ー指令:エスプレッソを抽出せよ! そのにー

 ガラッ

「あ、あみちゃんおつかれー」

 部室に入ると薫が挨拶してくれた。けれど私は無言で薫の目を見る。

「わっ…ど、どしたの?」

 そのまま膝をつき手を床に置いて……目先は地面! 頭は下げる! そして、

「もう一度淹れ方教えて下さい」

「でたー、あみすけの目の前で土下座するどげざー」

「い、いいけど、とりあえず頭上げてっ」

「ズガタカイ!」

「…その言葉、頭下げてる人が言うセリフじゃないよあみちゃん……」

「えっ」

「あみすけが今の言葉をかおるんに言ったんだとしたら、かおるんは顔を床に埋めなきゃ」

「ひかえおろう!」

「あ、あみちゃんが頭上げてくれないと何もできないよぉー」

「床に埋まれ〜」

「こまちゃんも少しは助けてよもうっ!」

「おいバカ、あとコバカ。うるさい、これが目に入らぬかっ」

 窓際で本を読んでいる向日葵の前の机には、それはそれは可愛いくまさんの形をしたラテアートが輝いて置いてあった。紛れもない。薫のラテアートだ。

「キャァァァ! 目がぁぁ!」

「くぅぅーあーっ」

 二人はその場で倒れこみ、再びあのポーズをとった。

「ズガタカイ!」

「ひかえおろーっ!」

「……あんたらなんでそんなに仲良いの」

 向日葵は煩さに本を閉じた。私は土下座の体勢のまま。顔だけ上げて向日葵の方を向き、笑みながら言ってみた。

「あれれ、もしかして向日葵、嫉妬してるぅ?」

「床に埋まれ」

 どんっ

「あうっ」

 向日葵の小さい足が私の頭にちょこんと乗った。臭くないっ。

「ひまちゃん、頭に乗せちゃダメだよっ」

「いいんだよこれぐらい。かおるんもかおるんだよ。もっとビシィッと踏んでこうよ。もし私がいなかったらこのバカテンポにやられて登校拒否するとこだったよ」

「わ、私は無理だよそんなの…」

「かおる様」

「は、はいっ」

「カフェラテの作り方を教えて下さい」

「うんいいけど、と、とりあえずみんな落ち着こ…」

 薫の言葉で向日葵の足が退いたので、ようやく立ち、薫の顔を見た。明らかに一番おどおどしている。仕方ない、ここは部長である私が一つ。

 肩に手を乗せ、目に眼力をもたせ、凛々しい声にして言った。

「かおるん、落ち着こう」

「いやあんたのせいだから。あー、かおるんのカフェラテおいし」


   ☆


「それじゃ、とりあえず一杯、カフェラテ作ってみよっか」

 わー、と私と小町が手を叩きながら盛り上げる。

「エスプレッソマシンは一台しかないので、始めはどっちからやる?」

「「はいっ!」」

「あ、あみちゃんの方が速かった」

「やったー。かおるん先生よろしくお願いします」

「はい」

 この前、薫が入れた時と同じ流れを一行程ずつ思い出しながら進める。

 カンカンカンカンッ

 コーヒー豆を細かい粉にして、ポルタフィルターに落とす。グラム数は必ず確認。粉を締めるタンパーは、肘を直角に持ち、タンパーをしっかり垂直に圧をかける。ポルタフィルターの淵についた粉を親指を回して落とす。不器用な動きで、薫のようにはいかない。動作を覚えながらゆっくり丁寧に、考えながら進める。マシンにセットしてレバーを下げた。するとフィルタから、エスプレッソがカップに向けて滴れた。

「問題はここからなんだけど」

「あみすけがんばれー」

 カフェラテを作るために、ピッチャーにミルクを入れてスチームを行うのだが、何度練習しても難しくてミルクの泡が上手くいかない。

「まず、ミルクに空気を入れるために……」

 チチッ チチチッ

「そうそう、そんな感じ。そろそろノズルを入れて…」

「ノズルを奥に入れてミルクを攪拌…」

 そうする事でミルクに入れた空気がキメ細かくなる。慎重に慎重に……。段々とピッチャーからミルクの熱が手に伝わる。昨日より上手くいってるかも。けど止め時がわからない!

