第15話 呼ばれた理由


「私の名は、アーサー・ペンドラゴ。このエルステイン王国の国王です」


 そんな透き通った声は、ニックの思考を一時的に停止させた。

 だが、その思考は一瞬で引き戻された。それは、アーサーのななめ後ろに立っている一人の男。黒い髪だが少しだけ青が入っている紺色のような髪。アーサーやジゼルと同じで白いよろいを着ている。見た目は若く、恐らく二十代くらいだろう。その男からにらむような視線がジッとニックとシルヴァに向けられる。深い青色のひとみが、「いつまで立っている」と言っているような気がした。

 ニックは、すぐにその場にひざまずく。だが、隣にいるシルヴァはその視線に気がついていないのかアーサーの方を向いたまま立っていた。


「ちょっと、シルヴァ!」


 小さな声でシルヴァに呼び掛けるが、跪く気はないのかニックの言うことは聞いてくれなかった。

 すると、小さい笑い声が聞こえる。その笑い声は、アーサーのものだった。


「うふふ。そこまで気を張らなくても良いですよ、ニック。使い魔殿もそのままで構いませんよ」


 ニックとシルヴァを交互に一回ずつ微笑みながら見る。そして、アーサーは斜め後ろにいる男の方を肩越しに振り向く。


「ルーク。彼らは、お客様なのですからあまり威圧いあつしないでくださいね。招いたのは私なのですから」

「……はい。失礼しました」


 ルークと呼ばれる男は、小さくアーサーに頭を下げる。

 アーサーは、ニックたちの方を向いて苦笑いをした。


「ごめんなさいね。いつもはこんな風ではないんですけど、やはり魔王が来るとなると警戒はしてしまうもので」


 ニックは、その言葉に驚いた。

 なんで、この人はシルヴァが魔王だって知ってるんだ。

 ここでニックは、昨日ジゼルと会った時の事を思い出す。その時に、シルヴァが魔王だということをジゼルに話してるのを思い出した。なら、アーサーがシルヴァが魔王だということを知っていても不思議じゃない。

 アーサーは、ゆっくりと椅子に座る。座った後、すぐにシルヴァがここでゆっくりと口を開いた。


「それで? 俺たちをここに王令とやらを使ってまで呼んだ目的はなんだ?」


 シルヴァは、ニックに話しかけるように国王であるアーサーに言った。


「っ! 貴様!」


 アーサーの座る椅子の斜め後ろに立っているルークは、腰にぶら下げている剣に手をかける。そして、今すぐにでもさやから剣を抜いてシルヴァに斬りかかって来そうな体勢をとる。

 アーサーは、それを手で制し止める。


「ルーク……」


 ルークは、アーサーの少しだけ低く放った声にしたがい剣から手を離す。

 アーサーは、わざとらしくせきを一回しシルヴァの質問に応える。


「では、私があなた方をここに呼んだ理由をお話しましょう。まず、お礼を言わせていただきたいのです」

「お礼……ですか?」


 ニックは、跪きながら首をかしげる。


ドラゴンからこの国を救ってくれて本当にありがとうございます」


 椅子に座ったままアーサーは、頭を下げる。


「そ、そんな、顔を上げてください国王様!」

「そういう訳にもいきません。あなた方が居なければ今頃……」


 確かにあの時、シルヴァが居なければこの国はあのドラゴンに破壊されていたかもしれない。


「ですから、あなた方には本当に感謝しているのです。改めてありがとうございます」


 顔を上げたアーサーは、優しく微笑んだ。だが、すぐに真剣な顔になる。


「あなた方をこの城へ呼んだ理由は、お礼を言うためだけではありません。国を救ってもらったのにこんな事をいうのは気が引けるんですが、あなた方の力を見込んでお願いがあるのです」

