113.俺色に染め殺す計画

 夏季休暇も、残り僅か。


 アインスはあたしの中のカミュとの思い出を徹底的に排除したいらしく、奴とのデートコースを余すことなく巡ると宣言した。


 曰く、ドブ沼色の記憶を、自分が美しく塗り替えるんだとよ。


 美しくって、猿臭くの間違いじゃん。ていうか、明らかに嫉妬じゃん。ガキ丸出しって感じでやぁねぇ。



 しかし二度目の場所も、アインスと行けば全く違った。



 黒塗りの門構えと値段が素晴らしい焼肉店では、幻の逸品を一皿半分こして食べるとすぐに退却。もちろん、割り勘だ。


 その後は例の近所の食べ放題のお店で食事し直した。



 夜の水族館では、アインスが猿みたいにウキャンウキャン跳ね回って、あたしはカミュの時とは違った恥ずかしさに死にそうになった。



 遊園地も同様。勝手にうろつき回るから、迷子放送がかかる始末。二十歳にもなって、情けないったらありゃしない。


 その時点で既に涙目になっていたアインスは、オバケ屋敷で更に泣いた。


 あたしも二度目とはいえ怖かったけど、隣で絶叫かますバカを見てるとさすがに白けたよ。よく考えたら本物じゃないし。



「怖かったぁぁぁ…………何でこんな罰当たりなもん作るんだよ! 祟られても知らねーぞ!? どうしよう……もう一人でトイレ行けない!」



 ベンチで宥めてやっていると、泣きっ面の猿はあたしと同じことを言った。さすが長年一緒に過ごしただけある。


 二人でフードコートで食事してからは、全アトラクションを制覇した。



 カミュの時には乗らなかった、観覧車にも一緒に乗った。



 『この観覧車が天辺に到達した時にキスした恋人は、ずっと一緒にいられるらしい』なんて噂があるそうで、一応……まあ、試しておいた。




「……そういや、この車、どうすんの?」


 閉園時間ぎりぎりまで遊び倒した遊園地を後にすると、あたしは運転席に座るエテ公に尋ねた。残念ながら、自転車は用意できず、カミュ車での移動となったのだ。


 アインスはハンドルを握ったまま、事も無げに答えた。


「決まってんじゃん。スクラップにして突き返してやる!」


「えええ? 売っ払えよ。これなら良い金になるんじゃない?」


「俺もそうしたいけど、シファー君の所有物だからなあ。勝手に売ったら捕まっちゃうよ」


「マジ? なら尚更売るべきだよ! 暫く静かに暮らせるってことじゃん」


「エイルちゃんって意地悪ばっかり言うのね〜。本当は甘えっ子なのにね〜」


「あ? 死ねよ、無職。先立つものがないなら、家に置いてやんねーぞ」


「だよなぁ……マドケンのこともあるからなぁ」


 アインスが、悩ましげに眉を寄せる。けれどすぐ、キラッキラの笑顔でこちらを向いた。


「そうだ、エイルんとこで雇ってよ! 運動神経には自信あるし、顔も良いから受付にも最適!」


「前見ろ、バカ! ウチは短期募集してないから無理! それにトレーニングジムのどこで、魔法使う気だよ? 魔法演出でジムのムード盛り上げたって、邪魔にしかならねーよ。魔法で体増強したって意味ねーし。カフェあるけど、クソほど過疎ってんぞ」


「ん〜……じゃあ、フリーの大道芸でもやるかあ。魔法でお金取るわけにいかないから、仕事はまた別に考えなきゃなんねえなぁ……」


「あ〜あ、結局スタートに逆戻りかよ。手始めに、あのフリーストアの前でまた乱闘でもする? 誰か声かけてくれるかも?」


「そうだな、それも試してみっか。てかあのフリーストアで雇ってくんねえかなぁ……」


「無理だろねぇ。泣いて土下座しても断られそうだよねぇ……」


 そう言いながら、あたしは楽観的に考えていた。アインスも同じだろう。


 だって、こいつなら何とかできそうだもん。外面良いみたいし、世渡り上手みたいだし。



 スクラップ予定のカミュ車によるデートコース塗り替え紀行はいよいよ終盤を迎え、ついに最終目的地となるフレイグの店のあるホテルに到着した。


 夏季休暇ももう終わり近いせいで、さすがに真っ盛りの時ほど混み合ってはいないようだ。


 無料開放されている駐車場も空いていて、無事に車の置き場所も確保できた。カミュと来た時は自転車やら二輪自動車やらもいっぱいで、高い金出して近所の有料駐車場に停めたから、ちょっと心配だったんだよね。


 さて、フレイグの泣き顔を拝みに行くか!


 ……と車を降りかけたまさにその時、奇妙な音楽が流れた。



 ソイヤそりゃソイヤそりゃマーブルマーブルえっさっさ~――『そりゃそりゃマーブル音頭』、アインスの携帯電話の着信音だ。



「それも返さなきゃなんないんじゃね?」


 と、あたしが言うと、


「エイルのもだろ。その前に使いまくって、使用料で破産させてやろうぜ」


 と、アインスは答え、パンツのポケットから携帯電話を取り出した。



 しかし、途端に無表情になる。


 少しの間、鳴り響く携帯電話を見つめてから、アインスは息を吐いて応答した。



「はい、アインス・エスト・レガリアは只今留守にしておりません。何ですか?」



 あたしは笑いそうになった。


 そのネタ、あたしの予想が当たりなら、相手は二回目ですよ!



「あ? 今? エイルちゃんとデートですぅ。お前の車でな!」



 やっぱりな、とあたしは笑いながらため息をついた。



「その内に返してやるよ、ボコボコにしてウ○コの形に整形してからな! …………え、マジで!?」



 アインスの声のトーンが跳ね上がる。


 何だ何だ? 何の話してるんだ?



「本当にいいの!? わあ、汚物以下のクソ野郎だと思ってたけど、少しは良いとこもあったんですねえ……え、ウソ!? まあ、そうだけど……はあ? えええ……あ~うん、ん~…………ちょい待ちで」



 携帯電話を耳から離して、アインスは複雑な表情であたしの方を振り向いた。

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