この小説をフォローした方から抽選で50人に、最新型iPhoneをプレゼント!
維嶋津
企画詳細
<●REC>
「はいっ、というわけでね、今回もやっちゃいますよ恒例企画!
名付けてッ!
“いつも読んでくれてありがトゥーキャンペーン・秋!”
イエェ〜~~〜イ! フゥーッ!!(効果音:どんどんどんパフパフパフ)
ハハハ……なんつってね。
えぇっと、確か前回の開催は8月でしたっけ? いや時間経つの早ぇーなオイ! もう秋だよ! ついこの間までビーチでスイカ割ってたのが嘘みてぇだな!
まあ、やってねえけどな!
夏休みもずっと家に引きこもってたけどな!
(効果音:ハハハハハ……)
はい!
と、いうわけでね! 今回ご用意させていただいた商品はこちら!
……っつってもこれ公開される時には文章になってるから、たぶん見えないと思うんだけどさ。(効果音:チーン)
なので説明しますとぉ! いま! 私の目の前には、つい先週発売されたばかりの最新iPhoneが! 山のように積まれておりま~す!(効果音:てってれー!)
その数、
なんとぉ……。
50台ッッッ!
(効果音:ウワーォ!)
やっばいでしょコレー!
へへへへ……いやぁ頑張りましたよ今回は。
え? なに?
いったいそれだけのiPhone、どこで仕入れたんだって?
そりゃあんたもう、知り合いの転売屋から裏ルートでガッサガッサと……。
(効果音:えぇ~~?)
ってバカヤロウ! ちゃんと朝四時から並んだわ! 並びまくったわ! 超がんばったわ! もう死ぬほど大変だったんだからねコレ!?(効果音:ハハハハハ……)
さぁ! というわけで、私が死ぬ気で買い集めてきましたこの大量のiPhone! ゲットするための応募方法はというとぉ……。
なんとっ!
この小説をフォローするだけっ!(効果音:デデンッ!)
うわぁ~、かんた〜んッ!
この小説の!
フォロー!
たったこれだけ! 時間にして数秒の手間で、新型iPhoneが手に入るっていうんだから、こんなおいしい企画他にありますか奥さん!? やるっきゃないでしょ! これは!
応募期限はぁ……え~と、カクヨムチャレンジカップが開催される10月13日の深夜ゼロ時、つまり今この瞬間から……10月26日の23時59分まで! 厳ッ正な抽選のうえ、当選者は10月27日の更新発表します!(効果音:ウォ~!)
一位の賞金とっても大赤字、とれなくても大赤字! 自腹覚悟のこのイベント、絶対に見逃すなよっ! 今回こそ俺を一位にしてくれ! 頼む!
……次回また当選発表でお会いしましょう!
維嶋津でした!
バイ☆チャオ♪
(効果音:ヒューヒュー!パチパチパチ……)」
<■STOP>
§§§§§
ボイスレコーダーを止めた俺は、きしむワークチェアの背に寄りかかり、音声入力された文章の文字数をすばやくチェックする。1000文字ジャスト。規定文字数の最低ラインギリギリ。完璧だ。我ながら自分の才能が怖い。
キャッチフレーズとタイトルを入力して予約投稿をすませてから、今度はもうひとつの仕込みにかかる。居間のダイニングテーブル、ピラミッド状に積み上げたiPhoneの箱。それをさまざまなアングルから撮影し、よく撮れている候補を三つほど選んでから、画像補正アプリで色味を調整する。地味な作業に思えるが、SNSに投稿したときの食いつきが、案外こういう部分で大きく変わることを、俺は過去の経験から知っている。
おっと、SNSの宣伝はどういう文章にしようか……よし。
今回は、姑息なことをしている自覚を見せつつも、煽っていく方針で行こう。『賛否あると思いますが、これが僕のやり方です』……いいね。ヒールっぽい感じだ。うまいこと燃え広がってくれそうな気配がする。
なんだかんだと時間がかかり、各種SNSへの予約投稿を済ませたときには、投稿予定の時間まであと一時間を切っていた。
一息つき、立ち上がって冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
きっと今回の企画もうまくいくだろう。顔出し配信や自作の朗読、オフミーティングに感想企画にSNSでの地道な宣伝活動などなど、これまでランキングを駆け上がるためにいろんな試みをやってきたが、一番集客に効果があったのはモノとカネ、つまりプレゼント企画だった。結局のところ、単純な物欲に、人は弱い。
もちろん当たりなんて用意しない。
テーブルに積んだ箱の中身は全部空っぽだ。別に構いやしない。どうせ当たるのは、あらかじめ話を通しておいた関係者か、こっちで用意しておいた偽アカウントである。公平感を演出するためにひとりふたりには実際に当ててもいいが……まぁ、そこは賞金がもらえるかどうか次第ってところかな。
酒を喉に流し込みながら、俺は投稿の最終チェックをはじめる。
文字数、よし。
予約投稿、よし。
写真……うーん、もう少し製品名を強調した方が訴求力が強いかな?