「どうどう?もういい?かおるんおけ?」

「うん、いいと思う。そしたらスチームを止めてミルクからノズルを出して…」

 ビャァー

「ぁああ吹き出た!」

「あぁぁあみちゃんスチーム止めて止めてっ! 先にノズル出しちゃダメ」

「せっかく上手くいったと思ったのに……」

 ミルクからノズルが出てしまい、蒸気が勢い良くミルク表面に噴き出した。ピッチャーからミルクが飛び散り、肝心のミルクは想定していた状況とは程遠い、最後のミスで大きい気泡がピッチャーを覆ってしまった。泣けてくる……。

「ラテアートは出来ないけど、ミルクの泡を最後にスプーンで乗っけると見た目もかわいいし、泡に砂糖をまぶしてスプーンで掬って食べると、お菓子みたいで美味しいよ」

 さっき入れたエスプレッソにスチームしたミルクを注いで、最後に泡を乗せた。上から砂糖を塗して、泡を掬って食べる。

「あっ、ほんとだ。スイーツみたい」

「でしょー。小さい頃は泡だけ食べて、他は苦いからお父さんに飲んでもらってたもん」

「あたしは今でもファミレスでやるよ。サ○ゼリアのカフェラテで」

「あるある」

 伏字入れてまで載せる必要あるのかしら。

「さてとあみちゃんはそのまま飲みながら待機してもらって、次はこまちゃん」

「はーい」

「こまちゃんは家にエスプレッソマシンあるもんね」

「えっ、あるの? 初耳だよ!」

「あるよー。まぁ家庭用だけど」

 そう言いながらコーヒー粉をポルタフィルタに詰めてる。小町も家でたまに入れるらしく、動きが様になっている。なんだよ知らなかったよもう。

「じゃあ次はスチームだけど、家のより出力が強いから注意してね」

「あい」

 チチッチチチッ

「おーほんとだ。家のより強い」

「暖かくなるのも早いから気をつけて」

 スチームも手馴れてる感じで、綺麗にミルクを攪拌させている。やっぱ慣れなのかな。悔しい。

 小町がスチームを止める前に、

「あみすけのミスはここで生かされる……っと」

 キュッ。

「ためになって光栄だわっ」

 右手に持ったピッチャーを、机に当ててカンカンっと音を鳴らした。

「こまちん、そのカンカンって何してるの?」

「これはスチームした後に空気の固まりがミルクの上に溜まってるから、それを飛ばしたんだよー」

 そう言うと、小町はエスプレッソの入ったカップを左手に持ち、ゆっくりとミルクを注いでいく。この時だけは、小町も垢抜けた表情をして、真剣な眼差しをしていた。出来上がったのは綺麗なハートが描かれたカフェラテだった。

「こまちん! ラテアートできるじゃんっ!」

「えへへ、まぁハートしかできないけどね。いただきます」

 ズズッ。

 ハートの形は小町の口に吸い込まれていった。

「二人ともラテを飲みながら聞いてね。一旦エスプレッソマシンは置いといて、コーヒーについて雑談しようと思うんだけど、あみちゃんとこまちゃんは、カフェラテの他にどんな飲み方があるか知ってる?」

「カプチーノ!」

「アメリカーノ!」

「何そのアメリカンな名前!」

 すかさず亜美が突っ込む。

「どちらもエスプレッソベースの飲み物だね。カプチーノはカフェラテと同じようにスチームミルクを注いだもの。アメリカーノはエスプレッソにお湯を注いだもの。じゃあカプチーノについてあみちゃんに質問なんだけど…」

「はい!」

「今飲んでいるカプチーノと、カフェラテの違いってわかる?」

「うーんと、ミルクの泡だよね。泡が大きいのがカプチーノ?」

「惜しいけどちょっと違うかな。こまちゃんは?」

「エスプレッソの量?」

「ちょっと遠のいた」

 二人とも首を同じ方向に傾けて可愛らしいポーズをとっているが、薫は無視して黒板に絵を描き始めた。二つのカップの断面。それぞれの絵に少しだけ違いが見える。

「エスプレッソの量はどちらも同じ。ミルクの泡の部分が違うんだけれど」

「泡の部分?」

「うん。私がカフェラテを作るときにミルクに空気を入れて細かな泡を入れてとろみを持たせてるよね。このときミルクはピッチャーの中で、表面にきめ細やかな泡のフォームドミルクと、下に蒸気で温められたミルク、スチームドミルクに分けられる。この二種類のミルクをエスプレッソに注ぐんだけど、フォームドミルクの割合が少ないのがカフェラテ、スチームドミルクと同じくらいフォームドミルクを最後にスプーンで掬って入れたのをカプチーノって言われてる」

