cap.9

「昔からそうだったの。幼稚園の頃だったかな、同じ組にものすごく可愛くて優しい女の子がいたの。誰にでも優しくて、仲間外れをよしとせず、先生にも気に入られてた組の中のリーダー的な存在だった。でね、私も仲よかったんだけど、同じ組の子数人でその子をハブりだしたの。なんていうかな、そう、虐めて虐めて虐め抜いて、その子の苦痛で歪んだ顔がたまらなく大好きだったんだ。それが私にとっての愛情表現だったの。もちろん、私は直接手を出さなかったし、大人にはわからないようなやり方だったからお咎めもなしだった。でね、虐めが終わった後でその子が私の機嫌を取るようなに笑いかけてきた時、『ああ、私はこの子が本当に大好きなんだ』って自覚したんだ。だってさ、誰か他の人間に傷つけられる前に私が傷つければ、それって私が一番ってことでしょ?スキーでいうバージンスノーっていうの?一番乗りってやつ」

「さっちゃんはさ、本当に本当に可愛かったんだ。バスケ部に入部してきたときから可愛い子だなって思ってたんだけど、運動神経がよくて飲み込みも早かったし、チームメイトとも仲良くやってくれてたし。何より、キャプテンの私にものすごく懐いてくれた。放課後一緒にマックでお話ししたり、とりとめないメールのやり取りをしたり、一緒にお祭りなんか行ったりしてさ。一人っ子の私に妹が出来たような気がしたんだ。彼女が二年生になって私の代わりにキャプテンになったときも、自分の事のように喜ぶことができた。でもさ、私ね、ものすごく不安になったの。こんなに可愛くて良い子なさっちゃんがもし彼氏なんか作ったら、その無垢な体が誰かの手で汚されてしまうんじゃないか、って。……だからね、私が先に傷つけることにしたの。バスケ部のチームメイトの間に嘘の情報を流して、クラスメイトにも嫌われるような噂や写真をばらまいてね。さっちゃん、最初の頃は大泣きしてた。助けて先輩、なんでなんで、って。さっちゃんの体操着とか教科書とかがぐちゃぐちゃにされて、必死に涙を耐えようとしてそれでも泣いてしまうその健気な姿を見てさ、これで私のものになったんだって、安心したの。」

私は今までしたことがないような満面の笑みを浮かべていた。一種の恍惚感。

宗教の教義を他人に発表しているかのような、全能感にも似た達成感。

「……話はおしまい?」

彩月は俯いて拳を震わせていた。

「あなたのどうしようもなさは解った。でもなんでそれだけのことをして忘れたの?好きだから虐めたくせに」

「そう、それは……それはさっちゃんのお葬式に行ったときだった。さっちゃんの遺影を見てね、私なんてことしちゃったんだろうって。誰にも渡さないために傷つけたのに、これじゃ永遠に私のものにもならないって気づいたときに、目の前が真っ暗になった。周りの人は私があまりのショックで倒れたと思って他みたいだけど。それから私は全ての記憶を封印してしまった。身勝手ね、本当。ていうかさ、あの動画をネットに流したのは本当に最低だと思うよ、彩月」

彩月は黙っていた。ホームの奥から一陣の風が吹き、私と彩月の髪をさらう。少しだけ雨の匂いがした。蛍光灯が目に眩しい。

俯いたまま彩月が近く。

無茶苦茶な論理だとは自分でも思うけど、いつだって自分の考えなんてものはみんなどこかしら破綻しているものだ。これが私の考えだったという、ただそれだけの話。

不意に呼吸ができなくなる。彩月の細い腕が私の首に食い込んでると認識するまでに、少しだけ時間がかかった。

「遺言はそれまででいいよね。……じゃあ、死んで。」

力が強まり、目の前が白くぼやけていく。ああ、恋しい人の愛しい指で死ねるなんて、なんて幸福。

世間の論理感と決定的にずれてしまった私の最後にしては、もったいないくらい。

ああ、好きだよ、彩月……。


不意に手が離され、思わず尻餅をついた。一気になだれ込む意識と空気に思わず咳き込んでしまう。

「……あんたなんか殺してあげない。そんなに幸せそうな顔で死ねると思わないでよ。」

今まで見たことのない冷たい表情で私を見下した彩月は、ゆっくりと線路を指差した。

「ねえ、本当に私のこと想うなら、そこで死んでよ。さっちゃんが自殺したように、あんたも自分で死になさいよ」

「……嫌よ、彩月。私、もし死ぬならあなたに殺されたいの。私だって自分の性格が論理的に破綻してるのは解ってるし、さっちゃんには許されないことをしたと思う。でもさ、自分で死ぬなんて、怖くてできないよ」

「……そう」

そういうと彩月は私を無理やり起こし、思い切り線路に突き飛ばした。

抵抗はしなかった。

「ねえ、灯。私ね、本当にあなたのこと好きになりかけてた。……さよなら」

線路から見上げる彩月の頬に涙がつたう。今までで一番綺麗な顔になってるなと思った。

誰もいないはずの線路の奥から、一筋の光が私を照らす。

やがて地鳴りが私を包む。鳴り止まない警笛の向こうに、さっちゃんの笑い声が響く。

「さよなら彩月。できるなら、来世で会いましょう」

言い終えることができたかわからないまま、耳の奥で何かが弾ける音を聞いた。

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