第16話 関係

 アーサーのいた部屋からニックたちは、出たあと来た道を戻っていた。ジゼル、シルヴァ、ニックの順でそれぞれ微妙な間隔かんかくを空けたまま歩いている。ニックは、来た時と同じようにシルヴァの隣を歩こうと思ったがシルヴァは何やら考え事をしているのか難しい表情だったのでニックは、あえて間隔を空けた。

 きっと国王様の言ってた遠征の事について考えてるんだろう。僕もこの際だから、少し考えてみよう。



 まず、第一に国王様が王令おうれいを使ってまで呼び出しての参加の誘い。まぁー、お礼をするっていうのもあったけど……たぶん、遠征についての方が気持ち的には強かったと思う。

 そして、わざわざ『お願い』と言う形で遠征の誘いをしてきた事。その遠征に参加して欲しいのならそれこそ王令を使えばすむ話。だが国王様は、それをしなかった。これには、何か意味があるのかな。

 で、最も重要なのはシルヴァの力を借りるほどの遠征の目的。シルヴァの力はあのドラゴンの時の戦いでよく分かった。スゴすぎる。上位魔術を無詠唱で発動できるなどスゴいにも程がある。だが、聖王騎士団も国王様もシルヴァ同様に強い。

 二年前に起きたとある種族の起こした反乱で国王様は、聖王騎士団や騎士団をひきいてその反乱を止めに行き、たった一日でその反乱を静めた。敵の数は約五万に対し国王様が連れていったのは、聖王騎士団十人、騎士団約一万人。たった一万人で五万を一日で静めるなんてスゴすぎる。

 僕もそれを知ったときは本当に驚いた。

 それほどの力を持つ人たちがいるのに魔王であるシルヴァに力を借りるなんて……。国王様は、どれだけ危険な遠征に出ようとしてるんだ?

 ニックが歩きながらそんな事を考えているとシルヴァがこちらには顔を向けず前を向いて歩きながらいつも通りの低い声で話かけてくる。


「おい、ニック」

「ん? なに?」

「なんで、遠征に参加しなかったんだ?」

「……え?」


 シルヴァの言っている事がよく分からなかった。さっき国王様に言った時にシルヴァも遠征に行けない理由を聞いていたはずだからそんな質問してくるはずがないのに。


「え? じゃねーよ。わざわざ変な嘘ついてまで遠征に行きたくない理由を聞かせろって言ってんだよ」

「変な嘘?」

「あぁ。足手まといになる、とか言ってただろ」

「いや、別に嘘じゃないけど……」

「嘘な訳ねーだろうが。俺を……魔王を召喚できるほどの魔力を持ってる人間が足手まといになるはずねーだろう」

「本当に嘘じゃないって。僕、魔術全然使えないから。そんな奴が行ったら絶対に足手まといになるに決まってる」


 前を歩いていたシルヴァの足が止まる。


「どうしたの? シルヴァ」

「おい……さっきのもう一度言え」

「え? そんな奴が行ったら絶対に足手まといになる?」

「そこじゃねーよ。もう少し前」

「えーっと。僕、魔術全然使えないからってとこ?」


 シルヴァは、黒いローブを揺らしながらゆっくり振り返る。その時のシルヴァの顔は何やらひきつっていて初めて見る表情だった。


「それ……マジか……?」

「う、うん。そうだよ……言ってなかったっけ?」

「言ってねぇよ。もしかして、お前は使える魔術は無いって事か?」

「いや、防御魔術の防御壁ディフェンドなら使えるよ」

「お前それ下位魔術の初歩じゃねーか……」


 シルヴァは、片手で頭を抱えながら深いため息をついた。そして、ゆらゆらとふらついた足取りで前を向き前を歩くジゼルについて行く。

 ニックもそのあとをゆっくり歩きついていく。




「帰りもこの馬車に乗ってもらう。私が居ないから来たよりは、広く座れるだろう」

「はい、分かりました」


 ニックとシルヴァは、来たときと同じ箱馬車の箱に入りソファーのようなものに向かい合って座った。ジゼルの言っていた通りなんだか来たときより広く感じる。

 ニックとシルヴァが乗り込むとジゼルが扉を閉めてくれた。


「それでは、後は頼むぞ」


 扉の外からはジゼルが、馬車を動かすおじいちゃんに向かって声をかける声が小さく聞こえる。

 馬車はゆっくりと動きだし、ユートリアス学園へと向かう。



 馬車に揺られながらニックとシルヴァは、向かい合っていた。シルヴァは、ニックが魔術を全然使えないと知った時から全く喋っていない。シルヴァは、窓から外の景色を静かに見ている。

