第29話 ある『真実に気づいた者』達の戦い

『えー、君達に告ぐ。既に君達は包囲されている。今すぐこちら側へ投降するなら、今までのことは問わない』


 窓は締め切っているのに容赦なく聞こえる声明はずっと同じフレーズだ。ウンザリした様子でリーダーのクニヒコさんが俺たちに聞いた。


「だそうだ。どうする? ハヤト?」


「もちろん、投降する訳ないだろ。そのためにここまで頑張ってきたのさ。奴らの言うことは当てにならない」


 俺はは自信を持って答えるとクニヒコさんは満足げに頷いた。


「そう、あれは人を操る恐ろしいものだ。外の奴らも操られてああいう行動をしているのに気づいていない。私は医者だから気づけたが周りは騙されている」


 俺もうんうんと頷いた。


「だから、『真実に気づいた』俺たちは次第に居場所が無くなり、SNSで落ち合ってここをアジトにした。廃業したばかりのホテルを見つけたのはタカノリの手柄だな」


「持ち上げるのはよせよ。ここを見つけてすぐにハッキングしてセキュリティ解除して乗っ取っただけさ。インフラは生きているし、食料は一階に併設していたコンビニの商品も生鮮食品を引き上げてただけだったからな。しばらくはなんとかなる」


 タカノリは照れ笑いしながらも得意げに言った。


「しかし、随分と仲間が投降してしまったな。残ったのは何人だ?」


「まだ二十人ほどいるさ」


『繰り返す、君達は既にマイノリティだ。こちら側は日本の人口の九割を既に超えた』


「嘘だ! 厚労省の発表ではまだ七十%だったぞ!」


 俺が窓を開け、反論すると『声』は得意げな口調で再反論してきた。


『ほほう、我々権力の言うことを聞かずに篭ってるのに厚労省の発表は信じるのか? ダブルスタンダードだな』


「うぐっ……」


「よせ、奴らの罠だ。そこで狼狽えるな」


「それに忘れるな。私達は『真実に気づいた者』なのだ。そのプライドを忘れるのではない」


「あ、ああ」


 リーダーのクニヒコさんや仲間達の言葉で俺は我に返る。そう、既存のメディアは信用できない。


『タカノリ、母さんよ!』


 突然、拡声器の声は年配の女性に変わった。その途端、タカノリは驚き、狼狽える。


「か、母さんっ! 何故?!」


『バカなことをしてないでこちらに来なさい。皆が安心できる社会にするには、そこに居ても未来は無いわよ』


「来たな、お約束の母親の説得」


 クニヒコさんは澄ました顔で呟く。ベテラン医者であり、俺たちの中でも最年長なだけあって、学生運動経験者を思わせる落ち着きぶりだ。


「母さんっ! これは俺の問題だ! 俺は絶対にそちらへ行かない!」


『タカノリ、こちらに来れば自由になれるのに……バカな子ね、ううう』


 タカノリの母は拡声器を持ったまま泣き出したので辺りには泣き声が響いた。


「あー、母ちゃん泣かしたー! いけないんだー!」


 小学生達が囃し立て始めた。しかし、囲んでいる連中に小学生が混ざっているのは何でだ?


「僕達は大人に守ってもらわないとならないのに、一部のバカのせいで死んじゃうかもしれないって父ちゃん達が言ってた」


「あーあー、死んだらお前らバカのせいだー」


「バーカバーカ! 悔しければ降りてこーい! そんなんじゃ女にもモテねーぞ」


「そうだぞー! バカはモテなくてドーテーのまんまコドクシするぞー」


 小学生男子は悪口と煽りは幼稚だが、意味を知らない分、容赦なく突き刺さる。彼らは説得に来たのでない。単なる野次馬だ。


「ぐ、ぐはぁっ」


「今度は子供の煽りか、奴らはいろんな手段を持ってるな」


 俺がダメージを受けているそばでクニヒコさんはやはりクールに分析する。俺はクニヒコさんに改めて問いかけた。


「あいつらは人を操って最終的にどうするつもりなんだ?」


「ああ、人類の削減が目的だ。資源に食料、酸素ですら今の人口では枯渇も時間の問題だからだ。それはSNSにも何回も書いた。動画は凍結されたが、それは奴らにとって不都合な真実だからだ」


