エピローグ~その後のワタシ~

 ここはS市。ワタシの住んでる元の世界。

 いや、もう元とか言わなくてもいいのか。週末ごとに通っていたあの町に行かない休日というのが、なんだかまだ落ち着かない。

 あれから2ヶ月ほど経った。町は年末年始の騒がしい季節が過ぎ、バレンタインが到来する。小説ばかり書いていないで、そろそろ職場の義理チョコも用意しないとね。公務員だから虚礼廃止と言われて久しいが、まあ、いろいろしがらみあるから。

  あれから、ケイさんとはメル友状態で会っていないけど、ライブの関係者パスや招待券が届くようになった。

 ありがと、ケイさんはワタシをこちらの世界で友人と認定してくれたんだね。1ファンに過ぎなかったワタシにとっては、それだけでも嬉しい。浅葱で書いていた曲も少しずつ発表すると言ってた。

 それにしても、浅葱町って何だったんだろうな。なんだか長い夢を見ていたような気がする。

 で も、みっちゃんからのイラストと皆からの寄せ書きを飾り、タカヒト君からもらった泡だて器(プロ用のためか意外と使いやすい)、サトシさんが映っ た映画のDVD、浅葱さん達の本。ワタシが沢山買い込んだ浅葱町での小説。それに縁側に目をやると庭先には悪戦苦闘しつつ、敬一郎さんに教わりながら育っているブランドアサツキ「あさきゆめみし」(収穫までネコ除け網が欠かせない)。そして、浅葱町の生き証人もとい生き証猫しょうびょうとでも呼ぶのだろうか、タマがアサツキ三人娘からもらった首輪の鈴を鳴らしながらのんびりくつろいでいる。

 これらを眺めていると、確かにあの街は異世界とはいえ、存在していた。幻ではない。

「ニャ~!」

 突然、タマが縁側から道路に飛び出し、角を曲がっていった。

 タマ、そこは車道だから車に気をつけて…!!

 と、声をかける間もなく何かぶつかる音と、急ブレーキの音が塀の向こうから聞こえてきた。この音は!まさか、車にはねられた?!慌ててワタシはつっかけを履き、表へ駆け出した。

 いやあ!タマ、死んじゃいやだ!早く、角を曲がらないと!

 と、その時。角から声が聞こえてきた。

「いきなり何投げてんだ!フロントガラスが汚れたじゃないか!」

「動物なら止まらずに轢こうとしたお前が悪いんだろ!見ろ、怯えてるじゃないか。このネコはオレの大事な友人のネコなんだよ!命よりガラスを気にするのかよ!」

 え?この声は?

「…チッ!まあいい見逃してやる!」

 ドライバーの方が分が悪いと悟ったらしく、エンジンの音がして車の音が遠のいていく。

「危なかったなアッキー。いきなり飛び出たら危ないだろう?オレがシュークリームを投げなかったら、あのドライバーはお前をはねてたぞ。いやあ、なめらかカスタードのビッグシュークリームだからよく飛び散って汚れたな、あの車。しかし、汚れをロクに落とさないで走って事故らないかね。」

「ニャウ…」

 この声はココにはいないはずの声、まさか?

「ん?ああ、このアサツキの香りに反応しちゃったのか。そりゃ悪いことしたな、アッキー。やっぱ浅葱猫はアサツキに敏感だなあ。」

「ニャ~…」

 アサツキ?浅葱猫?やはりそうだ、こんなこと知っていて、お菓子を持ち歩く人は彼しかいない。いやその前にタマは無事なのか?ワタシは急いで角を曲がった。そこにはアサツキとケーキの箱を抱えたよく知った顔があった。

「…タカヒト君?」

「やあ、たっちゃん、また会えたね。アッキーは助けたからな。とっさにシュークリームをフロントガラスに投げて視界を遮ってやった。そうすりゃ大抵は慌ててブレーキかけるからね。」

「いや、アッキーではなく、タマなんだが。ってそれよりもタマ、無事で良かった。もう車道に飛び出すんじゃないぞ。」

「ニャー」

 ワタシに勢いよく飛びついてくるところ、タマはびっくりしただけで怪我はなさそうだ。良かった、本当に良かった。

「良かった、役に立てて。」

 タマが落ち着いてから、改めてタカヒト君に向き直した。

「タカヒト君、どうやってココに来たの?浅葱邸は取り壊されて、こちらとは行き来できなくなったはず…。」

「オレもよくわかんないんだよ。ただ、たっちゃんやアッキーに会いたいなと思って取り壊された跡を歩いてたら、景色が変わってここに着てた。だから、こちらが異世界なんだなって思って散策してたら、轢かれそうになってたアッキーが居たんだ。」

 景色が変わった?旧浅葱邸に替わって何かが“通路”になったのだろうか?それとも屋敷ではなく、あの場所そのものが通路だったのか?そもそも、その異世界に近い気質の人しか行き来できないと思ったのだが、異世界の事を強く思う気持ちが通路を開いたのか…。

 難しい顔して考えていたワタシに、タカヒト君は屈託のない笑顔で続けた。

「まあ、どこが通路なんだか何で来れたんだか、どうでもいいや。たっちゃんに会えたし、伝えたかったことあるんだ。」

 何?タカヒト君?ワタシに何が伝えたかったの?不思議に思っていると彼は手にしていた箱をにこやかに掲げて言った。

「新作の“キムチ納豆ロール”試食してくれない?やっぱ、ちゃんと試食してくれる人は他にいないんだよ。もう一つの松前漬けシュークリームは今、投げちゃったから。」

 げえっ!!こ、こちらの世界でも、あのゲテモノ試食を続ける羽目になるのか。そう考えるとワタシの目の前が暗くなっていった。そんな二人をタマは見つめながら、面白そうにウインクして鳴くのであった。

「ニャ~」


 ~Fin~

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こちらS県浅葱町。一応、異世界。 達見ゆう @tatsumi-12

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