ー指令:エスプレッソを抽出せよ! そのさんー

「あれ……」

「バカ、ちょっとちょっと」

 どうやら薫と小町が喧嘩中らしい。というより薫がそっぽを向いて、小町がどうしようかと落ち着き無く薫の周りを行ったり来たりしている。

「見てこれ」

 割れたコップ。

「あちゃー、こまちん割っちゃったか」

「ちょっとあんた仲介に入りなさいよ」

「向日葵、多分私入ったら余計ややこしくさせる気がする」

「そしたら私がフォローするから」

「ほんとに? わかった。やってみる」

 そう言いながら私は瞬時に解決策を閃いてしまった。それは経験から見出された最善のカードだ。だからきっと上手くいくに間違いない。そう。まさにあれだ。

「こまちん、私の考える限りの、仲直りするための最善のカードを君に託そう」

 そういうと、昨日もらった『リベンジカード』を手渡した。まさかこんなに早く、しかもこんな形でリベンジカードを使うことになるとは。

「あみすけぇ、でも全然話しかけても答えてくれないんだよーどうしよー」

「そこは気合だよ気合! よし、じゃあ私とひまわりは部室から出るから、あとはなんとか頑張って!」

 そういうと向日葵を手招きし、事情を説明した。リベンジカードという解決策については少し不安がっていたが、二人の問題だし、口出しはこれ以上しない事に私と向日葵で決めて、そのまま部室を後にした。

「こまちん、がんばれ」


「ねえ、かおるー」

「……」

「昨日はごめん。おわびに一緒にカップ、買いに行こ」

「……もう、投げない?」

「うん、かおるのは投げない」

「……甘いもの食べたい」

「えっ」

「食べたいっ」

「あたしこんなカード持ってるんだけど…」

 薫の“あまいものたべたい”の言葉で眩い輝きを放ち、強力な魔法を宿したリベンジカード。あとは解き放つだけだ。

「あ、もしかしてさっきあみちゃんからもらったの?」

「うん」

「せっかくだから行こっか」

「おー、いこー」

 ニコって笑う薫に、小町もいつもの調子に戻る。しかしこの二人、付き合いたての男女みたいだな。

「まるでデートじゃないか」

「バカ!バレるから覗いたらダメだって」

「ひまわりも気になってたくせに」

「ぅぅうっさい」

「さて、二人が帰ったらスチーム練習しようかな」

「あ、私図書室行くから」

「えっ?ちょ、一緒に部活しないの?」

「30分後に戻ってくる」

「もうマイペースなんだからぁ」

「あんたに言われたくない」

「たしかにっ」

「じゃ、4時半になったらくるから」

「はーい」

 二人が潜んで話しているうちに薫と小町は部室から出ていった。


「……よし」

 一人になった亜美は、真剣にミルクをスチームする練習に取り組んだ。スチームは簡単と言っていた薫、簡単にスチームしていた小町。だけど亜美は何度やっても上手くいかない。攪拌時間が長すぎてミルクが熱くなりすぎたり、温度を気にしてフォームミルクがほとんど作れなかったり。一度慣れれば反復だから、なんて言うけれど、難しい。牛乳を使うのも勿体無いから、水に牛乳を入れて白い液体にして、空気を入れるところと攪拌のところを練習した。ようやくコツが掴めてきたころに向日葵が帰ってきたので、今日の練習はこれで終わり。次は牛乳でしっかり練習してみよう。

「あれ、もう練習やめるの」

「うーん…今日はもういいかなーって」

「ふーん。じゃ、帰る?」

「うん帰ろー。準備するから待っててっ」

 帰宅する前に必ずエスプレッソマシンの清掃を行う。ノズルに付着してる牛乳や抽出部にコーヒー粉をそのままにしておくと衛生上良くない。詰まる恐れもある。少しでも放っておくと、見えないところに錆びがカビ等の菌が生じる事もある。後片付けは重要な行程。しっかり洗って、しっかり拭いて。今日の部活はこれで終わり。

「お待たせー。ひまわり」

「おー」

 だるい返事が返ってきた。待ってる間に眠くなったのかしら。

鞄を抱えて部室を出て下駄箱の方へ歩いて行く途中、

「バカ、ちょっとあの店覗いて帰ろ」

「えっ、あーうんうん行こー」

 と言うことで、今日も寄り道をする事になった。部活に入っていないときは毎日二人でこんな感じに寄り道してたんだけど、最近は部活帰りにみんなで帰るだけ。それでも楽しいんだけど、たまには向日葵とのんびり遊ぶのも楽しいなって。