「そんなに曖昧なんだ」

「アメリカとヨーロッパとか、国によって呼び名が違ったりするけど、日本だとフォームがふわふわしてるのカプチーノ。とろとろしてるのがカフェラテって覚えるといいかな」

「ふわふわタイムなのがカプチーノさんで、とろとろタイムなのがカフェラテさんなのかぁ…」

「私のカプチーノは、ふわふわタイム?」

「うん。更に細かなフォームを乗せると、もっと美味しいよ」

「暗に手厳しいダメ出し頂きました……」

「あたしがとろとろタイムかぁ。そんな曲出してないもんなぁ」

「曲?」

「ふわふわタイム」

「あー、女子高生四人組のかわいいバンドの曲名だよねたしか」

「ごにんだよー!あずにゃん忘れちゃダメ!」

「こまちんってアイドル好きだよね」

「エスプレッソ部から目指せぇぇー、バリスタアイドルッ☆」

 小町は左手をピースの形にして、高らかに手を上げて、そのままバリスタアイドルッの声と共に左手を目の脇まで持っていき、ピースの人差し指と中指の間からキラッ☆ と星が飛ぶような綺麗なウインクを出した。こんな小町、初めて見るわ。

「こまちゃんかわいいーっ」

 薫がパチパチと拍手してる。見慣れてるのかな。でも確かにアイドルみたいにキラキラしてたもんなあ。せめて挿絵がほしいよね、最大限に可愛さを引き立たせるには映像化しないとわからないな。

「こまちんの奥底のキュートな部分を見てしまったぞ」

「どうもどうも、いつかエスプレッソ部からスクールアイドルを出しましょー。アイドルユニット名はラビットハウ…」

「こまちんストップ! 色んな意味でストップ!」

 前々から思ってたけど、色々と危ない子だ!

「かおるん早くコーヒーの話に戻して! 私たちはコーヒーを美味しく淹れる健全な女子高生ですっ!」

 部室の天井の端を見て、カメラにアピールするかのように、手を大きく大の字に広げてアピールしている私だが、もちろんカメラなんてあるわけはない。

「じゃ、じゃあカフェラテ、カプチーノ以外にもエスプレッソとスチームしたミルクだけのものがあるんだけどね、二人のカップはこまちゃんが持ってきたものだけど、一般的な大きさ200から240ccくらいのカップなの。海外ではオンスという単位を使っていて、このカップは8オンスカップ。1オンスだいたい30cc。これで作るとカフェラテ、カプチーノができる。じゃあこのカップで入れたら?」

 そういって薫がなにやら小さいカップを自分のカバンの中から取り出した。

「あ、もしかしてこの前石井さんのお店で飲んだエスプレッソの……」

「そう。これで同じように作ると、マキアートというコーヒーになるの」

「なんだかエスプレッソの割合が高いから苦そう・・・・・・」

「うん。ミルクとエスプレッソの割合が近いほどエスプレッソの味が強くなり、甘さ控えめな味になる。ちょっと大人な飲み物かな」

「たったミルクの量が違ったりするだけなのに、色々あるんだね」

「飲み比べてみる?」

「うん」

 薫はすぐに作り始めた。カフェで働いてるためか、無駄な動作はなく、ぎこちない仕草もない。自然だし、早い。

「まずカフェラテ」

「わぁすごい! 綺麗!」

「えへへ、これはチューリップって言うの」

「ほんとだ。よく見たら下が葉っぱで上が花びらの部分だ」

「それでカフェラテができたんだけど、ラテアートは気にせずスプーンを入れるね」

「ああああ勿体無い!」

「かおるもったいない!」

「あーあかおるんもったいなーい」

「もーったいなーい」

「みんな、ちょっと見て! もったいないけど!」

「えー? なになに、ラテアートもったいない瞬間じゃん」

「そうじゃなくて、あみちゃんスプーンの裏で、カフェラテの泡を救う感じで押してみて?」

「えーもったいないけどそこまで言うなら……って、あ、あー」

「あー?」

「スプーンで動いた部分がフォームドミルクで、どれくらい泡が乗っているか確認できるんだ」

「あ、説明しなくてもわかったんだね。あみちゃんすごい」

「それに泡がきめ細かいからトロトロしてる」

「カフェラテはトロトロたいむ」

「じゃ、次はカプチーノだね」

 そういって、カプチーノを作り始める。

「かおるんはなんであのカフェで働こうって思ったの?」

「えっ、うーんなんだろ。初めてコーヒーを好きになった瞬間だったから…かな」

 照れながら言う。

「あれ、昔はコーヒー嫌いだったの?」

「ううん。好きだったよー。家庭用のマシンでお母さんが入れてくれるからコーヒーはよく飲んでた」

 昔からコーヒーが好きなのに、初めて好きになった。それって一体どういうことなんだろう。飲み物は美味しいか美味しくないか。それで好き嫌いが分かれるものじゃないの?

