第9話「壊れるセカイ」
そしてその笑顔も。僕にとっては痛々しい冬の大輪も。すぐに萎れてしまったのだ。次にやってきた人物によって。
「おい明日香ァ!! ここに居んのはわかってんだぞ!!」
ドスの効いた、低く響くような大声が静かだった公園を割っていた。その瞬間だ。
さっきまで表情だけは何とか笑っていたスミの顔から、今度こそ感情が消えた。
「チッ、やっぱりここに居やがったのかおい。あぁ? なんだてめぇは」
やってきた男は少し太り気味のおじさんで、ふわっとアルコールランプの匂いがした。おじさんはこちらをジロジロと値踏みするように見ていたけれど、すぐに興味を失ったのか、僕を無視して固まってしまっていたスミへと近づいて行った。
「なんだこりゃ。クリスマスか? へ、お前が集めたのか。その手腕をよぉ、いつも言ってんだろ? もっと役立ってろって。俺のためになぁ」
ぐりぐりと、おじさんは手をスミのぼさぼさの頭へと押し付けていた。スミはなすがままになっている。一体どういう関係なのだろう。はっきりとはわからないけれど、あまり良い関係のようには見えない。
そのままおじさんは、僕らが造った世界へと無造作に、いいやランドセルを蹴りながら入ると、真ん中に飾ってあった一際大きな星を、拾い上げた。
「……離せ」
「あぁ?」
「離せよ、その星は俺らが集めたもんだ。てめぇが触っていいもんじゃねぇ!」
「なんだ明日香! 父親に向かってその口の利き方は!」
ちちおや?
僕は、動けなかった。確かに、僕は両親が居なくて。スミは仲間だと言って来たけれど、そういえば聞いていなかった。スミの両親のことは、今までずっと触れてこなかった。
そんなこと大事じゃない、そう思いながらも。そして、本当の父親を知らない僕の、勝手な親子イメージと、目の前の2人の関係性があまりにもかけ離れていて。
僕の頭は混乱してしまっていた。
「なぁ明日香よぉ。いつまでもこんなママゴトしてんじゃねぇって」
おじさんは。男は、星を地面へ捨てると、それを見せつけるように踏みつけた。何度もねぶるように、足を捻って地面へと押し付ける。それを見て、混乱していた僕の中で何かが切れた。
「ああああああ!! どけろよ! その足!」
気が付くと、僕は叫びながら男へと飛び掛かっていた。視界の端で、スミが目を丸くしていたけれど、気にしている余裕はなかった。
「なんだこのガキ。ふん、そんなに大事なのかアホらし」
男の脚にしがみ付いて大声で言ったのに。それでも男は鼻で笑っていたから、僕は感情のままに、男の脚へと思い切り噛みついてやった。
「いってぇな!」
お腹に凄い衝撃があって、息が出来なくなった。いたい。何が起きたかわからなかった。ただあまりの痛みに、僕は全身の力が抜け、その場に蹲ってしまった。
蹲った僕はもう男を見ていられなかったけれど、続けて何度も降ろされてくる足に、相当怒っていることがわかった。背中を何度も打ち付けられる。僕だって、怒ってるのに。どうして。
いたい。いたいいたい。息を吸おうとしても、次の衝撃がそれを邪魔して、呼吸ができない。苦しい苦しい苦しい。涙が出た。
力が及ばないことになのか、痛みに対してなのか、星が汚されたことが悲しかったのか。
口に何かが溢れてくる。鉄棒の味がする。げほげほと咳き込もうとするのに、それも許してもらえない。僕はそんなに酷いことをしたのだろうか。やっぱり、僕は悪い子だったからダメなのだろうか。
「やめてよ! わかったよ親父。帰るから、もうやめてよ……!」
「んだぁ明日香。こいつ、お前のコレか? はっ、一丁前に色気づきやがって。なんのためにお前を引き取ったと思ってんだ」
「そんなんじゃない。ただ、アキとは。アキとの世界だけは、壊さないでよ……。俺には、これしかないんだから。頼むよ、親父」
僕への攻撃は、そこで止んだ。
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