コレは記録に残らない。たぶんネ

古ノ山

プロローグ

××x7年4月26日(水)16:20

こんな状況いきなり過ぎてどうしようもない!!

目の前の少女が拳銃らしきものを自分に向けている。

彼女については全く知らないという間柄ではない。とは言っても、よく知っているか?と聞かれればやはり知らないと答えるしかない。、そんな関係。


「お前自身が悪い訳ではない、でも、巡り合わせが最悪だっただけ、ただそれだけ」


彼女の台詞もよく理解できない。だが、手にしているその銃の引き金は引く気マンマンである事は雰囲気で理解できた。


「ちょ、ちょっと待っ・・・!」


俺の言葉は最後まで発せられることはなかった。

バシュッ!

乾いた音が響いた瞬間、呆気なく俺の意識は消え失せた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


約8時間前


「ガッハハハハハハハハハハ、は、ひ〜マジかよ、お前、ゆ、幽霊ってお前!!」


「お、おい!笑いすぎだって、ご近所迷惑だろうが!」


平日の朝8時過ぎといえばこの時間、ご近所迷惑どころの話ではない。出勤するサラリーマンや登校途中の小中高校生の注目の的となってしまっていた。

これ以上変な目で見られるのは勘弁願いたい。

それにだ!


「大体、お前の為に夜の学校に忍び込んだのに、なんて言い草だ!」


そう、そもそもコイツの忘れ物が無ければあんな未知との遭遇を経験することもなかったのだ。


「いやいや、それに関しては十分感謝してるって、いや本当、でもよ、そこで幽霊って、ぷっ、くく」


これが自分の体験では無く他人の話ならば、あるいはコイツと同じ反応をしたのだろうとは思うが、余りにも笑いすぎな気がする。

歩道を行き交う人々の視線を気にしながら歩き続けていくと、あっと言う間に我が学び舎に到着してしまった。

自宅から歩いて十分と少し、走れば数分の距離に位置するこの場所が千里国際高等学校センリコクサイコウトウガッコウ、ここが俺たちの通う高校なのだ。因みに道を挟んだむこう隣には千里国際大学がある。

大学の方とは違い、国際と付いてはいるが普通科の高校とさほど変わりはなく周囲の環境と相まってのんびりした雰囲気は嫌いでは無い。

部活動に勤しむ生徒達がグラウンド周りで青春の汗を流している様子を尻目にしながら、校舎に入る俺たちは真っ直ぐに教室に向かう。

2年C組。

後部の引き戸から教室に入ると既に幾人かの同級生が思い思いの時間を過ごしていた。

その中に右手最前席で読書を嗜む彼女の後ろ姿も確認する。

珍しいな、今日は秋葉と一緒じゃなかったのか。

隣に住んでいる幼馴染の少女の顏が頭に浮かぶ。

今日は訳ありで早目にやって来た俺達なんだが、彼女アイツを含め中々皆さんお早いご登校で吃驚だ。

爽やかにおはようの挨拶を交わして自分の席に鞄を置く。読書の君は本の方に集中しているらしくこちらに振り向きもしない。

まぁ、今は良いか。と言うかそれはそれで都合がいい。

一息ついて人志に向き直る。

さて、覚悟を決めて行きますか!

俺としては手っ取り早く確認しておきたい場所があるのだ。


「んっんん!人志、島田人志君、チョット付き合い給え」


島田人志、一緒に登校した爆笑人間もとい、悪友に声を掛ける。


「お、もしかして、例の場所、行ってみるのか?でもなぁ、ん〜、面倒くせぇなぁ、とりあえず一人で行って来い。の奴が居たら悲鳴を上げてくれ、直ぐに助けに駆けつけるからよっ。ぐっふふふふ」


人志の語尾に小馬鹿にした様な響きを確認。

今の俺の顔はきっと悪意に満ち満ちた笑顔になっているに違いない。


「黙ってついてこい。引き千切るぞ!」


手にしたのは先日の夜に回収したブランド物のネックレス、つまり島田の私物だ。


「お、お前、それは反則だろ!」


慌てふためくのは無理からぬ事、ネックレスなんて興味の無い俺ではあるが、これの値打ちぐらいは理解できる。

まぁ雑誌で見かけただけだがな。

一瞬で自分の小遣い数ヶ月分のネックレスを引き千切る勇気は実際には無いのだが、脅しは効いたようだ。


「い、一緒に行くから勘弁してくれぃ」


人志はこうべを垂れその手を差し伸べてくる。時代劇に出てきそうな見事な『お恵みくだせぇ』のポーズ。しかし俺はその手を無慈悲なお代官様の如くパシンッ!とはたき落とす。