「恐ろしい、それでチップを植え込んで操ったり、遺伝子を改変して不妊に追い込むのか!!」


 ヨシカズが絶望に満ちた叫びを上げた時、また子ども達の煽りが割り込んできた。


「ドーテーがなんでフニンの心配するんだよー」


「やっぱバカだー」


 本当に小学生なのか? ませ過ぎじゃないか?


「っるせー!! ガキが偉そうに言うんじゃねえ!」


 何か心当たりがあった短気なヨシカズが窓から飛び降りて小学生に突進していった。


「あ! バカ!」


『一人確保! 連れていけ』


 下には予めマットが敷いてある所、こうして勢いで飛び出た奴を保護してやっているつもりのようだ。実験体に死なれては困るのだろう。


「うわあああ! いやだあ! チップなんて埋められたくない!」


 ヨシカズの抵抗も空しく、あっという間に連れ去られてしまった。人類はいよいよ終わりなのか。


『タカノリ、母さんは情けないよ。そんな与太話信じてこの自由と安心感を得られないなんて』


 再びタカノリの母の声だ。どうやら泣き止んだらしい。


「母さんの自由ってなんだよ! そんなの管理された偽物だ!」


「あーら、そうでもないわよ。自由に動けるようになったし、お店もライブも再開したから、東京だけではなく札幌と大阪と福岡へ推しのライブへ行ってきたわよ。ほら、これ限定のサイリウムにうちわ。缶バッジは五十種類コンプリートしたわ」


「ごじゅ……何回ガチャ引いたんだよ! クソババア、 父さんの稼ぎでまた無駄遣いを! 回収してフリマアプリで売り飛ばしてやる!」


 タカノリは激高した。長年彼の母親のジャニオタぶりには悩まされてきたのだ。自信も地下アイドルにお金を注いでいるが、それはそれらしい。って解説どころじゃない。

 周りの制止を振り切り、窓から器用に壁をつたい降りると拡声器を持った母親の元へ突進していった。


「ふふふ、引っかかったわね。まだライブは配信しか行ってないわよ」


 タカノリの母の周りには白衣の男たちが数人待機していてあっという間にタカノリを羽交い締めにしてどこかへ連れ去ってしまった。


「畜生! 離せ!」


「ほほほ、無駄よ。その人達はただの医者じゃなく自衛隊の医務官なの。腕力は一般人より強いわよ」


 遠のいていくタカノリの声に俺たちは動揺していた。


「続けて二人も……。とにかく窓を閉めて声を遮断する。挑発に乗ってはいけない」


 クニヒコさんが窓を閉め始めた瞬間、外の声が衝撃的なことを言い出した。


『さきほどの母親の言う通り経済は再開しつつある。騙されているのは君たちだ。君達のリーダーと名乗る医者のクニヒコ氏は医者ではない。引退した大学講師、しかも工学部だ。医療とは何も関係ない』


「なっ……!! 嘘だ!」


 先程とは別の動揺が仲間内に走り、一斉に視線がクニヒコさんへ集まる。クニヒコさんは動じずに俺たちに問いかける。


「私を疑うのかい?」


『しかも、このやりとりは動画サイトを通して配信されている。配信者はそこのクニヒコ氏と仲間のウツミ氏だ』


 ウツミさんだと?! 確かに最初に陰謀を教えてくれたが間もなく捕まり、あちら側へ連れ去られたと聞いている。


『答えは簡単だよ。デタラメなほど嘘は信じられやすい。そういう動画を作ってセンセーショナルな展開にすれば閲覧数も上がり、金が入る。君たちはいいカモだったわけだ。しかし、だんだんと我々の仲間が増えて閲覧数が落ちた。そこで派手に騒いで最後の一儲けを企んだ訳だ』