「はい、カプチーノ」

 そこには綺麗なハート型のラテアートが描かれていた。答えの出なそうな薫の謎はとりあえず置いとこう。私は今、この泡をふわふわしたい!

「はいはいスプーン!はいはいスプーン!」

「あみすけ、パスっ」

「よぉーしフォーム掬っちゃうよぉ……えいっ、あっふわっふわだぁー!」

「あ…」

 薫が急にあっというと顔を背け、俯いてしまった。

「どしたの? かおるん」

「……せっかく綺麗なハート、作ったのに……」

 薫の今にも泣きそうな小声。完全に落ち込んでるような素振りだった。

「えっ、うそ、ちょっと待って」

 肩を揺すったりしても俯いたまま。うそ。こんなことって……

「えっ、えっ、ちょっとどうしよう。ねぇこまちん……」

「ええーそうだなぁ」

 そう言いながら、頭をかいてる。すると本を読んでいた向日葵が様子がおかしいのを感じ、亜美と薫を見た。

「おい、かおるん泣かせたとか言うんじゃないだろうな」

「ぁ、いや、えっと、かおるん、はーと台無しにしてごめんっ」

 薫は未だ俯いたまま。どうしよう…謝るしかないけど、解決策が見出せない。

 困っている亜美を見かねた小町は、

「しょうがないなぁ」

 と言って戸惑っている亜美の肩を叩き、何もかも見透かしたような眼差しで、

「あみすけ、落ち着こう。あなたはこの事件の被害者なのだから」

「どういうこと?」

「ふふふ。私に見破れないものはないのだよ。本当に簡単なトリックさ。女の子なら誰でも出来る。そして誰もがそのトリックに気づかない」

 話の途中でスプーンが入ったままのカプチーノを手に取り、スプーンそのままに平然と一口飲んだ。そして一息置いてまた話し始めた。

「まさか加害者が被害者、被害者が加害者となっているとは……誰もが気づかない。そうだろう、三石薫さん」

「えっ……」

「あみちゃんごめんね。でも、言い出し辛かったの!」

「えっ?」

「そう、薫さんは嘘泣きというトリックを使ったのだ」

「えっ、じゃあ本当は落ち込んでないし泣いてなかったってこと?」

「ちょっと私もボケてみよって思ったの。そしたら思ってた以上にあみちゃんが心配するから、嘘だって言い辛くなっちゃって……」

「うわーんよかったぁぁぁぁぁ嫌われてなかったぁぁ」

 ぎゅーっと薫を抱きしめる。

「あれっ、ちょっと」

「だって嫌われたと思って手汗がほらもうこんなだよ手汗が!」

「あ、あみちゃんすごい手汗……」

「しかしよかったー。ほっとしたらなんだかコーヒー飲みたくなっちゃった」

「あ、じゃあ最後のマキアート、入れるね」

 そういって薫が私のためにコーヒーを淹れてくれる。

「はい、マキアート。少し苦いかもだけど」

「小さいはーとだ。それじゃかおるんのハート頂きます」

「もう、なんだかそれちょっと恥ずかしいけど…」

「あ、苦い」

「やっぱり」

 そう言いながら二人は笑った。なんだかさっきの小恥ずかしい茶番の余韻が残ってる気がする。苦みはあるけれど、甘味は微かに感じられて、口の中で拡がって身体に沁み渡る。

「でもよくこまちんは嘘泣きってわかったねえ」

「私にわからないことはないよ」

「じゃあ、かおるんのスリーサイズは?」

「はちじゅぅr」

「わあぁぁああこまちゃあんすとっぷ! なんで知ってるの!」

「ないしょ」

 わーっといいながら小町の肩をぽんぽん叩く薫。

「こまちん恐るべし……かおるんの胸、恐るべし…。あ、ひまわりー」

「んぅ?」

「ひまわりのスリーサイズってさぁ、ななじゅうろ」

「あああああああああ」

「ひまちゃ」

「あああああああバカあああああ」

「私もひまわりが胸の事気にしてるの知ってるんだ!」

「あ、あ、あみすけ……」

「ん?」

「ひまちゃん落ち着いて…」

「あぁ、う、うしろ……」

「うしろ?」

「このっ、このっ、バカぁぁぁぁ!」

 パチキーンッ!