此奴に情けは無用なのだ。


「よし、行こう。此れを返すのはその後だ」


目指すは特別教室棟の3階廊下。

俺は教室の壁の向こうにあるその場所を睨みつけていた。

千里国際高等学校は昇降口から見て左手側が教室棟、右手側が特別教室棟という造りになっている。昇降口の真正面には中庭の様なスペースが設けられていて授業中以外の時間帯は上級生、下級生を問わず人気の憩いの場となっていた。そして今も数人の生徒達が楽しそうに駄弁っている。

俺と人志は中庭を囲む廊下を渡り、昇降口から数えて二番目に当たる特別教室棟の階段に回り込んで来た。

此処までくれば流石に此奴も逃げ出すまい。


「そもそもだなぁ、此れの為にえらい目にあったんだぞ」


階段を上りながら人志にネックレスを手渡す。


「わっ、うおおい、こんな所で取り出すな」


人目をさけて慌ててポケットにしまう人志。この手のアクセサリーは校則違反だ。当然の反応だろうとも言えるが、こんな所と言ってもこの時間帯、こんな場所に人気がある訳もなく。


「小心者め、そんなんでよくもそんなモン身に付けてんな」


「うっせー、表に出さないファッションって言うのが有るんだよ」


俺はへいへいと生返事を返しながら手を振るが、自身は結構緊張状態にあるのを感じていた。

そう、今まさに俺達の目的地、特別教室棟3階廊下に立っているからだろう。

真っ直ぐに伸びるリノリウム製の廊下は何時もより長く見えている。しかも身体がふらついて一歩踏み出すもうまく歩けないではないか。まるで自分の足では無いかのような違和感を持つ。

やっべー、俺ってばかなり参ってんな。

人志の手前、言葉には出せず悶々としていると、当人は鼻歌まじりにテクテクと前を行くではないか!

なんかもう頼もしいを通り過ぎ、幽霊関連で来てるだけに実に恨めしい。


「・・・」


全く、こっちは数歩進むだけで精一杯だってーのに。

思わず立ち止まり窓の外を見る。此処からは自転車通学の生徒が使う駐輪場の一画が見える。自転車を置いた生徒達がゆっくりと昇降口に向かっている。一様に笑顔の彼らは溌剌としいるが、俺は昨夜の情景をゾッとしながらあの時の少女の姿を思い浮かべていた。

俺があそこで、あの娘がここに居たんだ。確かに居た。長い黒髪の少女が。


「全く、幽霊ねぇ、大方あの『トンガリ帽子ちゃん』を見間違えたんじゃあねぇか?」


人志は親指を立てて廊下突き当たりの搬送用エレベーターを指す。

通常、重い荷物の持ち運びに使われるエレベーターだが、夜間に於いては警備兼お掃除ロボット、通称トンガリ帽子を搬送する専用エレベーターとなる。

確か、正式名称はルン・ガードだったっけか、警備会社のアルトゥークと清掃会社のバッキムが共同開発した優れもの。

月一でワックス掛けもしてくれるので何時も廊下はきれいなもんだ。

名称自体覚えにくいわけではないが、どうしても形に目がいってしまう。つまり、トンガリ帽子。

高さ150cmの三角柱ボディにチョコンと載せられている三角錐の頭部にはいくつものセンサーが取り付けられていて文字通り暗闇の中で目を光らせている。

しかし、こっちの気持ちも知らずあっけらかんと言ってくれる。


「バッカやろ!実際あの娘はパッとこの廊下に現れて俺と目を合わせた瞬間パッと消えたんだ!それにそれ抜きでも俺が『トンガリ帽子』とあんな可愛い女の子を見違えるはずがないだろーが!」


