―指令:エスプレッソを抽出せよ!―

 《エスプレッソ部、決起集会当日》

「えっ?」

「なっ…」

「わお」

『第一回 エスプレッソ部 部会!』

 と大きな字で書いてあるホワイトボードを手で思い切り叩いたが、皆が驚いてるのはきっと違う理由だ。

「はい、部会を始めるよー。まずは目の前に置いてあるもの紹介から。これがかおるんが持ってきてくれた機材。そしてこれがこまちんが持ってきてくれた食器。そしてこれが、どーんっ!」

 どーんっ!

「さて、これで晴れてエスプレッソ部の活動ができるようになりました。はくしゅっ!」

 パパパパパンッ

「ちょっ、バカ……えっ?」

「わぁーすごい。かっこいい〜」

「わぁー、あみちゃんすごい!」

「うふふふふ」

 皆が目を丸くして、亜美を一斉に見た。小町は「おー」と発しながら拍手を続け、薫は想像していた以上の物が目の前に現れた驚きと共に、難しいと思っていた困難をこんなに短期間で乗り越える亜美の行動力に感心していた。そして向日葵は、それを見るやいなや椅子から立ち上がり、自慢げな顔をしている亜美を睨んで顔を強張らせていた。気持ちの整理がつかず、何から質問すれば良いのか分からなくなった向日葵は口を開けたまま言葉を詰まらせていたが、少しすると口を閉じ、更に顰め面にした後、ようやく発した。

「せ……せ…、窃盗っ!」

「そうそう。夜中に忍び込んでね…って、そんなっ、ひまわりぃ、私が泥棒に見えるっての」

「あみすけ、盗んだの」

「はぁ……バカ…正直に話しなよ……」

 あぁ…さっきまで輝いてたみんなの目の色が一瞬にして変わった。私に目を合わさず俯いて横に逸らしてる。

「ひまわり君。喜ぶところでひどく消沈して、友人を犯罪者に仕立てるのはだな……」

「あみちゃん……自首しよ?」

「かおるんまで!? もうっ、これめっちゃ重かったんだよ! 必死にお店からここまで持ってきたんだよう!」

「あ、自白した。小町、ひっ捕らえよ!」

「ははぁー」

「待って待って違う、私だけじゃない!」

「なぬっ、あみすけ、もしや共犯者が…」

「大和先生と一緒に…(照)」

「この不埒ものー!」

 茶番を繰り広げているけれど、内心は皆、驚きと興奮が混ざった気持ちで高揚していたと思う。それも無理はないよね。だって、キラキラと輝くエスプレッソマシンが置いてあるのだから! 実はリサイクルショップの親戚のおじさんと交渉し、格安で購入。搬入は一人では無理だから、大和先生に相談して車出してもらった。

 これが事実。私、盗んでない!

「成敗してくれるーっ!」

「控えおろうっ! 皆の者、この紋所が目に入らぬかーっ」

 レシートを机に叩きつけた。五千七百四円。五と七でコーヒー。ゼロと四で美味しー、と読める。おじさんのセンス、なかなかやる。

 三人に入手についてかくかくしかじか説明した。

「でもあみちゃん。こんな価格で大丈夫なの?」

「だいじょぶだいじょぶ」

「それならいいんだけど、普通に買ったら多分四十万くらいするんじゃないかなあ」

「えっ」

「逮捕。小町」

「ははぁー。あみすけ、せいばい〜」

「いやっ、やめてぇ、お代官どのーっ」

 私が入手したエスプレッソマシンは、本体の殆どがステンレスで覆われて、メタルクウラみたい。って言ってもわからない人が大半だろうけれど、でも銀色で輝いて光る様は本当にそんな感じ。形は四角くて、ノズルが所々突起している。手で回せるハンドル黒色のプラスチックで、ロゴマークのRの文字が付いている。格好いい。ロボットみたい。

