114.0距離キングダム

「シファーさんからなんだけど…………この車、くれるって」


「マジで!? 売っ払えば当面生活に困らないな! 良かった良かった」


「仕事も、続けさせてくれるって。てか、クビにした覚えないって言ってる」


「ウッソだぁ! だってお前、フルボッコにしたんだろ? ありえねえって!」


「だって、本人がそう言ってるし。いいんじゃね? きっとあんま気にしない質なんだよ!」


「んなわけあるか。バカリア族のバカ親子じゃあるまいし」


「んだと、誰がバカだよ!?」


「お前しかいねえだろ!?」



 火花が散り、殺し合い開始――するかといったところで、アインスが手にしている携帯電話から聞き覚えのある笑い声が響いた。



「…………じゃ、本人に聞いてみてよ、ほら」



 突き出された携帯電話を、あたしは渋々受け取った。



「…………猿には過ぎた品をありがとうございます。飼い主のクライゼと申します」


『お元気そうで何よりです。先日は、大変ご迷惑をおかけしました』



 軽く緊張して固くなったあたしの声とは裏腹に、相手はいつもの調子で返してきた。



「ああ? 迷惑で済む話か! 下半身脳髄に支配されし哀れなる者のくせに、知った口聞いてんじゃねえ! 全世界全乙女の討伐対象として魂まで去勢されろ、レディエネミー!」


『……その節は、本当に申し訳ございませんでした。しかし、こちらもしっかりと報いを受けましたし、彼氏様には車と仕事をお世話させていただきますので、ご勘弁願えませんか?』



 言葉は真面目だったけれど、優しくて柔らかい――ほんの少し笑い混じりの、耳慣れた口調。


 いつもの、カミュだ。


 さっくりと毒気を抜かれてしまったあたしは、つられて笑ってしまった。



「仕方ねーな、それで手を打ってやる。これからもバカ猿の調教に精々勤しんでちょうだい」


 なので、こちらもいつもの調子で返した。


 喉元過ぎたんだから、あたしも優しい子に戻らねば。



 ふと隣を見ると、アインスが子供みたいにむくれている。場所と状況は違えど、初めての出会いの再現みたいだった。



『でも条件付き。エイルさんに、明日グラズヘイムに来てほしい。一日だけ外出許可貰ったから、会ってほしいんだ』


「はああ!? 何のために!?」



 優しい子が一転、モンスターの雄叫びみたいに声を荒げると同時に、カミュの笑いが消えた。


 そして、これまでとはうってかわって真剣な声音で、奴は言った。



『君たち二人に、ちゃんと謝りたいから。何より――エイルさんに会いたい。最後に見たのが、泣いているエイルさんのままじゃ、嫌だ』



 誰が泣かせたんだよ、このエロ鳥頭!



 ――と、怒鳴りたいのは山々だけれど……でも、こいつのおかげなんだよな。




『アイが好きなんだろ!』




 この言葉を聞かなければ、あたしはずっと気付かなかっただろうから。


 ――――あれこれと無理矢理理由を付けて目を背け続けてきた、自分の恋心に。




「はいはい、わかりました。行くよ、行けばいいんでしょー。大飯食らいのバカが、タダ飯食らいのバカに成り下がっちゃ、こっちもたまったもんじゃないからな」


『…………ありがとう、待ってる』




 それだけ告げて、カミュは通話を終えた。



 彼との繋がりが途絶えた携帯電話を握り締めたまま、あたしは想像を巡らせてみた――カミュを好きになっていたら、今頃どうしていただろう、と。



 優しかったし面白かったし、あたしを大切にしてくれた。



 ジンの言う通り――カミュは、本当にあたしのことを想ってくれていたらしい。今の電話で、よくわかった。



 だとしたら、あの時のことは、暴発した気持ちが行き場をなくしただけなんだろう。


 どうにもならない想いに苦しんで苦しんで、ただただ楽になりたくて。嫌われてもいいから、自分の存在を刻みつけたくて。


 一人、泣いて喚いて叫んでたあたしとは真逆だけれど、気持ちは同じだった。



 この想いがお互いに向き合えばきっと、ナイスカッポーになれたんじゃないかな?




 …………う~ん。もしかしなくても、惜しいことをした気がする。




 そんな絵空事じみた空想は、ぐっと強く握られた手の感触で破られた。



 現実に戻れば、真っ直ぐにあたしを見つめるアインスが目に映る。



 ブルーグレーのきれいな瞳は、いつか見た幻のように悲しげに揺らいでいた。




 ――――しかし、次の瞬間!




「ぎあああっ! いでっ! だっ! んなっ!」


「てめえ、何うっとりしてやがんだ!? こんの尻軽ブス! もう浮気心が芽生えたか!? ブスのくせに生意気なんだよ!」



 油断していたところに極められたダブルリストロックに、あたしは悶絶した!



「十五年も待たせた俺を差し置いて、他の野郎に変な気起こしたらただじゃおかねえからな! 縛り付けて監禁してやるからな! ついでに俺以外の男、全部滅ぼしてやるからな! わかったか!? わかったら、返事!!」



 十五年――カミュが、あと十五年早くあたしを見初めてくれれば!


 そしたら、こんな目に遭うことはなかったのに!




 ああ、けれどもう遅い。

 過去には帰れない。


 だって、あたしは――。




「アインスだけ! アインスだけです! あたしには、アインス・エスト・レガリアだけです!!」




 すると、アインスの手があっさり緩んだ。


 そのまま腕を首に回され、キスをする。


 やわらかなくちびる、温かな体温、嗅ぎ慣れた甘い香り。


 五感全部でアインスを感じると、幸せな気持ちが胸いっぱいに満ち満ちる。


 誰よりも何よりも、アインスが好きだと、全身で実感する。




 ――――と、こ、ろ、が!




 そんな満ち足りたひとときも束の間、突然シートが倒された!




「うむ、エイルの好き好き大好きって気持ちはよくわかった。俺も好き好き大好きだ、喜べ! 心確かめ合ったついでに、飯食う前の運動がてら、いっちょ体でも愛を確かめ合ってこうぜ!」




 変わらない天真爛漫な笑顔。

 変わらないブルーグレーの瞳。

 もちろん、その口から紡ぎだされる言葉は、相も変わらず極悪。



 関係が『姉弟』から『恋人同士』にクラスチェンジしても、何も変わりはしない。



 あたしは折り重なってきた身体に向かって、これまたいつものように吠えた!!




「こんのバカ猿! バカの王国に帰りやがれ!!」




 まあ、こいつのいる場所全てがバカの王国なんだけどさ。


 あたしの傍が、奴の居場所だとはわかってるんだけどさ。


 その距離が限りなく0に近付いた今、あたしも立派なバカ王国の民なんだけどさ。




 キスして抱きしめられ、好きだと囁かれれば、すぐに沈静化する――――そんなささやかな反乱を、それでも起こさずにはいられない。


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0距離キングダム 節トキ @10ki-33o

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