最終話「いつもの公園で」
冬にいつもの公園へ来ると、あの時のことを思い出す。僕がまだ小さく、何も掴むことができなかった頃、手の中をすり抜けるように消えてしまった女の子のことを。
あの時はサンタのお兄さんに助けられた。正体はただのアルバイトのお兄さんだったけれど、あれ以降どうにもサンタに弱くなってしまった。
そしてクリスマスを滅ぼそうとしていたはずなのに、今では僕がサンタの格好をしている。毎年の恒例行事、ちょっとしたチャリティというか。僕の育った施設の子たちや近所の子供たちのために、寂れた公園はクリスマスの日だけ賑わうようになった。
と言っても、今はまだ準備段階で。サンタの格好をした僕は姿を見せず隠れているところだ。丁度竹藪の方に、ちょっとした目隠しを立てて絶賛待機中である。
あの頃は良い風除けだと思い込んでいたけれど、竹藪というのはあまり風を遮ってくれなかった。吹き込んでくる風を今年こそ何とかしたいような、それでもここに手を加えたくないような。
子供たちが工作で作った歪な椅子に座りながら、そんな益体もない事を考えていると、待機スペースに見慣れない人が入ってきた。スーツを着込んだなんともかたそうな女性だ。
「あの、ちょっと取材良いですか」
「取材? あー、聞いてます聞いてます」
僕は腰を上げ、にこやかに対応。なんでも、こうしたイベントを取り上げて特集を組みたいらしい。子供たちのクリスマスイベントにどんな感心が集まるのかはわからなかったが、地元紙だろうか。施設の先生からはそこまで聞いていなかった。
「私こういうものです」
「はぁご丁寧にどうも。えっと、カクヨムヨム……?」
「いえ、違います。ヨムヨムコラム担当の、
「はぁ、スミさん。……は? スミ?」
僕は、驚きのあまり彼女の顔と名刺を交互に見比べていた。何度も何度も。横書きにあるのは角という文字と、その下にヨムヨムコラム担当という文字。今アスカって言った?
「よぉアキ、気づくのがおせぇぞ」
紛れもない。ちょっと恥ずかしそうに、そう言いながら。僕の目の前には、あの大輪の花が再び咲いていた。
十数年ぶりに見るそれはとても綺麗で、あの特別な星にだって負けない輝きを持っていた。
「ほら、アキ。だいぶ遅れちまったけどこれ、カードな」
「え、ああ。って僕は持ってきてないぞ!?」
「なにぃ? ……まぁいいや、許す。というかやっぱりこの歳であの口調は無理ね。あー、あっつい。アキ、そのカードは帰ってから見てね恥ずいし」
照れているのか、赤くなった顔にパタパタと手を扇ぎ、誤魔化しているスミは何だか新鮮だった。少なくとも子供の頃はこんなこと絶対しなかったから。
僕はちょっと悪戯心がくすぐられ、ついカードを見てしまっていた。
「え、ごめん今読んでた」
「は? ダメ。やめて。やっぱり返して。あとで渡すから」
「いやいや」
スミがカードを奪い取ろうと手を伸ばしてきたので、僕は慌てて逃げることにする。何年も待ったのだ。これから話すことも沢山あるだろう。
けれど、今は子供の頃のように。バカみたいな理由ではしゃいでいたい。
僕らは戻ってきたのだ。あの日失ってしまって、もう取り戻せないと思っていたクリスマスへと。狭い狭いスペースだけれど、今も昔も、ここが僕らのクリスマスだ。
きっと、これからも――。
「ぼくらのクリスマス」 草詩 @sousinagi
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