 ああ、良い音した……一瞬目の前に星が見えた。

「……もう、今日は帰るっ!」

 カバンに本を無造作に詰めて、そそくさ帰っていく。帰る途中、くまさんラテを飲み終わったカップを流しに置いて、

「かおるん、ありがと。またね」

「あっ、待って」

 薫の声も虚しく、姿は見えなくなった。

「あぁ、行っちゃった」

「もう、ひまちゃん怒らせてどうするの!」

「ごめんごめん。ついうっかり」

 そういいながら、頬が真っ赤になって痛いはずなのに摩りもせず、倒れた体を起こした。

「じゃ、謝りに行ってくる!」

「うん!」

「あーい」


「あみちゃん、行っちゃったね」

「うん。あみすけ、面白い人だねー」

「でもひまちゃん怒らせちゃったよ」

「それが面白い」

「えっ、どういうこと?」

「さぁ」

「ええっ? どういうこと?」

「ないしょー」

「もー、ケチだなあ」

「かおるん、コーヒー飲む?」

「え、あ、もしかして淹れてくれるの?」

「うん。実は覚えたの必殺技を見て頂こうかと……皆には内緒ね」

「なんかそーゆうときのこまちゃんって……」

「でわでわ……」

 ……よっ! ほっ! よっ!

「わぁぁすごい! さすがこまちゃんっ!」

「へへ、とりゃぁー」

 ガッシャーン!

「「あ」」


 ☆


「ちょっと待って! 待ってってば!」

「歩くの早いと転ぶよ! あっ」

 どしゃーん。

「あ痛たたた…ってちょっと待って! わかった嘘転びやめるから!」

 向日葵は振り向かず、その場で立ち止まった。

「あ、止まった」

 立ち上がって、向日葵のところに走って向かう。

「はぁっ、はぁっ、ちょ、ひまわり、ごめんっ、はぁっ」

「息切れすぎ」

「わかった、今整えるからっ」

 大きく深呼吸をした。

「で、何の用」

 むすーっとしてる。

「久しぶりにどっか寄ってかない?」

「……じゃあここがいい」

「えっ」

 ちょうど右手を指差した方向には、最近開店したカフェがあった。

「あそこのパフェ食べたい」

「行こ行こっ! 今日は私がご馳走するから、そしたら許してくれる?」

「仕方ない」

「よし、それなら善はイソギンチャク! 早くいこっ」

 そういって中に入った。そこまでは良かった。そのお店は何でもビックサイズで提供するお店だった。もちろん、パフェも大きいわけだ。メニューに目を向けると、ビックサイズが通常メニューで、ビック小、中、大。とあった。向日葵はメニューも見ず、店員に声をかけた。そして頼んだメニューは『富士山』

「かしこまりました」

 と普通の顔で店員も注文を受けてたけど、ちょっと待ってよ。もう少し大丈夫ですか? くらい聞いてよ。どう考えても食べれない。この量。注文から二十分かかった事自体おかしいけど、明らかに2人でも食べれない。頂きまで約五十センチのパフェがそこにはあった。

「バカ、はい」

「あ、ありがと」

 向日葵から渡されたスプーン。

「一緒に登るよ」

 と言って初めの一口で頂上のの苺を食べた。その後、二人は一言も喋らずに黙々と食べ続けた。こうなると私も退けない。二人の共同作業。食べきってやるんだ!

「あみ、私もうむり……」

「え! ちょっと早い! まだ逆5合目くらいだよ!」

「あみも諦めよ……ふとるし」

「あーっ! それ言ったらダメじゃん! 禁句ってお店の壁にも書いてあるでしょ!」

 壁には確かに『ふとる、は今日だけ禁句☆』という貼り紙がしてある。が、逆効果だった。少なくとも私達には。それにまだ半分残ってるんじゃ話にならない。向日葵が諦めた瞬間に勝負がついてしまったため、亜美も続いてギブアップ。半分を残して席を立った。

「三千円になります」

「負けました」

 そう言って店員に支払う。店員は私に『リベンジカード』というものを一枚手渡した。同じメニューの挑戦が半額で出来るカードと説明を受けた。一度負けた試合だけど、次は四人で戦いに来よう。そう思う亜美だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る