喫茶リリィで癒しの時間を。

ショートストーリー：フォトジェニックスポット

「なんか、おかしいんだよねぇ」と、溝口さんが困った様子でつぶやいた。

　いつもニコニコ笑っているから、こういうことは珍しい。

　何かあったのかと心配になる。

「どうしたんすか？」

「最近ね、よくお客さんに写真を撮られるようになったんだよね。僕単体だったり、お客さんと一緒に撮ることもあったり。どうしてなんだろう？」

「たしかに、商店街のお店の人と記念写真ってあまりとらないですよねえ」

　それに、溝口さんのお店はごく普通のたい焼き屋だ。

　たい焼きの中身はあんことカスタード、チョコなどがあって、俺はチョコ味が一番すき。ちなみに大判焼きも売られているけど、たい焼きと形が違うだけで味は一緒だ。

　溝口さん自身も普通のおじちゃんだし、失礼な言い方だけど、写真を撮りたいと思う要素が見つからない。芸能人のようなイケメンや、さゆりさんのような美女だったらまだわかるけど。

「ヒロシのことをお地蔵さんと勘違いしてるんじゃねーか？」

　鈴木のおっさんが冗談半分に言う。

「いや、でも意外にそれあるかもしれないですよ。よく聞くじゃないですか、どこかの木とか、井戸とかを写真にとって待ち受けにするとご利益があるって」

　石川さんはおっさんの冗談を本気に受け止め、持論を展開している。

「もしそうだとしたら、ネットで噂になっていたり、ＳＮＳに写真をのっけてる人もいるかもしれないですよ」

「ああ、たしかに、お客さんに“ネットに挙げてもいい”ってよく聞かれるよお」

「じゃあ、俺ちょっと調べてみますね」

　俺はさゆりさんに一応許可を取ってから、休憩室からスマホを取りにいった。検索エンジンに、商店街の名前と、御利益、等のキーワードを入力する。いろんな言葉を組み合わせて検索していくうちに……

「うわ、マジだ。溝口さんの写真ネットにアップされてますよ！」

……溝口さんの写真がたくさんヒットした。

　写真をあげているアカウントのページに行くと、こう書かれていた。

【噂の生けるお地蔵さんと記念撮影できました！　御利益あるといいなあ】

【お地蔵さんの写真を待ち受けにしたら、彼氏ができました】

【お地蔵さんと２ショット写真撮ってから、ガチャ運が上がった】

　本当なのかよくわからないけど、溝口さんの写真は相当なご利益があるらしい。

　なかには、御利益とは別のことも書かれている。

【ホント、ＳＮＳ映えする写真だわあ】

　溝口さんの写真は、なぜかＳＮＳ映えすると評判になっているようだ。そういう場所のことをフォトジェニックスポットというらしい。この前テレビで特集されていた。人にもその言葉が当てはまるかは謎だけど。

「溝口さん、このあと溝口さんの店の前で写真とってもいいっすか？」

「もちろんいいけど、本当に僕の写真にご利益があるのかなあ……」

「ワシら毎日一緒におるけど、べつにいいことなんてなんもないぞ」

「かといって、悪いことも特にないので……ヒロシくんと一緒にいることが厄除けになっているのかもしれません」

　鈴木のおっさんは信じていない様子だ。

　一方で石川さんは、本当にご利益があるのかもと思い始めているようだった。

　この件についてまだ発言をしていないさゆりさんは、

「本当のところはよくわかりませんが、この人気に便乗して、溝口さんのグッズを作るといいかもしれませんよ」

　と、なぜか金儲けの話を始めた。

「いや、売れないと思うんで、やめたほうがいいですって」

「わからんぞ、一攫千金になるかもしれん」

「ですよね！　商店街がより活気に溢れるようになるかもしれません！」

　ノリノリになって、溝口さんのグッズ化について話す鈴木のおっさんとさゆりさん。

「だから、絶対に売れないですってば！」

　そして、そんな大人たちに真剣にツッコミを入れる俺。

――喫茶リリィは、今日も平和に営業中である。

おわり