 ガラッ

「おー、エスプレッソ部、やってるねー」

「あ、せんせ! ちょっと聞いて下さいよー。この戦利品、私と先生が店のおじさんを脅して奪ったみたいなこと言うんですよお」

「あー、そうだねえ。否定は出来ないかな」

「ちょ、先生ひどい!」

「始めゼロが一個多かったのに、無理矢理無くしちゃうんだから、凄いよ」

「あみちゃん……」

「あはははーいいのいいの! おじさん出世払いで返すよっていったら喜んでたし」

「女子高生って怖いよね」

 大和先生は遠い目をして発言するものだから、他の三人が私の方を向いて若干引いてる…。少しやり過ぎちゃったのかな……。後でおじさんに御礼言いに行こう。

「ところで、今は何をしていたんだい」

「え、あ、えーと、今日は記念すべき部活一日目だから、ミーティング! 今は機材の紹介してたところ」

「しかしこうやって機材が集まると、カフェみたいな雰囲気、出るねえ」

「でしょ!」

「今日はまだコーヒー飲めない?」

「残念だけど無理。豆が無いもん。でも淹れられるようになったら教える!」

「おー、楽しみだね。一からのスタートだけど、ここまで来たのだから頑張れ。期待してる。さて、飲めないならそろそろ私は戻るかな」

「せんせ、またねー」

 ガラッ、ばたん。

 大和先生が帰ると、皆は落ち着いて一度席に座り、仕切り直して会議を始めた。

「今日はね、みんなで親睦を兼ねて、カフェに行きたいなって思ってるんだけど、どうかな。機材はあるけどコーヒー豆が無いから買いに行きたいし」

「おーいいねぇ」

「場所はかおるんカフェにする?」

「あたし薫のバイト先行ったことないから行きたい」

「かおるんもおっけー?」

「いいよっ」

「ひまわりも本ばっか読んでないで行くからね」

「まあいいけど」

「よっしゃ決まりっ! じゃ、みんな準備できたらいこー」

「おー」

「はーいっ」


 ☆


 チリンチリン。

 中に入るとお客はいなかった。それがわかるや、すぐに薫が石井さんに駆け寄って、エスプレッソ部が正式に発足したことを伝えた。

「あみちゃん、こまちゃん、ちょっと来て」

 呼ばれたので向かうと、薫が私達の事を紹介してくれた。私は一度来た時は話さなかったので、初対面だ。

「君がエスプレッソ部を設立した子?」

「あ、はい! 永高亜美といいます」

「そういえば、この間来てたね」

「はい、ひまわりと一緒に来ました。あの、これからもちょくちょくお邪魔すると思うのでよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね、永高さん。店長の石井です。そうだ。今日はエスプレッソ部設立祝いにコーヒーをプレゼントするよ。この中から好きなのを、みんな選んでね」

「えっ、いいんですか?」

「気にしなくていいから」

「ええとじゃあ私はエスプレッソ!」

「私はカフェラテでお願いします!」

「私もカフェラテで〜」

「ひまわりは何にする?」

「ドリップ」

「みんな決まったね。じゃあ少々お待ちを」

「ありがとうございます!」

 出来上がるまで机に座って待つ事にした。私は皆に隠している訳ではないが、言わなかった事がある。自慢じゃないが、実はエスプレッソという飲み物をよく知らない。飲んだ事もない。苦い飲み物だという認識だけだ。

「はい、エスプレッソ部、部長さん」

「あ、はい。ありがとうございます!」

 提供頂いたエスプレッソは、紛れもないエスプレッソなのだろう。しかし私はエスプレッソを知らないのだ。だから率直な感想を言おう。

「あれ、小さくない?」

 という発言で、薫が「えっ、知らなかったの?」とでも言いたげな顔をした。石井さんは無反応で次のカフェラテを作っている。エスプレッソ部を作りたいって散々口にしてきた私が、今日のこの瞬間、エスプレッソを口にする。

「えっと、もしかしなくても初めてのエスプレッソです。ん? あっ…なんかこう…あー、いい香りっ。コーヒーの芳ばしい香りがして美味しそう。さて、いただきます」

 口の中に一口で入れ、味を噛み締めるために左右の頬に溜めて少しずつ喉に流し込もうとした。

「どう? あみちゃん…」

 早速、頬に溜めた事を後悔した。喉越し良く飲むべきだった。濃くて苦いエスプレッソの味が口の中全体に広がり、味覚の情報は瞬く間に私の脳まで届いた。そして苦味から逸早く逃れようと頬を潰して呑み込んだ。が、時すでに遅かった。後味がしっかりと残った。思わず舌を口から出して「にがぁい」と言いながら、空気を大きく吸って舌に当て、味覚を薄めるべく必死になった。

