第三話 非日常の予感

 夕暮れ時、二人の高校生が下校中である。

 一人は気だるそうな歩き方で、猫背な黒髪の少年。もう一人はピンと姿勢を伸ばし、凛とした雰囲気で歩く金髪の少女。


「うーーん……どういう事なんだろうね?」

 エレナが首を傾げて難しそうな顔をする。


「さあな、娘が分からないんじゃ俺だってわかんないよ」

 どこか冷めたような口調の風雅。


 彼らの話の内容はというと、もちろん昨日の学園長の話だ。どうやら、エレナも父親から電話で風雅との結婚を勧められたらしい。


 ――――――――

「私がなんと言った所で、風雅が了承するはずないでしょ」


「お前まで同じことを言うんだな……まあ、なんだ。エレナは別にそれでもいいんだろう? 俺にはわかるぞ」


「べっ、べつにそんなこと言ってないんだけど!」


「そうかい……だけどなエレナ、お前自身の体はもうお前だけのものでは無いんだよ」


「ん? 何それ。どういう事……?」


「まあ、明日にはわかるさ。じゃあな」


 プツッ……ツーツーツーツー


 ――――――――


「私も言われたのよねー、お前の体がどうとかって……父さんの話じゃ、今日には分かるはずなんだけど」


「うーん、かと言って今のところ何も無いしな?」

 今日一日のことを思い返した所で、特にこれといったものは無い。


(いつものように屋上で空眺めてただけだし……)


「あっ、そういえば! 今日はどんな夢見たの?」

 いくら考えたところでも答えは出ない、と諦めたのだろう。エレナが話題を変える。


「空を飛ぶ夢だよ……そんで宇宙にまで行く夢」

 風雅の目はどこか遠くを見据えていた。ただ、その目にはぼんやりとした像しか映らない。


「ふーーん、空を飛ぶ夢ねーー」

 いつもと様子が違う幼馴染の表情をじっと見つめる。彼女の茶色い瞳は彼をしっかりと捉えていた。


「そういうエレナはどんな夢だったんだ?」


「えっとね……いい夢だったよ。いつもの幸せな日常の夢」

 夕陽に照らされたその頬は、綺麗に赤く染まる。


「幸せな日常ねぇ……」

 風雅は突然かがむと、目線をエレナに合わせた。


「なにっっ?!」

 ぐっと近寄ってきた風雅の顔。これには流石のエレナもたじろぐ。


「いや……こうすればお前と同じ風に世界が見えるかなって。やっぱり俺には見えないや」


「なに訳わからないこと言ってるの? 風雅おかしくなっちゃった?!」

 いつも真面まともな風雅の奇行に、ここぞとばかりにからかってくる。


「そうかもな。おかしくなったのかも」


「えっ……ほんとに変になっちゃったの?」


「な訳ねーだろ」

 本気で心配して顔を覗き込むエレナを軽くこずいた。


「……心配して損した」

 いつものようにむっと頬を膨らませる。


 特に何も無い、それでいて幸せな日常を過ごす彼ら。

 そんな彼らに、一つのよく通る声が掛けられた。


「すみません。ひとつお伺いしてもよろしいですか?」

 声の主は、スーツ姿の女性。腰ほどまでに伸ばした黒髪と大きな黒縁眼鏡が印象的だ。


「何でしょう?」

 風雅が一歩前に出て応じる。


「あなた達が片桐風雅くんと世瀬良木エレナさん?」


(この人、俺たちを知っているのか)

 エレナと軽く目配せをして答える。

「そうですが、何か?」


「あら、それなら良かった……明晰夢めいせきむ、そう聞いて思い当たるものがありますね?」


 その言葉を聞いた二人の心臓が高鳴る。

 明晰夢――彼らが毎日のように見る夢だ。


(何故だ。なんでこの人は俺たちが明晰夢を知っていると思っている)


(どうして。私たちの夢の話は私たちだけしか知らないはずなのに)


「その明晰夢とかいうのがどうかしたんですか?」

 不信感を抱いた風雅は質問に質問で返した。


 だが、この質問を答えと受け取ったのだろう。


「心当たりがあるんですね? 知っているのですね! ああ、この時をどれほど待ち望んだことか!」

 女はやけに興奮した様子で喋り出した。


「貴方いったい何者だ……」

 これには風雅も、抱いていた不信感を露わにする。

「おっと……失礼しました」

 そう言うと、女は懐から一枚のカードを取り出し、風雅に渡した。


「………これは!」

 それは一枚の名刺。そこには、その女の肩書きが書いてあった。

 ――――――――――――――――


 IEMC研究専門科 《日本支部局長》

 神崎かんざき 菖蒲あやめ


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「今日はあなた達二人に用があって来ました……ここではない世界――異世界に行ってみませんか?」

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大人の事情で異世界転生 〜せっかく来たんだし異世界最強目指す〜 きしりトール @KISIRI

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