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 取調室の前の廊下に、十係の面々が集まっていた。全員が打ち上げの酔いから醒めたようだった。一様に掴みかかろうとする険悪な表情を浮かべている。桜井がぐいと首を突き出してきた。

「お若いの、岩城が諸井を殴った動機は何だ・・・」

「城之内建設専務の奥寺から依頼された」真壁は言った。「諸井は手抜き工事をネタに、城之内建設を強請ってた。諸井の強請に耐えかねたが奥寺が岩城に相談した」

「そのネタ、どこで掴んできた?」と杉村。

「奥寺を締め上げました」

 杉村はしてやられたという顔をして鼻を鳴らした。その隣で田淵が舌打ちし、清宮もぎりりと口許を歪ませる。開渡係長は青い顔だ。

「にしても、岩城自身がなぁ・・・」吉岡が呟いた。「令状出して門が開いても、大人しく取調を受けるタマか、あれ」

「ま、どっちにしろ岩城の顔を拝ませてもらおうか」馬場がうそぶく。

「おい、真壁。岩城自身が殴ったことは間違いないんだろうな」開渡が弱気な声を出す。

「本人に聞いてみなければ分かりません」

「係長、ここはひとつ覚悟を決めましょうや」

 馬場が締めくくり、桜井が低く唸って真壁の肩に拳をひとつ繰り出した。

 翌朝の午前8時、誠龍会幹部の岩城竜生の自宅に数人の刑事が赴いた。岩城は素直に任意同行の求めに応じた。入院中の奥寺康一も医師の許可を得て、池尻大橋の病院から池袋南署に移して任意の取調が始まった。

 奥寺と岩城の供述により、事件の概要はいっぺんに明らかになった。

 去年3月、奥寺は出張でやって来た諸井と銀座のクラブで会った。その際、諸井はこんな話を切り出した。

 8年前に横浜のマンション建設現場で、城之内建設の下請けをしていた納谷興業が鉄筋作業を行っていた。その工程で作業員の三谷透が現場監督に文句を言い、揉めたことがあった。建物を支える杭に硬い岩盤まで届いていない物があり、マンションの耐震強度が足りなくなる。三谷はそう訴えたが、相手にされなかった。その後、三谷は納谷興業からクビを言い渡されたという。

 諸井が三谷と接触した経緯は両人が死んでいるため不明だが、諸井は横浜の『手抜き工事』をネタに城之内建設に対して賄賂を強要した。

 賄賂の要求額は次第にエスカレートした。諸井は窓口の奥寺に対し、額面を増やさなければ新規発注をやめると言い始めた。決定的だったのは奥寺の手違いで金の支払いが遅れた際、諸井は週刊新陽の記者に手抜き工事の件を漏らしたのである。

 困り果てた奥寺は誠龍会幹部の岩城に諸井の件を相談した。岩城に相談を持ちかけたのは会社からの指示などではなく、奥寺本人の意思によるものであると供述した。

 岩城は誠龍会会長から内々に誠龍会傘下の土建業の経営不振について相談を受けていたところだった。そこで諸井殺害の見返りとして、誠龍会傘下の土建屋に対する総額50億円の発注を奥寺から取りつけた。

 岩城は自身が凶行に及んだことを認めた。犯行当日、岩城は《ニューワールド》企画の近くで麻紀を連れた沢村に会い、麻紀を「借りた」という。岩城と麻紀は東京芸術劇場に行き、指輪をはめた手で諸井を撲殺し、鼻や頬の肉を喰った。犯行後は西口でタクシーを拾い、麻紀のマンションに帰った。タクシーの運転手は再度の聴取で麻紀と一緒に乗って来た男が沢村ではなく、岩城だったと証言した。指輪は事件から数日後、沢村に渡したという。指輪からは、かすかに岩城の指紋も採取された。

 また、岩城は諸井が東京芸術劇場の横で女を待ち合わせていたことを、諸井と約束を交わした新山香里から掴んでいた。聞けば5年前、香里と一緒に東京に出た男というのは岩城のことだった。職業柄、2人の関係は途切れることなく続いていた。諸井殺害を企てた時、香里が昔に付き合っていた男が諸井と分かると、岩城は諸井との約束を取り付けるよう香里に頼んだのだった。

 さらに、捜査本部の面々の言葉を失わせたのは、京都府警の捜査二課から届けられた報告書だった。諸井は会社の金を横領していたらしく、横領した金でFXや株の運用をしていたが、昨今の不景気による株価の低下や円高の影響で多額の借金を抱えていた。城之内建設へ賄賂を強要した理由が明らかになったとは言え、杉村は「心臓に悪い話を聞いたな」という感想を漏らした。

 2月11日は祝日だったが、捜査に休日はない。正午過ぎには岩城竜生、奥寺康一、沢村壮也の3人に対する殺人容疑の逮捕状が出揃った。捜査本部の捜査員たちはそれぞれ裏付け捜査に走った。

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