「砂糖入れるべきだった」

「苦そうだね……」

「薫さん、カフェラテ出来ましたよ。あと小町さんも出来ました」

「あ、はーい」

「ありがとうございます」

 カフェラテにはラテアートが描かれていた。薫が細かな葉の形のもので、小町がクマの絵が描かれていた。

「あたしのやつクマだ、可愛い」

「ほんとだー、かわいい!」

「可愛いと飲むのがもったいなくなるなあ…」

 ズズッ

「あっ…」

 もったいないと言いながら躊躇なく飲む小町。吸い込まれたクマは顔がムンクの叫びになってる。

「かおるんは、おー、葉っぱの形だ!」

「シンプルだけど綺麗〜」

「私リーフの形が好きなんだけど、自分では出来なくって…」

「ねえねえラテアートって私でも出来るようになるのかな」

「ハートの形なら私も出来るようになったし、練習すればきっとなるよっ」

「ほう、何だが一芸って感じでカッコ良いですな」

「あ、あみちゃんあれみて、ドリップコーヒー淹れてるよ」

 石井さんが向日葵のコーヒーを淹れてる。ドリップコーヒーは小さい頃、おばあちゃんが淹れていたのををよく見てた。そして出来たコーヒーの中に、牛乳とたくさんの砂糖を入れて、ものすごく甘くして飲んでたっけ。懐かしいな。そういえば甘いと言えば缶コーヒーのMAXコーヒー。あれは美味しかったなあ最近飲んでないなあ。

「でたっ、MAXコーヒー」

「ちょっとストップ、こまちん! 私の心の声に反応するの禁止だから!」

「千葉県民だからね〜、あれ今飲むと甘過ぎて悶絶するから気をつけて」

「う、うん、わかった…」

「それで、今店長が入れてるのがドリップコーヒー?」

「うん。この店はペーパードリップ式で、器具の中に紙を敷いて、挽いた豆を中に入れる。そこにお湯をドリップしてコーヒーを抽出して完成するの。今はエスプレッソマシンが家庭でも一般的になっちゃったけど、昔はドリップコーヒーが主流だったんだよ」

「かおるんの知識の多さに感服です」

「確か紙じゃなくて、布で淹れるドリップもあるよね」

「それはネルドリップだね。ネルは布って意味で、紙がネルになってるもの」

「あれっ、こまちんも物知りだ!?」

 エスプレッソ部活動、部長一日目にして、私だけコーヒーについて何も知らないって事を思い知らされた。というよりみんなが思ってた以上に知識がある事に驚いた。

「ドリップコーヒー、お待たせ」

「ありがと」

 ドリップの向日葵が最後。向日葵は石井さんが淹れ終わる間、目の前でずっと本を読んでいた。コーヒーを手に持つと、すぐに近くの席に座り、また本を読み始めた。

「なんかひまわり、常連さんの面影だな……」

「というより、もはや家族?」

「恋びと」

「えっ?」

 小町の呟きに反応し、三人が顔を合わせた後に向日葵の方を向くが、向日葵は気づかず黙々と読んでいる。

「ひまちゃん、謎な人だ」

「なんだかかっこいい〜」

「むむむ…」

 いつも教室でぼっちで本を読むひまわりと違って、カフェは溶け込んでる感じがする。声をかけてはいけない気がして、私にとってはそれが不自然な感じに見えてしまう。

「と、とりあえず、部活動始めるからひまわりの近くに行こ!」

「はーい」

 私達は向日葵の座る席の周りに移動した。

「さて、まずコーヒー豆を買おう…と思ったら肝心なことに気づいたのでそれについて話そうと思います」

「肝心なことって…」

「かおるん、会計係を任命させて下さい!」

「えっ」

「薫おめでと〜」

 私が急に言うものだから、薫は飲んでいたカフェラテをテーブルに置き、私と小町の顔を交互に見返した。

「会計係って何するの?」

「ざっくり説明すると、コーヒーって食料だし消費していくからコストがかかる。その費用についてとりまとめるのが会計係」

「あみちゃん、そういえば部費ってあるの?」

「残念ながら……」

 部費があるかどうかは、今ここにいる四人のうち、私しか知らない。無くて残念、という顔をするために俯き、その後の言葉を言いたく無い、という空気を出すために少し間を開けた。皆の心の中にはやっぱりか、という諦めの気持ちと同時に、一難去ってまた一難……という思いが生まれただろう。

