第40話 苛立ちと後悔と

「末端のメンバーから辿り着けないなら、まずは大元のイリーシャ本体を叩いてみたらどうなんだ?」


 深夜の巡回警備は、多少なりともジョイスの犯行を抑制しているかもしれない。しかし、ジョイスそしてイリーシャの動きを止めるにはもの足りない。常に後手に回っている現状を考えると、ここは攻めの姿勢が必要だ。そうリシュアは感じている。


 オクトは渋い顔でそれにうなずく。リシュアの言葉に賛同したのかと思いきや、出てきた言葉はそれとは違っていた。


「それが……たしかに実体は危険なカルト集団なんだが、対外的には彼らなりの信念や教義を持った、ひとつの教団という事になっている。政財界の中枢にもメンバーがいるようで、時に圧力をかけられたりもするんだよ。なかなか手を出せない、厄介な奴らなんだ」

 

 その言葉に表情を険しくして、リシュアは小さくうなる。普段のような余裕はなく、かなり苛立っているようだ。


「まさか日和ってるわけじゃないよな。厄介だろうが何だろうが、ジョイスがイリーシャに飼われている可能性があるなら、イリーシャ本体を当たってみるのが近道じゃないのか」

「それは、まあ……考えてみるよ」


 オクトは気圧された様子でそうとだけ答えた。彼もリシュアが言っていることくらいは、とうに承知している。だが、明確な容疑もなく一教団を捜査することなどできない。だからこそ地道にジョイスを探してイリーシャへと繋げようとしているのだ。


 一方のリシュアも、ああは言ったもののオクトの立場を痛いほどよくわかっていた。だからこそルゥと一緒にジョイスが出没する地点を予想して巡回用の地図を作り、夜な夜な街中を歩いているのだ。


「勿論それだけが有効な方法じゃないのはわかってる。……俺は、俺達はただ、できることをするまでだ」


 その言葉に、オクトが今度はしっかりとうなずいた。毎日足を棒のようにしてジョイスを探しているというのに、それをあざけるように事件は起きる。リシュアの苛立ちはもっともだ。



 しかしそれだけではない。もう一つオクトが知りえない、リシュアが不機嫌になっている理由がある。言うまでもなく、それは司祭のことだ。今日寺院で、差し出した手を払いのけられたことがずっと頭から離れない。


 結局司祭はそのまま自室に戻ってしまい、あとを追いかけたリシュアが部屋の前で声をかけても返答はなかった。しばらく扉の前で待っていたが、結局諦めて戻って来た。


(何か気に障る事でも言っただろうか……)


 思い返しても心当たりはない。リシュアは大きくため息を吐くと、黙って片手をあげてオクトに退室の挨拶をし、ルゥを連れ立って巡回へと出かけた。


***



 司祭は部屋でひとり本を読んでいた。しかし実際は本の内容など頭には入って来ない。ただ字面を目で追っているだけだった。

 

 はぁ、と何度目か分からないため息が出る。思い起こされるのは、リシュアの手を払いのけた瞬間の事ばかりだ。


(何故私はあのようなことをしたのでしょう……)


 いくら動揺していたとはいえ、あんな態度をとっては更に彼の心は離れていくだろう。謝罪するにしても、何といえばいいのか。自分でも何故あんな行動をとったのかわからないというのに。


 司祭はポケットから例の新聞紙を取り出して、開いて見つめた。

 暗くてぼやけた写真だが、やはりそこに写っているのは間違いなくリシュアとルゥだ。


 何故このような事になっているのかと、みっともなく問い詰められればどんなに良いだろう。

 しかし司祭には無理な話だった。リシュアが戦地に赴く際に気持ちは伝えたものの、そこから先はまるで進展がない。むしろ伯爵のことがトラウマとなり、抱きしめられても恐怖を感じてしまう。


 どんなに気持ちを伝えられてもそれに応えられずにいた。心が離れていったとしても司祭には何かを言う資格はない。

 再びため息をつき、司祭は便箋を取り出すと、手紙をしたため始めた。

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