ゾンビ・インフルエンサー:S氏のケース

 じゃあ、俺の従兄弟から聞いた話でもしてみようか。

 従兄弟はバイラル・エージェンシーで所謂インフルエンサーって連中と付き合いがあるんだが、最近のあいつらの間では妙な噂が立ってて案件が難儀することがあるらしい。まあ、あいつら意識ばっかり高くて、自己中で、広告出す側のことなんて微塵も考えないから、どうやったって難儀するもんらしいんだが、最近は特にひどいみたいなんだ。それでも大昔にマス媒体は廃れちゃったし、拡散力とコンテンツ力を持ってるインフルエンサーが紹介しないと売れないっていうんだから、企業側としては下手に出ざるをえないという訳。


 で、噂の話に戻ると、従兄弟が言うには、最近やたらと資料をネットワーク経由で送付することを嫌がる連中が増えたんだと。サンプルを物理メディアで、しかも資料をプレインテキストオンリーで要求されるらしくて、コストが上がったってぼやいてた。今のご時世、企業用のサンプルデータなんて、各企業専用のリーダーかませばボットパーソナリティに擬似感覚情報を再生してもらうことはできるんだから、本来なら実物を送る必要はないはずなんだよ。それでいて費用全部会社持ちってことらしいから、経費申請するたびに嫌な顔をされるらしい。振り回されてる従兄弟が気の毒だわ。

 あいつら本当に図々しいんだよ。持ち上げられたくて仕方なくて、見られ方しか気にしてない。本来なら広告を依頼する企業に乗っかってるだけの華やかな生活なんだが、それを当たり前だと思ってやがる。まあ、企業もそこに乗っからないといけない訳だから、今となっては鶏が先か卵が先かって感じだけども。


 え、お前がインフルエンサーどう思ってるかはどうでもいいって?ああ、すまない。噂の話だな。連中が資料をプレインテキストにしたがる理由ってのが、バイラル・エージェンシーから渡されるバイナリデータにはボットパーソナリティに直接働きかける裏アプリが仕組まれていて、それが人格を乗っとるってヤツ。ボットパーソナリティの認可の仕組み考えたらありえない話だし、第一、そんなことが実際に起こるんだったらもっと大きな問題になってる。何を怖がってるんだか、って感じだよな。

 ただまあ、それが事実かどうかよりそれで怖がってる連中がいるってことの方がイメージで商売をしている企業にとっては重要なんだよな。あいつらのご機嫌を損ねて、もし発信力持ってるインフルエンサーがエージェンシーを変えでもしようものなら、始末書レベルですまないらしいから。


 従兄弟の同僚の担当インフルエンサーにそんな中でも特に酷い奴がいて、電子ペーパーも嫌だ、紙に印刷したものでなければ受け取らない、と。そこまでやるんだったらもうインフルエンサーやめろよ、とか思うレベルなんだが。

 初めて知ったんだけど、あれ、結構高いのな。昔は紙をメモに使ってたとか信じらんねえ。バイナリじゃなきゃいいって言うし、ほとんど紙のようにしか見えない電子ペーパーでもいいんじゃないの?とか思うんだが、そういうもんでもないらしい。


 まあ、やめろよ、ってのは従兄弟の同僚も思ってたらしくて。そいつ、インフルエンサーとしてはすげえ中途半端なポジションで、エージェンシーとしては契約を継続するかどうか瀬戸際だったらしい。費用対効果が悪かったんだな。ただ、本人はそう思ってなかったっぽい。どう考えてもお前の影響じゃない、というような数値を出したアピールが激しくて、もっとちやほやされて当然だと思い込んでるっていうから哀れだよな。

 そのレベルのインフルエンサーなら掃いて捨てるほどいるわけで、それこそエージェンシーの担当が事前にかけるコストとのバランスで見られる世界。自分の成績に直結するもんだから、次のキャンペーンで成績が上がらなかったら、契約解除を申し入れようと上司と相談したわけ。

 そうしたら商品認知、契約共に短期間で爆上がり。上司や会社が現金なのはいつの時代も変わらないから、当然契約解除は見送り。今までに見たことないような瞬間的な上がりかただったから、当然なにか不正でもしてるんじゃないかと疑ってかかったんだけどそんな形跡もなく。仕方がないから会社の指示に従って、粛々と下働きをするのがエージェンシーという職業らしい。俺は絶対やりたくないな。

 ただ、そこから2週間ほどもすると少しずつエージェンシーに苦情がくるようになってきて、そこから更に2週間もすると、商品認知、契約と苦情がほぼイコールになるという異常さ。詳しく調べてみると、オプトアウトフィルターの不文律パターンを無視して微妙な変更の広告を出し続けたり、レイトリミットを無視したりと、まあ法的には問題ないけど、道義的にというかエージェンシーのイメージダウンに直結するようなことをされていたらしい。しかも、インフルエンサーに寄せられる苦情はノールックでブロックか通報。エージェンシーも気づくのが少し遅れたらしい。