「あ……、やっぱりないんだ」

 薫は耐えきれず聞いた。そして亜美はすぐ答えた。

「ある」

「あるんかいっ」

 ペシッと小町が誰もいない右の空間に突っ込んだ。なんとも寂しそうに空を切る右手だった。というより空気が静まり返った。私はこのままじゃいけないと思い、座っている小町の右隣に立った。そして薫を見てアイコンタクトを出した。

「えっ、あ、あみちゃん? あ、そういえば、部費ってあるの?」

「えっとぉ、あのぉ、残念ながら……」

「やっぱりないんだ」

「あ」

「あるんかいっ」

 あるとも言わさぬ速さで小町の右手が私のお腹にパシィ!っとツッコミが入った。だが空気は静まり返ったままだ。満足したのは小町の右手だけのようだ。そして私は何もなかったかのように自分の席についた。

「部費あるんだけど、五万円だった」

「それでも貰えるだけ嬉しいね」

「材料は消費するから、部費もなくなると思うんだ。だから毎月、一人千円ずつ出して部費の足しにしたいって思うんだけど、どうかな」

「私はいいよっ」

「あたしもー」

「ひまわりー、いい?」

 向日葵は隣の席で黙々と読んでいるが、名前を呼ぶと、右手をあげて指で小さくオッケーのサインを出した。

「ひまちゃん、聞いてたの? 大丈夫かな」

「大丈夫。聖徳太子だから」

「そうなんだ……」

「それで、そのお金と、材料を買う管理をかおるんにお願いしたいって思ってます」

「これって材料も私がどれくらい買えばいいか決めるのかな?」

「そうそう」

「わかった。やってみる」

「ありがと! 私だと何がどれくらい必要かわからないから…。じゃあ会計係は薫さんに決定! 拍手っ」

 パチパチパチパチ。

「あ、石井さんまで、ありがとうございます…」

 かおるん、照れとる照れとる。

 ふふふ、憂いやつ。

「さてと、会計係も決まったことだし、コーヒー豆を買うだけなんだけど、その前に確認したいことが……」

 そう言うと私は飾られた表彰状を見た。

「石井さんって、全国高校バリスタチャンピオンシップの第一回目の優勝者なの?」

「うん。今でも審査員やってるって言ってた」

「けど一回目って事は、今石井さん五十歳くらいなはずじゃん? でも、明らかに若いよね」

 見た目は三十くらいに見える。もしかして大和先生とは逆で、年は取ってるけど若く見えるタイプなのかしら。

「あ、石井さんは二代目だよ。飾ってあるのはお父さんのだって」

「あ、そゆことか」

「けど、石井さんも優勝してるけど」

「おー、結局凄い人なんだ」

「私、去年の大会をテレビで見たけど、各学校みんなが寄り添って、それに真剣な眼差しでかっこよかった。せっかく部活まで設立したし、一つの目標にしたいなって」

「あみちゃんてそーゆう話をするときっていつも輝いてるよね」

「こら、恥ずかしい事に拍車をかけるの禁止!」

 チョップ。

「あいたっ」

「あみすけ、輝いててかっこい…」

 チョップ。

「いたいっ」

「でも、口だけだから。エスプレッソも口にしただけだから! まずはコーヒーの魅力をもっと気楽に知っていきたいなって。でも、いつかはみんなと一緒に全国大会に出れたら……って目標で頑張りたい!」

