エピローグ
「美希、罪って、なんだと思う?」
僕は妹に問う。時刻は午前3時、ターゲットの死亡がニュースで報じられたのを確認した後、寝られずに事務所でぼうとしていたところにたまたま美希も起きてきたのだ。
「罪ねえ。あんまり考えたことないかな?一応七つの大罪とかは聞いたことあるけど。ハガレンで」
「そうか。罪というのはキリスト教やユダヤ教、仏教や神道など宗教によって見方が違うんだ。例えばキリスト教においてはアダムとイヴが最初に犯したとされる原罪、美希がさっき言ったカトリック教会が定めた七つの大罪、死に至る罪とされる大罪、仏教においては信者が持ち合わせているべき五つの戒めに対する罪である五悪、日々の生活中で行うべき善行為の否定形としての十悪罪、地獄に落ちるとされるもっとも重い罪の五逆がある。キリスト教は生まれながらにして負う罪から救われること説き、仏教は人間としての欲望を捨てることを説いているのが対照的だ。……話が逸れたな。ともかく、ほぼ全ての宗教において罪と欲望というのは極めて距離が近い。特に性欲に関する罪はかなり多いんだ。ほとんどの宗教にあるんじゃないかな。」
「実の妹に何言ってんの、兄さん。まあいいや、それで?」
「僕は探偵という職業に就いて長い。この罪や欲望から人間という種の動物が逃れることはできないんだなと、そう思うんだ」
手元のウィスキーを眺めて呟く。傾けるとカランと鳴った。やはりロックに限る。
美希はホットミルクにジムビームアップルを数的垂らしたものを飲んでいた。
「そうだね。……そうかもしれないね、兄さん。今回の件は特に、ね」
「全くだ。朝霧さんの過去を調べてみたところ、あれだけの容姿と社交性を持ちながら男子との交際は一切なく、複数の女子との極めて深い関係が見られた。彼女は潜在的なレズビアンだったんだ。……最も、十代の純粋な恋心を利用してしまったことに関しては言い逃れできない」
「もしかしたら朝霧さんの罪は『虐める』ことだったのかもね。人が生まれながらに持ってしまった、逃れられない欲求、それが彼女の場合それだったんだ」
「人は生まれながらにして罪……癖と言ってしまってもいい。癖はやまいだれだからね。本質的には病気と同一だ。性向、蒐集、食事、窃視、窃盗、殺人、傲慢、……挙げだしたらキリがない。特にこの現代には溢れかえっている。僕のところに来るような依頼者もまた、罪に囚われたものたちが多い」
「そうだね。でもさ、そういう人たちのおかげで私たちは生活できているんでしょ?感謝しなきゃ」
美希が微笑む。こういう心の本質的なところを話せるのは、実のところこいつしかいない。悔しいけど。
「そういえば今回はボーナスって出るの?駅員同士の通達の偽装なんてものすごく骨が折れたんだから」
「わかってるって。今回も美希はよくやってくれたし、考えてるよ」
「まったくよ。給料3カ月ぶんは欲しいなー」
「何言ってんだ、そんな出せるか。……そうだ、石森さんのことだけど、来月からバイトという名目で手伝いに来ることになった。今の彼女じゃ今回の報酬はとてもじゃないが払いきれないからな。分割払いってやつだ。仲良くしてやってくれ」
「えー、お兄ちゃん、まさか女子高生に手を出すの?犯罪だよ?ろりこん?」
美希の質問にため息で返す。
……僕の仕事は結局、誰かを幸せにするより不幸にする方がずっと多い。誰かの不幸の上で幸せが成り立つというのは理解しているけれど、それでも、僕はきっと地獄に落ちる。
僕はインターネットを操り時として人を殺める、凡庸な殺人鬼なのだから。
手元のグラスの中のウィスキーは、テレビの映りゆく画面を写しながら少しずつ薄まっていく。
どこかで知らない鳥が鳴いた。夜明けはもう、近い。
《Fin》
凡庸な殺人鬼 文月 @triplet_sft0746
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