第1話 幽霊って突然現れるんだよね
全力で小走り(決して廊下を走った訳では無い!ここは大事なところ)教室に戻って一息つくが別にそれが気休めになる訳でもない。
最後列にある自分の席に着くと、右手側の席ではニヤニヤ顔の秋葉がいた。
腐れ縁、ここに極まれり。
そして一方、左手側の女子は、欠席か?姿が見えなかった。
「へぇ、今日は村主の奴、欠席なんだな」
何気に秋葉に話しかけると、途端に怪訝な表情。
「んん?村主って、誰?」
何言ってんだお前、と言い掛けたがふと気付いちまったよ。
村主の欠席をいい事に俺を謀るつもりだなコイツ。恐らくは幽霊話ついでに笑い話の一つでも付け加えようて魂胆か?そうはいくか!
「ああ、すまん、気のせいだ!隣にいるのは何時もお前だけだったな」
ちょっとイケメンぽく(自己評価)笑顔を見せる。
「!!、ば、馬鹿、何言ってんのよ」
ほんのりと頰を赤くしながら口を尖らせる秋葉。
なんか、予想外な反応、しかしどんな企みがあったかは知らないが、まぁ、これで流れはこっちのものだ。
「で、話は戻るんだが、村主は風邪か?あいつが風邪を引くタマには見えないんだけどなぁ」
ドラム缶のようにドッシリとした体格の少女が慎也の頭の中で四股を踏んでいた。
そんな彼女が何時もなら座っているであろう空席を指差しながら窺い見ると。
「で、ってなによ、だから、村主って誰って話よ。あんたの、とっ、隣は私だけって言った通りじゃない!」
ちょっと後半は恥ずかしげに答える秋葉、しかし俺にとってポイントは其処では無い。
え、それってどういう事でしょう?
内容的に秋葉の返しは変わらない。
新学期が始まってすでに数日間はたっている。村主は昨日までずっと左隣にいたんだぞ。幾ら俺をからかう為でも無理矢理過ぎる。
それでも秋葉は『村主って誰?』って話を押し通そうとしているのか?・・・それこそ秋葉の性格からしてありえない。
「えーと、秋葉、さん、ちょっといいっすか?」
俺は『村主』について問いただそうとしたが叶わなかった。キュルキュルッ、ガポンッ!スライド式のドアが開き、先生が現れたからだ。
タイミングの悪さに嘆く間も無くすぐさま日直の号令が響く。
「起立!礼!」
教壇にたつスーツ姿の女性教師、五十嵐先生。見た目(年齢不明)年若い先生で皆んなの人気者だ。近づきやすいその性格ゆえに相談事に訪れる生徒も結構居るそうな。イメージ的にカッコイイ先生でもある。
何時ものように爽やかに「おはよう」の挨拶を交わした後。
「ん、全員出席だな。いつも元気でよろしい!」
そして、何時ものように体育会系のノリで手早く生徒の出席確認を済ましてしまった。しかし。
あれ、なんだ、この違和感。
これはこれは五十嵐先生らしくない、らしくないよ、ボクのお隣、欠席ッポイんですけど、えっ見逃しっすか?でも、まぁ、そんな時もあるよね、だって人間だもの。
ここはひとつ、村主・・・すまん、下の名前、わすれちゃったよ!べ、別に焦ってない、焦ってないんだからね!別にどぉってこと無いでしょ!同級生の女子一人くらいの名前、パパッと抜け落ちる時ってあるよね。よぉし、伝えてあげようじゃ無いの!『先生ぇ、村主、欠席ですよー』って教えてあげようじゃ無いの!コレって問題ないよね?だよね?
・・・俺は誰に言い訳しているのだろう。
そして、結局その一言が、言葉に出来ない。
何分の一、何百万分の一いや、何千万分の一の確率で『村主って誰』って話になるのが正直、怖くなってきた。
おーい誰か!村主が欠席してますって先生に教えて上げて!
早速他力本願モードに移行した新田慎也である。
そんな感じで一人悶々としていると五十嵐先生はこちらに全く気を止める事なく実に楽しげな声を上げた。
「よーし、今日はみんなに素晴らしい
開いたままのドアから教室に入って来る一人の小柄な少女がいた。腰の辺りまで伸ばされた黒髪ロング、パッチリと開かれた大きな瞳は黒曜石の様だ。
教壇の端に立ち、教室をじっくりと見回し一礼。姿勢良く、可愛いらしくも凛とした顔立ちは知性的な印象を与えている。
「ほおぉ」
教室内の全ての生徒、男女を問わず99%ほぼ全員がそんなため息をついたと思う。
そんな中、1%つまりこの俺だけは思わず「ひぃっ」と息を飲み込んでいた。
どっかでお会いしましたかね?そんなおとぼけは無用だ。
似ている、なんてものではない。あの娘はあの時の幽霊?
