エピローグ

「マーちゃん」

「何だ?」

「ちょっと暑い」

 真壁は何日かぶりに大井町のマンションに帰る前に、奈緒子と一緒に旗の台の東都大学附属病院の構内を歩いている。シフトが早番だった奈緒子と、これから飲みに行く約束をしていた。

「こんなとこで脱ぐなよ」

「あら、誰も見ていないわよ」

 確認していないわけないでしょと言わんばかりに、奈緒子は偉そうに胸を張る。手袋と首に巻いていたマフラーが解かれ、真壁はそれを受け取る。きっちり首元まで留められていたダウンのボタンが外され、中に着ていた厚手のカーディガンまで脱ぎだす。

「着すぎなんだよ」真壁は呆れて言った。

「だって、昨日は風が強かったのよ。ホントに寒かったし」

 身軽になった奈緒子は先に歩き出す。奈緒子の衣類を抱えて、真壁はその後に続いた。外は昨日から吹き荒れていた北風がすでに止んでいた。ようやく片付いた帳場を離れ、数時間前に真壁は池袋南署を出ると、西口交番で立ち番をしている津田に会った。すでに捜査本部の要員ではなくなった津田は、また制服姿に戻っている。

「聞いてもいいですか?」津田が言った。

「何だ?」

「どうして、沢村を再び取り調べようと思ったんですか?」

「沢村のような男を、岩城が使うとは思えなかったからだ」

 暴力団が事件を起こす時は、幹部は自らの手を汚さないのが相場だ。幹部に命じられたかどうかは別として、若い鉄砲玉が率先して行い、後で警察に出頭する。三谷を撃った藤枝組のチンピラ2人はその点では、刺客らしく思えたのだ。

「暴力団絡みの事件になると、とりあえず犯人が自首してくれば、警察もその線で収めようとする。捜査は完結するんだから、誰も損しない。だが、自首してきた奴が実は犯行に及んでいなかったとしたら?」

「もしかして、最初から沢村が犯人じゃないと思ってたんですか」

「いや。ただ、沢村と犯人は近い関係にあるとは思った。事件当夜の相手の行動が分かるぐらいの関係性・・・それだけだ」

 津田は分かったような、分かっていないような鈍い表情だった。

「お前にも、いつか分かるようになるさ」

 真壁はそう言って、歩き出した。津田は背筋を伸ばして敬礼し、街の喧噪に消えていく真壁の背中を眼で追い続けた。

 厚い雲が高いところを吹いている風に流され、淡い陽光が降り注いでいる。奈緒子がくるりと、後ろを振り向いた。

「マーちゃん!」

 その掛け声に、真壁は顔を上げる。

「今度は何だ?」

「コートのポケットに入れっぱなし!探してみて!」

 真壁はため息をつき、ごそごそと奈緒子のコートのポケットを探る。きれいにラッピングされた小さな包みが出て来る。

「今日は2月14日でしょ!だから、プレゼント!」

 奈緒子には、真壁が小さく微笑んでいるように見えた。

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梟の夜 伊藤 薫 @tayki

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