「うん、そうだねっ」

「あたしも入ったからにはがんばるよー」

「バカ」

「あれ、ひまわり。どしたの?」

「私も頑張る」

「わぁ、ひまわりの口から頑張るって言葉が聞けるなんて……」

 さっきまで本を読んでいた向日葵が、読むのをやめて手を差し出してきた。お、なんだか熱血な部活動な感じがしてきたぞ。

 薫、小町もそれに続いて手を乗せる。

「梶が谷高校エスプレッソ部ー」

「えっ、ちょっ、まってそれ私のセリフっ!」

「バカ、はやくのせろ」

「はい」

「梶が谷高校エスプレッソ部ー」

「……」

「バカ」

「えっ、うそっ、ここでバトンタッチ? ……」


「カッフェイーン!」


「あ、十秒時間戻したい」

「梶が谷高校エスプレッソ部ー」

「えっ」

「バカ」

「いやちょっと時間は戻せないんだけど……じゃああれね、せーのっていったら言ってね、いくよ?」

 せーのっ

「カッフェイーン!」


「ちゃんと言ってよ!」

 こうして私達は士気を高める部会を終え、帰りに初めて部費を使ってコーヒー豆を購入した。ばいばい、じゃーねと薫と小町も別れると、急に隣で震えだす向日葵。

「ふ、ふふ、ふふふ、カッフェイーンだって……く、ふふ」

「あんたねぇ、あそこで突然振るのは驚きだよ」

「ふふ、ふぅ、そうね、そうかもね……」

「あとやり直させるのもあんまりだよ」

「でも最後はよかったじゃん」

「みんな私をバカにして笑ってただけじゃん!」

「かっこよかったよ」

「え?」

「うそだけど」

「何だよもう。まあいいけどさー」

 向日葵にいじられるのは嫌いじゃない。

「じゃ、また明日ね。明日はいよいよ初コーヒー!」

「はいはい、じゃーね」

 そして私は向日葵と別れた。


 ☆


 次の日、

「あ、ひまわり、かふぇいーん」

「かふぇいーん」

「あみすけー、かふぇいーん」

「かふぇいーん」

「あれ、かおるんは?」

「今日日直だってー。終わったらくるって」

 ガラッ

「ごめんごめんっ、少し遅くなっちゃった」

「かふぇいーん」

「えっ」

「おー、かおるん。かふぇいーん、日直早いねぇ」

「かふぇいーん流行っちゃった!?」

「うん」

「そ、そう。か、かふぇいーん」

「な、なんだかかおるん可愛いな」

「もう、ほら! コーヒー豆持ってきたよ。牛乳も買ってきた!」

「かおるんありがと! さーて、それじゃあお待ちかねのコーヒータイムと行きますかー。とその前に……」

 まず私がコーヒーを淹れる上でやらなければならない事がある。

 膝をついて、手を床に置いて、目先は地面! 頭は下げる! そして、

「かおる様、カフェラテの作り方教えて下さい」

「完璧な土下座しなくていいから……」

 向日葵は見向きもせず本を読んでいる。

「だってやり方わからないんだもん……」

「わかったから顔を上げてっ。じゃあ実演するから、ちゃんと見ててね。こまちゃんもひまちゃんも」

「うん」

 窓際にいた向日葵もパタン、と本を閉じてエスプレッソマシンの周りに寄った。

「それじゃあ淹れるから見ててね」

「おー!」


 【エスプレッソを抽出】

「まずは、昨日仕入れたコーヒー豆を、粉状にするための機械、グラインダーを使って挽いていきたいと思います。じゃあこまちゃん、コーヒー豆をここに入れて」

「はーい」

 じゃらじゃらじゃら。

「ありがと。そうしたらグラインダーのスイッチを入れて、実際に豆を挽いていきます、よいしょっと」

 ガリガリガリガリ!…

「そうすると、コーヒーの粉が機械の中で溜まっていくのがわかるよね。この挽き終わった粉を次はこのポルタフィルタ、と呼ばれる器具の窪みのところに粉を敷き詰めます。やり方は、グラインダーのここのでっぱりをこうすると……」

 カンカンカンカンッ!

