第2話
バネの付いたものでもない限り、傘を開くより閉じることの方が簡単なものだ。
傘の柄を足の付け根に当て、身を屈めるようにして金具を引っ張る。
ラドラーは、畳んだ傘を留め具は留めないまま玄関に立てかけると、ドアに鍵をかけ、まっすぐソファに向かった。
体が重い。
大儀そうに腰かけた彼は、茶色の短髪をがしがしとかき回し、ため息をついた。
彼が路地で目を覚ました時、黒い獣の姿は見当たらなかった。
かすかに残った金属くさい臭いと、取り落としたにしては不自然な角度に転がっている傘。
それらのものが先ほどの獣が現実だとほのめかすが、それ以外に形跡は見当たらない。
得体のしれない不気味さに耐えきれず、彼は逃げるように家に帰ってきた。
上着の前を開け、シャツの襟元を緩めた時だった。
「ふむ、狭い家だな。なんともケチくさい」
若い男の声がした。
距離からして家の中で発せられたと分かるその声は、気のせいだと思うにはあまりに現実味を帯びていた。
金くさい臭いが漂ってくる。
最悪の展開を思い描きながら振り返ったラドラーの目に入った光景は、まさのその、最悪の光景を再現したものだった。
やたらと足の長い、猫に似た頭を持つ獣が悠々と歩き回っている。
尖った耳と短い鼻面をあちこちに向け、大きな爪でそこらの物をつついて回る。
不思議と、その獣の立てる物音は聞こえない。
声も出せずに見守るラドラーの前で、獣は家の中を一周した後、気取った足取りでベッドの上に腰を落ち着けた。
足を畳んで座り、大きくあくびをする。
そこでようやく、獣はラドラーに目を向けた。
「ふむ…」
獣から発せられた声は、先ほどの男の声だった。
獣は続けてこう言った。
「なんとも頼りない人間だが、この際仕方あるまい」
獣はついとあごを上げ、すました調子でこう言った。
「おい、人間。お前にこの私を手伝う栄誉を与えてやろう」
その尊大な言葉に対し、理不尽と不正を嫌ってやまないラドラーは、恐怖心も忘れてほとんど反射で答えた。
「断る」
わがまま悪魔と魔装鎧 ミツキタキナ @atorogicbg
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