第41話 深夜の遭遇
ユーリィはあてどなく深夜の街を歩いていた。細い道路はひっそりと静まり返り、相変わらず人通りはない。ごくたまに通り過ぎる車が起こす風が、店のシャッターを鳴らして去っていく。
彼は手にしていた地図を広げた。赤い丸をつけられた箇所と、同じく赤で線を引かれた道路、さらに大きく赤で囲まれた区域は薄暗い街灯の明かりでもはっきりと良く見える。
印がつけられているのは既にジョイスが犯行を起こした場所、そして今現在警察の巡回警備がされている地域だ。彼はその印がされていない場所を彷徨っている。
つまりは今後ジョイスが現れそうな場所ということだ。
本当にこんなことでジョイスの手掛かりが掴めるのだろうかと、湧き上がってくる疑問をひたすらに押さえ込んで歩みを進める。
何か確証があるわけでも、勘が働いているわけでもない。ただ歩いていればそのうち偶然に「事件に関する何か」に出会えないかという淡い期待を寄せているだけなのだ。
角を曲がると少し広い道に出た。蒼白く光る街灯が、街路樹の掌のような形の葉をぼんやりと照らしている。
前方に人影が見えた。
髪の長い女が一人歩道を歩いている。地味な紺のスーツを身に着けて、シンプルな黒い革のバッグと白いレジ袋を手にしている。会社の帰りだろうか。人影のない通りに、女とユーリィの足音だけが響く。
ふと女の足音が早くなり、不自然な程の早歩きになった。明らかに警戒されているようだ。彼女の気持ちはわかるが当然いい気はしない。彼は思わずため息を漏らす。
しかし、すぐにユーリィは考えを改めた。たとえ怯えられたとしても、自分が一緒にいれば彼女がジョイスに襲われることはないだろう。後でわかってもらえればそれでいい。
またそんな風に考えながらも、もし今彼女が襲われたとしたら、その決定的瞬間をカメラに収めることができる。そんな黒い考えが一瞬頭を過った。
(俺は一体何を考えているんだ……)
そんな身勝手で恐ろしい考えを振り切るように、彼は頭を大きく振る。すると、ふとその視界に何か白いものが映った。
白いワンピースとバスケット。一目でわかった。いつも事件の現場に来ているあの少女だ。彼女はユーリィと紺のスーツの女の前方に立っていた。街路樹の横で、薄暗い街灯の灯りに影を伸ばしてこちらを睨みつけている。
また何か因縁を付けてくる気か、とユーリィも負けじと少女を睨み返した。しかし、彼を見るその鋭い視線が彼のそれとぶつかり合っただけで、途端に恐怖と不安がわき上がって来た。緊張が高まり、動悸が激しくなる。
続いて激しい眩暈に襲われた。胸が苦しくなり、呼吸を続けるのが困難になって思わずアスファルトの地面に膝をついた。
倒れ込みそうになりながらも、大切なカメラを取り落とさないようにしっかりと抱きかかえるのが精一杯だった。
髪の長いスーツの女が振り返ったようにも見えたが、みるみる目の前が暗くなっていきそれさえも確認できない。彼はそのまま倒れ込み、意識を失ってしまった。
風が吹く前に 千石綾子 @sengoku1111
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。風が吹く前にの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます