第2話 自己紹介、そして生か?死か?

目覚めるとそこはピンクな感じの世界。

フラフラの頭を天に向ける。

眩しい。

其処には太陽の代わりにお洒落なシャンデリアがあった。

そのおかげと言うべきか、見渡す限りピンクの世界が広がっているのは、この『部屋』がピンクの壁紙に囲まれているからだと気付く。すぐそばにあったベッドはピンクでフリル付きのカバーに包まれていてその上には真っ赤なハートのクッションが置かれていた。床にはピンクなカーペットに薄いピンク色の大きな熊の縫いぐるみが鎮座している。赤と白のストライプの蝶ネクタイがとても似合っていた。

頭を横に向ける。変な感覚、視線だけが横へ移動しているように感じるのは寝ぼけている所為か?視線の枠内に全身鏡が置かれていたようだ。

「!」

そこに写り込んでいる俺は木製の椅子に縛り付けられていた。頭に電極付きのヘッドギアも装着されている。とてもじゃないが似合っているとは言い難い。むしろ怪しい人。

似合ってねぇ、って、ええー。

[何?どういう事だ!俺はどうなっちまったんだ⁈]

己の姿に気づいた慎也はやっとの事で正気に返ることができた。

[こ、ここは何処だ!誰かいないのか!誰か、助けてくれ!]

訳がわからない。俺は何でこんな所にいるんだ?

少女趣味丸出しファンシーな部屋で拘束されている状況は慎也を余計に混乱させる。

ガチャリと背後でドアが開かれる音がした。


「むぅ、もう目覚めてしまったか」


聞き覚えのある声、それで思い出した!

[俺は月乃に銃で撃たれて、え、俺は生きてる?]

椅子に拘束されている俺のすぐ側を通り過ぎ、正面に立つ人影はやはり月乃輝夜。この部屋で学校指定のジャージを着込んだ姿はなかなか奇妙に見える。


「やはり麻酔の目分量はいかんな。目分量は、余計な手間が増えてしまった」


[ま、麻酔だってぇ、な、なんでこんな事を?]

月乃は答えずベッドの端に座り込み、タブレット端末を眺める。


「仕方がないとは言え、思った通りなかなかの混乱ぶりだな」


タブレットの画面をシュッシュッと指でなぞり何やら確認しているご様子。


「先ずは改めて自己紹介と行こうか、私の名前はでる、た、んん、月乃 輝夜。お前たち視点で言えば『未来人』と言ったところだ」


こちらをチラリとも目を向けずに自己紹介って何なんだ!然も『未来人』だと?月乃ってもしかして電波な娘だったのか?然も平然と拳銃で人を撃つ、かなり危ないヤツ!


「ふん、失礼な奴だなお前は、私は電波ではないし、そして人を撃つ事も無い」


え、え、俺、声に出してたか?全部声にでてる?

この状況で月乃の機嫌を損なうのは非常にヤバイ、何とか言い繕わなければ!


「言い繕う必要は全く無いぞ、存分に『心の声』を聞かせてくれ君のデータはしっかりと残しておくから心配するな」


ニッコリと笑う月乃。

[う、嘘だ!そんなのアリエナイ!なんかのトリックだ!・・・]

今まで見たり聞いたりして来た心理トリック、手品の数々を思い描き何か当てはまるものは無かろうかと振り返る。

それでもやっぱり納得できる説明を見つける事は出来なかった。

じゃあ超能力?テレパシー?天使か悪魔?

最早、支離滅裂。

トドメになったのは昔見た映画のワンシーン。

そっかアレだ、死んだ人間の脳に電極ぶっ刺して記憶を抜き取るアレか!・・・やっぱ、俺、死んでんじゃん。

最早心が読まれている理由なんて全く関係のない、自分自身の懐かしくても、どうでもいい記憶がスライド写真の様に代わる代わる現れては消えて行く。

それは話に聞いた事のある走馬灯なのか?

ぼんやりとした映像がひたすらエトセトラ、エトセトラ・・・

パンッ!

耳元で破裂音。はっと気がつくと、月乃が両の手をピタリと合わせていた。どうやら手を打ち鳴らして俺の意識を取り戻した様だ。


「いきなりゴールして貰っても此方は一向に構わないのだが、お前の返答次第では助けてやらないことはない。いろんな意味でな。・・・だが、その前に」


目の前に掌より少し小さいシートが差し出される。

[な、なんだ?]