先生が黒板に彼女の名前を板書して行く。
『月乃 輝夜』
「ツキノ テルヤです。アメリカのテキサスから10年振りに日本に帰って来ました。これから宜しくお願い致します」
見た目まんまは日本人とはいえ日本を離れて10年振りとは思えぬ流暢な日本語だった。
本当に簡潔な自己紹介の後ペコリと頭を下げて挨拶。よく通る声も可愛らしかった。
「日本語上手」とか、「おお、帰国子女かぁ」という声もそこかしこから聞こえて来る。
そんな同級生達の騒めきを五十嵐先生はパンパンと手を叩いて制し月乃の隣に立つ。
「時間無いから自己紹介は休み時間でやれ、席は、そうだな、最後列のあそこだ」
案の定と言うべきなのか?俺の隣を指す五十嵐先生。
普段なら小踊りしてしまいそうな状況だ。それは認めよう。だが、彼女は余りにもあの幽霊さんに似過ぎている。
彼女の可愛さはむしろ言い知れぬ恐怖を慎也に抱かせていた。そう、頭の中は軽くパニック状態だ。
え、ええー、先生ダメじゃ無いですか!明日あたり村主が出席して、自分の席が無くなってました。なんて事になれば、イジメになっちゃいますよ、それ!ねぇ、誰か言ってあげなきゃダメじゃん。お願い、誰か突っ込んであげてぇ!
ならば『自分が言え』って事なのでは有るが、やはり言葉にできない。
ああ、俺ってやっぱりチキンなんだな。
思わずぐったりと頭を垂れてしまった。
ゆっくりと此方に歩いて来る月乃。彼女が一歩、一歩近づくにつれ自分の心臓がバクバクするのを感じる。
ガタッ、とうとう彼女が左隣の席に座った。
「よろしく」
彼女が俺に向けた言葉だと理解するのに一瞬時間が掛かったが、「此方こそ」と何とか返せたのは自分でも意外だった。
13:15
昼休み。教室の窓際に二人佇む人志と俺、俺の席とその周りは只今月乃を歓迎する同級生とその仲間達で溢れている。今日は休み時間全てにおいて同じ状態になっているのは田舎の学校に見られる娯楽の少なさにあるのだろう。
「それにしても1時間目のアレって何だったんだ?」
人志が俺に問うて来たのはきっと1時間目の授業が終わったあの時の事だろう。
9:40 に戻る。
1時間目の授業が終わった後の休み時間。
転校生の元に雪崩の如く押し寄せる同級生に逆らい、一路人志の席に向かった俺はまくし立てるように彼女について問いただしていた。
「お、おい、む、村主って知ってるよな、女生徒で、こう、なんだ。ストンっていうか、いや、そう!ズドンっ感じの!」
自分で言っておいてなんだが、随分と失礼な表現。でも早く自分の記憶の中に存在する村主の安否を確かめたかった。
「なっなんだよ、藪から棒に」
「良いから知ってるなら教えろ!」
本当は『同じクラスの村主』と言いたかったがこうなっていては難しい。
俺の剣幕に押された人志は怪訝な顔をしつつも答えてくれた。
「確か、A組にそんな感じなのが居た気がする、な」
「って分かるのかよ!」
頼っておいてなんだが俺の抽象的な表現を受け、そんな感じの人物を直ぐに脳内検索出来る人志にチョット引いちまったが、すぐさま踵を返しダッシュ。
後ろの方で「お、おい!」なんて人志の声が聞こえてきたが何にしても後回しだ。
廊下も全力ダッシュと行きたかったが
これも可愛い転校生効果ってやつか?
教室一つ分の距離がヤケに遠かった。果たして、開け放たれていたA組のスライド・ドアの向こうに『村主』がいた。
む、村主 なにがし!相変わらずドラム缶の様に頑丈そうだぜ!
