[35]

 取調室の前の廊下に、十係の面々が集まっていた。全員が打ち上げの酔いから醒めたようで、一様に掴みかかろうとする険悪な表情だ。桜井がぐいと首を突き出してきた。

「お若いの、岩城が諸井を殴った動機は何だ・・・」

「城之内建設専務の奥寺から依頼された」真壁は言った。「諸井は手抜き工事をネタに、城之内建設を強請ってた。諸井の強請に耐えかねたが奥寺が、岩城に相談した」

「そのネタ、どこで掴んできた?」と杉村。

「奥寺を締め上げました」

 杉村はしてやられたという顔をして鼻を鳴らした。その隣で田淵が舌打ちし、清宮もぎりりと口許を歪ませる。開渡係長は青い顔だ。

「にしても、岩城自身がなぁ・・・」吉岡が呟いた。「令状出して門が開いても、大人しく取調を受けるタマか、あれ」

「ま、どっちにしろ岩城の顔を拝ませてもらおうか」馬場がうそぶく。

「おい、真壁。岩城自身が殴ったことは間違いないんだろうな」開渡が弱気な声を出す。

「本人に聞いてみなければ分かりません」

「係長、ここはひとつ覚悟を決めましょうや」

 馬場が締めくくり、桜井が低く唸って真壁の肩に拳をひとつ繰り出した。

 翌朝の午前8時、誠龍会幹部の岩城竜生の自宅に数人の刑事が赴いた。何の悶着も起きず、岩城は素直に任意同行の求めに応じた。入院中の奥寺康一も医師の許可を得て、池尻大橋の病院から池袋南署へ移し、任意の取調が始まった。

 奥寺と岩城の供述により、事件の概要はいっぺんに明らかになった。

 去年3月、奥寺は出張でやって来た諸井と銀座のクラブで会った。その際、諸井はこんな話を切り出した。

 8年前に横浜のマンション建設現場で、城之内建設の下請けをしていた納谷興業が鉄筋作業を行っていた。その工程において、作業員の三谷透が現場監督に文句を言い、揉めたことがあった。建物を支える杭に硬い岩盤まで届いていないものがあり、マンションの耐震強度が足りなくなると三谷は訴えたが、相手にされなかった。その後、三谷は納谷興業からクビを言い渡されたという。

 諸井が三谷と接触した経緯は両人が死んでいるため不明だが、諸井は横浜の『手抜き工事』をネタに城之内建設に対して賄賂を強要した。賄賂の要求額は次第にエスカレートし、諸井は窓口になっていた専務の奥寺に対し、額面を増やさなければ新規発注をやめると脅し始め、挙句には週刊新陽の記者にも手抜き工事の件を漏らした。困った奥寺は誠龍会幹部岩城竜生に相談した。

 岩城は会長から内々に誠龍会傘下の土建業の経営不振についての相談を受けていたところだったので、諸井邦雄の殺害を計画した見返りに、誠龍会傘下に対する総額50億円の発注を城之内建設から取りつけた。

 岩城は自身が凶行に及んだことを認めた。犯行当日、岩城は指輪をはめた手で諸井を撲殺し、鼻や頬の肉を喰ったことを認めた。指輪は事件から数日後、沢村に渡したという。指輪からは、かすかに岩城の指紋も採取された。

 また、岩城は諸井が東京芸術劇場の横で女を待ち合わせていたことを、諸井と約束を交わした新山香里から掴んでいた。聞けば5年前、香里と一緒に東京に出た男というのは、岩城のことだった。職業柄、2人の関係は途切れることなく続いていた。諸井殺害を企てた時、香里が昔に付き合っていた男が諸井と分かると、岩城は諸井との約束を取り付けるよう香里に頼んだのだった。

 さらに、捜査本部の面々の言葉を失わせたのは、京都府警の捜査二課から届けられた報告書だった。諸井は会社の金を横領していたらしく、横領した金でFXや株の運用をしていたが、昨今の不景気による株価の低下や円高の影響で多額の借金を抱えていた。城之内建設へ賄賂を強要した理由が明らかになったとは言え、心臓に悪い話を聞いたなと、真壁は思った。

 2月11日は祝日だったが、捜査に休日はない。正午過ぎには岩城竜生、奥寺康一、沢村壮也の3人に対する殺人容疑の逮捕状が出揃った。捜査本部の捜査員たちはそれぞれ裏付け捜査に走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます