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 十二月の格別に寒い日だった。彼は取得した有給休暇の一日を利用して、下北沢の一角の、濃い茶色の塗料を塗りたくられた色彩ののっぺりとした壁のアパートの前に立っていた。

 薬師に来訪を伝えることはなかった。鍵は開いていた。以前と同じように、常に散乱しているごみ袋をまたいで行くと、薬師の部屋には玄関から五歩と進まない突き当りに腰ほどの高さの鏡が置いてある。その左にバスルームがあり、右に行くと、右側にはキッチンを備え寝室も兼用しているリビングが見え、左にはやや手狭な、雑多な物置となっている部屋があった。複数のパイドロイドは後者の押入れの中に行儀よく収まっているはずだった。薬師の姿がどうにも見当たらない。コンビニにでも出ているのだろうか?

 ゴミ袋以外にも、テレビのリモコン、カップ麺の容器や総菜のパック、おにぎりや菓子類を包んでいたビニールの袋、薄い布団、タブレット、縛られた雑誌とビニール紐、ワイシャツ、ビールの缶と酒瓶、ガムテープにダクトテープ、段ボール、ペーパーナイフ、その他種々物が散乱している中、要綱を遮るカーテンが室内灯の弱い光を反射して薄緑色の膜が張った暗い部屋の隅に、両手脚を縛られた人形が転がっていた。その髪型も衣服も彼がこれまで見た人形とは違っていたので、彼は以前あの男が言外に新しい人形を購入した旨を話していたのを思い出した。見ればその新しいパイドロイドの横にももう一つ裸体の人形があって、こちらは彼が何度も目にしたものであった。

 彼は床に散らばるゴミを一つは跨ぎ、ひとつは踏みつけて、床にうちすてられたようになっている人形の方へ向かい、その前にしゃがみこんだ。

 人形は触れることなくその熱を感じ取れるほど高い体温を保っていた。目隠しをされ、口を閉じ床の上に転がされている様は非人間的な調子さえあるが、内部を循環する熱液のおかげだった。履いていた短いデニム地のパンツの背中側の端を掴んで持ち上げ、腰を浮かせ膝立ちにさせると、そのままパンツと分厚い黒のストッキングとを膝までずり下ろして、下着も同様にした。生白い肌がむき出しになり、内腿には陰が落ちて、菊座は、黒ずんだ桃の外皮の色を覗かせていた。

 一つのひらめきが与えられていた。一個の快楽主義者であった林がかくも魅了された少女性愛というものを、俄然体験せずにはいられないと思ったのだ。そして彼は都合の良いことにパイドロイドの販売員であり、あの薬師の住まいにはすでに複数の人形が安置されているはずだった。だから……しかし、何故?

 何故……何故……何故……問おうとした問いは、気付く間もないままに溶けて消え、彼が人形を床に押さえつけ圧し掛かりながら人間の熱の中で射精するまで、彼の記憶のほとんどは靄の彼方にあった。ただ、射精の後十分に中に残った精液を出し尽くしたと判断して、奥までねじ込んでいた陰茎を引き抜いたところで、乾いた音が一発響いて、人形はざくろのように頭蓋骨の破片と髄液と脳髄の一部を床に散らして死んだ。

 見れば、薬師が、抜けた腰で何とか立ちながら、人形に薄煙を吐く銃口を向けて固まっているところだった。

 なにやってんのよお。

 消え入りそうな情けない声で薬師は言った。人形の下、床の上に敷かれていたブルーシートに、黒々とした水たまりができているのを見た。

 ブルーシートで遺体を包んでからバッグに詰め込み、薬師がそれを背負って一階の駐車場まで歩き、バンの後部座席に乗せた。薬師は八人乗りの大型のバンを所有していた。彼は助手席に乗った。遺体を埋めに行くのは奥多摩の山間地で、車に積んであるスコップで穴を掘り、埋めることになった。

 なにやってるの、ほんとにさあ。生でしたの? 一応ゴム新調しとこうと思ったのにさあ。勝手にやっちゃってさあ。

 気付けば車はどこともつかない静かな住宅街にいた。比較的狭い路地に停めていたが、表を通る子供たちの楽しげな声が伝わってきた。地域の小学校の下校時刻が来たようであった。薬師は気絶させた女児を車に連れてきて、後部座席で犯した。彼は薬師が外に出ている間も、捕まえてきた女児を犯し又殺す間にも、助手席に一人座してただ呆然と震えていた。何をすることもできなかった。警察に通報することも、車を降りることも、両腕を縛られたままの遺体の縄を解くことも、遺体を犯すことも、薬師の強姦に加わることも、何一つできなかった。ただ罪におののくだけで、彼には何一つ、できなかった。

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What for pleasure 金村亜久里/Charles Auson @charlie_tm

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