足掻き

 ミナトは相談する場所を酒場に移した。宿屋から酒場までは大通りを抜ける。


 途中の大通りでは街灯に照らされながら、飲み屋の前で酔ったドワーフ達が、樽の上に腕を乗せ腕相撲をしている。お互い、鬼の形相をして顔を赤らめ、丸太の腕に血筋を浮き上がらせて、相手の腕を樽に叩きつけようと必死だ。周りからはビエールを飲みながら、罵声や怒号が飛び交いお互いを煽る。


 辺りを見ても、酔っ払いが帰宅の途に着こうとフラフラしながら歩いている。不死種のゾンビと間違われて滅されても、文句は言えないだろう。


「う〜わっ、みんな浮かれすぎだろ」


 今日一日の疲れを落とすように呑んだくれる姿を見て、苦笑いを浮かれべながら以前、ロイス達と飲んだ大通り沿いの酒場に着く。


「いらっしゃいませ〜!! 2人ですか??」


「ああ」


 赤色ビキニの服装をした獣人族の店員に案内されて、壁際四隅のテーブルに案内された。


 木の丸椅子に座り、一息着くとビエールを2つ注文した。


「んで? どうしたんだ? ロイス」


「ミナトさん、オレ……最近レベルが上がらなくてみんなの足手纏いになっているような気がして」


「そうか……ロイス。今、レベルはいくつだ?」


「68です。みんなはもう80後半に入っているのに」


 気にするのも無理はない。みんなが同じように成長しているのに自分だけ遅れている。置いていかれているような思いなのだろう。


「はぁい、ビエールお待ち」


 タイミングよくビエールが運ばれ一応乾杯をして一口飲む。キンキンに冷えたビエールは喉を通り胃に辿り着くとミナトとロイスは心の奥底からクゥ〜と叫びをあげた。この為に今日頑張った。先程見たドワーフや飲んだくれの気持ちも分かる。


「ロイス、レベルの概念って知ってるか??」


「いえ、レベルはモンスターを倒せば上がって行くものだと……思います」


「まぁ間違ってはいないが、合ってもいない」


 ミナトはレベルについてロイスに教えた。レベルはモンスターを倒せばもちろん上がる。しかし、誰しもがずっと上がるわけではない。

 人それぞれに成長の限界があり、限界がいつなのかは誰もわからない。もしかしたらレベル999まで伸びるかもしれなければ、10そこらで終えるかも知れない。

 毎回ギルドに行ってレベルを更新しても何も変わらなければそれが自分の限界だと悟るのだ。


「だからもしかしたらロイスも成長の限界を迎えているのかも知れない」


「限界ですか……」


 ロイスのビエールを飲むペースが一気に落ちる。持ったビエールの中に漂う白い泡が、弾けて消える姿を眺めながら物思いに耽っている。きっとミナトが話した成長の限界という言葉が、思いのほか心に突き刺さったのだろう。


「昔な、こんな人がいた」


 俯くロイスを見かねてミナトが物語を始める。


「オレの昔のパーティでな、レベルが100まで進んだ時にロイスと同じように成長が止まった奴がいてな。『他は100、120ってレベルが上がるのに自分だけ』ってかなり自暴自棄になってたよ。もういっそ旅を辞めようとまで思ってたみたいだ。だがな、そいつは最終的には辞めなかったよ」


「なぜですか?みんなレベルが上がっていくのに、自分だけ上がっていかないのならパーティの邪魔になるだけですよ。いても……意味がない……」


 失望しながら顔を顰めるロイスに向けてミナトは落ち着いて話を続ける。


「そいつはな、その時のリーダーに言われたんだよ。『死んだ時がそいつの限界だ。だから生きている間は足掻け。死ぬまで足掻け』ってな」


「死ぬまで足掻けですか……」


「そう、死ぬまでだ。結局、そいつのレベルも限界じゃなかったらしくそこからまた上がってレベル500まで上がった。」


「ロイス、お前は足掻いて見たのか?ランスを握る手に豆ができて、潰れるまで振ったのか?今の武器がダメなら他の武器を使ってみる。瀕死になるまで戦ってみる。そこまで足掻いたのか?後で後悔しないくらい足掻いたのか??」


 ロイスはこれまで自分がやってきた事を思い出しながらビエールをゆっくり飲む。

 そして、強く木樽をテーブルに置くとミナトを向いた。ロイスの眼は酒場に来た時のどんよりした濁った眼ではなく何か一筋の光が射したような眼をしていた。すぐに帰って行動したい。ランスを振りたい。そう叫ぶようにビエールを持つ手が小刻みに揺れて我慢できないロイスを見てミナトは笑う。


「よし、帰るか!!」


「はい!! 帰ります!!」


「いいか、帰ったら寝ろよ!! 明日もダンジョンに行くんだからな!!」


「はい!! 帰って寝ます!!」


 絶対寝ない!! あんなキラキラした眼をして寝るなんて言葉を吐く人は絶対寝ない!!


