第17話 新しい先生


「昨日は散々だったね、ニック」


 朝のホームルームが始まる三十分前。ニックの前の席にリナが横向きでスカートから覗かせる二本の白い足を綺麗きれいそろえながら椅子に座っている。


「本当に散々だったよ……。まさか昼休みが終わるまで質問漬けにされ、さらには放課後まで……。地獄みたいな時間だった……」


 ニックは机の上におでこを乗せたままリナに返答する。そんなニックをリナは小さく笑った。


「笑い事じゃないんだけど……」


 ニックは、顔を上げリナの方を半目で見上げる。


「あはは、ごめんごめん。でも、私は良かったな~って思うけど?」

「なんで?」

「だって、ニックをバカにする人居なくなったじゃん」

「まぁ、確かに……」


 いつもなら一日一度は必ず魔術を使えないことをバカにされたが、ドラゴンが現れたあの日からバカにされることはなくなった。むしろ上位魔術を使ったとすごいなー、と褒めてくれる人が出てきた。全くもって変な気分だ。


「あっ、そういえば」


 リナは、近くに人が居ないことを確認するとニックの顔に近づき小声で喋り始める。

 リナのシャンプーの香りがニックの鼻をくすぐる。柑橘かんきつ系の香りがほのかにかおってくる。


「シルヴァってニックが勉強してる間、何してるの?」

「昨日は、なんか透明化魔術で僕の近くにずっと居たみたい」

「えっ!」


 目を点にして驚いているリナ。

 まぁ、そうなるよね。というか、一番驚いていたのは僕だったよ。


「じゃあ、今も?」

「いや、たぶん居ないと思う。朝、今日は付いてこないでねって言っておいたから。うん……たぶん居ないはず……」


 そう言いながらもニックは自分の後ろを一応確認する。誰かがいる気配はない。だが、シルヴァの透明化魔術は本当にどこにいるか分からない。だから、実際居ないと断言は出来ない。

 使い魔は本来、あるじそばを離れないのが普通だ。ニックだってネズミとか鳥とかだったらまだ近くにいてくれて構わない。けど、シルヴァは見た目ほぼ人間だ。そんな人が静かに近くにいられたら怖いというか恥ずかしい。

 一人だと思って鼻歌歌ってたら近くに人が本当は居た、みたいな地味に恥ずかしい感じになる。


「まぁ、居ないって事にしておこう。居るなんて毎回考えてたら僕、おかしくなりそうだからね」

「うん。それがいいかもね」


 リナは、笑いながらニックから顔を離す。その時もシャンプーの香りがにおう。


「そういえば、今日はみんな全然ニックの所に来ないね」

「あ、確かに。でも、まぁ正直その方が嬉しいんだけどね。いきなり、あんな来られても困るだけだし」


 けど、たった一日でもう質問してこないものだろうか? 普通ならあと二日間あたりは質問攻めにあってもおかしくないと思うんだけど。

 ニックは体を起こし教室全体を見渡す。

 教室にはほとんどの生徒が揃っていていつも話すグループに分かれている。男子だけのグループ、女子だけのグループ、男女混合のグループそれぞれ何やら楽しそうに話している。話さないで本を呼んだりホームルームが始まるまでの間寝ている生徒もいる。


「ニックの事よりすごい話なのかな?」


 リナも教室を見渡しながら首を傾げる。そして、立ち上がると「ちょっと聞いてくる」と言って近くで話していた女子のグループに近づき話しかけている。




 数分後、リナは戻ってきてまた横向きでニックの前の席に座る。


「どうだった?」

「んー、なんか新しい先生が来るらしいよ。しかも、このクラスに」

「へぇー、こんな時期に新任の人が来るんだ」


 珍しい事もあるものだな。二年生の生活が始まってそんなってないけどくるなら始まるのと同時に普通来ると思うけど。


「うん。あんまり詳しいことは分からないんだけど、来ることは本当らしいよ」

「新しい先生か……」


 どんな人なんだろう、とニックは頭の中で色々想像する。


「おっと、そろそろ先生来る頃だから席に戻るね。じゃあね、ニック」


 リナはゆっくりと立ち上がり軽く手をニックに向かって振り自分の席へと向かっていく。


「もう、そんな時間か」


 ニックは黒板の上にある時計を見ると針は七時五十四分を指していた。

 他の人たちも徐々に席に戻っていき八時になる頃にはみんなが席に自分の座っていた。席に着いても近くにいる友達と喋っている人がちらほらいる為静かになることは無かった。

 ニックには、一つ気がかりな事があった。二つ右隣の席。その席に座っている人はおらず、空席だった。


「エバン……」


 空席の所はエバンの席。昨日のちょっとしたいざこざからエバンの姿は一度も見ていない。昨日、城から学園に昼に帰って来たにもエバンは居なかった。だから、今日はいると思ったのにその席には座っている人は居ない。椅子がしっかり机にしまわれている。

 きっとすぐに戻ってくるよね。

 ニックは、そう信じてエバンを待つことした。

 って、なんで僕エバンの心配してるんだろう。あんな嫌な事ばかり言われてそんな好きじゃなかったはずなのに。

 自分で自分を不思議に思っていると、扉の開く音と担任のローリエの聞きなれた声が前の方から聞こえてきた。


「はーい、朝のホームルーム始めますよ~」


 今日も黒い軍服のような服をきて黒い出席簿を胸にかかえながら教卓に向かって歩いていく。

 教卓に着くと出席簿を教卓の上に置いて、教室全体を見渡す。


「はい、今日も皆さん元気そうですね。では、委員長さんお願いします」


 優しく微笑んだローリエは、いつも通りに委員長の方を向く。

 あれ? エバンの事には触れないの?