そして額にヒンヤリとした感触が。


の冷却シートだ。これで少しは楽になるだろう」


その言葉通りかなり心地よくなった。

月乃のヤツ、今すぐ俺をどうこうするつもりはないって事か?

月乃は再びベッドの上へ。今度は手鏡を手にして俺を映し出して来た。


「うーむ、オマケ(冷却シート)が付くと怪しさ倍増だな」


[ほっといてくれる。これ、あんたのせいでしょーが!]


確かに電極剥き出しヘッドギアに冷却シートの組み合わせは最高に最悪のコラボレーション。これで外に出ようものなら直ぐに通報モノだ。でも今の状況ならそれも有りか?って有りえねぇよぅ!

そして気がついた。

[鏡に映っている俺、話してるのに口が全く動いてない。それどころか全くの無表情じゃあ無いか!]


「お前の身体の自由を奪っているのがその怪しいヘッドギア。そしてそれが私が『未来人』だっていう証拠だ。部品は此方の時代のを使っているが再現率は8、9割と言ったところか、まあまあだな」


ま、まじか!


「ふん、やっと私の言っている事を信じる気になったようだな」


やれやれと言った感じで両手を振る月乃は椅子に拘束されている俺を見下ろしながら続ける。


「さて、お次は何故お前が未来人たる私に拘束されているのかを、説明しなくてはな、しかし・・・」


[!そ、そうか、『俺は将来世界を動かす大物になるんだな!いや、あるいは俺の子供か孫辺りが世界を救う超英雄になるとか!それってマジやばくね]と、いう予定は全くないし、ましてや結婚できるかどうかも怪しいモノだ。いや失敬、我々にはそもそもそんな瑣末なイベントには全く興味は無い』」

無情にも月乃はタブレットを眺めながら俺の明るい未来を一蹴してくれた。

なんか同時通訳的な仕方で酷いこと言われてるな俺。

そんな俺の呟き(心の声)はスルーと決め込んだのか月乃は構わず続ける。


「お前の頭の中に我々が求めているものが入っているんだ。記憶的なものではなく、物理的なもので、だ」


月乃はタブレット画面を此方に向ける。画面には側頭部の断面図が写っている。

[話の流れからすると此れは俺の『断面図』なんだろうな]

今の医学でも当たり前の技術。とはいえ、病気でも検査でもなく、自分の解体画像(頭部だけ)を見せられるのはそれでも気持ちが悪い。

[⁉︎]

そして俺はそこに元来有るはずの無い『異物』を見つけてしまった。

針金のような物が一本、眉間の近くから後頭部の方にまで食い込んでいる。


「流石に気づいたか、ソレは記憶結晶、我々は簡単に『メモリー』と呼んでいるものだ」


月乃が画像の針金をタッチすると『ソレ』が一気に拡大された。

『ソレ』は針金と言うよりハリガネムシ、カマキリの中に寄生するアレと似ている。しかもピクピクと脈動しているように見えるし、その一部分は俺の脳と一体になっている様にも見えるではないか!


「とりあえず見てくれはアレだが『ソレ』はお前を害するものではないから安心してくれ、寧ろ、お前を健康優良児にしてくれているんだぞ、現在進行形でな。お前がどんな不健康的かつ、引きこもりな生活を一生続けたとしても、外にいるどんな人間よりも健康的な生活が出来るだろう」


なに?この言葉責め、一体なにプレイなんだ?こんチクショー!


「さて、本題に戻ろう。ここが重要だ。・・・さっきと本当に矛盾した話で申し訳ないが、問題は『ソレ』がお前がすでにと言っている事だ」


え?今、なんかすごい事言われた気がする。どっかで聞いたことのある名台詞。でもさ、こ、こんな状況だもの聞き間違えの一つや二つ、あるよね?


「気のせいではないぞ。私は確かに言った。私はお前が生物的に死んでいると言ったんだ」


[え、またそんな下り?やっぱ死んでんじゃん。俺]

目の前が真っ暗になる。そして、言い知れない恐怖だけが増し加わって行く。


「・・・慎也。少し目を瞑れ」


再び意識が遠のいて行く感覚を引き止めたのはやはり月乃の声。

『お前』ではない。初めての名前を呼ばれた気がする。ちょっと感動してしまったのは何故だろう。


「いいから早く目を閉じろ」


ここは素直に応じるしか無い。

瞼を閉じると闇が訪れるのは当たり前。先程と違うのは恐怖心が全く無いと言うとこか?