少し悩み、写真を変える。
前のものより、もう少し横のアングルから撮影したものだ。上面の製品写真と、側面に書かれた商品名の両方が、バランスよく配されている。
うん。やっぱり『iPhone15』の文字はきちんと見せたほうがいいな。
最後に、予約投稿の日時を確認をもう一度。
2024年10月13日の24時――つまり、あと10分後だ。
何も問題はなさそうだった。
手持ちぶさたになり、PC画面でカクヨムの常設ランキングを雑にスクロールしながら、俺は口の端をゆがめる。それからビールをもう一口。
細工は流々、あとは仕上げをごろうじろ……ってな。
見てろ。
第二十三回カクヨムチャレンジカップの勝者は、今回も俺だ。
クソAI作家じゃなくてな。
§§§§§
機械が小説を書くようになるなんて、もっと遠い未来のことだろう。
みんながそう思っていた。
自分が生きているうちにそんな時代が来るなんて、誰も思っちゃいなかった。
「単純作業から解放され、人々は創造的な活動に専念できるようになるのです」
――かつてのAI推進派のお定まりのフレーズも、今となっちゃバカバカしい。
なんで奴らは気づかなかったんだ?
優秀なAIなら、創造的な活動でも人間を超えて当然だろうって事実に。
始まりはとある小さなコンテストだった。
それはさまざまな小説の売れ行きからAIが予測した“売れる”テーマをお題にして、参加者が小説を書いていく……というものだった。記念すべき第一回のテーマは……【異世界】と【大工】と【サスペンス】だったっけ? たしか。
受賞作はアニメ化され、そこそこ売れた。
作者はその一作の後が続かず、一発屋として業界から消えたけれど。
彼だけじゃなかった。
半年ごとに計五回まで開催されたこの賞の受賞者はみな、第一作はそこそこ売れたものの、いずれもそこで消えていった。続編を出すころにはトレンドが移り変わっていて、軌道修正をくわえるのが難しかったからだ。
思えばこの時点で怪しい雲行きではあったのだが、出版元はこれに味を占めた。
ほどなくして、カクヨムにお題予測AI機能が実装された。ユーザーたちは人気間違いなしのテーマを、いつでもお題として知ることができるようになったのだ。
こうして俺たちは、テーマを考える必要がなくなった。
次に行われたコンテストは、もう少し条件が細かくなっていた。AIが売れ行きデータから予測したテーマを元に、大まかなプロットを出力する。それを参加者が肉付けして、小説を書くというものだった。
受賞者が後に暴露したところによると、著作権は出版社側との共有で、受賞後の印税率もどうやら良いとは言えなかったようだが、賞金がけっこうな額だった。それにつられて、これまた多くの人が企画に参加した。前回と同じく大量の一発屋を使い捨てながらコンテストは毎月開催され、計10回を数えたあとに、カクヨムにはプロット出力機能が搭載された。
こうして俺たちは、プロットを考える必要がなくなった。
そして二年前に行われたのが、『AI小説添削コンテスト』だ。AIが自力で出力した小説の本文を、参加者が添削し、読みやすいものに仕上げるというものである。
開催当初は、ずいぶん話題となったものだった――ただし、揶揄まじりの。というのも、『AIが自ら小説を書く』というエポックメイキングなキャッチコピーに反して、お題となった文章がお粗末きわまりなかったからだ。二重表現、係り受けのミス、接続詞や助詞の間違いエトセトラ。あんまりにもその出来がひどいものだから、コンテストのイメージキャラクターとして設定された美少女『むぅさちゃん』が、頭の弱いキャラとして二次創作の定番になったくらいだった。
だが、思えばあのつたなさも計算のうちだったのかもしれない。
バカにしつつ、いや、思いっきりバカにできる文章であったからこそ、参加者たちは嬉々として校正に打ち込んだ。ひと段落つくたびに、むぅさちゃんがが上目遣いでほめてくる機能も、大きなモチベーションになった。
告白しておこう。俺もこれに思いっきり引っかかったひとりであることを。
『ふぇえ……私の文章、全然だめだめなんです、先生ぇ……』
まったくダメだなあお前は、こんな日本語もわからないのか? ここはこう、あそこはこう。この部分はこうしたほうが自然で……。ほら、だいぶよくなったろ?