 ニックは、朝の号令をしながら一つ不思議に思った

 今日も皆さん元気そうですね、ってエバン居ないけど……。

 ニックは、何気にエバンを心配しながら号令を終え席に着いた。




「それでは、朝のホームルームを始めます。が、今回は皆さんに紹介したいお方がいます」


 ローリエは、自分の胸の前で手を合わせてニッコリと笑う。


「皆さんの中にももう知ってる人もいるかも知れませんが、今日から新しい先生がいらっしゃいます」


 その言葉で一気に教室が騒がしくなる。


「どんな先生かな?」

「可愛い先生がいいな~。おっぱいとか大きかったらなお良い……」

「イケメンの人とか来たらヤバくない!」


 と、まぁさまざまな言葉が教室全体で飛び交っている。みんなそれぞれが、今から来る新しい先生姿を想像してわいわい盛り上がっている。そんな中、ニックも喋ったりしたかったが生憎あいにくと周りに喋れる友達がおらず、静かにその先生が早く出てこないかなと待っていた。

 その時は、すぐにやって来た。


「はいはーい。皆さん静かに~。では、登場してもらいましょう。どうぞ、入ってきてください」


 ローリエが扉の方を向くとクラスにいる全員の生徒の視線が一斉に扉へと向かう。自然と会話は消え、妙な緊張感がその扉へと流れていく。

 そして、扉はゆっくりと開かれ新しい先生が姿を現す。

 現れた人はローリエと同じ黒い軍服ような服、その上に黒いロングコートを着た男の人。身長は高く、はっきりとした顔立ちですごくかっこいいと言える。ただ……。


「どういう……こと……?」


 ニックが小さくそう漏らす。

 髪は、銀色で教卓に向かって歩く度にサラサラと揺れる。教卓の近くまで来ると快晴のような青い瞳を前に向けながらゆっくりと低い声を放つ。


「俺の名は、シルヴァだ。今日からこのクラスの副担任になった。以後、よろしく頼む」


 ズボンのポケットに手を突っ込んだまま仁王におう立ちで立っているのは、ニックの使い魔の魔王シルヴァだった。




「はい。では、改めて今日からこのクラスの副担任になったシルヴァ先生です」


 ローリエは、ニコニコしながら隣にいるシルヴァに両手の手のひらを指す。

 静かになる拍手。クラスのみんなが堂々としたシルヴァの態度に圧倒され動揺している。ニックもそのうちの一人で、ニックの場合拍手どころか全く動けないでいた。

 な、何やってるのーーーーー!!!

 心の中の叫び声が思わず声に出そうになるが必死にこらえる。


「シルヴァ先生は、主に魔術の実習の授業を担当されます。シルヴァ先生は、魔術がとってもお得意なので色々教わってくださいね~」


 お得意所じゃないよ! もう、誰も真似できないほどすごい所まで行っちゃってるからその人! っていうか魔王だし!

 声を大にして言いたい言葉をグッと我慢しシルヴァを見つめる。シルヴァは、その視線に気が付き一瞬目を合わせるがすぐに反らされた。


「それじゃあ、シルヴァ先生も新しい加わった所で朝のホームルーム始めます」


 笑顔のまま黒い出席簿を開いて朝のホームルームが開始された。





 その後、シルヴァの事は学園全体に広まり話題となっていた。昼になって食堂に行った時もほとんどがシルヴァの話で持ちきりだった。そして、シルヴァの初めての授業はニックたちのクラスでその時の一件でシルヴァの魔術のすごさも話題の一つとなっていた。




「えーっと、それじゃあ魔術の実習の授業を始める」


 本校から少し離れたグラウンドでシルヴァの授業は行われた。さっきと同じ服装でズボンのポケットに手を突っ込んだまま授業が始まる。

 なんて態度の悪い先生なんだ。

 ニックは、思わずため息をついた。ニック以外の人たちは、シルヴァの初めての授業にわくわくしているのか何やら騒がしい。


「えっと、最初は何だったかな……」


 シルヴァは、何やら考えこんでいる所にとある男子生徒が「はい! はい!」と手を上げシルヴァを呼ぶ。


「あ? なんだ?」

「シルヴァ先生の魔術見せてください!」

「は? なんで?」

「だって、ローリエ先生が魔術とっても得意だって言ってたし。俺たちも先生の魔術見たいし!」


 その意見に他の生徒も賛同して、シルヴァの魔術を見たいと騒ぎ出す。

 シルヴァは、その様子に諦めたようにため息をつく。


「分かったから、少し静かにしろ。はぁー、まぁデモンストレーションって事で……しょうがねーか」


 片手をポケットから出し頭をかく。シルヴァの手には白い手袋がはめられていてその手広げをニックたちとは反対の方向に向ける。


「じゃあ、とりあえず適当にやるか……」




 皆は、その手の先をジッと見つめる。

 シルヴァが目を閉じそっと息を吐く。そして、目を開き手の先を見た瞬間。ものすごい爆音と爆発は起こる。熱が遠くにいるこっちにまで届く。周りにいた生徒は、その爆発に耳をふさいだりや小さく声を出す。