「おー、粉が出てきた!」

「一応、エスプレッソマシンの機械の性能やコーヒー豆にもよるけど、一ショット十六から十八グラムくらいを目安に。ちゃんと測りを使って測りましょう。まずはフィルタに粉を山になるまで降り注いで……」

 コーヒーの粉をポルタフィルタに山になるようにして入れたあと、山の部分を人差し指で綺麗に落とし、ポルタフィルタの中が粉で満杯に敷き詰められた。

「じゃあ測るね」

 測りの上に乗せると、十七、五グラム。

「おー、これならオッケー?」

「とりあえずオッケー。そしたら、満杯のフィルタにこのタンパーという器具で、上から垂直にギュッと圧力をかけます」

 薫はポルタフィルタを軽く机に乗せ、タンパーを持つ手の格好を決めて、そのままギュッと力を込めた。

「おおおかおるんカッコイイ!」

「えへへ。この格好でギュッとするとしっかり垂直に圧力をかけれるの。圧はだいたい十キログラム程度って言われてるけど、少しずつ慣れるといいかも。あとで格好は教えるね」

「やったー!」

「ポルタフィルタの周りに粉が少しついてるので、これを手でくるっとして取ります」

 くるっ。

「なんだか動きの一つ一つが様になっててカッコイイなぁ」

「みんなも慣れると同じだよー。さて、敷き詰めたので、エスプレッソマシンにセット。その下にはこまちゃんが用意してくれたカップを置いて、そして最後にレバーをひくと……」

 ガチャッ。ヴィーン……

「おおおおおおおおおお」

 ポタポタとコーヒーが滴り落ちて、カップに入っていく。

「エスプレッソ!」

「うん。これでエスプレッソが抽出されます。量はだいたい一ショット二十から三十ミリくらいかな。それくらいになったらマシンを止めてカップを外します。とりあえずこれでエスプレッソの出来上がりだよ。ちょっと飲んでみる?」

「うん!」

「はい、あみちゃん。熱いかもだから気をつけてね」

「さてさて、エスプレッソ部初めてのエスプレッソ。そのお味は……」

 スッと口に近づけて、少し飲んだ。

「あっ…もう、、、苦いったら…」

 口が多分変な形になってたり、眉間にシワがよってる気がするけど、苦いものは苦いんだもん!

「はいっ、こまちんパス!」

「きましたね。じゃああたくしも一口……」

 ごくっ。

「ふほぉ〜っ……これはなかなか……」

 どこかのおじさんが何かを見定めて、掘り出し物を見つけたときのようなセリフの小町。カップを向日葵に渡した。小町も苦いのは苦手なんだな。

「え、私?」

「記念すべきエスプレッソだよ〜、ひまちゃんも飲も〜」

「じゃあ」

 そういうとカップを手にとり、ぐいっと口に入れた。

「苦いけど酸味が強いね」

「あれおかしい。予定だと余りの苦味に顔が歪むはずだったんだけど」

「恐るべしひまちゃん…」

「それで、とりあえずここまでがエスプレッソ作成までの行程だけど、何か質問はありますか?」

「エスプレッソってどうやって飲むのが一般的なの?」

「実際日本人はエスプレッソをそのまま飲む人は少なくて、やっぱりミルクを入れてカフェラテにしたり、お湯を入れて飲みやすくしたりかなー。あとは砂糖をたくさんいれて飲む人もいると思う」

「薫先生、エスプレッソはお菓子に入りますか」

「えっ? こまちゃん…? えっ?」

「こまちん、流石に液体は遠足には難しいよ……」

「アフォガード私は好きよ」

「え? お菓子あるの?」

「バカは食べたことないと思うけど、バニラアイスにエスプレッソをかけたスイーツ。暖かいと冷たい、甘いと苦い。合わなそうなイメージかもだけど、バニラって乳製品だから意外と合う。むしろ美味しい」

「えー本当にアイスにかけるの?」

「今度やってみたらいいよ」

「ふーん。でも遠足向きじゃないねっ」

 あ、今向日葵が私の方を見て完全に呆れ顔!