彼女は椅子にドシンっと座り、友人らしき女生徒達との談笑を楽しんでいた。
生きている人間を見ただけで涙がちょびっとだけでも零れたのは初めての経験だった。
それにしても一体どういう事だ。一連の出来事に違和感を感じているのは俺だけの様だ。
やっぱりあの幽霊に似た少女、月乃 輝夜が関係しているのだろうか?
13:20
昼休みの続き。
「とりあえず、生きてるって事がそれだけでも素晴らしいと思うんだ、俺は」
何か悟りを開いたかのような俺の言葉に人志は怪訝な顔を向ける。
「オイオイ、幽霊を見た所為で人生観でも変わったかぁ」
色々誤解が生じている様だが説明のしようがない。
「まぁ確かに、生きている美少女は良いよな。見てみろよ。俺たちのクラス完全に勝ち組だぜ」
人志の見る先には未だに人だかりを生産し続ける月乃が見え隠れしている。
「俺たちのクラスに唯一足りなかったロリッ娘成分が補完された瞬間だ。当然、美少女!」
やはりというかなんというか、やっぱり失礼な物言い、しかし言いたい事は分からない訳ではない。総じて俺もこの手の話題を楽しむ方だからだ。だが今現在、非常事態(俺限定)だからそれどころではない。
「あぁ、まあ、そう言えなくもないか」
だから力無く答えてしまうのは仕方がない。しかし俺の薄い反応が気に食わなかったのか人志の力説はまだまだ続くようだ。
「お前、この素晴らしい状況を鑑みて何も感じねぇのか?いいか、まずあそこを見ろ!」
ズビシィッ!と効果音が出そうな勢いで腕を差し伸べる先には一人の少女、高橋 里美がいた。
「彼女こそ女子陸上の華にしてポニーテールの似合う美少女!俺ランク3位の高橋だ!そして、そこぉ!」
ズビシィッ!続いて手を差し伸べるは我らが幼馴染二人とクラスでは一人だけの金髪女子、塚田コールだ。
国際と名が付く割に金髪系の生徒は学校全体から観ても少なく、慎也の記憶が正しければ後一年生のクラスに一人いるだけだった筈。
最前列の席に座する火挟と秋葉、そして塚田三人が楽しそうに談笑している。
比べるのはいけないと分かってはいるが日系と欧米系(塚田はハーフではあるが)の体格の違いは見ての通りだ。
だが、彼女に関してはあえて言おう!ナイスバディと!
「塚田は言うまでねぇだろ。あの我儘ボディに金髪と来たもんだ。まさしく洋モノ代表間違いなし!」
同級生を洋モノ扱いするな!
と、突っ込みたい所だが、確かにあの娘の前に立つと視線の向けどころに困ってしまうのは事実。
「そして、我らが幼馴染ーズ。知性的イメージの転校生と微妙に被るが火挟は文系美少女。秋葉は引退したとはいえ、今でも世界を狙える『女傑』格闘系美少女。こんな環境で燃えねぇ、いや、萌えねぇってありえねーだろ!」
わざわざ言い直さなくて良い。
「秋葉の前で『女傑』は無しだぞ、さもないと手より早い足技が出るからな。」
「はっ、何を仰いますか、足技ドーンと来い、と言うか、全力でお願い致しますとも!」
「・・・お前、ホンモノだよ」
ふと、件の三人組を見てみると、秋葉が此方にニッコリと微笑んでおられるではないデスか!
