第40話「プレゼント」

「ル、ルーシア……」

「る、ルーシアさん」


 急きょ目の前に姿を現したのはあのルーシアだった。俺のかつての恋人であり、そして今起こっているすべての出来事の根源である女。

 稀代の悪女。

 よくもまあ目の前に姿を現したものだ。


「ずいぶん情けない姿になったものね、ゴーガ様」

 本当に憐れむような眼で俺を見るルーシア。ルーシアは相変わらず、かろうじて陰部や乳房が隠れるようなきわどい格好で、うすい布一枚で身体を覆っている。


「てめぇ、よくも俺の前に姿を見せられたもんだな、お前だけは殺すぞ」

 俺はもう反射で言葉を発していた。言いたいことは腐るほどあったが、まず出てきた思いは殺意だった。

 もし身体が万全であるなら、魔法力が使えるのであれば、俺は見た瞬間にこのくそ女に炎の剣ノーネームを突き刺していただろう。


「強がるのはいいけど、今のあなたにいったい何ができるのかしら。身の回りの女たちにすがって生きていくしかできない情けない男なのに……」

聞いたことのないようなトーンで、ルーシアは俺をあおる。感じたことないほどの屈辱を俺は感じていた。

 だが、ルーシアの言う通り、俺にはどうすることもできなかった。下半身を失い、魔力さえ使えない。

 何もできないことがこんなに屈辱であるとは考えもしなかった。

 悔しさが心を支配し、ルーシアのあおりに対して何らの言葉も口から出てこない。

 代わりに口を開いたのはピアニッシモであった。


「な、なぜあなたがここにいるのですか?」

 そうか、ピアニッシモはそういえばルーシアのことをよく知らない。入れ替わりの元凶がルーシアであったということは話していないのだ。ピアニッシモにとってルーシアはただのサキュバスであり、彼女の中でルーシアはリゾート地にいるはずだった。


「ピアノちゃんお久しぶり、いまのゴーガ様の恋人なのかしら?どうゴーガはしつこくない、それともクールよりはさっぱりしてるかしら」


「そんなことはどうでもいいんです、あなたなんなんですか。なんでこんななんだかわからないところで、急に出てくるんですか。っていうかどこにいたの?」

ピアニッシモは口調がめちゃくちゃになっている。

何も知らないながら、ルーシアが何かであるということは勘づいてるようだ。興奮がおさまらないようだ。


「かわいいわねぇ。私はずっとここにいたわよ。あなたたちがこの島で右往左往してゴーガの世話をしていたとこもずっと見守っていたわ」


そう言いながらゆっくりとルーシアは俺に近づいてくる。

「見守っていたって、近くにいたなら、なぜルーシアさんもゴーガ様を助けてくれなかったんですか?」

「ふふふ……」

「ピアニッシモ、お前には話していなかったが、ルーシアは別に俺の味方でも何でもない。むしろ最大の敵だ!俺はこいつを探すために……、こっちから探す手間が省けたぜ」

 ルーシアは俺の目の前まで来た。

 当然、全身が地面に這いつくばってしまってる俺のことをルーシアは見下ろす感じになるこんなに屈辱的なことがあるか。

 もし屈辱ゲージがあるなら、とっくに振り切って、壊れて屈辱があふれてしまっているだろう。

 俺はルーシアの顔をしたからしっかりと睨みつける。

 せめて、目でこいつを殺したい。

「そんな怖い顔しないでよ……、あんなに愛し合った仲じゃない」

「よくもそんなセリフが出てくるな、偽りの愛だったんだろう。偽の俺までたぶらかしたお前がよく愛などと言えるな!」

 すると膝をかがめてルーシアは顔の位置を俺と同じところまで持ってきた。

 目の前にある憎き女の顔。ルーシアは笑顔で言った。

「私には偽りの愛なんてないわ、常に本気だもの。そして私は常にあなたを愛してるわ。その証拠に、この3年間あなたを守ってあげたじゃない」

 3年間守っただと?何を言ってる。


「この島は外部からは遮断されてるわ、私がそうしたの。ピアニッシモちゃんたちが移動するときだけ、接点を持つようにしたけどね。そんな暗に入江の洞窟にいて3年間も見つからないわけないじゃない。いま世界中があなたを探してるんだから」


「ルーシアさんいったい何を?」

 ピアニッシモが口をはさむのも無理はない。荒唐無稽な話ではある、だがしかし、俺はルーシアが冗談で言ってるのでないことを知っている、こいつは何でもありなのだ。

「ピアノちゃんも頑張ってくれたけど、私になりのせめてもの罪滅ぼしよ。うーん違うかなあ、少しバランス悪くなっちゃったから、今はゴーガの味方ってかんじかしら、何をどう間違ったらゴーガの力で半身を失ったりするのよもう。まあでもそこが可愛んだけど」

うーんとうなりながら、ほんとうに困るようなしぐさをルーシアはする。

しかし、俺にはルーシアが何を言ってるかわからなかった。


「……お前はいったい何がしたいんだ、俺を守ったとか?お前は俺の敵だ。何があったって許すことはない」

 しかし口でそう言いながらも俺は少し落ち着いてきた。

 激情していつも失敗してる、今は考えろ。

 どうやっても今のおれはルーシアに勝てない。ならば少しでも情報を仕入れなければいけない。


「ゴーガ、私はね、ただ楽しみたいだけなのよ。前も言わなかったかしら?女の子はねただ楽しみたい生き物なのよ」


「楽しみたいだと!」


「そう、そして私はあなたのここからの復讐劇を楽しみにしてるのだけどあまりにも不利じゃない、いまのあなた」


言わせておけば何を偉そうにと思うが、黙って聞く。


「その点ハイネケンは優秀よ……。いま、この世界のほとんどはハイネケンの手にあるといっていいわ。彼はこの3年で確実に地盤を固めたわ、もはや残る敵はあなただけなのよ。でももうあなたは敵ですらないのかもしれないわ、今のあなたならばいないのと同じですもの」

 ハイネケンが優秀?

「ふざけるな!この体だって、世界を支配するくらいはわけない話だ。だまっていれば好きかって言いやがって」

 結局俺は黙って聞いてることはできなかった。

 しかも俺はなぜハイネケンに怒気を向けたのか、敵対すべきはルーシアそれはわかってるのに、なぜか近くで話していると、そんな気がどんどん薄れていく。

 これもルーシアのテンプテーションの一つか。


「いいわねそのすぐむきになるところ、そういうところが好きよ」


 この女はいったい何をいうのか。いまさら好きも嫌いもねぇ。


「……だから、ゴーガあなたにプレゼントをあげる。現状を変えることのできるとっておきのプレゼントよ、じゃあまた生きてたら会いましょう」


 そういうと、ルーシアはその辺の何もない空間を指さして、すっと指で線を引くように指を下ろした。


 その瞬間空間には亀裂が入ったかのようになり、そこからまばゆい閃光があふれ出てきて、俺の目の前を真っ白に覆った。


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勇者と魔王が突然入れ替わったら、やっぱり色々面倒くさい。 ハイロック @hirock47

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