「お願い……ですか?」

「はい。というよりは、ニックの使い魔殿の力を貸して欲しいのです」


 アーサーの視線がシルヴァに向く。ニックも自然と隣に堂々と立っているシルヴァを見上げる。


「実は、私たち遠征えんせいに行くことになっているのですがその遠征に使い魔殿も参加して欲しいのです」

「……なぁ」


 ここで、シルヴァが不意に声を出した。


「なにか?」

「その『使い魔殿』ってのやめてくんねーか。俺の名前はシルヴァだ。使い魔殿、なんて呼ばれるとイライラしてくるんだよ」


 その発言でアーサーの後ろにいるルークが、剣に手をかける。それをまたアーサーは手で制す。


「これは、失礼しましたシルヴァ殿。以後、気を付けます。……では、シルヴァ殿? その遠征に参加しては頂けないでしょうか?」


 シルヴァは、何やら考えているのか少しの間だけ黙ったままだった。

 部屋にはシンとした時間が続きニックもアーサーもシルヴァが喋りだすのをジッと待っていた。そして、ようやくシルヴァが口を開く。


「なら聞くが、そもそもその遠征は何の為の遠征だ。何を目的として遠征に向かう」

「それは……今はまだ言うことは出来ません」

「つまり、何の為に行くか分からない遠征に参加しろ……ということか」

「そうなってしまいますね。ただ、参加するという事であればその遠征の目的をお話しましょう」

「……」


 シルヴァは、アーサーを睨むように見つめているがアーサーは、その逆で口角を少し上げて微笑んでいる。

 この二人で静かな駆け引きのようなものが行われていてニックは、その様子を静かに見ていることしか出来なかった。だが、ニックは、その会話に思わぬ形で参加することになる。


「遠征に参加するかどうかは、ニックに任せる。ニックが行くなら俺も行くし、こいつが行かねーってんなら俺も行かねー。そもそも俺は、こいつの……使い魔だ。あるじめいなら素直に従う」


 そう言ってシルヴァは、ニックの方を見下ろす。アーサーの視線もニックに向く。


「そうですか。では、ニック。あなたは、この遠征に参加していただけますか? あなたが、参加していただければシルヴァ殿もついてきてくれるようなので参加してくれると嬉しいのですが」


 えっ……。ここで、僕に振りますか!?


「えっと……僕は……」


 この部屋にいる全員の視線を感じる。異様なこの雰囲気の中でもニックは、静かにアーサーの質問にはっきりとした口調で応える。


「正直に言うと行きたくない、ですかね」

「なぜ?」

「行きたくない、というよりはまだ行けないという方が正しいかもしれないです。その遠征ってたぶんものすごく大変な遠征だと思うんです。だから、そんなところにシルヴァはともかく僕なんかが行ったら絶対に足手まといになると思うんです」


 なぜなら、僕は魔術が全然使えないから。防御魔術だけが使えるってだけの人間がなんの役に立つ? ドラゴンとの時に思い知った。防御魔術でドラゴンの攻撃を防ごうとして結局、役には立たなかった。

 参加すれば遠征の目的を教える……ということは、余程よほど大事な遠征なのだろう。そんな所に自分が行っては行けない。


「なので、ごめんなさい! 国王様の頼みを断るような事をして本当にごめんなさい!」


 ニックは、跪きながら頭を深々と下げる。


「だ、そうだ。つまり、俺もその遠征に参加することは出来ん」

「そう……ですか」


 アーサーは、微笑みながら困った顔をする。


「分かりました。ですが、この遠征はいつ行くかまだ決まってないのです。ですから、参加を決意なさった時は、いつでもこの城に来てくださいね。お待ちしておりますので」


 そして、その声の後ニックたちの後ろの扉がゆっくりと開く。


「お二人とも今日は、わざわざありがとうございました。朝早くからごめんなさいね」


 優しく笑ったアーサーの笑顔にニックは、一瞬ドキッとした。


「おい、行くぞ」


 シルヴァのそんな声がなかったらもうしばらくアーサーの顔を見つめていただろう。


「ちょ、ちょっと待ってよー」


 ジゼルが帰りも先頭を歩きシルヴァは、すでにジゼルとともに廊下を歩いていた。その背を追いかける為にニックは、少し慌てて立ち上がりアーサーの方に頭を下げてからその部屋を出た。

 ゆっくりと扉の閉まる音がニックの後ろで聞こえた。




 ニックたちが出た後、アーサーは静かにため息を吐いた。そして、椅子の背もたれに息を吐きながら寄りかかる。


「いや~、やはりダメでしたか……」


 小さく笑ったアーサーの斜め後ろで立っていたルークが一歩前に出てアーサーの隣に来る。


「良かったのですか? アーサー王。あのままかえしても」

「良くはないですけど、まぁー仕方がないです。遠征の目的も知らされずに参加してくれ、などさすがに虫が良すぎましたかね」

「確かにそうですが、王令おうれいを使えば良かったのでは?」


 その言葉にアーサーは、首を振る。金色の髪がその時小さく揺れた。


無理むりいは、出来ませんよ。あの遠征に行くのでしたら命令ではなくみずからの意思でないと恐らく……」

「そうですか。では、もうあの二人を遠征に参加させるのはお止めになるのですか?」

「いえ、彼らはきっと参加してくれるはずです。いずれその時が来るまで私は待ちます」


 アーサーとルークの会話はそこで終わった。そして、二人もニックたちと同じようにその部屋を後にした。



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