「ねぇひまわりー」

「んー」

「呼んだだけー」

「きもい」

 亜美は両手を頭につけて、左腕に鞄をかけてぶら下げながら歩く。向日葵は本を読みながら歩く。二人のときは、結構沈黙も少なくない。けれど気まずいとか、居心地が悪い雰囲気にならない。亜美は向日葵が本を読みながら何かに躓いて転ばないかとか、電柱にぶつからないかとか、気にしながら歩く。向日葵はページをめくる時に目線を本の前に向けて、前を歩く亜美を頼りに歩く。

 亜美は店を窓越しに覗いた。

「あ、見て、しっかり富士山登ってるよ」

「なによ。全然登る気ないじゃん」

「ねー。私たちなんてあとちょっとだったのにね!」

 半分も食べきれなかったけどね。

「助太刀するぞ、バカ」

「あいあいさーっ」

 チリンチリン。

「助太刀いたす」

「あ、あみちゃんっ! 助けてーっ」

「リベンジカードって同じものだけしか頼めないって言われて、よくわからないまま頼んだらこれだよ。あたしゃびっくりだよ」

「でも美味しいね」

「うん美味しいー」

「ちょっとちょっと、全然食べ切る気ないじゃん!」

「そう。私たちはあと少しで食べ切れたんだ。なのに……かおるんたちはやる気が感じられない」

「え、ひまちゃんほんとなの?」

 いや嘘だけど。

「ついに化物を倒す日が来たようだね、ひまわり」

「手伝ってもいい?」

「「是非」」

「バカ」「さんきゅ」

 スプーンを渡されたので……。

「それじゃ、イタダキマース」

「あみすけには負けないぞー」

「わたしも!」

 それから怒涛の闘いが始まった。四人で食べても食べても無くならない頂き。ギラギラと照りつける壁紙の『ふとる、は禁止☆』の文字。店員は「お水、お代わりいかがですか?」「要りません!」

 只々黙々と食べ続ける四人。私たちは絶対挫けない。食らい尽くすんだ!

「もうむり」

 ほらきた。向日葵が真っ先に言うと思ったよ!

「この子…なんてきんくを……」

「いやだって、ふぐっ!」

 咄嗟に向日葵の口を手で塞ぐ。

「禁句そのに、セーフ!」

「あみすけ、ぐっじょぶ」

「むぐぅー!@@#@!」

 何言ってるかわからないけど、その言葉は決して発声させるわけにはいかない。

「ひまわり、今私たちはどういう状況かわかるよね?」

 向日葵は私に口を塞がれているので、頭を上下に振ってうんうん、と二回頷いて答える。今日は四人での挑戦。ここで負けたらもう倒す事は叶わないだろう。まず食べる気にならない。そして壁紙の文字だ。やるなら今日で終わらせたい。その気持ちが私を高ぶらせる。昨日は目的が向日葵と仲直りだったし、二人でこの量はどう考えても無理だと思ったから諦めたけれど、今日は違う。目的はこの頂きを食らい尽くす事。だから向日葵にはもっと頑張ってもらわないといけない。

「かおるんを見なさい」

 薫は黙々とスプーンを山の麓に突き刺しては食べ、突き刺しては食べている。もはや機械的な動きだ。

「みんな目的は同じ。私たちは手を出してはいけない相手に手を出してしまった。一番先に手を出したのはひまわりなんだから、わかるよね?」

 私は向日葵の口から手をそっと離した。

「……殿を務めよ、と言うのか」

「何を言う。勝ち戦にせよ、と言うのだ」

「ふん、なるほど面白い。そういうことなら亜美の助、そこの剣を渡せい」

「はっ」

 そう言うとスプーンを渡した。渡す前にも持っていたので、今は二刀流、もとい二スプーン流。

「一気に攻め落とすわよ」

 向日葵までボケ側についてしまうと、私たちの会話は突っ込む人がいない。それはどういう事かといえば、止める人がいない。そう、私たちはもう止まらない。それがどういう事かと言えば、私たちは無敵って事だ!

