第8話 リザードマン



一瞬にしてまばゆい閃光があたりを包む。

「ふあっ、目がっ目がっ」


ゴブリンシャーマンの男が目を抑えてのけ反った。

指令と呼ばれていたこの男をつぶすのが最優先、と一番の至近距離、真正面で炸裂させてやった。狙い通りまともに食らって苦しんでいる。

続けて数発、念のためさらに照明弾を炸裂させておく。


「うおおおおおおっつ」

「あああああああああ」

「んあだ、こりゃああ」


怒号が飛び交い、それが俺たちの足音を隠してくれた。

ドンっと鈴香が紫苑を担いだ不幸な兵士に体当たりをかませる


「ぶごごごっ」

悲鳴?を上げる紫苑を俺が抱き留める。


「ふが?ふが?ふが?」

目隠しと猿轡をされたシオンには何が起きているのかわからないのだろう。ジタバタされて抱えにくい。

――――(パス)

打ち合わせ通り鈴香に預ける。

「ふぐやああ」

「ああもう、ちょっと暴れないで」

声にならない悲鳴が聞こえた気がしたが気にしない。そんな時間もない。

鈴香は紫苑の腰のあたりを横掴みにすると来た道を反転して走り出した。情けない話だが、俺より断然力強い。


「なめんなよ、コラ」

ところが、リザードマンが一人追い縋ってきた。ゴブリンシャーマンの対面にいたやつだ。多分、隊長とか呼ばれていたやつ。

念のため三発照明弾を使ったのになんでだ。

そいつを見ると目に薄い濁った膜がかかっていた。


――――――げ


「リザードマンの特性をよく勉強しておきゃよかったな」

「くっそ、ワニかよ。てめぇ」


生体サングラスとか知らねぇって。確か水膜とかいうやつだ。

半水生の氏族の中にはそんなものを持っている奴がいると聞いたことがある。

困ったことに走る速さは微妙にリザードマンの方が俺より早い。

このままでは追い付かれるのは時間の問題だ。

「先に行け」

少しためらった後、鈴香は翼も使って加速する。

紫苑を抱えていても俺より奴よりさらに早い。


「あーっ畜生め。翼とか反則やろ」

リザードマンが悪態をつく

「てめえら、そいつの仲間だろ。そいつドラゴニュートの服着てやがったからな」


リザードマンは俺たちを指さす。

質問に答える義理はない。


「てめぇだけでもとっ捕まえてやる」


ドスドスと音を当てて追い縋ってくる。体がでかくておまけに素早いとか反則だ。幸いあいつ以外は対応が取れていないが、リザードマンの方が早い以上どこかで応戦の必要がある。


「オラオラ追い付くぞ。顔出せ、顔」

「軍人と思えない口の悪さだな、このトカゲ」

「ギャハハハハハ。よく言われる」


俺は目の前に迫ってきたリザードマンに煙幕弾を投げつけた。容易く手で払われたが、煙幕弾はボフッっとした音を立ててたちまち辺りに煙を充満させて視界を遮った。


「あ、畜生。きたねぇな墓泥棒ども」


一瞬、リザードマンの走る速度が鈍った。

これで、あいつは道の先に向かって突っ込んで――――――

「なんだ、そっちか」

しかし、鼻を引くつかせると、リザードマンはくるりと回転して鱗の生えた尻尾で後ろに回り込んだ俺の足を払った。

煙の臭いだってあるのに何でだよ!

続けざまにリザードマンかぎ爪をつけた腕が振るわれる。

尻もちをついていた俺は転げるようにこれを避けたものの、其処にぬっと腕が伸びてくる

「よっしゃ捕まえたぜ、墓泥棒め」

胸ぐらをつかまれて、持ち上げられる。

鼻先に奴の顔がある。これだけ間近だと煙があっても無意味だ。

顔を覆ってたグラサンを飛ばされ、目出し帽は引っぺがされる。

「なんだぁ?またガキじゃねぇか。参ったな」


「凍結縛」

「おひゃっ」

おかしな声を出してリザードマンの足が氷漬けになった。

その隙に、リザードマンの胸を蹴り飛ばして飛び離れる。

「兄さん。大丈夫?!」

煙の奥から翔太が現れる。


「ああ、大丈夫だ。問題ない」

「全然、予定通り来ないから心配したんだよ」

「わりぃ」

「来てよかった。兄さん僕より脚遅いんだから無茶しないでよ」

「あぁ」


身体的には妹はもちろん、弟にも若干だが劣る。

ホビットやドワーフよりはましだが、種族的には中の下くらいだろう。

無茶でもしなけりゃ兄らしくなれないから返事は生返事で返すしかないのが情けない。


「一人で突っ込みすぎちまったな。くそったれ。あぁあ、油断したぜ。」

リザードマンは観念したようで、しかし何故かひょうひょうとしていた。


「顔見られちまったな」

外されてしまった目出し帽とグラサンを回収する。

「で、兄ちゃんどうすんだ?殺すか?」

そんな風に言いながらリザードマンは口元には苦笑いすら浮かべている。

生殺与奪を握られているというのに『まあ、しゃあねぇな』とでも言いそうな顔である。

どんな達観の仕方をしているんだか。

潔すぎて気持ち悪いくらいだ。


「行こう。すぐにも追手が来る」

俺は翔太の背中をたたいた。

「いいの?兄さん」

「ま、しょうがねぇ」

胸ぐらをつかまれてすぐにとどめを刺されていてもおかしく無かった。借りがある。

顔を見られたから、助かった様な気もする。

ガキ呼ばわりはムカつくが、悪い奴でも無さそうなだけに躊躇った。

言い訳はいっぱいあるが、単純に言って人の命を奪うのはまだ怖い。

この先、手配がかかれば困ったことになるのは明らかだけど俺にはその決断はできなかった。

妹や弟にも手が回るかもしれない。

それでも怖かった。


走り出す。

「そのうちまた顔を拝みに行くからよろしくな」

リザードマンのおっさんが何かを言っていたが、振り返らなかった。






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一万年寝坊した眠り姫 ちゃむ @cham_cham

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