 ニックは、この場の嫌な雰囲気に耐えきれず意を決してシルヴァに話しかける。


「し、シルヴァ……?」


 恐る恐る話しかけるとシルヴァは、窓からゆっくりと視線をニックに向けた。


「……」

「えーっと~……もしかして、怒ってたりします……?」

「……怒ってはない」


 ほー、良かった。


「ただ、あきれてるだけだ」


 ……ですよね~。全然良くなかった。


「俺は、魔術の使えないあるじと契約したってことだろ。そんなの呆れるに決まってんだろ」

「あはは……ごもっともで」

「というか、お前どうやって俺を召喚しょうかんしたんだよ? 魔術使えないんだろ? それなら、使い魔召喚なんざ不可能だろうが」

「あー、それなんだけど……。偶然というか、勝手にと言いますか~……」

「……は?」


 シルヴァは、眉をひそめながら口を小さく開けしばらく停止する。どうやら一時的に思考が停止しているようだ。

 復活したシルヴァは、頭を片手で押さえる。


「じゃ、じゃあーなんだ。俺は、魔術もろくに使えないお前に知らず知らずのうちに召喚されたって事か……」

「そうなりますね……」


 ニックも自分が情けなくなってきて小さな声で返事した。

 シルヴァは、深くため息を吐いた。そのため息が、ニックに失望したというのを感じさせる。

 そしてまた、沈黙ちんもく

 さっきより、確実にこの場の雰囲気は悪くなっていた。


「……まぁ、分かった」


 いきなり、シルヴァが小さくそう言った。


「え? 何が?」

「何が、じゃねーよ。お前の事について分かったって言ってんだよ」

「僕の?」

「あぁ。お前が魔術を使えないのはとりあえず分かった。だから、魔術を使えるようにしてやる」

「え?」


 今、シルヴァはなんと言ったんだろう。魔術を使えるようにしてやる。確か、そう言った。そんなこと、出来るのだろうか? 一年間、ユートリアス学園でやることはやったつもりだ。魔術の勉強に特訓とっくんだってした。でも駄目だめだった。


「本当に……使えるようになるの?」

「使えるようになってもらわなきゃ俺が困る。魔術も使えねーやつの使い魔なんざやってられるか」


 シルヴァは、また窓の外を見始める。


「だから、俺が魔術を使えるようにしてやる」


 ニックは、涙が出そうになった。

 シルヴァは、今すぐにでも使い魔をやめたいと思っているはずだ。それでも、シルヴァはニックにチャンスをくれたのだ。魔術を使えるチャンスを。ずっと使いたいと願ったあの魔術をだ。


「し、シルヴァ……」

「あ? なんだ──って、お前なんつー顔してんだよ」


 ニックは、耐えきれず大量の涙が溢れだす。だが、その顔は嬉しさで自然と笑っていた。


「シルヴァーーーーーー!!」


 ニックは、思わず嬉しさのあまりシルヴァに抱きつこうとする。


「ちょ! おま! 近づくんじゃねーよ!」

「シルヴァ~ー!!」

「うるせーし! いいから離れろ!」


 この時、ニックはシルヴァが魔王だということを少しだけ疑った。




 箱馬車は、無事にユートリアス学園につくとまた城の方に帰って行った。

 箱馬車から降りた二人は校門の前で並んでいた。


「えっと、シルヴァ。さっきはごめん。興奮のあまりつい……」

「それは、もう分かった。で? どうするんだ?」

「僕は、とりあえず、教室に行くよ。丁度、昼休みだから。シルヴァは? もしかして、また透明化ステルスでついてくるの?」


 正直あれはやめて欲しい。


「いや、俺は用事があるからそこに行く」

「用事って?」

「あー、それは、まぁ用事だ……」


 シルヴァは、はぐらかすとスタスタと先に歩いてしまう。


「そういうことだ。俺は、先に行く。じゃあな」


 こちらは振り向かず手をヒラヒラさせ、シルヴァの姿は透明化ステルスにより見えなくなった。

 全く、いつ見てもスゴいな……。上位魔術の無詠唱は。


「じゃあ、僕も早く教室に行こ」


 ニックは、本校までの道のりを一人で少しスッキリした気持ちで歩いていた。

 だが、この時のニックは教室に戻ったニックの事をクラス全員が囲みドラゴンの事や城に行った事を朝のように質問されるとは夢にまで思ってなかった。





************************



 その日の夜。

 ユートリアス学園の理事長であるカナは、理事長室で書類にペンを走らせていた。オレンジ色のランプのかりが部屋全体を明るくらしている。理事長室には、ペン走らせる音とランプのほのおの音が小さく聞こえる。