「じゃあ水筒にでも入れてけば?」

 そう捨て台詞を吐き、また本を読み始めた。

「そ、そろそろいいかな…? 次はエスプレッソにミルクを注いでカフェラテを作ります」


 【ミルクをスチーム】

「ピッチャーと呼ばれるものにミルクを入れ、スチームノズルを刺してスチームを開始します」

「ミルク側面までノズルをあげて、空気を入れます。この時のコツとしては、チチチって音がなるところでノズルの高さを固定することかな」

 チチッ、チチチッ

「あっ本当だ。鳴ってるね」

「ある程度空気を入れたらノズルを奥に入れます。空気をキメ細かくするためにミルクを攪拌させていきます」

 ウィーン

「簡単そう!」

「すぐ出来るようになるよ」

「そして手が熱くなったら止めます」

 キュッキュッ

「手が熱くなったらってどれくらい?」

「だいたい六十度くらいかな。ミルクって熱くしすぎると甘い成分が無くなってしまうの」

 説明をしながら、ノズルについたミルクをタオルで拭きとる。

「さっきのエスプレッソにこのミルクを注ぎます……」

 真剣な顔で、ピッチャーからカップへ、ミルクを注いでいる。

「はい、カフェラテの出来上がり」

 パンパカパーン!

「かおるんすごーい!ハートのラテアート〜」

「美味しそう。さすがだね」

「むむむ格好よすぎる」

「えへへ、はい、ひまちゃん」

「あ、ありがと」

 あっ!

 私が向日葵に一番に飲んでもらう予定だったのに! くぅ、悔しい。

「甘いカフェラテだ。美味しい」

 くぅ!

「はいはい! 次やる!」

「あ、あみちゃん?覚えた?」

「覚えた!」

 ガリガリガリ…

 ギュッ!ギュッ!

 シュゴッ

 チチチッブロロロロ!

 ラテアート……

 ダン!

 (ラテアート出来てない)


 薫と私のラテが並ぶ。

 私のは美味しそうに見えないカフェラテ。

 薫のは美味しい。カフェラテ。

 向日葵がその二つを見てる。

 私は懸命に飲んでオーラを顔と体で表現した。

 けれど向日葵はかおるんのラテを飲む。

 ズズズッ。

「もぅ……ひまわりのバカーーーーー」

「あ、」

「あみちゃんっ」

 勢いよくドアを開け、部室を飛び出す。開けっ放しになったドアから夕陽が差し込む。出て行ってから十秒くらいの時間で、亜美が歩きながら戻ってくる。

「決めた」

「??」

 向日葵は窓際の机で、座りながら本を読んでいる。その近くに小町と薫が立っている。教室の入口ドアのところに亜美がいる。 ドアは未だに開いたまま。

「私、バリステになる」

 ちょっと小声で、でもみんなに聞こえるぐらいの声だった。その声を聞いて、本を読みながら向日葵が口を開く。

「バリスタ」

「私、バリスタになる。バリスタになって、ひまわりに美味しいって思ってもらえるコーヒーを作る!」

 今度は決心した力強い声で、みんなの方を向いて。

 まるでこのシチュエーションを計算していたかのような真っ赤な夕陽が、亜美を真っ赤に燃やしていた。

「あみちゃん…」

「あみすけ、男らしくてかっこいい〜」

「打倒、かおるん!」

「えっ、私倒されるの?」

 オロオロする薫を差し置き、亜美は徐にチョークを持ち、黒板に強く書き始めた。

『部内対抗!カフェラテ大会!』

「勝負は一ヶ月後、審査員はひまわり。優勝のご褒美はひまわりのキス!」

「バッ!ちょっ…」

 向日葵は驚きで本をバタンと閉じた。

「なんかおもしろそー」

「うん、楽しそうっ!」

 向日葵は一言「おかしいでしょ」と呟こうとしたが、三人が勝手に盛り上がっていたので、溜め息をつきながらみんなを眺めた。

「じゃあ決まり!お互い精進しあおう!」

「おーっ!」

 そして一言呟いた。

「……バカ」


 ―帰宅途中―


「おいバカ」

「ん?」

「いったいなんのつもりだ」

「だって、かおるんに負けて悔しかったんだもん」

「ごほうびの話だよ!……あーもういいよ。あと負けたって言ってるけど、私まだあんたの飲んでないから」

「え、あ」

「まあ、飲まなくてもわかるけど」

「あらひどい」

「私は美味しくカフェラテが飲めればなんでもいい」

「美味しくかあ。これからたくさん練習して、美味しく……」

 ピーン

「あー、そうか。そうだよね。なんか私、美味しいカフェラテ作れる気がしてきたかも。期待してて、ひまわり!」

「そ、じゃ、少しだけ期待する」



つづく!

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