「頼むから、そん時は俺を巻き込まないでくれよ」
人志はその意味を理解出来たかどうか。
「当然、ヒラヒラの向こうは俺だけの世界だぜ」
と、言い切った。
その前に意識が刈り取られることを教えるやるべきかどうか悩みどころだな。(経験者 談)
それにしても見た所、月乃は終始そつなく同級生との会話を楽しんでいる様だ。隣に座る俺に対してもそれは変わらない。転校生アルアルなら教科書見せて♡的なイベントも起きるかとも思えば、左隣の女子(月乃視点)に席がくっ付いちゃう辺りは現実を突き付けられた感は否めない。
まぁ、そうなったらなったで俺は恐怖に押しつぶされてどうにかなってしまうんだろうけどな。
同級生達の壁から垣間見える月乃の笑顔はやはり可愛かった。
16:00 放課後。
教室の掃除も滞り無く終え、自分の席に引っ掛けている鞄を持つ。そして気になる月乃の座席は最早もぬけの殻となりその姿は教室には見つけることはなかった。
既にお帰りになられているご様子、結局何もなかったな。
全く、あの娘の一挙手一投足に目を光らせていたっていうのに、いつの間に消えたって言うんだ!・・・いえ、すみません。怖くてチラ見を繰り返していただけでした。だって可愛くても怖いものは怖いだろ。
見回すと悪友の人志も何処かに消えている。
ま、居たとしても今更幽霊話しもどこ吹く風となっているに違いない。
だからと言って一人であそこ、特別教室棟に行く気にはなれない。もしも、もしもあそこに月乃が一人佇んでいようものなら、俺は絶叫しながら階段で転がり落ちる事にもなりかねない。断言しよう引きこもり生活の始まりだ。
「よし、まっすぐ帰ろう」
帰宅部の慎也は誰に話すまでも無く家路につく事にした。
この付近では珍しい高層マンション『サンライズ千里』、学校から歩いて十数分前後の所に新田家の自宅はあった。(隣も新田家ではあるが)
大きめの正面入り口から中に入りるとそこには広い空間が確保されていて壁には掲示板と近隣施設のイベントの告知がなされていた。偶に近所で起きた事件、事故の連絡が張り出されているが概ねここら一帯はのんびりしていると言えるだろう。
退屈な場所、そんな事ばかりで嘆いていたあの時が懐かしい。
はぁ、暫くは、いや、場合によっては当分の間は心臓の悪い生活が続くのだろうか?
ため息をつきつつ設置されているエレベーターに乗る。ピッ、12階へのボタンを押して我が家へ。
チンッ、到着を知らせる機械音を響かせドアが開く、それをボンヤリと眺めてから一歩踏み出す。
其処はいつも通り薄暗い空間だった。
最上階付近つまり11階と12階は(転落防止の為と思われる)コンクリートの壁に囲まれた空間となっていた。採光用としてはめ殺しのガラスは設置されているがいかんせん数が足りていない。時間帯に関係なく何時も薄暗いのだ。
正面に三部屋分のドアが並んでいる。真ん中の部屋が我が家であり右隣が新田秋葉の家となる。因みに左隣は空室だ。
「あちゃー・・・」
奇しくもこの部屋の並びが今日の出来事を思い出させるキッカケになってしまった。
ま、まぁここは以前から空室だしぃ、いきなり美少女がご引越しなんて偶然あり得ないよね。
1201号室のドアにはこのマンションでは空室を表す特有の錠前が掛かっていた。
「!」
設置されたタイマー式の電灯に灯がともり始める。しかしパチッパチパチチ・・・ンッ電灯が一本点滅を繰り返している事に改めて気付いた。
中途半端な灯りは恐怖心を煽るもの。
「全く、ここは何時も薄暗いな、あっ、しかも電球きれかかってんじゃん!」
気を紛らわせるためにわざとらしい独り言を呟きながら自宅の鍵を取り出す。
背後でプシュウッとエレベーターの扉が閉じる音が響く。そして彼女の声も。
「新田 慎也、お前がまっすぐ帰って来てくれて助かった」
「ひぃ」と短い悲鳴を上げ、ザザッと振り返ると其処に月乃が居た。
薄暗い場所でみるとやはり似ている。あの幽霊にというかやっぱり御本人!?
ボンヤリしていたけど断言できる!エレベーターから降りた時、確かに此処には誰も居なかった。元々エレベーターの中に居たってか?一番あり得ない!エレベーターの横にある非常階段から飛び出して来たのか?それも・・・ないない!あの重厚感溢れる鋼鉄製の扉を物音立てずに開けられるものか!ここは滅茶苦茶音が響くんだぞ!
普段から新田両家は玄関ドアの開け閉めにさえかなり気を使っているのだ。
月乃はエレベーター内の光に背を照らされ悠然と立っている。
そして彼女は此方に右手を突き出す様に構えをとった。
「えっ!?」
月乃の右手には拳銃が握られていた。しかも銃口はしっかりと此方に向けられているではないか!
怖っ!何が怖いかって?もぅどっちに怖がれば良いのか分かんないって所がだ!幽霊?拳銃?
最近の幽霊は拳銃を持ち歩くのかよ!
「お前が悪い訳ではない、でも、巡り合わせが最悪だっただけ、ただそれだけ」
彼女の台詞はよく理解できない。だがその引き金は引く気マンマンである事を雰囲気で理解する。
「ちょ、ちょっと待っ・・・!」
しかし、俺の言葉は最後まで発せられることはなかった。
バシュッ!
乾いた音が響いた瞬間、呆気なく俺の意識は消え失せた。
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