『わぁ! すっごぉい! やっぱり先生は物知りですねっ!』
へへへ、まぁな……ほら、次はどこを直しゃいいんだ? 見せてみろよ。
……ってな具合に、俺たちは『むぅさ』に脳内で講釈を垂れつつ、ウェブブラウザの投稿画面を通じて入力を続け――リアルタイムな校正記録を、あまさずAIに献上していった。
どんな言い回しが自然なのか?
語彙の雰囲気はどういう加減で統一されるのか?
人称や視点はどう固定されるのか?
どんな言い回しがより人気が高く、読まれやすいと判断されるのか?
ひと昔前、Webサービスの登録時に、ロボットか人間かを画像の選択で判断させる設問が、そのまま画像認識AIのデータ収集に使われていたように――無数の作家たちの文字列は、AI学習用の餌として吸収されていった。
その間、誰もがこう思っていた。
『AIに小説なんて書けっこないよな』
『しょせんこんなもんだよな。AIっつってもよ』
『感性ってのはやっぱり、人間の専売特許なわけであるからして』
――2022年。
こうして全自動小説記述AI『MUSA』は誕生した。
データから売れ筋を予測し、適切なプロットを書き上げ、流行の言い回しで出力する、最強の小説装置。出力された作品の粗はクラウドソーシングで集められたライターに格安で校正され、編集会議で考案されたタイトルをつけて出荷される。執筆ペースは1日あたり200万文字。人間にはどうあがいても出せない生産量だ。
気づいた時にはもう遅い。
MUSA発の小説は、たちまち市場を席巻しはじめた。
数年かかって完成する傑作より、そこそこ売れる佳作が月に百本あった方がいい。いや、佳作どころじゃない。MUSAは大ベストセラーを定期的に生み出すのだ。それはAIの売上予測が正しかったのか、AIの決定を基準に集中投下された宣伝の成果なのかはわからなかったが、ともかく売上が出ていることは確かだった。
小説投稿サイトも例外ではない。
2024年現在。
カクヨムのランキングは、もはやAIたちの独壇場となっていた。
機械が書き。
人間が読む。
人気が出た作品は機械的に書籍化され、端から売れてゆく。
人間の書き手は、もはやここでは市場から必要とされていない。
こうして俺たちは、ついに小説を書く必要がなくなった。
やったぜ。万々歳だ。
どうしてこうなった?