 だが、そこにもう一つ新たな音が加わる。

 ガチャ。ドアノブを回す音だ。

 カナは、扉の方を睨むように見る。自然と持っているペンに力が入る。しかし、その力は扉から現れた人が分かった時点で自然とゆるむ。


「全く、ノックしろといつも言っているだろうが。ロゼリア」


 理事長室に入ってきたのは、金髪の髪をおさげにしたその頭につばの大きなとんがり帽子ぼうしを被った白衣を着た女の子。手には、茶色少し大きめの封筒ふうとうを持っている。


「いいじゃろ~、別にー。わしとお前とのなかなんじゃから」


 まるで子供のその姿からは、想像の出来ない喋り方がロゼリアの特徴だ。


「はぁー……それで? 私になんのようだ?」

「なんのようだ、とはなんじゃ。頼んできたのはお前じゃろうが」

「……あー、あれか忘れてた」

「忘れてたって……お前な……」


 呆れたようにため息をついたロゼリアは、下に敷いてある赤いカーペットの上を歩きながらカナに近づいていく。


「まぁー、良い。お前に言われて調べてみたが……」


 ロゼリアは、急に難しい顔になる。


「どうした?」

「どうしたもこうしたも全くもって理解不能じゃ」


 そう言って手に持っていた封筒をカナの方に投げる。それをカナは器用に片手で受け取り封筒を開けその中身を取り出す。中には、数枚の紙が入っていた。

 一番始めの紙の一番上には『ニック・ハーヴァンスの身体記録』と書いてあった。


「これは……」


 その紙の下の方を見ていくと二つのグラフがえがかれていた。そのグラフにカナは驚愕した。


「それは、ニックが丸一日眠ってた時にした魔力調査の結果じゃ」

「ちょっと、待ってくれ。こんな事本当にありえるのか!?」

「わしだって信じられん。だが、結果が出とるからな」

「だが……お前……」


 信じられないというような目をロゼリアに向ける。ロゼリアは、鼻で小さく笑うと白衣のポケットに手を突っ込む。


「まぁ、確かに信じられないわな。一年の時の魔力と今のニックの魔力は天と地ほどの差があるなんて」


 カナは、軽く口に手をあてる。


「本来、魔力は年を重ねるごとに増していくものだ。だが、たった一年でここまで変わることは……」

「あぁ。コップ一杯……いや、それ以下の魔力がまるでみずうみのようになるんぞまず、ありえん」

「しかし、ニックにはそれが起きている……」

最早もはや、信じざるを得ないの」


 カナは、残りの紙も素早く読んでいく。

 そして、ある紙でまた止まる。


「……」


 自然と考え込む。


「ロゼリア、これはどういうことだ?」

「む?」

「シルヴァという魔王がいた記録は無い、というの

は」

「そのままの意味じゃ。というか、シルヴァの事以前に魔王の記録などそうそう見つかるものではない。だが、少なくともあ奴ら・・・の一人では無いのは確かじゃと思う」

「そうか。それなら、ひとまずは安心か……」

「じゃが、正体が分からん魔王などそれはそれで不安じゃ」

「しかも彼が魔王だということも分からない……か」


 カナは、数枚の紙をもう一度封筒の中に戻し一番上の引き出しに入れておく。


「後でもう一度、しっかり見ておく。ありがとう、ロゼリア」

「礼にはおよばぬよ。わしとお前との仲じゃしな」


 ロゼリアは、「にしし」と笑う。


「いや~、本当に感謝してるよ。金色の魔術師こんじきのマーリンさん」


 その言葉で笑っていたロゼリアの顔が一気に赤くなる。そして、カナに向かって指を指す。


「おおお、お前か! カナ!」

「ん~、何がだい?」

「リナにそれ教えたのは!!」

「さぁー、どうでしょ~」


 ニヤニヤと不適な笑みをカナが浮かべる。その表情から明らかに犯人はカナに間違いはない。


「ぐぬぬー! そんな事ばかりしておるから結婚出来んのじゃ……」

「──なっ! お前、それを言うか!」


 椅子から勢いよく立ち上がるカナ。


「30歳のくせして結婚しとらんとかもう手遅れじゃなー、これは」

「私は、まだ29だ!」

「へっ! 29も30も変わらんわい! このアホが!」

「ロゼリア……お前な……」


 そろそろ我慢の限界かカナは下を向いて肩を震わせていた。


「絶対許さん!」


 前を向くとすでにロゼリアは、扉の外にいて最後に扉の隙間すきまから顔を出して「べー!」と舌を出しそのまま逃走して行った。

 カナは、沸き上がる怒りをゆっくりと静め革製の椅子に座る。


「よし、次会ったら一発殴ろう」


 学園の理事長らしからぬ発言をしたあとそばにあったコーヒーをゆっくりと口のなかに流し入れた。





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