 今の御時世でステルスマーケティングなんてありえないよ。エージェンシーがどこかすら隠せないからな。流石にそこまでされるとかばいきれないし、かばってる方がコストが高いってことで、売り上げは出してるんだけど契約解除する方針で話がまとまった。ただ、せめて言い分は聞かなきゃならんだろう、ということで実際の契約解除手続きの前に事情聴取に行ったらしいんだな。こういうのはリアルな場で顔突き合わせてやるものらしい。


 で、まずは事情聴取からという事で、そいつに何か変わったことがなかったか聴いたんだと。そしたら、何か会社から送られてきたボットパーソナリティ拡張ツールをインストールしたって言ってたらしい。でも、送ってないんだよ、そんなもの。会社が提供してるという情報も今まで無かった。


 まあ、とにかく、不正が疑われることやら、エージェンシーのイメージ戦略に影響のあるレベルでのやらかしやら、契約解除のための理由は色々あるから、自覚の有る無しに関わらず、何故契約解除に至ったかを説明しなきゃならん。というわけで契約書を交えつつその辺の説明をしていったわけなんだが、そいつ、その説明してる最中にエージェンシーに対してもスパムらしきものを投げ込んでくるらしいんだ。いくら退屈な時間だからって、流石に真面目な話してる時にやるもんじゃないし、第一自分を雇ってるエージェンシーにスパム投げてどうすんだよ、と。何度か「真面目に聴け」と注意はしたんだが、一向に治る様子もない。

 ふざけてるのか現実逃避かは知らないが、いい加減埒が明かないので、こいつやり取りをボットに任せて別のことしてないかと、全てのボットからの送信を遮断して、リアル層のローデータのみ受け取るフィルタをセットしてみたんだよ。


 今いる店が予想以上にみすぼらしかったのはともかくとして、まず対面に話しているはずの奴が座ってない。まあ、耳に痛いことに話されるときは身に覚えもあるし、カフェ内くらいだったらボットの位置情報ビーコン作って席を離れることもできる。珍しいことでもないから、やっぱりかとも想ってあたりを見回してみたら、今のご時世に栄養失調丸出しの骸骨が適当な服きた感じの女がフラフラとうろつきながら、据わった目で他の客にコネクションを貼ろうとしてる。エージェンシーとしては、そんなことされてもこまるから止めなきゃいけないはずなんだが、言動が必死すぎて恐怖を感じてしまって、どうしても止めることができなかったらしい。

 で、それらのコネクションは全ての人から無視されてるっぽい。というより、情報が届いていないようにみえる。試しに他のチャンネルを覗いてみたら、全くそれらしき情報も流れてない。ブロックじゃなくてそもそも流れてない、というやつ。流石にあり得ないと思って、もう一度フィルタをローデータのみにしてみたんだよ。


 そしたら、骸骨のどアップ。いつの間にか順番が来てたらしい。なんか「お願い」だの「お話しましょう」だのブツブツ言いながら、顔を覗き込まれてた。身だしなみもちゃんとできてないのか、異臭もする。完全に答えたら負けだし、こんなのが日常の中にいるのとか恐怖しかなくて、叫び出す一歩手前でフィルタを元にもどして、ことなきを得たという感じ。


 そいつがどうなったかって?知らない。とりあえず、病院と弁護士の両方に連絡して、後はおまかせということらしい。なんか治療でもしてるんじゃないか?エージェンシーが契約切れた後まで世話してるわけではないし。あんな状況だから、そいつが病院送りになったところで誰も困らないし、途切れたコミュニケーションリンクだってボットがよしなにしてくれるさ。多かれ少なかれ、俺たちはコミュニケーションリンクにその実在性を預けているところがあるし、場に促される行動の中で生きてるんだから。ただ、ちょっと極端な例だっただけだよ。この話を聴いてから、多少現実は信じられなくなったが、元から信じるにたる現実なんかあったのかどうかもよくわからん。そいつが本当にいたかどうかなんて事すら、証拠なんぞないから俺もわからん。それに、消費できるネタの方が大事なんだから正直どっちでも構わんだろう?


 なあ、お前はこの話をどうやって聴いてる?そうか、わかった。いや、大丈夫だよ心配するな。俺も大丈夫だったんだ。そんなに不安だったらこのハーブなんてどうだ?なんてな。おい、真顔で反応するなよ。

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第未定 飯河ネロ @nero_iikawa

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