§§§§§
『ダメダメ社員の俺(38)、生まれ変わった異世界で石油を掘り当て一発逆転!』
『バブみ・ロワイヤル ~俺のお母さんになりたいってどういうことだよ!?~』
『偶然ひろったコインは異世界から来た魔法のアイテムでした』
『グラシャリオス戦記Ⅲ 神域の争い』
画面を流れる作品名の右端についた『むぅさ』アイコンは、AI謹製の証。
常設の週刊ランキング上位は、いつもの通り、AIに独占されていた。
あぁ、認めよう。
どの作品も、客観的に見て俺の作品より圧倒的に面白いってことを。
何がウケるかのマーケティングも、完璧だってことを。
そのうえ奴らは、圧倒的な生産量で当たり前のように毎日更新を続けている。
休むことも、疲れることも、取材と称して旅行に行くことも、スランプと称して遊びまわることもない。彼女は小説を書き続ける。24時間365日、ただひたすら。
ハナから人間に勝ち目なんてあるはずもない。
『MUSA』稼働当初は、化け物じみた執筆スピードで対抗を試みる人がまだ少数いた。しかし、いま、その全員が姿を消している。人の才能は有限。おそらくネタを使い果たして枯れ落ちたのだろう。いま彼らが何をしているのか、誰も知らない。
作家になることを目指して十余年。
その夢が、まさかこんな形で閉ざされるなんて、思ってもみなかった。
だけど――
俺はまだ、屈したわけじゃない。
戦いをあきらめたわけじゃない。
AIに対応できないことが、まだたったひとつだけある。
どれだけ強い囲碁AIも、PCのスイッチを切られては勝てない。
突然、勝負の種目を将棋に変えても、勝つことはできないだろう。
盤外戦術。
それこそが、俺たち人間が生き残る、ただひとつの道。
『MUSA』は、驚異的なスピードで売れる小説を量産できる。だが裏を返せば、それだけしかできない。俺のように顔出しでの配信もできなければ、自作の朗読もできない。プレゼント企画を立案する能力もなければ、写真を撮って宣伝を投稿することもできない。そうやって集めた俺という個人の人気を、奴らのアルゴリズムは理解できない。それは小説そのものの面白さとは無関係だからだ。
思えば、AI作家が出てくる前からそうだったじゃないか。
良い小説を書いて投稿しただけじゃあ、誰も読んでなんかくれない。大事なのは宣伝活動。SNSのフォロワーを増やし、読者とコミュニケーションをとり、企画を立てて実行し、目を引くタイトルとキャッチフレーズを工夫する。少しでも目立つように。クリックしてもらえるように。
みんな言ってたろ?
何を書くかより、誰が書くかのほうが大事だって。
俺がやっていることもその延長。
つまりは、れっきとした作家としての活動ってわけ。
だがあのAI野郎には、それができない。
そこにこそ、唯一にして最後の勝機がある。
姑息? なんとでも言え。
このプレゼント企画だって、規約違反をしてるわけじゃない。
物品を譲ってはいけないなんてルールはどこにも書いてないし、読者参加型の小説だっていうことにすれば問題はないはずだ。
第一、それを言うなら、AIに小説を書かせてランキングを独占し、自社で賞金を回収する運営側だって大概じゃないか。マッチポンプだ。
そう。称するなら俺は、レジスタンス。
ニッチに紛れ、ルールの隙間をつき、AIによる市場の独占を阻止する闘士。
出版不況はどこへやら、いまや好景気におされてコンテストの賞金もうなぎ上り。コンテストの開催数も随分増えた。個人でやってる動画チャンネルの広告収入やグッズ販売、電子書籍の売上も合わせりゃ、小説を書くだけでなんとか暮らしていけることはできる。
そりゃ、いろいろ悪口を言われてはいるさ。
ハイエナ。卑怯者。守銭奴。恥知らず。エトセトラエトセトラ。
真面目に小説を書いたら酷評されるし、企画を作ったら叩かれる。
だがな。そう言って文句を言ってるやつらの中に、俺みたいに小説で食えてるやつがどれだけいるんだ? 作家を名乗って生きていける奴が? AIとランキングで争って生き残れる奴が?
作家になることは、俺の子どものころからの夢だ。
だから絶対にあきらめないし、やめるつもりもない。
……たとえそれが、昔描いていた形と違っても。
酔いの回りはじめた頭で、俺は投稿された小説の調子を確認する。よし、順調だ。SNSの投稿文は思惑通り拡散され、作品のフォロー数は早くも増え始めている。この手のコンテストはスタートダッシュが重要だが、これなら問題なさそうだ。
俺はPCの電源を落とし、せんべい布団に横になって、照明を落とした。
オレンジ色のLEDを眺めながら、布団の中で何度も自分に言い聞かせる。
俺は間違っていない。
誰からなんといわれようと。
どれだけ嫌われ、さげすまれようとも。
こうして作家として生きている限り、俺が勝ち組だ。
誰にも文句を言われる筋合いなんてない。
そうだ。
そうだとも。
俺は正しい。
絶対に正しい。
正しいに決まっている――。
ああ。
最後に小説を読んだの、いつだっけ?
【この小説をフォローした方から抽選で50人に、最新型iPhoneをプレゼント!】
【――あるいは、人類最後の小説家の肖像】
終
【おしらせ】
こちらの短編が収録されている作品は下記よりご購入いただけます。
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この小説をフォローした方から抽選で50人に、最新型iPhoneをプレゼント! 維嶋津 @Shin_Ishima
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