先生
みりん
第1話
大人の男の人の部屋には、やっぱり避妊具が散らかっていたりするのが普通なのかな。
缶を2本と、広げたポテトチップスの袋を置くだけで埋まってしまう狭い机越しに、すでに泥酔済みの人がいる。
「先生、お酒飲みすぎじゃないですか。」
「んー、研究で疲れたから、今日だけはいい。」
「そういう問題じゃないですよ。」
まだ19歳のくせに、と続けたけれど、先生は聞いていない。
単に眠いだけなのか、それとも罪の意識が少しでもあるのか。
ただの家庭教師の生徒から彼女にまで成り上がった私は、やっぱり幸せ者なんだろう。
でも、一人暮らしの先生は、他の女の人を連れ込むことなんて簡単にできてしまう。
もしも、私がそれに気づいてないだけだとしたら、先生の中で私はただのセフレなのかもしれない。まだラブホテルにも入れない、高校2年生の幼いセフレ。
「この部屋、なんでこんなに避妊具落ちてるの。」
いきなりの質問に驚いた先生は、頑張って言い訳をつくっているみたいだ。
「なんでって、お前を母親にさせないため?」
もう、これが嘘なのか本当なのかわからない。
先生は本当に女の扱いをよくわかってると思う。
「別に母親になってもいいよ、私。」
先生は私を、彼女だと思ってるのかな。でも、たとえ彼女じゃなくても、先生のぬくもりを感じることができるなら、それで十分なのかもしれない。
「先生が父親になってくれるなら、母親になりたいなあ。」
こんなことを呟いてしまったから、やっぱり先生は私をその気にさせるのが上手だ。
大人の恋愛表現は、体の関係なんだろう。
でも、それも悪くないと思う。先生が私に愛情をくれるなら、私はどんな表現の仕方でも受け止める。
逆にその愛を受け止めないなんて言っても、体は意思に背いて、先生を求め続ける。
だってほら、いまも欲しいもん、先生のすべて。
「逆に俺が不安になるよ、そんなに早く着替えられたら。」
先生は苦笑しながら私の背中を眺めている、振り返ると目が合った。
私は幸せな気持ちを抑えきれなくて、表情に出てしまった。先生大好き、愛してますよっていう、そんな表情。
先生はそんな私を見て、なぜか、ごめんとつぶやいた。
「俺さ」
先生が一瞬ためらって言葉を止めようとしたから、私が続けてよって瞼にキスをする。
「俺、お前とは結婚しないよ。お前はすごくいいやつで、魅力的で、愛してるけど、結婚しない。これから先、誰とも結婚しない。でも体目的で一緒にいるんじゃない、他に女がいるわけでもない、不安になるかもしれないけど、俺はお前を本当に愛している。大好きでたまらない。ずっと一緒にいたいくらい。」
私は何も言えなかった。
馬鹿じゃないの。ずっと一緒にいたいなら、結婚すればいいのに。
先生は私の頭に手を当てて、泣きそうな子供を慰めるみたいに言った。
「お前が俺にとって運命の人でも、お前にとって俺は運命の人じゃないと思う。初めての彼氏だけじゃなくて、もっとたくさんいろんな人を知って、もっと魅力的になってほしい。」
先生はそう言って、財布と携帯を持ってコンビニに行った。
先生のことだから、私が一人になりたいのを察して出て行ったのだろう。多分、帰ってくるときには私の好きなティラミスでも買ってきて、やっぱり子供を慰めるみたいに私の機嫌を取るんだろうな。
自己犠牲も、大人特有の愛情なのかもしれない。
でもね、先生。手放すつもりなら、愛してるなんて、ずるい。
先生 みりん @noa_abc72712
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