 そうして別の白衣の自衛官に両脇を固められたウツミさんが俺たちの前に連れられてきた。


「す、すまない。奴らの命令で配信をしていた」


『嘘は良くないなあ。そこにプロジェクターを用意したから君達の現在はワラワラ動画に生配信されてる。弾幕付きで映し出そう』


 どこからかプロジェクターが用意され、画像が流れてきた。確かに俺たちだ。そしてコメントが容赦なかった。


『まだ陰謀論信じてるのかよwww』

『情弱乙』

『注射針通るマイクロチップなんてまだ作れてねえよ』

『遺伝子改変できるなら、私だって橋本環奈になれるよwww』

『あれだよ、『真実に目覚めた俺、かっくい〜』って大人の厨二病』


 動画のタイトルは「ワクチンの真実を伝える!そのために俺たちは権力と戦う!」

 とある。アカウント名は確かにウツミさんだ。しかし、あちら側に命令されたならばこんなタイトルは付けない。閲覧回数は既に百万を超えていた。


「あれは本物だ。俺のタブレットにも同じ動画に同じコメントが流れている」


 一人が失望したようにタブレットを見てうなだれた。俺たちもバッテリー保護のために電源OFFにしていたスマホなどを立ち上げて観る。確かに同じ動画が流れていた。


『ついでに教えておこう。ウツミ氏はもちろん、クニヒコ氏もワクチン接種済だ。ほら、証拠画像はこれだ』


 プロジェクターの画像が切り替わり、そこには大規模会場でワクチン接種している二人の姿があった。


「俺達は騙されていた……」


 一斉にクニヒコさんを調べると初めて動揺した顔を浮かべ、脂汗をかいて否定してきた。


「ま、待ってくれ。あの写真は作られた偽物だ」


『どうする? 今なら周りも賞賛してくれるぞ。黒歴史は多少いじられるかもしれないが、それもすぐに忘れられる。それにワクチンパスポートが無いとどこにも入れない。君たち一生そこに籠って童貞のままになるのか?』


 なんで籠っているのが全員男性とはいえ、童貞を何度も言うのだ。手元の動画には俺達を嘲笑するコメントが流れていた。


「……仕方ない。俺は投降する。同調圧力に屈するがクニヒコさんが言う解毒剤飲めばなんとかなる」


 しかし、画面には俺達の言動を予測するようなコメントが流れていた。


『きっと同調圧力に屈するが反ワクチン活動つづけるって言ってるぜwww』

『解毒剤や遺伝子傷つく前のDNAがあれば元に戻れるとか言って髪の毛集めたりなwww』

『そんな技術あればクローン量産出来るよなwww』


 何が本当なのかわからないうちに、ドアが突如開いた。


 先程の医務官と警官達が現れた。


「たった今、ワクチン接種特措法が成立及び即日施行された。未接種者のお前達を連行する」


 俺達はなすすべもなく次々と連行されていく。クニヒコ氏は警官に連れられた。デマを流した罪に問われるのだろう。


 医務官達が俺達を連行させながらボヤく。


「ったく、間もなく第六波が来る予測なのに。お前ら未接種者が罹患して撒き散らすケースが多発してんだよ」


「ゴミ動画より公式発表の言うこと聞けってんだ」


「しかし、今の総理は有能だな。接種を任意から一部除いて義務化したからな」


「ああ、反ワクチンは理由にならないから医療施設へ強制収容も特措法で可能にしたし、スピード可決に施行も『公衆衛生に悠長にしていられない』とのことだ」


「しかし、お前ら不妊のデマ信じるなら、新型コロナウィルス感染の方が不妊リスクあるぞ。四十度近い高熱が十日は続くのだ。早い話、男の場合は種無しになるリスクが高い。気づかなかったのか?」


 あっ、そうか。

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