうとしたのだ。

 苦笑いを浮かべる女店主に、あの男はこう言った――「今日は1セントの日であるべき」だと!!

 当然の如く言い争いになったが、奴の言い分は筋違いもいいところだった。「昨日ならば100ユーロ(約13,000円)で買い取っていた」だの、「秩序などに従っているから、お前の顔は汚らわしいままされている」だのと、暴言は留まることを知らず、挙句の果てに、てんかん発作が起こって、棚にある商品を全部床に倒してしまった。

 その時も、なぜか私まで激怒の対象にさせられたのだ――金を出し渋る奴を見かねて、こっちが全額弁償したというのに。


 私にとって最も不幸なのは、あいつが、私のことを「共依存の対象」だと思い込んでいることだ。あいつは私を求めるが、私もあいつを求めている――そんな空想話に身を委ねている。

 だから、ふらりと現れては、自身のご自慢な屁理屈を延々と話し始め、途中で突拍子もなく奇行をして、周囲に迷惑をかけ、私が尻拭いをすることになる。

 質の悪いことに、大衆からしておおよそ暴力――精神的でも肉体的でも、と呼べる段階になると、傲慢ちきな人格は消え、の姿になるのだ。

 ああ、あの、何も罪を知らない子供のような、純情な顔つきを見れば、誰だって私が悪人だと思うだろう。実際は奴の方が四つも年上なのだが。


 誰か、あいつを秩序の檻に入れてくれないものだろうか。

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