 ミナトが二人の支払いを済ませて酒場を出ると、そこにロイスの姿はなく、すでに自分の宿に帰ったようで、あるのは街灯に照らされるオレンジ色の石畳。


「お礼も言わないで帰りやがって、ロイの奴……はぁ……まぁいいけど」


 酒場の前で小さくため息をしてロイスの悩みが解決した事に安心すると大通りを帰っていく。


 大通りはドワーフの腕相撲大会も閉会し、フラフラ帰宅していた不死種のゾンビに成り下がった人もおらず、閑散としていた。


「自分の話をするのは……やっぱり恥ずかしいな……。おれも頑張らんとな〜っと」


 ほろ酔いのミナトは呟きながら宿屋に戻って行った。


 翌日、ロイスは燃えていた。


「いまだ!! どりゃーー!! 違うか! 今度こそ!! ここだ!! よし!!」


 目の下にクマを出没させて。


「あいつ……寝なかったな。あれだけ寝ろと……まぁ、いいか。吹っ切れて元気だし……」


 手を額に当てて、昨日の注意を完全無視したロイスの面持ちに多少落胆したが、吹っ切れたロイスを見て安堵していた。


「よっしゃゃゃ!! 次ぃぃぃ!!」


「ちょっと待って!! ロイス血が……キュア・ボトル飲んで!! ねぇ……ロイスってあんなに暑苦しい人だったっけ?」


「いや……昨日何があったんだろうな」


 ノーヴやオクトーバ、リリアンは一日で豹変したロイスに呆気にとられて後ろから眺めていた。


「おっ!? ロイス、ロイス

 〜階段見つけたよ〜」


 リリアンが森の中に木を大剣で薙ぎ倒していると森の中から52層への階段が現れた。


「よっしゃ!! リリアン、ナイス!!」


 “パシッ”


 4人でハイタッチをして階段の発見を喜ぶ。しかし、ハイタッチが綺麗に決まったように見えたはずの“群雄割拠ナンバー・オブ・パワフル”だったが何やら不満有り気にミナトをジト目で睨む。


「何してるんですか、ミナトさん!! 早く、早く」


「えっ、オレも!?」


「もちろんです!! ミナトさんもパーティなんですから」


「「早く、早く」」


 『パーティ』久しぶりに聞いた言葉に若干の恥ずかしさからフッと笑うと、5人で円陣を組み、手を天に掲げた。


 “パチンッ”


「「「「「いぇ〜い!!」」」」」


 4人の弾ける笑顔を見ると昔の仲間を思い出す。初めて参加したパーティ。行動方針で取っ組み合いの喧嘩。レベルを考えないで突っ込んだ、高レベルモンスターからの命を削りながらの逃亡劇。500層のボスモンスターを倒した時の唸るような達成感。


 でも、もう……あの仲間達はいない……。


「やっぱり、パーティっていいなぁ……」


「なんですか? ミナトさん?」


「ん?何でもない」


 囀るように呟き、ロイス達の傾げた頭のモヤを振り払う。


 52層への登り階段に広がる暗闇に同化するように、51層もゆっくり影を落として暗くなる。


「よし、51層のマッピングも終わったし、帰るぞ!! 今日はオレの奢りだ! 飲みにくり出すぞ〜」


「ラッキー!! さすがミナトさん」


「おい、オクトーバ。今日はオレと飲み比べだ!!」


「受けて立とう、ノーヴよ。飲み明かそう!!」


「ミナトさん、おれはまだ……まだ戦いたい……!!」


 ミナトは自分がパーティの一員である事の嬉しさを噛み締め、戦闘ジャンキーになりつつあるロイスの首根っこを抑えながら50層に降りてロイヤルベルへ戻るミナト達。


 次の日。


 もちろん……みんな二日酔いの為、冒険中止!!







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

limit of minute《リミット・オブ・ミニッツ》 天家 楽 @sc1122

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