「な、なんだと?女の幽霊って、可愛い女の子だったのか?」


そう言えば人志には『女の幽霊を目撃した』としか言っていなかった。


「大事なトコだ!そんなに可愛い女の子だったのか!」


可愛いと言う言葉が付くだけでやけに食いつき良くなりやがって、だがしかし、そこはやはり人志だな。


「ああ、この世の者とは思えねぇ位、可愛い女の子だった!」


幽霊だけにな。


「・・・ん、いや、そんな、でも幽霊なんてなぁ」


しかし、それでも顎に手をやり、疑いの眼差しを向けてくる人志。


「俺とお前、グラビア品評会で鍛えたこの目を信じられないって言うのか?」


グラビア品評会、水着系の写真集の批評に過ぎないが、うら若き少年達には十分刺激の強いイベントと言うか、娯楽?を共に楽しんで来た友の言葉には少なからず響くものがあった様だ。


「なるほどな、を持ってして確かにトンガリ帽子と少女を違える訳がねぇな」


信頼の土台がグラビア品評会という事に少し悲しみを禁じ得ないが今は仕方がない。


「俺はあの少女の正体が知りたい。力を貸してくれるよな」


「当たり前だろ、俺たちは親友だぜ」


男と男の友情が再確認出来た所で、さぁどうにかなるか、と言うわけではないがヘンにテンションが上がって来た。しかしそんな時だ。


「くおぅら!お前らそんな所で何やっとるかぁ」


怒鳴り声に二人して思わずズッザザザァーっと後ずさってしまった。

其処には恐ろしい先生ではなく。ニコニコ顔の二人の女生徒がいた。茶髪ショートの見るからに勝気な少女、そして黒髪をボブに切り揃えた眼鏡っ娘の二人だ。二人とも同級生であり、幼馴染みの腐れ縁である。


「おはよ、慎也、人志、そんな所で何をしているんだい?」


怒鳴り声を上げた女生徒の背後から挨拶を交わすのは火挟 華鈴。

黒縁メガネのよく似合う知性派美少女だ。


「ん、それはとってもしょーもない、理由なんですよ。ねぇ慎也❤︎」


答えたのは勿論俺では無い。

ムフフと笑いながら近づいて来る怒鳴り声をあげた張本人、新田 秋葉だ。

彼女に至っては俺の遠縁の親戚でもあり、家も隣同士の超の付く腐れ縁。まぁ此奴も美少女って言っても差し支えはないだろう。その男勝りの腕っぷしさえ無ければ言いよる男も多かろうに。

そして何故、お前がそれを言う。と突っ込みたい所だが、実の所一番最初に幽霊話をしたのはこの女、秋葉なのだ。そして当然の如く、笑われた。


「ここでね、新田 慎也くんは、ゆうれいを、目撃したそうなんですぅ」


「ほぅ、それは興味深いな。そんな面白イベント、何故私達を誘ってくれなかったんだ?」


華鈴は黒縁メガネをくいっと上げながらニコリ。

その仕草に少しドキッとしてしまう。少しだけな!

・・・顔には出てねーよな。


「お、おぅ、秋葉には笑われたからな、誘いにくいし、火挟は本を読んでたじゃないか。そして何よりだ。こいつを連れて来てるのは、俺を怖い目に合わせた張本人だからだ!」


俺はえへへと、笑う人志を指差しそっぽを向く。


「ふぅん、どうせ、あのトンガリ帽子ちゃんと見間違えたんでしょ、アレってば暗闇では目がピカピカするって言うし、あんた、それにビビッたんしょ」


秋葉、お前もか。だがこいつにはグラビアネタは通じない。というか俺たちの密やかな楽しみを知られる訳にはいかない。いろんな意味で。

さて、どう言い返そうかと悩んでいると。


「なんにしても時間が無いぞ。来て早々残念だが教室に戻った方がいいのではないか?」


心底残念そうに華鈴が腕時計を指し示す。

なんてこった!それはそれでこのままでは俺は狼少年のままでは無いか。

だが時間は無情に過ぎ去るものだ。


「じゃ、次は休み時間って事にして教室に戻るとしましょーか」


俺の肩をポンポンと叩き人志はサッサと階段の方へと歩いて行く。ニヤニヤしながら秋葉も続く。

なんか悔しい。

未練がましく廊下を端から端を見渡していると、早速チャイムが鳴りだした。


「慎也、走れ!」


華鈴が彼女らしからぬ大声で呼びかけて来た。

もうすぐ朝のHRが始まる。


「ああ、今行く!」


俺は応えて華鈴の後ろを追いかけた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る