 今のは、火焔かえん魔術。上位魔術の一つだ。そんなものを無詠唱で一発目からぶっぱなした。だが、シルヴァはさらにデモンストレーションを続ける。

 広げた手を軽く閉じ親指と中指を重ねパチン、と鳴らす。するとその爆発は、一瞬にして凍り砂ぼこりと炎が凍ってとてつもなくでかい気持ち悪い氷が完成した。その氷をシルヴァは、人差し指をゆっくりと上に上げると指の動きと共に氷はちゅうに上がっていく。氷の大きさは、ニックやシルヴァよりはるかに大きい。そんな物が軽々と上がっていく。

 もう、ニックたちは誰も言葉を喋ることが出来ず全員が口を開けたまま宙に浮いた氷を見つめる。

 シルヴァは、氷に向かって指を指した状態からもう一度手のひらを開き氷に向けるとゆっくりとその手を閉じていく。すると、氷は徐々に小さくなっていきシルヴァの手がほぼ閉じかけている頃にはサッカーボールほどになっていた。

 閉じかけている手をグッと最後に力を込めると氷は綺麗に砕ける。砂ような小さなつぶとなって地面に落ちていく。太陽の光によってキラキラと地面に落ちていくさまは、実に幻想的だった。


「ふぅー、こんなんでいいか?」


 後ろを何事も無かったように振り返るシルヴァ。

 こんなんでって……爆裂魔術に凍結とうけつ魔術、しまいには念動ねんどう魔術まで……。この三つ全部上位魔術だぞ。それを無詠唱で容易たやすくデモンストレーションでするあたりさすがは魔王だ……。

 苦笑いしか出来ないニックだが、周りの人は硬直して動けないでいる様子だった。


「あん? どうしたお前ら?」

「す……すげー……」

「は?」

「す、すげーー!!!」


 一斉にシルヴァの周りを生徒が囲む。その眼差しは、キラキラと輝きまるで子供のようだ。


「俺、上位魔術の無詠唱なんて初めて見ましたよ!」

「私たちにも色々教えて下さい!」


 まるで一日前の自分を見てるかのようだ。ニックは、一人シルヴァの所へは行かず立ち尽くしていた。その隣に、リナがやって来た。


「凄かったね~。シルヴァ」

「うん……。ホント凄すぎる」

「それに、シルヴァが先生だったなんて驚いたな~」

「確かに……」


 もう、何がなんだか……。苦笑いをするリナの隣で自然とニックは深いため息をついていた。


「あの! 先生!」

「あ、あ? なんだ?」


 周りを囲まれ戸惑っているシルヴァに一人の男子が質問する。


「先生って他にも無詠唱で上位魔術使えるんですか?」

「そりゃー、使え──い、いやこの3つだけだ。後は無詠唱じゃ出来ん。他のやつは短縮して使えるくらいだ」


 その言葉に周りの生徒は「おー」と声を上げているが、ニックはその言葉に疑問を抱いた。


「なんで、シルヴァあんな嘘ついてるんだろう?」

「さぁー? どうしてだろうね。後で聞いてみよ」

「そうだね」


 ニックとリナが喋ってる間、まだシルヴァは昨日のニックのように質問攻めにあっている。


「お前らいいかげんにしろ! 離れろって! いいから早く授業すんぞ!」


 しばらく、囲まれていたがこのデモンストレーションの数分後にやっと授業が開始された。





 こうして、シルヴァの魔術のすごさも学園中に知れ渡った。

 放課後も教室ではシルヴァの話が飛び交っていてさすがに驚いた。

 ニックは、シルヴァから色々と話を聞かなければとホームルームが終わった後すぐに荷物をしまって教室を出ようと椅子から立ち上がると隣からリナが近づいてきた。


「シルヴァの所に行くの?」

「うん。さすがに詳しい事聞かなきゃ気が収まらないからね」

「そっか。ねぇ、私も行っていい?」

「え? あ、うん。良いけど」

「ホント! 良かった~……」


 リナは、自分の胸に手を置いて小さく息を吐く。


「ん? どうしたの?」

「あー、いや、何でもない何でもない! は、早く行こっ」


 リナは少し慌てた様子で振り返り教室を出ていこうと足早に歩き出す。その後ろをニックも歩いて追いかけた。

 リナ、どうして一緒に行こうと思ったんだろう? あっ、リナもなんでシルヴァが先生になったのか知りたいのか。

 独りでに納得したニックは、リナと共にシルヴァを探しに教室を後にした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強魔王の夢物語(ユニバース) チャミ @chami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