「誰かこの苺食べてっ」

「あいよ」

「うわぁ! こっちにバニラが雪崩れてきた!」

「うるさい、とっとと食べろ」

「私チョコ好きだから、チョコは任せてっ」

「なにおう、私も好きだっ!」

「バカはバニラ食べろ」

「あぅ……」

「バナナとか固形物系あたし担当ー」

「じゃ、わたしはこの最後のバニラ。ほら、バカも食べろ」

「もうわかってるってばっ! でももう味に飽きたー」

「ほらよ」

「いや……塩渡されても…」

「あ、使わない? じゃあたし借りる」

「あ、じゃあこまちゃんの次借りたいっ!」

「え!塩ってかけていいものなの!」

「塩をかけると甘みが増してバニラの味が引き立つよ。オリーブオイルをかけると高級スイーツって感じになって、それはもう」

「じゃあ私もかけたい!」

「あんたはこれ」

「いや……これ醤油じゃん!」

「バニラに合うから、ほんのちょっとかけてみなよ」

「わかった。かけてみる。ほんのちょっと…これくらい?」

「それぐらい」

「あ、ふんわりと醤油の香りが…でもバニラの味がスゥーって余韻が長く残っておいしい! けど、もうバニラの味飽きた……」


「塩かけると味が余計に残ってつらい…」

「飽きたとかつらいとか禁止! ほらあと少しだ」

 向日葵が喝を入れるなんて珍しい日もあるもんだ。確かにパフェはもうあとバニラの溶けた液体と、クッキーやらポッキーやらの固形物だけ。小町がクッキーをボリボリすると、薫が液体をカップに入れて啜る。向日葵がポッキーを食べて、最後の液体を亜美がカップに入れて啜る。

 亜美たちが来てから二十分経ったところで、ようやく完食した。

「頂きました!」

「あーもう動けないー」

「ちょっと休憩しよ……」

 完食したのを見て、店員がこちらに寄ってきた。

「完食おめでとうございます!この店がオープンしてこのパフェを完食したのは、お客様方が初めてです。記念に写真を撮ってもよろしいですか?」

「え、私たちが初めてなの?」

「はい、是非、あそこの掲示板に飾らせて頂きたいのですがよろしいでしょうか」

「みんな、いいよね」

「いいけど、私動けないから座ってるから」

「そのままで構いません! じゃあ撮りますよー、ハイチーズッ」

 パシャ。

デジカメで撮ってもらった。次来た時までには飾って置きますと言われたけれど、もう長い間行かない気がする。ともあれ、化物はやっつけた。全部食べたけれど賞金とか出るようなものではないが、リベンジカードを使って残りの額は小町が全部払ってくれた。

リベンジカードはもちろん貰えなかった。


「あぁもう、お腹いたい」

「後は帰るだけだよ。ひまわりがんばろ」

「「あ」」

 時間差で小町と薫が何かを思い出したような声を出した。

「どうしたの?こまちん、かおるん」

「コーヒーカップ買いに行くのすっかり忘れてた」

「もう、こまちゃん!……でも私も忘れてた。それにちょっと今日は……」

「うむ、今日は素晴らしい闘いだったし、みんな腹下す前に帰ろう!」

「おいお下品」

「えへへ」

 四人は皆手をお腹に当てながら、ゆっくり歩いてる。みんな苦しそうだが、みんな笑顔だった。笑いが絶えない。

「私、エスプレッソ部に入って良かったぁ」

「どしたの? かおるん急に」

「だって楽しいし。エスプレッソ部に入ってなかったら多分、パフェにも挑戦してなかったし、みんなと帰ることだってなかった気がするもん」

「あみすけのおかげだねー」

「ちょっとまって」

「バカだけど、あみが作った部活だもんな」

「あみちゃんが頑張ってくれたから出来た部活だもん」

「いやちょっと」

「バカには感謝してるんだよみんな」

「あの…」

「あみすけ?」

「お腹いたい……」

「空気を読まないバカ」

「仕方ないでしょ…じゃ、私もう行くから……また部活で……アデュッ!」

 そういうと、ダッシュでさっきのカフェに入っていった。

「はぁ、どうしてこうバカなのか……」

「仕方ないよ。一番食べてたし」

「さて、私たちも二の舞にならない様に、そろそろ帰ろ」

「あみちゃん待たなくていいの?」

「私ももう体力残ってないし……あみにはメールしとくからいいよ。それじゃ、帰るね。かおるん、こまちん、またね」

「うん、またねっ」

「またねー」

「それじゃ、私たちも帰ろっか」

「そうだね。カップは明日買いにいこう」

「うんっ!」

 こうしてそれぞれ帰路につき、長い一日はようやく終わるのだった。ところで亜美はどうなったかというと……あ、いや、ほっといてやろう。彼女も一応、乙女なのだから……。


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えすぷれっそ部! 村乃 @orikouko

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