月乃は一体何をしている?

それどころか今は好奇心が遥かに勝る。

薄っすらと瞳を開けると、目の前には月乃の胸元が此れでもかと迫っていた。学校指定のジャージでロマンの欠片も無いが。彼女のささやかな胸が今にも顔面に触れようとしている状況をどの様に表現するべきだろうか?脳髄反射的に浮かんだ言葉はたった一つ。

[ここはきっと天国に違いないですよ!]

思った瞬間。

バチンッ!

全身に静電気を数倍にした様な痛みとも痺れともつかない衝撃、目の中にカメラのフラッシュの様な強烈な光も溢れた。


「あぢゃっ!」


俺が変な叫びを漏らすのも致し方無い。


「ふん、私の言った通り目を瞑らないからそうなる・・・で、どうだ?痛みを感じるのは生きている証拠だ」


「た、確かにそうなんだけどさぁ、限度ってモノがあるでしょーが!」


言った瞬間、自身の声が、感覚が蘇った事に気づいた。全身に血が巡り、心臓の鼓動が感じられる。

まさしく生きているという実感!


「私の目の前に居るお前は、新田 慎也は確かに生きている。しかし、私の仲間の大半はお前は死んでいると判断した。この意味が、分かるか?」


真っ正面に彼女の顔が近づいてきた。

この距離は、近い!

この間合いは幼馴染の秋菜や華鈴以外の異性とは経験した事がない。

やっぱ、可愛いな。

不覚にもそう感じてしまう。

いや、彼女の質問を聞いていないわけじゃあ無いんだからね!ホント。


「えっと、それってかなりヤバイことになるんだよな、俺」


「そうだ、だから提案なんだが、私の部下にならないか?私の管理下に収まるなら、仲間も手出しはしない、ハズだ」


最後の台詞は尻すぼみになり自信なさげな感は否めない。しかし、彼女の瞳は真剣そのもの。

だから、つい言ってしまった。


「あ、ああ、分かった。ヨロシク、頼む」


それを聞いた月乃は心底ホッとした様にため息を吐き、これまでに見た彼女の笑顔の中では最高に優しげで可愛らしい笑顔を見せてくれた。


「やはり麻酔の目分量は良くないな。目分量は、本当に手間のかかる問題が増えてしまった」


文句を言っている様でその実、とても嬉しそうな表情は此方の方が本当の彼女なのであろう。と察することができた。


「さて、時間も押していることだし、仕上げにかかろうか」


月乃の手には何処から取り出したのか特大の注射器があった。中身には緑色の怪しい液体が満タンに入っている。


「えっと、月乃サン、それは一体ナンデしょうか?」


其れをどうするかは分かってはいるが聞かずにはいられない。ワカってくれるね?この気持ち。


「これか?これには二種類のナノマシンが入っているんだ」


ナノマシン、聞いた事はある、確か極小の医療機械だったよな。


「ナンのマシンなのか?と聞きたい様だな」


「・・・ダジャレ、じゃあ無いよな?」


気に障ったのか月乃は無言で俺に針を突き刺してきた。


「ギァアあああああああああああって、痛く無い?」


よく見ると月乃は俺の手首に巻き付いていた緑の拘束具に針を打ち込んでいた。注射器の中身がすこしづつ確実に挿入されて行く。

ゴムの様な拘束具が膨れながらプルプル震えているのは見ていて気味が悪かった。


「ふふん、コレの見てくれも悪いが痛みが全く無いのは良いだろう」


月乃が笑いながら話してくる。

くそ、俺の慌てふためく様子がよっぽど可笑しかった様だな。


「こいつの中身は私の所有を証するモノと、頭の中の『メモリー』をリセットするモノだ。直ぐに眠くなってくるが身体に悪いモノは入って無いから安心しろ」


言っている側から眠気が襲って来た。


「ちょ、ちょっと、待って、くりゃ」


ろれつが回らなくなっている。

おいおい、最初から最後まで一方的じゃあないか。何とか一言いいたいが意識は遠のくばかり。


「話したいことは山ほどあるだろうがどの道時間が足りない。その辺りの話は放課後にでもじっくりと付き合おうじゃないか」


な、何?『付き合おう』だって!

微睡みの中で聞いた月乃の言葉の意味を正しく理解出来たかどうか、慎也は何と無く幸せな気分を味わいながら眠りについた。





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コレは記録に残らない。たぶんネ 古ノ山 @hanasubi02

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