第10話「もう1つのお願い」

 僕は情けなくてちっぽけだった。守りたいと、そう人生で初めて思えた、大輪のような花を自分では守ることもできない。いつもその笑顔に引っ張っていってもらっていたのに、何も返すことができない。


 地面を見る。涙で揺れる風景に、なんだか赤いものが見える。赤と緑はサンタの色だ。でもサンタさんは良い子のもとにしか来ないから、やっぱり僕が立ち上がらないとダメなんだ。


 僕は、精一杯の動きで。男のズボンへと再びしがみ付いた。スミへと向き直っていたらしい男は、面倒くさそうに舌打ちをして脚を揺すった。


「んだよこのガキ。気持ち悪りぃな。血がついたら染みになるだろーが。離せよオイ。あんましつこいとまた蹴るぞコラ」

「や、やめてよ。もういいじゃない。帰るから、なんでも言うこと聞くから。良い子に、するから」


 スミのその台詞がいやに耳へと残った。いつも元気で、力いっぱい悪い子代表をしていた、まぶしいほどの笑顔が脳裏をよぎる。


 そんなにも、良い子にしないといけないのだろうか。良い子じゃないと、ダメなのだろうか。

 良い子にしていないとサンタさんも来ないし、神様だってお願いを聞いてくれないかもしれない。


 それでも、こんな男の前でなら、僕は悪い子で良い。そう思った。


 だから、何度揺さぶられても僕は離さない。僕は悪い子だから。

 今のところ攻撃は来ないけれど。来たって、絶対に離すもんか。絶対に離さない。


「だめだよ。アキが本当に死んじゃうよ!」

「離さねーんだからしょーがねーだろが」


 男が苛つきながら、もう片方の脚を振りかぶっているのを感じた。絶対に負けるもんか。そうやって僕が覚悟を決めて歯を食いしばった時、甲高い音が鳴った。


「何をやってるんだ!」

「笛? くそ、なんだってサツが。離せガキ……!」

「間違いないですこの子たちです。って、君どうしたんだいその顔は!?」


 騒がしい周囲に目を向ければ、涙で滲む視界の先、スミの隣に。赤い恰好の、白いひげをたくわえたサンタクロースが居た。何人かの青い服とライトをつけた人たちと共に。


 サンタさんが、来てくれたんだ。サンタさん。僕は、僕は悪い子でいいですから。どうかスミを助けてやってください。悪い子に見えても、本当はとっても――。


 そこで、僕の意識は眠るように途切れてしまった。

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